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包み紙
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― 陛下は 何者かに操られているのではないか ―
アシュベルがその考えに思い至ったのは、最初はほんの思い付きであった。
そのような陰謀論に陥ってしまうのは、ともすれば考えているようで考えていない状態である。
「陰謀論」というのは、基本的には「考えることを放棄した」時に陥るものだ。世の中の無数の人々の思いと欲望、そのせめぎあいから生まれる妥協の数々。それでも前に進んでいこうとする必死の思いの折衝から生まれた結果に対して「誰かが得をするから強くて悪い奴が操作しているに違いない」と思い込むのが「陰謀論」である。
傍から見ればアシュベルが抱いた思いはその「陰謀論」に他ならなかった。そしてそれは本人も自覚している。そこまで愚かな人物ではない。
だがここのところの政局の動きがあまりにもイェレミアスに都合よく動き過ぎているように感じられてならなかったのだ。
よどみに浮かぶ泡沫の如き存在に過ぎなかった民主化勢力が急激に力をつけ始めたのがその最たるところである。全く理解できないが、それには多くの貴族も賛同しており、挙句の果てには国王ですら、以前と違ってこれに否定的でない。
自らの権力を制限するような事をして一体何の得があるのか。神の見えざる手が動いているとでもいうのか。ただ一つ言えることは、あの欲深い父王が本音で民のためを思って民主化などに動いている筈がない。そうすることで何かうまみがあるのだ。アシュベルにはその情報が入ってきていない。
そして、王にその「うまみ」を吹き込んだ人物がいるとしたらだれか。それがイェレミアスではないかと踏んでいるのである。
「思い付き」でスタートした彼の考えは殆ど「確信」にも近いものに変化していた。
「よくよく考えてみれば、あいつの影武者疑惑も決して晴れたわけじゃないんだ。ただあの時応対したのがイェレミアス本人だったんだろう、ってだけで」
アシュベルが思い出しているのはヤルノが王宮に来てまだ数日の頃、彼らの初めての邂逅の時のことである。
あの時はイェレミアスの予想外の動きに戸惑って素直に退いてしまったが、もっと執拗に嗅ぎまわるべきであった。
疑惑は完全に晴れたわけではないのに、どちらにしろイェレミアスなど敵にはならない、という楽観的予想により追及を緩めてしまった。正直に言うとあの時のイェレミアスの気迫に押され、なんとなく気まずくなってしまったせいでもある。
おそらくはこの詰めの甘さこそがアシュベルの限界なのだ。それが彼の器なのだろう。しかし妄執にとらわれた彼は諦めがつかなかった。ここで退いていれば、後に起きる悲劇は避けられたかもしれない。
蒼く暗い月の光。
その怪しげな光は全てのものを曖昧にし、そして実態以上に美しく彩る。
窓の開け放たれた王の寝室。妖艶な月の光が照らし出しているのは男女の睦み合いか、シーツの中で蠢き合うのは蛇のまぐわいか。
シーツの下から姿を現したのはプラチナブロンドの髪の美しい女性だった。いや、胸のふくらみが全く無いところを見ると、男性であるか。
「うう……ヤルノぉ……」
その下に組み敷かれるように寝そべっている薄汚い老人とは対照的な美しさ。
「儂はもう……長くない……この国の全てを、お前に……」
「バカなことを言わないで、陛下」
ヤルノは優しく微笑んで、国王に軽く口づけを交わす。
「この国を動かすのはガッツォ殿下よ。何度もお教えしたでしょう。私みたいなどこの馬の骨とも知らぬ下賤の者の出る幕じゃないわ」
