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その笑いとともに
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通例であれば、夜の街にはすすり泣きが聞こえ、葬儀を見学に来た人々は脱帽して頭を下げる筈であった。
何も跪いて頭を垂れろと言っているのではない。不穏な街の空気を王宮の人間達も感じ取っていた。なればこそ、町の人々に求めたのは「道を開ける事」と「礼をする事」だけであった。
「陛下が俺達に何をしてくれたっていうんだ!!」
予想もよらない言葉を掛けられると、人はどうなるのか。
「はっ……」
笑うのである。葬列の一番前にいた騎士団総長コルアーレは葬儀の最中であろうと当然ながら帯刀している。この国の盾であり剣でもある力の象徴なのだから当然だ。
とはいうものの、まさかこの厳かな雰囲気の中正面から堂々と喧嘩を売ってくるものがいるとは考えもしなかった。
実際には群衆の中からその声が聞こえただけで、相対しているわけではないのだが、突然に向けられた悪意と、その言葉の意味の分からなさに、思わずにへらと笑ってしまった。
「そうだそうだ! いつも俺達に何かさせ、奪うばかりで何もしてくれないじゃないか! 死んでからも敬意を強要しようってのか!!」
しかし予定外の出来事はそこで終わらなかった。堰を切ったように周囲は敵意と、暴言で満ち溢れた。
「コルアーレ殿!」
後ろから声が聞こえた。この葬儀の実務面を全て取り仕切っている内務省筆頭のウェンギスであった。
やおら正気を取り戻すコルアーレ。
とはいうものの、どうすればよいのか。これだけ市民が大勢いると、誰が無礼な口をきいたのかもわからない。それはまあいい。適当に目の前にいる不運な奴に罪を擦り付けて切り捨てればいいだけなのだから。
問題はそれ以前の問題、そもそも「剣を抜いていいのかどうか」という事である。
葬儀の警備をまかされてはいるものの、実際に国王の葬儀に暴漢が現れたなどという事件は知る限りでは一度もない。
主君の葬儀という神聖なる時の中において、そもそも剣を抜き、その庭先たる王都を血で汚すということ自体が不敬なのではないか。
当然ながら警護についているのはコルアーレだけではない。二百人もの騎士団の部下が配置についている。この騎士達はコルアーレが剣を抜けば、同様に剣を抜き、そして振るう。
聞こえている市民の悪態は一人や二人ではない。こうしている今も四方八方から聞こえてくる。これだけの市民を鎮圧するとなればそれはもう「事件」ではなく「乱」である。
この肝の小さい男には、罪もない市民を切り捨てることは出来ても、歴史に残る「乱」の引き金を引く勇気がなかったのだ。
そして彼と同様に大変に心を乱している人物が一人。女騎士ギアンテである。
近衛騎士である彼女は本来ならばこの葬儀に警護側として参列しなければならない立場。それが何の因果か彼女の主君であるイェレミアス王子と共に市民の中に混ざっているのだ。
そして、最初にこの葬列に突っかかって暴言を吐いたのが、他ならぬイェレミアスであった。
まだ、全てが終わっては、いなかったのだ。
イェレミアスが葬儀を欠席し、ギアンテを引き連れて市民の中に紛れ込んでいたのは『最後の仕上げ』をするために他ならない。そのことを彼女は今理解した。
彼女はイェレミアス王子付きの近衛騎士である。直接の主はイェレミアスであるが、王家に仕える騎士であることもまた事実。その立場でありながらイェレミアスが国を混乱に陥れる行為に目を瞑ることが、果たして騎士の道に適うものか。
平時であっても難しいこの問題に今のギアンテが正しい答えを用意できるはずもなし、ただ彼女は王子を見守る事しかできなかった。(そもそもイェレミアス王子ですらないが)
そうこうしている間にも市民達の罵詈雑言はヒートアップしていく。元々王家に対して持っていた不満に火がついたのだろう。おそらく中心となっているのは弾圧されていた民主化グループ。無関係であるのにその疑いをかけられた人々もいるのかもしれない。
一度イェレミアスが火を点ければ瞬時に燃え上がる。彼は「きっかけ」を作ったに過ぎないのだ。そしてさらに「きっかけ」を広げる。次に王子は落ちていた石を拾い、コルアーレ目がけて投げつけた。
さすがにこれに倣うものは少なかった。しかし一人、二人と真似して石を投げるものは少数ながらいたし、それだけいればすくたれ者のコルアーレの怒りに火をつけるには十分であった。
「何してるんですギアンテ、逃げますよ」
「え?」
もはや彼の仕事は終わったという事だろう。あとの者が何人か石を投げ始めたのを見てからイェレミアスはすぐにギアンテの手を引いて走り始め、広場を後にする。見れば他にも数名、勘の働くものが不穏な空気を感じ取ってその場から退散し始めていた。
「おのれ!!」
当然ながら騎士団総長コルアーレはその石が自分の忠誠を誓う相手、イェレミアス王子が引き金となって投げられたものだとは知らなかっただろうが、耐え切れず剣を抜いた。
いや、ただでさえ王別の儀での醜態が取りざたされている身。事ここに当たっては国全体の混乱の方が大きく、もはや彼の進退を云々している暇などない、というところがあろうが、この騒ぎを収めることができず、市民の為すがままとあれば彼の責任であっただろう。ここは抜剣するほかなかったのだ。
ともかく、彼は剣を抜き、手始めに目の前にいた小汚い格好の男を切り捨てた。特にその男が口汚く罵っていたわけではない。石を投げたわけでもない。ただ見せしめが必要だったのだ。
