カナリア

至里

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001:23時の灰かぶり

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 僕だけのカナリア
 鳴けないカナリア
 どこにも行かないでくれ
 鳴かなくてもいい 歌わなくていいから
 ただそばにいて それだけでいい ただそれだけで――






『違法に『カナリア』の臓器移植を行ったとして、ココノエ重工の取締役である
九重荘司(35)が殺人の疑いで逮捕されました』

 ニュースから流れてくるものは、いつだって重苦しいものばかりになってしまった。

『また、九重容疑者は自身の第2タイプを本来の『ホーク』ではなく『ケージ』であることを偽って『カナリア』と接触していた可能性があり、余罪があるとみて捜査を進めております――』

「ココノエ重工ってめちゃくちゃCM多かったよね。自粛やばそう~!」
「ま~たタイプツーCMエンドレスになるの勘弁してほし~。子どもの頃から何度目だって感じ」
「つか、そもそも事件起こすなって話だよね。どんだけ理性ないのって」
「あ、でも顔はいいなこいつ……。やっぱ上位なだけあるわ」

 珈琲の香りが漂う休憩ラウンジ。本来であれば一息つけるスペースだというのに、話題はどいつもこいつも同じ。少しの恋愛と、誰かの愚痴と、あとはずっと『ホーク』、『ケージ』、『カナリア』。

「あ。てかてか、うちの社長も『ケージ』じゃん? 『ケージ』の中でもピンキリありすぎじゃね? フツメンから、ちょっといいな~くらいのレベルに、イケメン御曹司までって幅ありすぎでしょ」
「わかるわ。名前的には『ホーク』のほうが強そうだしねぇ」
「や、でも実質『ホーク』って犯罪者予備軍じゃん?」
「そうだけど~。ヤクザの愛人とかに比べたらだいぶマシじゃん? ……は~、私が『カナリア』だったら社長囲ってくれんかな~! カッコイイし、才能ありすぎだし、身長高いし、お金もあるし、顔がイイし!」
「わかる~! イケメン最高~目の保養~! その上生活困らんとか最高すぎでしょ!」

 きゃははと笑う彼女たち。慎みをどこかに置いてきたような甲高い声に耳がキンキンする。

「でもぉ、社長がマジで『ホーク』だったら、食べられちゃってもいいかも~?」
「え、マジ!? ……あー、でもちょっとわかるかも。ステータスヤバな男を私が繋ぎとめてるーとか、一線越えさせないのは私がいるから~とか優越感すごそ」
「つか、『カナリア』だったら働かなくてもよかったじゃん? 金持ち候補の『ケージ』や『ホーク』に養ってもらえた可能性大だし。『カナリア』に生まれただけでめちゃくちゃ美人で声もいいのは確定してるわけじゃん?」
「たしかに生まれた時から勝ち組の見た目してんのはうらやまだよね~……でもさ、連日こうニュース見てると……ちょっとね……」
「あー……ね。結局あたしらみたいな『一般人オーディ』が一番楽かもねー。働かなきゃいけないのはダルすぎるけど」
「ホントホント。せめても~ちょっと顔が良かったらさっさと経済的に安定してるそこそこフツーの男つかまえて、サクッと寿退社して専業主婦するのになー」
「は~、やってられませんなぁ~! そのうえ残業だなんてなぁ~!」
「さっさと終わらせて飲みにでも行こ~」

 カツカツと主張するヒールの音とともに化粧の濃い匂いが近づいてくる。

「すいませぇん。これも捨てといてくださぁい」

 こくりと頷いて受け取ると、二人分の紙コップを渡される。紙コップの中にはガムやお菓子の包み紙にティッシュ、包装フィルムとぐしゃぐしゃになった煙草の空き箱が突っ込まれていた。
 渡すだけ渡して女性社員たちはさっさとラウンジを出て行った。

(……分別もまともにできないのか)

 紙コップの中に詰まったゴミを選り分け、周囲に他に誰もいないことを確認してから溜息をついた。

 この世界は、やさしくない。

(――『ホーク』、『ケージ』、『カナリア』……)

 どいつもこいつも自分本位で、他人に興味がない。自分と自分の周りだけが世界のすべてだと思っている。本当はそうじゃないと気付いているのかもしれないけど、気付かない振りをしている。見たくないものを見ないようにしている。
 気付いたところでどうにかできるものでもないかもしれないけれど、面白半分に言うようなことが無くなればいいのに。対岸の火事にも似た当事者意識のない他人事思考が、現状を変えられないことの一因なんじゃないのかと思うと嫌になってしまう。

