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「女、今ふところにしまった包み紙を出してもらおうか」
冷たく響く男の声。
不意に背中からかけられた声に、ヤルノはびくりと肩を震わせた。
「……どちら様かしら」
動揺を悟られないため、努めて冷静な声で答える。
「次期国王のアシュベルだが? だが今はそんなことは関係ないだろう」
だが声は冷静でも、あまりにも意味のない質問だという事はすぐに看破された。アシュベルはずい、と一歩踏み出す。それと同時にヤルノは走り出す。
「逃がすか、メギツネめ」
極力声を押さえ、アシュベルも走り、追う。
おそらくはここで「曲者だ。出会え」とでも言えばこの物語は終わったのかもしれない。だが彼を駆り立てる野心がそれを許さなかった。
先ほどは「次期国王だ」などと嘯いたものの、彼の立場は今、非常に難しい状態にある。何か「決め手」になる物が欲しかった。純粋に国王の身に今何が起こっているのか、他人の手を借りず自分の目で確かめたかったという気持ちもある。
「くそっ、なんて足の速い女だ」
とはいえなかなか追いつけない。全力で走っているアシュベルであるが、ヤルノもやはり全力。森の中であればもっと余裕を持って逃げられたかもしれないが、障害物のない王宮の廊下ではそうもいかない。むしろ体格のいいアシュベルの方が若干速い。
(それにしても、不自然なほどに誰もいない。近衛兵は何をしているんだ)
アシュベルは当然知らない。その近衛兵、全ての騎士達の上に座す騎士団総長が、今まさに追っているヤルノの手下だなどと。
いつの間にか王宮の外に出て、騎士団所有の厩舎の付近まで来ていた。馬の糞と飼い葉の匂いの中、アシュベルはようやくヤルノに追いついた。
「捕まえたぞ、このアバズレめ!」
「ああっ」
アップにされていた髪をむんずとわしづかみにしてとうとうアシュベルは彼の身柄を確保した。
「さあ正体を見せろ、王の部屋の淫魔め。父上にいろいろ吹き込んでいたのはお前か」
アドレナリンが脈打つように溢れ出る。全てを手に入れた、この国の次代の王はまさにこの俺なのだという万能感が彼を支配していた。加えて妖精のように美しい美女を捉えたことによる興奮もある。土で体が汚れるのも構わずアシュベルはヤルノを厩舎の中で押し倒して組み敷く。
「いやっ、乱暴しないで!!」
それがアシュベルの嗜虐心をますます刺激すると知ってか知らずか。ヤルノはわざとらしくともとれる悲鳴を上げる。夜の厩舎に、人など来ない。二人とも、それを承知の上だ。
「ふふ、可愛い声を上げてくれるじゃないか。誘っているのか」
誘っているのだ。「王の部屋の淫魔」に目を付けた慧眼も、ヤルノの前では曇ってしまうのか。アシュベルは「誰かの使い」であろう美しい少女を捕まえ、それを若干自分の趣味も交えた方法で拷問し、その裏にいるであろうイェレミアスを洗い出す。そんな絵図を頭の中で描く。
だが思い違い。彼に組み敷かれているのはまさにそのイェレミアスなのだ。ただの少女ではない。
「おっとその前に、さっきの包み紙を貰っておこうか」
「あっ……」
それでも目的のものを忘れないのは兄よりも知略に富む次兄の意地か。ヤルノのドレスの中をまさぐって目的のものを探す。
「ふん、随分と薄い胸だな。父上もこんな女に入れ込むとは、耄碌したか」
そう言いながらも目的の包み紙を手に入れ、馬乗りにヤルノを押さえつけたまま、にやりと笑みを浮かべる。
「ふふ、見つけたぞ。だがだいたい中身は分かっている。当ててやろうか?」
この時やっとイェレミアスの顔に焦りの色が浮かんだ。
「ヒ素、だろう。違うか?」
ヒ素は自然界にある多くの食物、水に含まれ、少量であれば人間は常に摂取している状態であり、尿や便、爪や髪から排出される。
「食欲不振、脱毛、肌の痣、多くの症状が一致する。俺の知り合いに犬使いと呼ばれる人物がいる。そいつにこれを回せばすぐに特定してくれるはずだ」
