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「イェレミアス……イェレミアスだと?」
水も油も使わずに無理やりにごしごしと化粧を落とした結果、その少女の仮面の下から出てきたのはアシュベルの異母弟、イェレミアスの顔であった。
小さな違和感からまさかの可能性に気付いてそこに生きついたはいいが、アシュベルの脳は混乱しているようであった。
「全て……お前が?」
王の部屋の淫魔と呼ばれる謎の存在。誰もはっきりとは目撃しておらず、噂のみが囁かれる妖の類。
衛兵の監視も潜り抜け、この国の最重要区画に素通りで入り込む人ならざる魔性の者。そんなものが本当に存在するのかと言われていたが、捕えてみれば、それがまさか実の弟だとは。
いろいろと考えることはあるのだが、それが口をついて外に出てこない。頭が追いつかない。
背後にいるのはイェレミアスだろうとは思ってはいたが、本人だとは。
淫魔と王は、褥を共にしていたはず。……実の親子で? 王はこれを知っているのか? では、実の父親を色香で誑し込んで、民主化陣営に引き込んでいたとでもいうのか。それ以前に、なぜわざわざ王子が直接こんなことを? こんなことを自らする意味は? まさかこの件、王子以外ギアンテもインシュラも知らないのでは?
あとからあとから疑問点が浮かんでくる。アシュベルの脳内は混乱を極めていた。
「お前……本当にイェレミアスか」
最初に口から出てきたのはそれであった。
こんないくらなんでも無茶苦茶な謀略を、王妃インシュラと騎士ギアンテが了承するとはとても思えなかった。ならば、一人で全てを……
イェレミアスと親しくはなかったものの、しかし全く知らないわけではない。確かに聡明な人物ではあったものの、ここまでの大胆な謀略ができる人間だとは思えない。
では、いったい誰なのか。
「影武者……本物のイェレミアスは……?」
やはり、イェレミアスの影武者は存在したのだ。
「あの日、俺がギアンテを侮辱してお前が激昂した時……あの時、すでに入れ替わっていたな」
「うふふ」
初めて違和感を感じたのはあの時である。組み敷かれたまま、イェレミアスは妖艶な笑みを浮かべる。それは肯定の意志であろう。
真実には近づいたアシュベルであるがしかしまだ分からないことだらけだ。入れ替わった本物のイェレミアスはどこに行ったのか。入れ替わったのなら、目的は王別の儀ではないのか。何故まだこんなところをウロウロしているのか。
「王子の陰で動く、独自のエージェントと言ったところか……まあいい。いずれにしろ」
そう、どちらでもいいのだ。こうやってその謀略も潰えたのだから。
「ふふ、ふははは! どうやら俺は神に愛されているようだ」
こうやって動かぬ証拠を突き止めたのだ。当然王別の儀などは無効にできる。イェレミアス王子は王位継承権を失い、ガッツォの切り札は露と消える。
おまけにヒ素による王の暗殺未遂。この影武者の死罪は免れないだろうし、本物のイェレミアスにも累が及ぶであろう。
そしてアシュベルはそれを未然に防いだ英雄なのだ。精神的に未熟であるグリムランドの国民は『英雄譚』というものに極端に弱い。上手くやれば全ての諸侯がイデオロギーの垣根を越えてアシュベルになびくであろう。
「どうだ? 影武者。俺の配下に寝返れば命だけは助けてやらんでもないぞ」
両腕を拘束したままベロリと首筋を舐める。イェレミアスは悩ましい喘ぎ声を小さく上げてのけ反る。その全ての挙動がアシュベルの嗜虐心を刺激する。
「ふふ、お前のような美しい少年、あの老いぼれには惜しいわ」
抗いがたい万能感がアシュベルを支配していた。王位継承レースにて劣勢に陥っていたところからの大逆転劇である。
王の部屋の淫魔の正体を確かめようとしたらその正体はなんと男。イェレミアスが後ろで糸を引いているのであろうと思ったらまさかの本人であった。しかもそれが影武者であることまで突き止めたのだ。増長するのも仕方あるまい。
「暴れんなよ、すぐによくしてやるからな」
しかしそのアシュベルにも把握していない事実は当然ある。
一つ、本物のイェレミアスなど、もうこの世のどこにもいない事。
「以前は随分と偉そうに切れてくれたな。王族でも何でもないくせに、頭だけは回るようだが、それもここまでだ」
ドレスを引き破り、肌を露わにさせる。高まったそのどうしようもない劣情も、ここで解消しようというのだ。
「あの小生意気なガキを、こうやって力で屈服させるってのもいいな。お前は今日から俺のメスになるんだよ」
イェレミアスに馬乗りになっていたアシュベルは、苦労しながら片手でズボンのベルトを緩めようと腰を浮かせた。
その瞬間、組み敷かれていたイェレミアスは頭部と足を起点に体を逸らせ、体幹の力を総動員してアシュベルを跳ね上げた。小さく悲鳴を上げて体勢を崩すアシュベル。イェレミアスは高速の外れた腕でアシュベルの胴を抱き込み、ワニのようにデスロールを敢行して引き倒し、二人の上下関係が入れ替わった。
「なにっ!?」
そしてもう一つ、アシュベルの知らない事実。
今のイェレミアス、ヤルノが、殺人鬼である事。
「……今、どんな気持ちですか」
暴力性を多分に含んでいた先ほどまでのアシュベルの声とは違い、穏やかな声。しかし狂気を孕んでいる。
「あ……く……」
アシュベルは、声を発することができなかった。出せなかった。
彼のシャツを貫いて、赤い液体を滲ませて腹にナイフが刺さっていたからだ。
水も油も使わずに無理やりにごしごしと化粧を落とした結果、その少女の仮面の下から出てきたのはアシュベルの異母弟、イェレミアスの顔であった。
小さな違和感からまさかの可能性に気付いてそこに生きついたはいいが、アシュベルの脳は混乱しているようであった。
「全て……お前が?」
王の部屋の淫魔と呼ばれる謎の存在。誰もはっきりとは目撃しておらず、噂のみが囁かれる妖の類。
衛兵の監視も潜り抜け、この国の最重要区画に素通りで入り込む人ならざる魔性の者。そんなものが本当に存在するのかと言われていたが、捕えてみれば、それがまさか実の弟だとは。
いろいろと考えることはあるのだが、それが口をついて外に出てこない。頭が追いつかない。
背後にいるのはイェレミアスだろうとは思ってはいたが、本人だとは。
淫魔と王は、褥を共にしていたはず。……実の親子で? 王はこれを知っているのか? では、実の父親を色香で誑し込んで、民主化陣営に引き込んでいたとでもいうのか。それ以前に、なぜわざわざ王子が直接こんなことを? こんなことを自らする意味は? まさかこの件、王子以外ギアンテもインシュラも知らないのでは?
