同級生と余生を異世界で-お眠の美人エルフと一途な妖狐の便利屋旅-

笹川リュウ

文字の大きさ
10 / 109
余生の始まり

10.会議の事前準備

しおりを挟む
 マルクスの部下であるノエルに案内されたのは白い長机がずらりと並ぶ部屋。
 謁見の間とは打って変わり、テレビドラマによくある警察の捜査会議室のような、些か殺風景な空間。
 ここで神木への魔力補填について説明されるらしいが、部屋にはまだ誰もいなかった。
 窓から吹き込む風で群青色のカーテンがはためいている。
 ノエルは長い前髪を押さえながら窓を閉め、風で散らばった栗色の前髪を手櫛で直すと、目尻に皺を作り照れくさそうに微笑んだ。
 マルクスには劣るが、彼もまた騎士らしいがっしりとした体格をしている。
 真紘は思わず自分の腕と見比べた。
「今日も一番乗りですね。お二人はこちらでお掛けになってお待ちください。それから、改めて御礼申し上げます。最近のマルクス様は奥様の身を案じてずっとソワソワ、ソワソワ……それが伝染して他の部下までソワソワし出す顛末。お二人が背中を押してくださったおかげで、私の心配事も一つ解消されました」
 やれやれと困った様にため息をつく彼だが、それだけマルクスとの良い関係が伺えた。タルハネイリッカの騎士団はマルクスを大分慕っているようだ。
 この部屋に来るまでも、ノエルはこの世界の常識や、タルハネイリッカ領のオススメスポット、マルクスの面白いエピソードまで様々なことを聞かせてくれた。
 真紘は窓に近い椅子に腰かけた。当たり前のように重盛は隣に座る。
「ふふっ、それは良かったです。元気なお子さんが生まれたら、マルクスさんにつられてタルハネイリッカ領全体もさらに明るくなりそうですね」
「ええ、皆、マルクス様の明るさに引っ張られて何とかやっていますので。領主の家に子供が生まれると、お披露目を兼ねた祭りが行われます。大体産まれてから三か月後くらいですね。その際はお二人もいらしてください。出店もでますよ」
「なんだっけ、ロヒィ……?」
 重盛が眉間に皺を寄せて机を指で小突くとノエルは笑った。
「ロヒケイットですね。鮭とじゃがいも、人参に玉ねぎなんかを牛乳で煮たスープで、マルクス様の大好物なんです。それは残念ながら出店向きじゃないので出ませんが、年中食べられる料理なので、美味しい店も紹介しますよ」
「おお~! 嬉しいっす! ちょっと腹減ってきたかも」
 朝食後にも関わらず重盛はまだ食欲があるようだが、真紘は朝からフルコースを胃に詰め込んだためそんな気分にはなれなかった。
 救世主様方のために腕を振るいましたと目を輝かせるシェフに迫られ、朝はパンひとつで十分だとは言い出せなかったからだ。
 胃をさすりながら真紘は曖昧に微笑んだ。
 ノエルは何かあればいつでも呼んでくれと、魔石の欠片を二人に持たせて部屋を出て行った。