無味無臭であるため古来より毒殺に使われてきたメジャーな毒物である。近年では検出が容易で毒殺であることが容易に露呈するため、「愚者の毒物」とも呼ばれ、これを使って殺人を犯すのは間抜けだけだ。だが、当然グリムランドにそんな技術はない。
「これは……私が自殺するために持っていた毒物で……」
「舐めるな!」
今までになく強い態度に出るアシュベル。この暴力性が彼の本性なのか。イェレミアスの両手首を頭の上で一つに束ねて片手で押さえつける。
「そんな言い訳は通用せん。犬使いと言っただろう。この毒と、陛下の口臭を匂いで照合できるんだ。世の中にはお前の想像もつかない技を持った奴がいるんだよ!」
もはや「詰み」である。
「お前の死罪は動かない。諦めろ。そこよりも俺が気になるのはお前の背後にいる人間だ。イェレミアスの指示だろう。違うか?」
まさか本人だとは露ほども思っていないようである。しかしここでアシュベルの文字通り助兵衛心が動いてしまった。両手を頭の上で拘束されて動きが取れず小さな喘ぎ声のような声を上げる美しい少女。こんな場面であれば劣情を催すのも仕方ないのかもしれない。
「どうだ? お前の出方次第では、事が済めば密かに逃がしてやってもいいぞ? 俺が興味があるのはお前のバックにいる人間だけだ」
片手でイェレミアスを拘束しているため左手がフリーになっているアシュベル。指先をドレスの内側に滑り込ませ、いやらしく胸の、その先端を刺激する。
「んっ……」
頬を赤らめて身をよじるイェレミアスだったが、アシュベルはここで何かに気付いたようだった。
「お前、まさか……」
今度は色気のない動きだった。むんずとイェレミアスの股間を鷲掴みにする。
「男だと!? なぜ、わざわざ、男などを使って……」
ハニートラップであるならば、わざわざ少女のように美しい男という稀有な者を探し出して使う必要性などない。
「お前の正体を見せろ!」
アシュベルはイェレミアスのドレスをめくりあげて、その裾で顔をごしごしと無遠慮に拭った。
そう、必要性があるとすれば、他に動かせる駒がない時だ。
「イェレミアス……王の部屋の淫魔の正体は、イェレミアスだというのか」
冷たく響く男の声。
不意に背中からかけられた声に、ヤルノはびくりと肩を震わせた。
「……どちら様かしら」
動揺を悟られないため、努めて冷静な声で答える。
「次期国王のアシュベルだが? だが今はそんなことは関係ないだろう」
だが声は冷静でも、あまりにも意味のない質問だという事はすぐに看破された。アシュベルはずい、と一歩踏み出す。それと同時にヤルノは走り出す。
「逃がすか、メギツネめ」
極力声を押さえ、アシュベルも走り、追う。
おそらくはここで「曲者だ。出会え」とでも言えばこの物語は終わったのかもしれない。だが彼を駆り立てる野心がそれを許さなかった。
先ほどは「次期国王だ」などと嘯いたものの、彼の立場は今、非常に難しい状態にある。何か「決め手」になる物が欲しかった。純粋に国王の身に今何が起こっているのか、他人の手を借りず自分の目で確かめたかったという気持ちもある。
「くそっ、なんて足の速い女だ」
とはいえなかなか追いつけない。全力で走っているアシュベルであるが、ヤルノもやはり全力。森の中であればもっと余裕を持って逃げられたかもしれないが、障害物のない王宮の廊下ではそうもいかない。むしろ体格のいいアシュベルの方が若干速い。
(それにしても、不自然なほどに誰もいない。近衛兵は何をしているんだ)
アシュベルは当然知らない。その近衛兵、全ての騎士達の上に座す騎士団総長が、今まさに追っているヤルノの手下だなどと。
いつの間にか王宮の外に出て、騎士団所有の厩舎の付近まで来ていた。馬の糞と飼い葉の匂いの中、アシュベルはようやくヤルノに追いついた。
「捕まえたぞ、このアバズレめ!」
「ああっ」
アップにされていた髪をむんずとわしづかみにしてとうとうアシュベルは彼の身柄を確保した。
「さあ正体を見せろ、王の部屋の淫魔め。父上にいろいろ吹き込んでいたのはお前か」