(……ダメだ、ストレスを溜めるな)

 小さく首を振って嫌な思考を霧散させる。今日はせっかくの週末なのだ。
 ゴミ袋の口をぎゅっと縛ってカートに積み込む。さっさと次のフロアに行ってしまおう。




添頼そよりくん、おつかれ~! ごめんねぇ、今日は先に帰っちゃうから大変かもしれないけど」

 同僚の井桁いげたさんが申し訳なさそうに頭を下げる。人当たりのいいおじさん――というよりもうおじいさんだな――にそんな顔をさせてしまうのは、別に悪いことをしているわけではないのになんだか心苦しい。
 大丈夫ですよというモーションを取ってから、首から提げたタブレットにトトトと指を走らせる。

『気にしないでください! それに明日は休みですし、問題ないです!』
「そう? そう言ってくれると助かるよ。なかなか他の人には頼めなくて……いま会社も人手不足でしょ? ほら、この間までいた……なか……なかやさん? だっけ。あの人もちょっと問題起こしていなくなっちゃったしさぁ……」

 たしか、数日だけでぱったり来なくなってしまった人だったか。ここのビル内は比較的楽なのに勿体ないなと思っていたのだが。

「ああごめんね! ただでさえこんな話題ばっかで嫌になっちゃうよね。もっと楽しい話題にしよう!」

 なんと返答したものかと指を止めていたら、気を遣われてしまった。

『大丈夫ですよ! それより早く帰らないと奥さん待ってますよ!』
「ありゃ、もうこんな時間か……ごめんねぇ添頼くん。それじゃあ上の施錠もよろしくね!」
『はい。お疲れさまでした!』

 いつもより気持ち早足で出て行く井桁さんを見送って、残りの仕事を確認する。と言っても手のかかるものはほとんど終えていて、残るは屋上の施錠と引継ぎ書と日報の作成だけだ。提出先が複数でしかもフォーマットも違うだなんて面倒くさいことこの上ない。さっさと統一してくれたらいいのに。
 普段はどちらかが引き継ぎ書の作成をして、もう一人が屋上の施錠に行く。屋上に行くまでに数フロアをランダムで見て回る。屋上についたら異常がないか念のため一回りして、それから施錠しなおし詰め所に戻るのだ。そもそも僕らはこのビルの雇われ清掃員でしかない。警備員はちゃんと常駐しているので、本来こちらの仕事ではない。
 それでも「万が一」があることをどこの会社も恐れている。おかげで警備会社の需要はずっと上がったままで、慢性的な人手不足だ。うちの会社もビルの大きさに対して警備員の数は少ないように思える。玄関や地下駐車場などの出入り口に警備員の人数は割かれ、高層ビルゆえに進入経路としての可能性も薄く、警備員詰め所から遠いという理由で僕ら清掃が屋上の施錠を兼任するほどに。
 何度か社内で倒れている人を見つけたこともある。適当な場所で仮眠を取っているだけだったり、飲み会のあと会社の休憩ラウンジに寝に戻ったりということが大半だ。屋上は夕方には施錠をしているので念のための確認ではあるのだが、うっかり取り残された人がいないとも限らないし、ないとは思うが鍵を壊して侵入される可能性もある。高層ビルなだけに飛び降りという話も聞く。うちのビルではきっちり施錠もしているので起こっていないが、3つ4つ隣の高層ビルでは過去にあったらしい。
 働き始めてから『カナリア』関係の騒動が社内で起こったという話は聞かないし遭遇したことはないが、社内の人間が事件を起こした、巻き込まれたという話はあちこちで聞く。それくらい他人事ではないくらい近いところで起こっているというのに、『カナリア』でも『ケージ』でもない一般人はどこまでも知らん顔だ。まるでネットの中のフィクションを楽しんでいるかのような気軽さで、話題として消費されていく。

(今日は本当に嫌なことばかり考えてしまうな……)