「この欠片が通信機器になるなんて不思議だね」
 真紘は天井の灯りに乳白色の魔石を翳した。
 魔力を含んだそれは城の至る所にあり、天井の光も魔石から放たれていた。
 スイッチのオンオフは魔石に自身の魔力を流すだけの簡単な仕様だ。
 この魔石は通話のみ可能。姿が見えたり小さな物を送れたりする通信に適した魔石は中々採れない上に高価なため、特別な時にのみ使用されている。
 さらに魔石は永遠に使えるわけではない。
 繰り返し魔力を注いで使用できるが、使った分だけ消耗し、最後は本体が砕けて消えてしまうそうだ。
 この世界ではほとんどの人が魔法を使えるため、テレビは勿論、スマートフォンといった電子機械はあまり発達していないらしい。
「同じ魔石から出た欠片じゃないと通話できないのは不便だけど、糸電話みたいで面白いよな」
 重盛は顔の横で親指と小指を立てて電話のポーズを取るが、今の耳はもう少し上だ。
 先ほども尻尾の存在を忘れ、廊下に飾ってあった花瓶を割ったばかりの彼は、まだ身体の変化に慣れていないようだ。
 真紘も銀色の長い髪が視界に入ると未だにぎょっとしてしまう。
「電波じゃなくて、魔力で繋がる縁も面白いかもね。魔物から取れる魔石が日常的に使われていると聞いて最初は驚いたけど、騎士団やギルドの主な仕事が生活のための魔石採取と知って少し安心したよ」
「安心?」
「だって騎士団とかギルドなんて聞いたら、国同士の戦争があるのかなとか、ダンジョンがあるのかなとか考えてたから」
「あーなるほど。農業、漁業、林業みたいな生活に必須なジャンルで良かったってことね。魔力補充待ちのこの星だからこそ、魔力激やばの最強モンスターみたいなのが産まれないってのも良いとこだよなぁ」
 真紘は深く頷いた。
 【魔力溜まり】といった、人間でいう血液の流れが悪くなるような現象がリアースの大地にも起こる。
 その魔力を吸収してしまった動植物が体内の魔石を膨張させ、狂暴化してしまう。
 幸か不幸か、討伐された魔物は砂となって消え、膨張してしまった魔石は空の状態で残り、再利用されるのだ。
 人が魔力溜まりに中てられた場合は、教会で治療を受けるのだという。
 でもさ、と重盛は椅子に背をつけたまま天井を見上げた。
「真紘ちゃんのギフトはなんでも作れるし、やろうと思えば大体の事はできるわけでしょ? 俺も女王様よりパワーがあるってお墨付きをもらった。救世主としてやってきた人間がこの世界を支配してやろうなんて考えたら、簡単にこの世界のバランスが崩れると思わねぇ?」
 下がった声のトーンの先には、いつになく真面目な表情をした重盛がいた。
 視線が合うと、真紘は困ったように苦笑いを浮かべた。
 どうやら彼も自分と同じことを考えていたようだ。
 魔石にしてもそうだ。いくら大きな危険がないとはいえ、騎士や冒険者といった、訓練を積み重ねたものではければ採取できない。
 それを真紘がポンと簡単に作り出し流通させてしまっては、危険な魔物は増える上に、それを仕事とする人々の生活が成り立たなくなってしまう。
 真紘は異世界に来るまで本屋でアルバイトをしていた。
 そこでは本一冊であっても、受注、出荷、納品、販売といったプロセスを踏んで、漸く人々の手に渡ることを学んだ。
 元を正せば、真紘が販売していた本も、筆者、編集者、表紙を作った人、紙を作った人、インクを作った人――と、想像できないほどの多くの人が関わっている。
 社会のほとんどが、可視化できない誰かの人生の連続で成り立っていることを学生なりに理解しているつもりだ。
「救世主がこの世界の根底を覆すことは容易いだろうね。でも世界を変えてやろうなんて考えは一ミリもないよ。だって僕はこの世界を保つために呼ばれたんだから。国を乗っ取って酒池肉林したいとか、そんな野心も更々ないよ。インフラを崩壊させないように、ひっそり生きていくつもり。歴代の救世主だってそうしてきたから今の世界があるんだろう?」
 それにこの世界で関わってしまった人々をもう嫌いにはなれそうになかった。
