リィングリーツの獣たちへ

月江堂

文字の大きさ
65 / 94

包み紙

しおりを挟む
― 陛下は 何者かに操られているのではないか ―
 
 アシュベルがその考えに思い至ったのは、最初はほんの思い付きであった。
 
 そのような陰謀論に陥ってしまうのは、ともすれば考えているようで考えていない状態である。
 
 「陰謀論」というのは、基本的には「考えることを放棄した」時に陥るものだ。世の中の無数の人々の思いと欲望、そのせめぎあいから生まれる妥協の数々。それでも前に進んでいこうとする必死の思いの折衝から生まれた結果に対して「誰かが得をするから強くて悪い奴が操作しているに違いない」と思い込むのが「陰謀論」である。
 
 傍から見ればアシュベルが抱いた思いはその「陰謀論」に他ならなかった。そしてそれは本人も自覚している。そこまで愚かな人物ではない。
 
 だがここのところの政局の動きがあまりにもイェレミアスに都合よく動き過ぎているように感じられてならなかったのだ。
 
 よどみに浮かぶ泡沫の如き存在に過ぎなかった民主化勢力が急激に力をつけ始めたのがその最たるところである。全く理解できないが、それには多くの貴族も賛同しており、挙句の果てには国王ですら、以前と違ってこれに否定的でない。
 
 自らの権力を制限するような事をして一体何の得があるのか。神の見えざる手が動いているとでもいうのか。ただ一つ言えることは、あの欲深い父王が本音で民のためを思って民主化などに動いている筈がない。そうすることで何かうまみがあるのだ。アシュベルにはその情報が入ってきていない。
 
 そして、王にその「うまみ」を吹き込んだ人物がいるとしたらだれか。それがイェレミアスではないかと踏んでいるのである。
 
 「思い付き」でスタートした彼の考えは殆ど「確信」にも近いものに変化していた。
 
「よくよく考えてみれば、あいつの影武者疑惑も決して晴れたわけじゃないんだ。ただあの時応対したのがイェレミアス本人だったんだろう、ってだけで」
 
 アシュベルが思い出しているのはヤルノが王宮に来てまだ数日の頃、彼らの初めての邂逅の時のことである。
 
 あの時はイェレミアスの予想外の動きに戸惑って素直に退いてしまったが、もっと執拗に嗅ぎまわるべきであった。
 
 疑惑は完全に晴れたわけではないのに、どちらにしろイェレミアスなど敵にはならない、という楽観的予想により追及を緩めてしまった。正直に言うとあの時のイェレミアスの気迫に押され、なんとなく気まずくなってしまったせいでもある。
 
 おそらくはこの詰めの甘さこそがアシュベルの限界なのだ。それが彼の器なのだろう。しかし妄執にとらわれた彼は諦めがつかなかった。ここで退いていれば、後に起きる悲劇は避けられたかもしれない。
 
 
 
 
 蒼く暗い月の光。
 
 その怪しげな光は全てのものを曖昧にし、そして実態以上に美しく彩る。
 
 窓の開け放たれた王の寝室。妖艶な月の光が照らし出しているのは男女なんにょの睦み合いか、シーツの中で蠢き合うのは蛇のまぐわいか。
 
 シーツの下から姿を現したのはプラチナブロンドの髪の美しい女性だった。いや、胸のふくらみが全く無いところを見ると、男性であるか。
 
「うう……ヤルノぉ……」
 
 その下に組み敷かれるように寝そべっている薄汚い老人とは対照的な美しさ。
 
「儂はもう……長くない……この国の全てを、お前に……」
 
「バカなことを言わないで、陛下」
 
 ヤルノは優しく微笑んで、国王に軽く口づけを交わす。
 
「この国を動かすのはガッツォ殿下よ。何度もお教えしたでしょう。私みたいなどこの馬の骨とも知らぬ下賤の者の出る幕じゃないわ」
 
 ヤルノは一糸まとわぬ姿。しかしやはり美しさはそのままに、別人のように化粧で化けており、それが我が息子のイェレミアス王子であるとは、王は全く気付いていないようだ。それどころか彼は今正気なのか、それすら疑わせるような醜態である。
 
「体調が悪いから気が弱くなっているのかしら」
 
「ああ……」
 
 そう言ってヤルノはベッドから立ち上がる。王は自分から離れたヤルノに向かって悲し気な声を上げた。アシュベルに同じことを言われた時は激怒して杖で殴りつけたのに、だ。
 
 立ち上がったヤルノの姿もやはり、美しかった。薄暗いはずなのに、月明かりに照らされたその体は発光しているかのようにどこまでも白く、くびれた腰と大きめの尻の描き出す美しいラインに不釣り合いな男根も、その女性性を際立てる。
 
 ゆっくりと尻を振りながら歩くその後ろ姿はまるで猫のようだ。
 
 ヤルノはすぐ近くにあるテーブルに置いてあった小さな紙包みと、水差しを持って戻ってきた。胸がない代わりに歩くたびに男の象徴が小さく揺れる。自分と同じモノがついているというのに、王はそれに嫌悪感を示すことなく薄い笑みすら浮かべていた。
 
「いつもの精力剤よ。ほら、お口を開けて」
 
 言われるがままに王は口を開け、ヤルノは包みの中の粉をそこに注ぎ込み、水差しの水を口に含んでから口移しで飲ませた。
 
「このお薬を飲んでいれば、きっと良くなるわ。その証拠に、王妃とはできなくても、私とはできるでしょう?」
 
 薬を飲まされると、心が落ち着いたのか、王はすぐにうとうとし、やがてそう時間をおかずして寝息を立て始めた。まるで母に寝付けられた幼子のようだ。
 
 それまでじっくりとその様子を確認すると、ヤルノは脱ぎ捨てられていたドレスを着て身支度を始める。包み紙も懐に入れ、証拠は残さぬ。
 
「間抜けな王……」
 
 ゆったりとした古代ローマのトガのようなドレスを着たヤルノの姿はまさしく夜魔か、妖精ニンフか、といったところである。人ならざる魔の物の姿。
 
 何故か分からないが、王の部屋への通路に、警護の姿は全くない。
 
 しかし悠々と歩くその姿に声を掛ける者がいた。
 
「まさか、王の部屋の淫魔が本当の話だとはな」
しおりを挟む
感想 23

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...