【完結】一途にまわり道

笹川流宇

文字の大きさ
5 / 10

5

しおりを挟む
 大学帰りの日下くんは、今朝と同じ格好でやってきた。雨は降ったり止んだりを繰り返していて、丁度晴れている時間に下校できたようだ。
 僕はワイシャツにネイビーのカーディガンにスラックスといつものオフィスカジュアル。財布はポケットだし、持ち物はスマホくらいしかないため、黒いエコバッグだけ。
 磐木先輩にはエコバッグを常備している独身男性など中々いないと褒められたが、もしかしてこれも所帯じみているだろうか――と考えたところで頭を振る。
 何も色気を感じてほしいわけではない。浮ついた心は滅すべきだ。
「涼さん、お待たせしました! ちょっと寄り道してて遅くなりました。すみません!」
 ほら、日下くんも僕がエコバッグを持っていようが気にも留めていない。
「ううん、僕も丁度今来たところだよ。学校お疲れ様」
「あれ、名前呼び、怒られない」
「もう退勤したから。あのジャンパーも着てないし」
「退勤後なら名前呼んでもいいってことですか? なんだよそれ~運転免許のひっかけ問題みたいじゃん! もっと早く勤務外に誘えば良かった……」
「時と場所を選んでって言ったけど、ありきたりな名前だし、渋るほどではないよ。僕に比べて日下くんはカッコいい名前だよね」
「俺、涼さんって名前好きっすよ。呼びやすいし、なんつーか、凛とした涼しげな声に合ってると思います。てか、俺の名前覚えてくれてたんですか?」
「蒼馬くんでしょ?」
「くう~ッ! 涼さん! 涼さん!」
「あはっ、何度も呼ばなくたって聞いてるよ。声に合ってるは初めて言われた。なんか嬉しい……ありがとう」
 いつまでも入口で会話しているわけにもいかないので、僕は入り口にあった買い物かごを手に取る。
「ほら日下くん、なんでも好きなもの選んでいいよ」
「せっかく名前呼んでくれたのに、なんで苗字に戻っちゃうんすか⁉ 今仕事中じゃないのに!」
「僕も名前で呼ぶの? うーん、なんか改めて呼ぶの恥ずかしいんだけどな」
「そこをなんとか! お願い! この通り! 一生のお願い!」
 日下くんは、両手を頭の上で合わせて必死に頼み込む。店内に他の客がいないにしても、年下に頭を下げさせているというのは芳しくない。
「わ、わかったよ、蒼馬くん! それにこんなことで一生のお願い使うのは勿体ないって」
 日下くんは水浴びした犬のようにぶるっと大袈裟に震えた。
「な、なに……? どうしたの?」
「喜びの舞」
「え、今の舞ってたんだ……」
 にこにこ、ウキウキ。先ほどから物凄い勢いで高鳴っている僕の鼓動など知りもせず、蒼馬くんは上機嫌に「涼さんはこれ好き?」「俺も涼さんと同じやつがいい!」と僕の名を呼びながら商品をかごに入れて行く。
 こんなことで喜んでもらえるならば、何度だって呼ぶのに。
 プライベートな時間を共有できて、気が大きくなっているのかもしれない。酒を追加するために開いたガラスドアに映った自分の頬は、熟れたトマトくらい真っ赤に染まっていた。

 かごの中が埋まってずっしりして来た頃、蒼馬くんが緊張した面持ちでこう切り出した。
「涼さん、昨日もここに来ましたよね?」
「昨日? ああ、帰りに先輩と一緒に来たよ。もしかして蒼馬くんとすれ違ってた? 声かけてくれたら良かったのに」
「いや、俺が見たたわけじゃないんすけど……。あの、その先輩って涼さんの……彼女、とかだったりします……?」
 その言葉に僕はよろけた。
 まさか、あり得ない。
「先輩は結婚してるし、先輩の家の畑で採れた玉ねぎをもらったお礼にお酒を渡しただけ! 買い物してる間に旦那さんが迎えに来て、ちゃんと解散したよ。勿論、不倫とか略奪愛とかこれっぽちも、一ミリも考えたことすらないからね⁉」
 それに僕の恋愛対象は同性で、好きな人は蒼馬くんだし――。
 蒼馬くんは頬を染めて「そっか、そうっすよね。勘違いしてすみません」と両手を合わせた。

 その後、どちらが支払うか押し問答していると、レジを待っている客が並んでいると勘違いしたのか、昨日のバンドマンのような店員がバックヤードから出てきた。
「いらしゃっせー……って、ソーマ!」
「ケイト! ちょっ、お前、昨日の夜の連絡なんだよ! 言いたいことめっちゃあるんだけど!」
 僕には見せない少し幼い顔で抗議する蒼馬くんの背中を押す。
「友達? 話しておいでよ。その間にお会計しておくから」
 うっと言葉に詰まった蒼馬くんを置いて、僕はもう片方のレジに向かう。
 横目で二人を観察していると、ケイトと呼ばれていた店員は、蒼馬くんに何か耳打ちをしていた。
 距離の近さにやきもきしていると、蒼馬くんはボンっと音がしたのではと思うほど、一瞬で茹蛸になった。
 ケイトさんと僕の見た目は正反対だ。蒼馬くんも派手な方だし、華やかな人の方が彼には相応しいのだろう。それ以前に同性同士なのだからこの妄想も的外れで、これからする宅飲みで何かが変わるわけもない。
 何を期待しているんだろう、僕は――。
 理解していたはずなのに、諦めきれない自分が急に恥ずかしくなった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】

彩華
BL
 俺の名前は水野圭。年は25。 自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで) だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。 凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!  凄い! 店員もイケメン! と、実は穴場? な店を見つけたわけで。 (今度からこの店で弁当を買おう) 浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……? 「胃袋掴みたいなぁ」 その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。 ****** そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています お気軽にコメント頂けると嬉しいです ■表紙お借りしました

【8話完結】僕の大切な人はBLゲームの主人公でした。〜モブは主人公の幸せのためなら、この恋も諦められます〜

キノア9g
BL
転生先は、まさかのBLゲームの世界。 モブであるリセルは、恋を自覚した瞬間、幼馴染・セスがこの世界の“主人公”だと気づいてしまう。 このまま一緒にいても、いつか彼は攻略対象に惹かれていく運命——それでも、今だけは傍にいたい。 「諦める覚悟をしたのに、どうしてこんなにも君が愛おしいんだろう」 恋の終わりを知っているモブと、想いを自覚していく主人公。 甘さと切なさが胸を締めつける、すれ違いから始まる運命の物語。 全8話。

ビジネス婚は甘い、甘い、甘い!

ユーリ
BL
幼馴染のモデル兼俳優にビジネス婚を申し込まれた湊は承諾するけれど、結婚生活は思ったより甘くて…しかもなぜか同僚にも迫られて!? 「お前はいい加減俺に興味を持て」イケメン芸能人×ただの一般人「だって興味ないもん」ーー自分の旦那に全く興味のない湊に嫁としての自覚は芽生えるか??

悪役令息に転生した俺は推しの為に舞台から退場する

スノウマン(ユッキー)
BL
前世の記憶を思い出したアレクシスは悪役令息に転生したことに気づく。このままでは推しである義弟ノアが世界を救った後も幸せになれない未来を迎えてしまう。それを回避する為に、俺は舞台から退場することを選んだ。全てを燃やし尽くす事で。 そんな俺の行動によってノアが俺に執着することになるとも知らずに。

契約満了につき

makase
BL
仮初めの恋人として契約を結んだ二人の、最後の夜。

竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜

レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」 魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。 彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

処理中です...