あとからあとから疑問点が浮かんでくる。アシュベルの脳内は混乱を極めていた。
「お前……本当にイェレミアスか」
最初に口から出てきたのはそれであった。
こんないくらなんでも無茶苦茶な謀略を、王妃インシュラと騎士ギアンテが了承するとはとても思えなかった。ならば、一人で全てを……
イェレミアスと親しくはなかったものの、しかし全く知らないわけではない。確かに聡明な人物ではあったものの、ここまでの大胆な謀略ができる人間だとは思えない。
では、いったい誰なのか。
「影武者……本物のイェレミアスは……?」
やはり、イェレミアスの影武者は存在したのだ。
「あの日、俺がギアンテを侮辱してお前が激昂した時……あの時、すでに入れ替わっていたな」
「うふふ」
初めて違和感を感じたのはあの時である。組み敷かれたまま、イェレミアスは妖艶な笑みを浮かべる。それは肯定の意志であろう。
真実には近づいたアシュベルであるがしかしまだ分からないことだらけだ。入れ替わった本物のイェレミアスはどこに行ったのか。入れ替わったのなら、目的は王別の儀ではないのか。何故まだこんなところをウロウロしているのか。
「王子の陰で動く、独自のエージェントと言ったところか……まあいい。いずれにしろ」
そう、どちらでもいいのだ。こうやってその謀略も潰えたのだから。
「ふふ、ふははは! どうやら俺は神に愛されているようだ」
こうやって動かぬ証拠を突き止めたのだ。当然王別の儀などは無効にできる。イェレミアス王子は王位継承権を失い、ガッツォの切り札は露と消える。
おまけにヒ素による王の暗殺未遂。この影武者の死罪は免れないだろうし、本物のイェレミアスにも累が及ぶであろう。
そしてアシュベルはそれを未然に防いだ英雄なのだ。精神的に未熟であるグリムランドの国民は『英雄譚』というものに極端に弱い。上手くやれば全ての諸侯がイデオロギーの垣根を越えてアシュベルになびくであろう。
「どうだ? 影武者。俺の配下に寝返れば命だけは助けてやらんでもないぞ」
両腕を拘束したままベロリと首筋を舐める。イェレミアスは悩ましい喘ぎ声を小さく上げてのけ反る。その全ての挙動がアシュベルの嗜虐心を刺激する。
「ふふ、お前のような美しい少年、あの老いぼれには惜しいわ」
抗いがたい万能感がアシュベルを支配していた。王位継承レースにて劣勢に陥っていたところからの大逆転劇である。
王の部屋の淫魔の正体を確かめようとしたらその正体はなんと男。イェレミアスが後ろで糸を引いているのであろうと思ったらまさかの本人であった。しかもそれが影武者であることまで突き止めたのだ。増長するのも仕方あるまい。
「暴れんなよ、すぐによくしてやるからな」
しかしそのアシュベルにも把握していない事実は当然ある。
一つ、本物のイェレミアスなど、もうこの世のどこにもいない事。
「以前は随分と偉そうに切れてくれたな。王族でも何でもないくせに、頭だけは回るようだが、それもここまでだ」
ドレスを引き破り、肌を露わにさせる。高まったそのどうしようもない劣情も、ここで解消しようというのだ。
「あの小生意気なガキを、こうやって力で屈服させるってのもいいな。お前は今日から俺のメスになるんだよ」
イェレミアスに馬乗りになっていたアシュベルは、苦労しながら片手でズボンのベルトを緩めようと腰を浮かせた。
その瞬間、組み敷かれていたイェレミアスは頭部と足を起点に体を逸らせ、体幹の力を総動員してアシュベルを跳ね上げた。小さく悲鳴を上げて体勢を崩すアシュベル。イェレミアスは高速の外れた腕でアシュベルの胴を抱き込み、ワニのようにデスロールを敢行して引き倒し、二人の上下関係が入れ替わった。
「なにっ!?」
そしてもう一つ、アシュベルの知らない事実。
今のイェレミアス、ヤルノが、殺人鬼である事。
「……今、どんな気持ちですか」
暴力性を多分に含んでいた先ほどまでのアシュベルの声とは違い、穏やかな声。しかし狂気を孕んでいる。
「あ……く……」
アシュベルは、声を発することができなかった。出せなかった。
彼のシャツを貫いて、赤い液体を滲ませて腹にナイフが刺さっていたからだ。
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