 引継ぎ書と日報を大体書き終え、気持ちを切り替えて屋上の施錠に向かった。
 この時間はもうほとんどのエレベーターは止められている。動いているのは2基だけ。しかもこの時間は社員証のIDカードをかざさないと動かない。僕らのカードでは詰め所のある25階から上のフロアに行くためにエレベーターは動かせない。フロアには入れるのに、エレベーターは使用できないのはクソ仕様だと思う。
 エレベーター用のカードを借りるのに警備室に行ったこともあったが、毎回書類を書かなければいけない面倒さと、警備上の理由からエレベーターが稼動している時間帯にカードを先に借りておくことはできないというので、運動がてら階段を使うようになった。
 階段への扉を開けると、いつも通りこもった生温かい空気がある。薄暗い照明と、だだっ広い階段をただひたすらに上へ上へと進んでいく。スタート地点は真ん中だから、上も下も同じ景色でどこまでも続いていくようだ。コツコツと自分の足音だけが響いていたが、徐々に息が切れてくる。
 階段のおかげで運動不足はだいぶ解消されたが、それでも20階以上階段でフロアを上がっていくのはかなり疲れる。そんな時は階段を上るのを中断し、フロアに入ってぐるりと様子を見る。異常がないことを確認したら、自販機で飲み物を買ってラウンジで数分休むこともある。そうしてようやく屋上にたどり着く。
 52階だったか。きっちりと施錠されていることを確認してから、鍵を差し込んで扉を開ける。新鮮な空気が流れ込んできて、火照った頬を心地よく撫でていく。
 時計を見るともうすぐ23時になりそうだ。車のライトだろう光は忙しなく流れていて、こんな時間なのにあちこちのビルや店のライトはまだ煌々としている。人もまだ大勢見える。この街は騒がしくて、こんなビルの上からだっていうのに地上と変わらず喧騒が聞こえてきそうな気さえした。

(今日は風が強くて良かったな……)

 高層だからというのもあるんだろう。地上よりも風を強く感じる気がする。
 一通り見て回った屋上は、特にいつもと変わりはなかった。

(ごみもなし、人もなし……よし)

 誰もいないことを確認してぐーっと背伸びをしてから、首元へ手を伸ばす。
 制服の襟元を緩め、チョーカーについた電源をオフにする。

(あ……ああ……)

 切った直後はやはりなかなか声は出ない。それでも少しずつ息を出して続ける。

「あー……ああー……んんっ、よし」

 ようやく声が出るようになった。耳に響く自分の声はこうも懐かしいものだったかと、この瞬間は毎回同じように感じてしまう。
 念のためもう一度人がいないか辺りをきょろきょろと確認して、それから大きく息を吸った。

「僕だけのカナリア――――」

 ああ、今日は風が強くて本当に良かった。
 こんな風の強い日。しかもこんな高いビルの屋上で、僕が歌っていたって誰にも気付かれない。気持ちいい。どれだけ声を出そうと風がかき消してくれる。自分の好きに声を出せている。いつも風が強ければいいのに。
 本当は歌うのが好きだ。こんなにも綺麗なメロディーを自分で奏でられるのだから。
 喋るのが好きだ。タブレットなんか使わなくても、もっと簡単にコミュニケーションが取れるのだから。

 もっと自由に歌っていたい。
 僕が『カナリア』じゃなかったら、『一般人オーディナリー』だったら。『ケージ』や『ホーク』なんてなかったら。
 もっと、好きに歌えるのにな。

「それだけでいい――それだけ――――」


 突然、「ガァン!」と金属音が響いた。
 驚いて思わず声を上げてしまい、僕は音のしたほうをおそるおそる振り向く。
 屋上の扉が開いて、男がずるりと闇から姿を現した。

(しまった……! 施錠し忘れた!)

 普段なら絶対に忘れたりしないのに。久々に声が出せそうだと気が緩んでいたんだろう。

「歌っていたのは……お前か……!?」

 見慣れない男がふらふらとこちらに近づいてくる。

「えっ、あっ」

 僕は慌てていて、チョーカーの電源を上手く入れられずにいた。

「…………お前……『そう』、なんだな?」

 じりじりと近づいてくるが、強風に煽られて男は今にも倒れそうだ。
 でかい。黒い。怖い。逃げなければ。
 仮にこの男が『ケージ』だとしても、一言くらいであれば大丈夫なはずだ。

「ひっ、人違い……ですっ」

 普段人と喋ることはないから、しぼり出した声は上擦り、かすれていた。
 指先がようやくチョーカーの電源に触れ、慣れた作動音を感じて安堵する。
 よし、これで声は出せなくなる。

「やはりお前……俺の……な……あ……」

 ふらふらとしていたが、男はついにどさりと倒れてしまった。

(ちょ……っ!)

 慌てて駆け寄ると、男はすぅすぅと寝息を立てていた。



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