リィングリーツの獣たちへ

月江堂

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その覚悟と実力

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「初めてギアンテを見た時、心が震えました」
 
 湧き水のある小さな小川の流れの近く、休憩をしながらヤルノはそんなことを呟き始めた。
 
「なんとなく噂では聞いたことがあったんです。グリムランドの王子と、僕の外見が似ているというのは。時々夢想することがありました。実は僕は王家の血筋で、生まれた頃に取り違えられてあの村にいるんじゃないかとか、いつか王宮の人間が迎えに来るんじゃないかとか」
 
 やがてその夢想は現実のものとなった。
 
 王族と平民の子供が取り違えられることなどありえない。ヤルノとイェレミアスにも当然血縁関係などない。しかしギアンテ白馬の騎士はヤルノの目の前に現れた。イルス村の虐殺という最悪の現実を引っ提げて。
 
「この世界に、こんなにも美しく、気高い人がいるのかと、僕はギアンテから目を離すことができなかったんです。この人についていけば、きっと僕の人生は変わると、確信がありました。この人に愛されたなら、どんなに素晴らしいだろうと」
 
 ヤルノは顔を上気させて熱っぽく語るが、ギアンテは複雑な表情であった。
 
 白銀の鎧に褐色の肌はよく映える。確かに目立つ外見ではあったが、「美しい」などと言われたのは生まれて初めての事であった。
 
 珍しさから手籠めにしようと画策してきた男は何人かいたものの、常に彼女の黒い肌は侮蔑と嘲笑の対象であり、それゆえにヤルノの賛美も素直に受け取ることができなかった。
 
「ヤルノは……私の事を恨んでいないのか? お前を殺そうとし、村を焼いた私の事を」
 
 そして、未だヤルノの事を計りかねていた。両親を殺したのも恨みからではないと、イェレミアスをハメたのもほんの悪戯のつもりだったと、言葉は理解できる。しかしそれを心が理解できないのだ。
 
 もし彼の言っていることが全て本当なら、ヤルノは人の死を何とも思っていない事になる。騎士団に籍を置く以上、彼女もそんな人間を何人も見てきている。だが、そんな戦場で心の壊れてしまった人であっても、敵や他人の死と愛する人の死ではまるで重みが違うのが当たり前だ。ヤルノは、愛する人の死に於いても、心は動かないのだという。
 
 ギアンテは自分がイェレミアス王子を殺してしまったことを知って心の平衡を失うほどに取り乱したというのに。
 
 もちろん、好かれるのは悪い気はしない。しかしこの気持ちのすり合わせが出来ないまま隣にいるのは随分と座りが悪いというか、いや、その程度ではない。
 
 人間の姿をしていて言葉は交わせるものの、まるで理解不能な化け物と対話しているような、そんな不気味さがある。共に歩んでいこうと決断したが、そこの部分に決着がついていないのだ。
 
「ヤルノ、私はあなたに謝らなくてはいけないことがいくつもあります」
「そんなものはありませんよ」
 
 即答であった。
 
 村を焼いて同郷の人間を皆殺しにしたことも、身勝手な理由でそれまでの生活を全て奪ったことも、そして口封じのために殺そうとしたことも、彼にとっては大したことではないのだ。
 
 それではあまりにも釣り合いが取れない。本人が罪を感じているのに、肝心の相手がその罪を許すどころか、謝る事すらも許さないというのだ。
 
「それよりも、来たようですよ」
 
 ゆっくりと立ち上がるヤルノに倣ってギアンテも立ち上がる。緊張の面持ちでクロークの中の短剣を握る。
 
「とうとう見つけたぞ、リィングリーツの獣め」
 
「やはり、イェーゲマイステルか」
 
 以前に町の酒場にお忍びで行った時に、一度だけ顔を合わせている。小柄だががっしりした体格の、ウシャンカ(毛皮の帽子)の老人。四匹の老犬を手足の如く操る狩りの達人が姿を目の前に現した。

 ヤルノとギアンテには正直に言って迎え撃つ準備は全くできていない。敢えて言うならば相手は老人と老犬、スタミナには不安がある一方で二人は休憩をとっていたので、その分は体力的に余裕があるかもしれない、といったところか。

「僕に何か用ですか」

「とぼけまいぞ」

 時間を稼ぐヤルノ。老人と問答を繰り返しながら周囲を確認する。後ろには道が繋がっており、右手は小川がある。犬の機動力ならば足場の悪い川沿いの岩場も苦にならないだろうし、水も平気である。反対の左手側は茂みと若干の登り斜面。登坂と木登りの苦手な犬にとってはこちらの方が不得手ではあるが、やはり真っ直ぐ道を走る方が良さそうではある。

「公爵令嬢キシュクシュのお付きの騎士、ヒルシェンは儂の孫だ。仇を討たせてもらう」

 やはり危惧した通りの事態が起きていた。

 今のヤルノ、もしくはイェレミアスを追う人間がいるとすればそれは王宮ノンインゲンではなく私怨から来たものであろうという予測。そしてあの酒場で出会った老人。

「大恩ある王家に弓引くという事ですか。ヒルシェンは令嬢と共に僕の殺害を企てました。その報いを受けたに過ぎないです」

 嘘は言っていない。しかしヤルノの殺害を企てたこととヒルシェン殺害の間には全く関連性はない。ヤルノが言い訳を並べている間ギアンテはクロークの中で何やらごそごそと準備をしていた。

「とぼけるな、と言っている。もし本当にそうなら公に罪に問えばいいだけの話だ。それに……」

 老人の視線が一層険しくなる。

「気づいてないとでも思うか。お前はイェレミアス王子ではないな。本物の王子は今頃その身を焼かれ、土の下だろう」

 ヤルノとギアンテ、二人の額に冷や汗が浮かんだ。

 この老人、いったいどこまで真実を掴んでいるというのか。

 そしてそこまで掴んでいながらもその情報を国家権力に託すことなく、自分の身一つでの復讐を選んでここに来たというのだ。

 それだけの覚悟があるのだ。

 それだけの実力があるのだ。
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