そして尋常であれば、それだけで平民どもは平伏し、恐慌状態に陥って何もできなくなるはずであった。
これを引き金に王都全体を巻き込んだ大暴動が起きるなど、誰にも予測など出来る筈はなかったのだ。
何も跪いて頭を垂れろと言っているのではない。不穏な街の空気を王宮の人間達も感じ取っていた。なればこそ、町の人々に求めたのは「道を開ける事」と「礼をする事」だけであった。
「陛下が俺達に何をしてくれたっていうんだ!!」
予想もよらない言葉を掛けられると、人はどうなるのか。
「はっ……」
笑うのである。葬列の一番前にいた騎士団総長コルアーレは葬儀の最中であろうと当然ながら帯刀している。この国の盾であり剣でもある力の象徴なのだから当然だ。
とはいうものの、まさかこの厳かな雰囲気の中正面から堂々と喧嘩を売ってくるものがいるとは考えもしなかった。
実際には群衆の中からその声が聞こえただけで、相対しているわけではないのだが、突然に向けられた悪意と、その言葉の意味の分からなさに、思わずにへらと笑ってしまった。
「そうだそうだ! いつも俺達に何かさせ、奪うばかりで何もしてくれないじゃないか! 死んでからも敬意を強要しようってのか!!」
しかし予定外の出来事はそこで終わらなかった。堰を切ったように周囲は敵意と、暴言で満ち溢れた。
「コルアーレ殿!」
後ろから声が聞こえた。この葬儀の実務面を全て取り仕切っている内務省筆頭のウェンギスであった。
やおら正気を取り戻すコルアーレ。
とはいうものの、どうすればよいのか。これだけ市民が大勢いると、誰が無礼な口をきいたのかもわからない。それはまあいい。適当に目の前にいる不運な奴に罪を擦り付けて切り捨てればいいだけなのだから。
問題はそれ以前の問題、そもそも「剣を抜いていいのかどうか」という事である。
葬儀の警備をまかされてはいるものの、実際に国王の葬儀に暴漢が現れたなどという事件は知る限りでは一度もない。
主君の葬儀という神聖なる時の中において、そもそも剣を抜き、その庭先たる王都を血で汚すということ自体が不敬なのではないか。
当然ながら警護についているのはコルアーレだけではない。二百人もの騎士団の部下が配置についている。この騎士達はコルアーレが剣を抜けば、同様に剣を抜き、そして振るう。
聞こえている市民の悪態は一人や二人ではない。こうしている今も四方八方から聞こえてくる。これだけの市民を鎮圧するとなればそれはもう「事件」ではなく「乱」である。
この肝の小さい男には、罪もない市民を切り捨てることは出来ても、歴史に残る「乱」の引き金を引く勇気がなかったのだ。
そして彼と同様に大変に心を乱している人物が一人。女騎士ギアンテである。
近衛騎士である彼女は本来ならばこの葬儀に警護側として参列しなければならない立場。それが何の因果か彼女の主君であるイェレミアス王子と共に市民の中に混ざっているのだ。
そして、最初にこの葬列に突っかかって暴言を吐いたのが、他ならぬイェレミアスであった。
まだ、全てが終わっては、いなかったのだ。
イェレミアスが葬儀を欠席し、ギアンテを引き連れて市民の中に紛れ込んでいたのは『最後の仕上げ』をするために他ならない。そのことを彼女は今理解した。
彼女はイェレミアス王子付きの近衛騎士である。直接の主はイェレミアスであるが、王家に仕える騎士であることもまた事実。その立場でありながらイェレミアスが国を混乱に陥れる行為に目を瞑ることが、果たして騎士の道に適うものか。
平時であっても難しいこの問題に今のギアンテが正しい答えを用意できるはずもなし、ただ彼女は王子を見守る事しかできなかった。(そもそもイェレミアス王子ですらないが)
そうこうしている間にも市民達の罵詈雑言はヒートアップしていく。元々王家に対して持っていた不満に火がついたのだろう。おそらく中心となっているのは弾圧されていた民主化グループ。無関係であるのにその疑いをかけられた人々もいるのかもしれない。
一度イェレミアスが火を点ければ瞬時に燃え上がる。彼は「きっかけ」を作ったに過ぎないのだ。そしてさらに「きっかけ」を広げる。次に王子は落ちていた石を拾い、コルアーレ目がけて投げつけた。
さすがにこれに倣うものは少なかった。しかし一人、二人と真似して石を投げるものは少数ながらいたし、それだけいればすくたれ者のコルアーレの怒りに火をつけるには十分であった。
「何してるんですギアンテ、逃げますよ」
「え?」
もはや彼の仕事は終わったという事だろう。あとの者が何人か石を投げ始めたのを見てからイェレミアスはすぐにギアンテの手を引いて走り始め、広場を後にする。見れば他にも数名、勘の働くものが不穏な空気を感じ取ってその場から退散し始めていた。
「おのれ!!」
当然ながら騎士団総長コルアーレはその石が自分の忠誠を誓う相手、イェレミアス王子が引き金となって投げられたものだとは知らなかっただろうが、耐え切れず剣を抜いた。
いや、ただでさえ王別の儀での醜態が取りざたされている身。事ここに当たっては国全体の混乱の方が大きく、もはや彼の進退を云々している暇などない、というところがあろうが、この騒ぎを収めることができず、市民の為すがままとあれば彼の責任であっただろう。ここは抜剣するほかなかったのだ。
ともかく、彼は剣を抜き、手始めに目の前にいた小汚い格好の男を切り捨てた。特にその男が口汚く罵っていたわけではない。石を投げたわけでもない。ただ見せしめが必要だったのだ。
そして尋常であれば、それだけで平民どもは平伏し、恐慌状態に陥って何もできなくなるはずであった。
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