ヤルノは一糸まとわぬ姿。しかしやはり美しさはそのままに、別人のように化粧で化けており、それが我が息子のイェレミアス王子であるとは、王は全く気付いていないようだ。それどころか彼は今正気なのか、それすら疑わせるような醜態である。
「体調が悪いから気が弱くなっているのかしら」
「ああ……」
そう言ってヤルノはベッドから立ち上がる。王は自分から離れたヤルノに向かって悲し気な声を上げた。アシュベルに同じことを言われた時は激怒して杖で殴りつけたのに、だ。
立ち上がったヤルノの姿もやはり、美しかった。薄暗いはずなのに、月明かりに照らされたその体は発光しているかのようにどこまでも白く、くびれた腰と大きめの尻の描き出す美しいラインに不釣り合いな男根も、その女性性を際立てる。
ゆっくりと尻を振りながら歩くその後ろ姿はまるで猫のようだ。
ヤルノはすぐ近くにあるテーブルに置いてあった小さな紙包みと、水差しを持って戻ってきた。胸がない代わりに歩くたびに男の象徴が小さく揺れる。自分と同じモノがついているというのに、王はそれに嫌悪感を示すことなく薄い笑みすら浮かべていた。
「いつもの精力剤よ。ほら、お口を開けて」
言われるがままに王は口を開け、ヤルノは包みの中の粉をそこに注ぎ込み、水差しの水を口に含んでから口移しで飲ませた。
「このお薬を飲んでいれば、きっと良くなるわ。その証拠に、王妃とはできなくても、私とはできるでしょう?」
薬を飲まされると、心が落ち着いたのか、王はすぐにうとうとし、やがてそう時間をおかずして寝息を立て始めた。まるで母に寝付けられた幼子のようだ。
それまでじっくりとその様子を確認すると、ヤルノは脱ぎ捨てられていたドレスを着て身支度を始める。包み紙も懐に入れ、証拠は残さぬ。
「間抜けな王……」
ゆったりとした古代ローマのトガのようなドレスを着たヤルノの姿はまさしく夜魔か、妖精か、といったところである。人ならざる魔の物の姿。
何故か分からないが、王の部屋への通路に、警護の姿は全くない。
しかし悠々と歩くその姿に声を掛ける者がいた。
「まさか、王の部屋の淫魔が本当の話だとはな」
アシュベルがその考えに思い至ったのは、最初はほんの思い付きであった。
そのような陰謀論に陥ってしまうのは、ともすれば考えているようで考えていない状態である。
「陰謀論」というのは、基本的には「考えることを放棄した」時に陥るものだ。世の中の無数の人々の思いと欲望、そのせめぎあいから生まれる妥協の数々。それでも前に進んでいこうとする必死の思いの折衝から生まれた結果に対して「誰かが得をするから強くて悪い奴が操作しているに違いない」と思い込むのが「陰謀論」である。
傍から見ればアシュベルが抱いた思いはその「陰謀論」に他ならなかった。そしてそれは本人も自覚している。そこまで愚かな人物ではない。
だがここのところの政局の動きがあまりにもイェレミアスに都合よく動き過ぎているように感じられてならなかったのだ。
よどみに浮かぶ泡沫の如き存在に過ぎなかった民主化勢力が急激に力をつけ始めたのがその最たるところである。全く理解できないが、それには多くの貴族も賛同しており、挙句の果てには国王ですら、以前と違ってこれに否定的でない。
自らの権力を制限するような事をして一体何の得があるのか。神の見えざる手が動いているとでもいうのか。ただ一つ言えることは、あの欲深い父王が本音で民のためを思って民主化などに動いている筈がない。そうすることで何かうまみがあるのだ。アシュベルにはその情報が入ってきていない。
そして、王にその「うまみ」を吹き込んだ人物がいるとしたらだれか。それがイェレミアスではないかと踏んでいるのである。
「思い付き」でスタートした彼の考えは殆ど「確信」にも近いものに変化していた。
「よくよく考えてみれば、あいつの影武者疑惑も決して晴れたわけじゃないんだ。ただあの時応対したのがイェレミアス本人だったんだろう、ってだけで」
