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しおりを挟む第一志望校に合格して大学生になった透琉は、就職した新多とほぼ毎日のように会っていた。
新多が透琉の通う大学の目の前にあるマンションで一人暮らしを始めたからだ。
今では、講義の空き時間に合鍵を使って出入りしている。
在宅ワークをしている新多の邪魔にならぬよう、透琉は、リビングで勉強したり二人分の料理を作ったりする。
同じ空間にいながら、別のことをしていても、そこにいるだけでほっとする。そんな関係へ変化を遂げていた。
受験が終わってから根気強く寿美子を説得し続けた透琉は、この春から自身で予定を決めて行動している。
自分が泣いても喚いても頑なに意志を曲げない息子の反抗に戸惑い、寿美子は早々に夫の将司に相談していた。
しかし、将司は昔から一人息子であるはずの透琉には興味がなく、今回も全く干渉してこなかった。
志望校大学の合格が発表されたことで、寿美子も多少気が紛れたのか、事前に一週間分の予定表を寿美子に提出する折衷案でひとまず決着がついた。
いずれは完全に自立することが目標だが、高校卒業後も新多と共にいるという目的はクリアしているので、透琉は心穏やかに過ごしていた。
試験期間が終わり、長い夏季休暇へと突入した。
大学で勉強すると言って家を出た透琉は、いつものように新多の自宅で何でもない日を過ごした。
その晩に事件は起こった。
寿美子が、自身の両親が代表を務める会社の役員とその娘を自宅に招き、こともあろうに縁談を薦めてきたのだ。
透琉は、その場で見合いを断ったが、寿美子は相手が帰った後に、透琉の将来を勝手に悲観して泣き叫び始めた。
将司は寿美子の金切り声から逃げるように、さっさと自室へと籠ってしまった。
「どうして、どうしてなの……透琉さん、ううっ、ううわああんッ‼」
足元に縋りついて来た寿美子の虚ろな瞳が恐ろしく、透琉は思わず自身の顔を覆う。
ようやく自分の意見も聞いてもらえるようになったと思ったのに、寿美子にとってはその場しのぎの返事だったのだろう。
だからこの様な事態になるのだ。
「去年の今頃あたりから、あなた変よ……。どうして私を困らせるの?」
「母さんを困らせたいわけではありません。僕は自分のことは自分で決めたいだけなんです」
「家柄も容姿も完璧なお嬢さんよ! あの方以上に素晴らしい方なんていないわよお!」
確かに寿美子の言う通り、穏やかで聡明な女性だった。
それでも一緒にいたいのは新多しかいない。
緊張の糸を丁寧に解いてくれる「透琉」と呼ぶ甘ったるい声。
寂しがり屋な一面は、自分が支えてやりたいと思うし、楽しい、嬉しい、と言われると心の底から力が溢れてくる。
カッコいい、かわいい、と撫でてくれる自分より大きな手が恋しい。
理屈ではなく、心が新多の隣にいたいと痛いほど訴える。
ああ、そうか僕は新多が特別なんだ――。
こんなタイミングで友愛以上の感情を抱えていることに気付くなんて、なんて間が悪いのだろう。
愛を知った今、家族という固定概念に囚われて、縛られて、泣きじゃくる寿美子が哀れに思えてならない。
「母さんの言う通りの道を進んで、指定された人と結婚して、僕が本当に幸せになれると思いますか? 自分の意志が一切反映されない人生は、幸せと言えるのですか……」
「大事な一人息子には幸せになってほしいから言ってるのよ。こんなに尽くしてきたのに、あなたまで私を否定するつもり⁉ なんで夫にも息子にもいないもの扱いされなくちゃいけないの⁉」
こちらの希望や要望は透明化され、心を無下に扱われる。昔からずっとそうだ。
「いない者扱いしているのは、母さんの方です。僕の意志は、なかったことにされた声は、一度も感じ取れなかったんですか? 聞こえなかったんですか?」
「ううぅ……っ」
「自分は透明扱いされたって泣き叫んでいるのに、透明扱いされた息子の気持ちもわからないんですか……」
「あああぁ! やめて……っ! 私だって、どうしたらいいのか聞きたいわよ! うあああぁぁん」
話し合いにならない。これでこちらが折れてしまえば、今までの人生と同じだ。
今までは、どこかに家族というぬくもりを諦めきれない自分もいたが、決別する覚悟をせねばならない。
今がその時だ。
こんなことが一生続くのであれば、これが家族というのならば、何もかもいらない。黒い靄のような感情が体を巡って抑えられない。
全部、全部、壊れてしまえばいい――。
透琉がそう願った瞬間、リビングの窓が内から外に向かって弾け飛んだ。
何事かと将司がリビングに戻って来る。号泣していた寿美子も何が起こったのか判らないといった様子で、轟轟と雨が差し込む先を見つめていた。
猛烈な眩暈に襲われた透琉は、とにかくこの場を離れなければと思った。
あの窓を壊したのは自分だ、と直感したからだ。
散らばったガラスの破片で腕を切った寿美子を見て、透琉は後退る。
「母さ……とうさん、にげ、て……」
そう呟いた透琉は、崩れるようにしてその場に倒れた。
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