アドレナリンが脈打つように溢れ出る。全てを手に入れた、この国の次代の王はまさにこの俺なのだという万能感が彼を支配していた。加えて妖精のように美しい美女を捉えたことによる興奮もある。土で体が汚れるのも構わずアシュベルはヤルノを厩舎の中で押し倒して組み敷く。
「いやっ、乱暴しないで!!」
それがアシュベルの嗜虐心をますます刺激すると知ってか知らずか。ヤルノはわざとらしくともとれる悲鳴を上げる。夜の厩舎に、人など来ない。二人とも、それを承知の上だ。
「ふふ、可愛い声を上げてくれるじゃないか。誘っているのか」
誘っているのだ。「王の部屋の淫魔」に目を付けた慧眼も、ヤルノの前では曇ってしまうのか。アシュベルは「誰かの使い」であろう美しい少女を捕まえ、それを若干自分の趣味も交えた方法で拷問し、その裏にいるであろうイェレミアスを洗い出す。そんな絵図を頭の中で描く。
だが思い違い。彼に組み敷かれているのはまさにそのイェレミアスなのだ。ただの少女ではない。
「おっとその前に、さっきの包み紙を貰っておこうか」
「あっ……」
それでも目的のものを忘れないのは兄よりも知略に富む次兄の意地か。ヤルノのドレスの中をまさぐって目的のものを探す。
「ふん、随分と薄い胸だな。父上もこんな女に入れ込むとは、耄碌したか」
そう言いながらも目的の包み紙を手に入れ、馬乗りにヤルノを押さえつけたまま、にやりと笑みを浮かべる。
「ふふ、見つけたぞ。だがだいたい中身は分かっている。当ててやろうか?」
この時やっとイェレミアスの顔に焦りの色が浮かんだ。
「ヒ素、だろう。違うか?」
ヒ素は自然界にある多くの食物、水に含まれ、少量であれば人間は常に摂取している状態であり、尿や便、爪や髪から排出される。
「食欲不振、脱毛、肌の痣、多くの症状が一致する。俺の知り合いに犬使いと呼ばれる人物がいる。そいつにこれを回せばすぐに特定してくれるはずだ」
無味無臭であるため古来より毒殺に使われてきたメジャーな毒物である。近年では検出が容易で毒殺であることが容易に露呈するため、「愚者の毒物」とも呼ばれ、これを使って殺人を犯すのは間抜けだけだ。だが、当然グリムランドにそんな技術はない。
「これは……私が自殺するために持っていた毒物で……」
「舐めるな!」
今までになく強い態度に出るアシュベル。この暴力性が彼の本性なのか。イェレミアスの両手首を頭の上で一つに束ねて片手で押さえつける。
「そんな言い訳は通用せん。犬使いと言っただろう。この毒と、陛下の口臭を匂いで照合できるんだ。世の中にはお前の想像もつかない技を持った奴がいるんだよ!」
もはや「詰み」である。
「お前の死罪は動かない。諦めろ。そこよりも俺が気になるのはお前の背後にいる人間だ。イェレミアスの指示だろう。違うか?」
まさか本人だとは露ほども思っていないようである。しかしここでアシュベルの文字通り助兵衛心が動いてしまった。両手を頭の上で拘束されて動きが取れず小さな喘ぎ声のような声を上げる美しい少女。こんな場面であれば劣情を催すのも仕方ないのかもしれない。
「どうだ? お前の出方次第では、事が済めば密かに逃がしてやってもいいぞ? 俺が興味があるのはお前のバックにいる人間だけだ」
片手でイェレミアスを拘束しているため左手がフリーになっているアシュベル。指先をドレスの内側に滑り込ませ、いやらしく胸の、その先端を刺激する。
「んっ……」
頬を赤らめて身をよじるイェレミアスだったが、アシュベルはここで何かに気付いたようだった。
「お前、まさか……」
今度は色気のない動きだった。むんずとイェレミアスの股間を鷲掴みにする。
「男だと!? なぜ、わざわざ、男などを使って……」
ハニートラップであるならば、わざわざ少女のように美しい男という稀有な者を探し出して使う必要性などない。
「お前の正体を見せろ!」
アシュベルはイェレミアスのドレスをめくりあげて、その裾で顔をごしごしと無遠慮に拭った。
そう、必要性があるとすれば、他に動かせる駒がない時だ。
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