アシュベルが思い出しているのはヤルノが王宮に来てまだ数日の頃、彼らの初めての邂逅の時のことである。
あの時はイェレミアスの予想外の動きに戸惑って素直に退いてしまったが、もっと執拗に嗅ぎまわるべきであった。
疑惑は完全に晴れたわけではないのに、どちらにしろイェレミアスなど敵にはならない、という楽観的予想により追及を緩めてしまった。正直に言うとあの時のイェレミアスの気迫に押され、なんとなく気まずくなってしまったせいでもある。
おそらくはこの詰めの甘さこそがアシュベルの限界なのだ。それが彼の器なのだろう。しかし妄執にとらわれた彼は諦めがつかなかった。ここで退いていれば、後に起きる悲劇は避けられたかもしれない。
蒼く暗い月の光。
その怪しげな光は全てのものを曖昧にし、そして実態以上に美しく彩る。
窓の開け放たれた王の寝室。妖艶な月の光が照らし出しているのは男女の睦み合いか、シーツの中で蠢き合うのは蛇のまぐわいか。
シーツの下から姿を現したのはプラチナブロンドの髪の美しい女性だった。いや、胸のふくらみが全く無いところを見ると、男性であるか。
「うう……ヤルノぉ……」
その下に組み敷かれるように寝そべっている薄汚い老人とは対照的な美しさ。
「儂はもう……長くない……この国の全てを、お前に……」
「バカなことを言わないで、陛下」
ヤルノは優しく微笑んで、国王に軽く口づけを交わす。
「この国を動かすのはガッツォ殿下よ。何度もお教えしたでしょう。私みたいなどこの馬の骨とも知らぬ下賤の者の出る幕じゃないわ」
ヤルノは一糸まとわぬ姿。しかしやはり美しさはそのままに、別人のように化粧で化けており、それが我が息子のイェレミアス王子であるとは、王は全く気付いていないようだ。それどころか彼は今正気なのか、それすら疑わせるような醜態である。
「体調が悪いから気が弱くなっているのかしら」
「ああ……」
そう言ってヤルノはベッドから立ち上がる。王は自分から離れたヤルノに向かって悲し気な声を上げた。アシュベルに同じことを言われた時は激怒して杖で殴りつけたのに、だ。
立ち上がったヤルノの姿もやはり、美しかった。薄暗いはずなのに、月明かりに照らされたその体は発光しているかのようにどこまでも白く、くびれた腰と大きめの尻の描き出す美しいラインに不釣り合いな男根も、その女性性を際立てる。
ゆっくりと尻を振りながら歩くその後ろ姿はまるで猫のようだ。
ヤルノはすぐ近くにあるテーブルに置いてあった小さな紙包みと、水差しを持って戻ってきた。胸がない代わりに歩くたびに男の象徴が小さく揺れる。自分と同じモノがついているというのに、王はそれに嫌悪感を示すことなく薄い笑みすら浮かべていた。
「いつもの精力剤よ。ほら、お口を開けて」
言われるがままに王は口を開け、ヤルノは包みの中の粉をそこに注ぎ込み、水差しの水を口に含んでから口移しで飲ませた。
「このお薬を飲んでいれば、きっと良くなるわ。その証拠に、王妃とはできなくても、私とはできるでしょう?」
薬を飲まされると、心が落ち着いたのか、王はすぐにうとうとし、やがてそう時間をおかずして寝息を立て始めた。まるで母に寝付けられた幼子のようだ。
それまでじっくりとその様子を確認すると、ヤルノは脱ぎ捨てられていたドレスを着て身支度を始める。包み紙も懐に入れ、証拠は残さぬ。
「間抜けな王……」
ゆったりとした古代ローマのトガのようなドレスを着たヤルノの姿はまさしく夜魔か、妖精か、といったところである。人ならざる魔の物の姿。
何故か分からないが、王の部屋への通路に、警護の姿は全くない。
しかし悠々と歩くその姿に声を掛ける者がいた。
「まさか、王の部屋の淫魔が本当の話だとはな」
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