 人付き合いが苦手なだけであり、人間が嫌いなわけでもない。
 単純だと言われてしまうかもしれないが、そう思ってしまったのだから仕方がない。
「そう言うと思った。俺も楽しく生きてたいだけだし、真紘ちゃんとロヒケイットを食べるには、この世界の平穏を守らないとじゃん?」
「年内には達成されそうな目標なんだけど」
「わははっ、でも、しょっぱいもんを食ったら甘いもんも食いたくなんのよ。タルハネイリッカに行った後も俺のグルメツアー付き合ってよ」
「確かにそうかもね。落ち着いたらマルクスさんに旅に出たいって相談してみよう」
「やったぁ~! まあ、真紘ちゃんのことは元から心配してなかったけど、あとの三人がどう考えるかはわかんないっしょ? マルクスのおっさんやノエルさんに聞いた感じ、この世界には大きな戦争も魔王討伐もない。じゃあ、俺の職業はこの世界に必要あんのかって疑問に感じてさ。もしかしたら世界の根底を覆すような反乱分子が現れた時に始末するため付与されたもんなのかなって……思ったりなんかしちゃって?」
 そういうと重盛は大袈裟に笑った。
 突然与えられた能力に怯えていたことも自分とまた同じだったのだ。
 真紘は重盛の両手を自分の手で包み込んだ。
 自分の手では彼の手を全て覆うことはできないと判っていたが、それでも良かった。
「もしそうであっても絶対にそんなことはさせない。僕達には強力な魔法や力が与えられたけど、それって心まで変わってしまうものなの? 僕は初めて出会った時の君と、今の君は何も変わらないように思えるよ。それに僕達は幸いにも種族間を超えてコミュニケーションを取ることができる。きっとそれにも意味があるはずだよ。他の救世主が誰であっても、これから出会う人がどんな人でも、話し合える。分かりあえるはずだ。アテナ様は支え合って生きろと仰っていたね。それは、僕達が長命だからだけじゃない、人として大切なことだからじゃないのかな」
 不安を取り除きたい一心で語ってしまった。
 図書室で自分の痛みよりも相手を心配していた彼は、今も変わらない。
 たった一日でも十分に理解できたことだ。言葉に嘘は一つもない。
 視線を合わせたまま何言わない重盛は、自分の勢いに引いてしまったのだろうか。
 段々と恥ずかしくなってきた真紘は手を離した。
「そ、そういうことなので……」
 勢い良く身を翻して窓側を向くと、耳の先まで真っ赤な自分が窓に映った。
 思わずぎゅっと目を閉じると、腰に手を回され、後ろから抱きしめられた。抵抗する間もなく、羽織っていたショールがずり落ちる。
「真紘ちゃん、ありがと。こっちに来て仲良くなれて良かった。俺が最初に見つけて良かった……でも、多分一つ間違えてるわ」
 回された腕の力が強く、振り向くことができない。
 素直に何が間違っているのかと問えば、重盛は腕の拘束を解き、ショールを拾い上げて真紘の肩に掛け直した。
「初めて会った時のこと」
「学校の図書室で、僕が君に本を突き刺した時のこと?」
 真紘が元の位置に体を戻すと、重盛はまた悪戯な笑みを浮かべて言った。
「わははっ、そんなこともあったねぇ。だけどそれも残念ながら不正解。やっぱ思い出すまで内緒にしとくか」
「もしかして入学式?」
「どうでしょ」
「ヒントが欲しい」
「ん~。旅先で美味しいもの食べたら思い出す、かも?」
 重盛はのらりくらりと答えをはぐらかす。
 どうやらこのクイズは長期戦になるらしい。忘れている自分が悪いのだから、強く出ることはできない。
 一体いつ彼と出会ったのだろうか。
 真紘は唸りながら天井を仰いだ。
しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬下諒
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 造語、出産描写あり。前置き長め。第21話に登場人物紹介を載せました。 ★お試し読みは第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

VRMMOで追放された支援職、生贄にされた先で魔王様に拾われ世界一溺愛される

水凪しおん
BL
勇者パーティーに尽くしながらも、生贄として裏切られた支援職の少年ユキ。 絶望の底で出会ったのは、孤独な魔王アシュトだった。 帰る場所を失ったユキが見つけたのは、規格外の生産スキル【慈愛の手】と、魔王からの想定外な溺愛!? 「私の至宝に、指一本触れるな」 荒れた魔王領を豊かな楽園へと変えていく、心優しい青年の成り上がりと、永い孤独を生きた魔王の凍てついた心を溶かす純愛の物語。 裏切り者たちへの華麗なる復讐劇が、今、始まる。

異世界召喚チート騎士は竜姫に一生の愛を誓う

はやしかわともえ
BL
11月BL大賞用小説です。 主人公がチート。 閲覧、栞、お気に入りありがとうございます。 励みになります。 ※完結次第一挙公開。

裏乙女ゲー?モブですよね? いいえ主人公です。

みーやん
BL
何日の時をこのソファーと過ごしただろう。 愛してやまない我が妹に頼まれた乙女ゲーの攻略は終わりを迎えようとしていた。 「私の青春学園生活⭐︎星蒼山学園」というこのタイトルの通り、女の子の主人公が学園生活を送りながら攻略対象に擦り寄り青春という名の恋愛を繰り広げるゲームだ。ちなみに女子生徒は全校生徒約900人のうち主人公1人というハーレム設定である。 あと1ヶ月後に30歳の誕生日を迎える俺には厳しすぎるゲームではあるが可愛い妹の為、精神と睡眠を削りながらやっとの思いで最後の攻略対象を攻略し見事クリアした。 最後のエンドロールまで見た後に 「裏乙女ゲームを開始しますか?」 という文字が出てきたと思ったら目の視界がだんだんと狭まってくる感覚に襲われた。  あ。俺3日寝てなかったんだ… そんなことにふと気がついた時には視界は完全に奪われていた。 次に目が覚めると目の前には見覚えのあるゲームならではのウィンドウ。 「星蒼山学園へようこそ!攻略対象を攻略し青春を掴み取ろう!」 何度見たかわからないほど見たこの文字。そして気づく現実味のある体感。そこは3日徹夜してクリアしたゲームの世界でした。 え?意味わかんないけどとりあえず俺はもちろんモブだよね? これはモブだと勘違いしている男が実は主人公だと気付かないまま学園生活を送る話です。

2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。

ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。 異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。 二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。 しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。 再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。

過労死で異世界転生したら、勇者の魂を持つ僕が魔王の城で目覚めた。なぜか「魂の半身」と呼ばれ異常なまでに溺愛されてる件

水凪しおん
BL
ブラック企業で過労死した俺、雪斗(ユキト)が次に目覚めたのは、なんと異世界の魔王の城だった。 赤ん坊の姿で転生した俺は、自分がこの世界を滅ぼす魔王を討つための「勇者の魂」を持つと知る。 目の前にいるのは、冷酷非情と噂の魔王ゼノン。 「ああ、終わった……食べられるんだ」 絶望する俺を前に、しかし魔王はうっとりと目を細め、こう囁いた。 「ようやく会えた、我が魂の半身よ」 それから始まったのは、地獄のような日々――ではなく、至れり尽くせりの甘やかし生活!? 最高級の食事、ふわふわの寝具、傅役(もりやく)までつけられ、魔王自らが甲斐甲斐しくお菓子を食べさせてくる始末。 この溺愛は、俺を油断させて力を奪うための罠に違いない! そう信じて疑わない俺の勘違いをよそに、魔王の独占欲と愛情はどんどんエスカレートしていき……。 永い孤独を生きてきた最強魔王と、自己肯定感ゼロの元社畜勇者。 敵対するはずの運命が交わる時、世界を揺るがす壮大な愛の物語が始まる。

【完結】テルの異世界転換紀?!転がり落ちたら世界が変わっていた。

カヨワイさつき
BL
小学生の頃両親が蒸発、その後親戚中をたらいまわしにされ住むところも失った田辺輝(たなべ てる)は毎日切り詰めた生活をしていた。複数のバイトしていたある日、コスプレ?した男と出会った。 異世界ファンタジー、そしてちょっぴりすれ違いの恋愛。 ドワーフ族に助けられ家族として過ごす"テル"。本当の両親は……。 そして、コスプレと思っていた男性は……。

処理中です...