【完結】一途にまわり道

笹川流宇

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 蒼馬くんの自転車をアパートの軒下に入れてワイヤーチェーンで施錠する。高そうな見た目の自転車なので、防犯面も心配だったが、蒼馬くんはこんな田舎で盗むやつはいないと笑った。
 僕が住んでいるのは借入社宅で、家賃は都心に比べて半額以下でありながら、カウンターキッチン付きの大きなリビング、洋室、ウォークインクローゼット、足を伸ばして入れる大きな風呂と贅沢な造りになっている。
 大学までは狭いワンルームだったため、住み始めて一年が経つというのに未だに少々スペースを持て余していた。
「おおー、涼さんの家めっちゃ綺麗」
「物が少ないだけだよ。いつか転勤になるから、あまり物を増やさないようにしてるんだ」
「次の転勤はもう決まってるんですか?」
「ううん。期間は決まってない。前にも教えたかもしれないけど、今がわりとイレギュラーなんだよね」
「元々県庁に配属される予定だったって言ってましたもんね」
「そうそう。ここは県内の中でも出産時のサポートとか子ども手当に積極的な市だから、勉強も兼ねて来てるんだ。将来的には県庁のこども家庭課に戻れたらいいなって思ってるよ」
「すげー社会人」
「誰がチビだって? 童顔だって?」
「あっは、それは言ってない、言ってない!」
「ニヤニヤして……顔がそう言ってるよ。ちゃちゃっとご飯用意するから、蒼馬くんは奥の椅子に座って待ってて」
 ダイニングテーブルと呼ぶには小さな一人用の正方形の机。いつも自分が使用している壁を背にした木製の椅子に座るように促す。
 コンビニで買ったおつまみを電子レンジで温めている間に昨日いただいた玉ねぎで再びサラダを作ろう。
 ワイシャツの上から黒いエプロンを被ると視線を感じた。
「どうしたの?」
「いや、俺の家にエプロンとかないから、涼さんはホントちゃんとしてるなと思って……」
「そんなんじゃ……。ごめん、エプロンはちょっと大袈裟だったかな。大したもの作れるわけでもないのに、エプロンなんかしちゃって、気合入りすぎ? 恥ずかしいな、あは、はは……」
 昔の恋人のために身につけたスキル。結果として独りよがりなものだったが、一度身についた習慣はそう簡単には変わらない。ふとした瞬間に『重い』と言われたことが心臓をチクチクと突き刺す。
 上手く笑って受け答えできなかったのか、蒼馬くんは心配そうな顔で口を開いた。
「涼さん……?」
 上着を脱いだ蒼馬くんは、オーバーサイズの白いスエット、紺のサイクルパンツの上に黒いハーフパンツ。アクティブで爽やかな蒼馬くんは、パンクロックが好きだった元彼とは正反対だ。
 自宅に招いて料理を振舞う、ただ似たようなシチュエーションになっただけで、姿を重ね合わせて落ち込むなんて、蒼馬くんに失礼だろう。
「ああ、そうだ! 自転車乗って来たし、手洗うよね? スライドドアの方が洗面所でその隣の普通のドアがトイレだよ。自由に使って」
「ありがとうございます。えっと、俺もなんか手伝えることありますか?」
「ああ、それで立ってくれたの? ありがとう。でも大丈夫だよ。手洗ったら腰掛けてテレビでも見てくつろいでいて」
「じゃあ、お言葉に甘えて……」
 洗面所に入っていった背中を見送って料理に取り掛かる。
 すると洗面所からガタンッと音がした。
「おーい蒼馬くーん? 大丈夫?」
「だ、だいじょ……ぶ、です。トイレも、借り……ます」
「はーい、どうぞー」
 ドア越しにくぐもった声が聞こえた。その後すぐに蒼馬くんは洗面所からトイレに移動する。
 少し耳が赤かった気がするが、大丈夫だろうか。
 冷蔵庫の中で冷やしておいたグラスも取り出して、テーブルに向かい合うように並べると、来客用に購入していた折り畳み式の椅子をクローゼットから取り出した。
「まさか使う機会が来るとは思わなかったなぁ」
 元彼とは酒を共に飲んだことはない。寝支度や翌日の準備、持ち帰って来た仕事の手伝いなどをしなければならなかった。何より当時は飲酒できる年齢ではなかったのだ。
 共に過ごした夜も数えるほどしかない。今思えば、朝目覚めると、必ず一人ぼっちになっていた。
 嗚呼、本当に愛されていなかったんだろうな、と客観的に分析している自分もいる。

 元彼に振られた後は同類が集まる出会い系アプリを使用して遊び歩いていた。自傷行為でしかなかったそれは、半年にも満たない期間だった。何人かと夜を過ごしたが、その中でも朝まで抱きしめてくれた人は最後の一人だけだった。
 背後から囁かれたざらりとした『おはよう』という声がやけに鼓膜に響いて、わけも分からず涙が溢れた。
 朝に弱かったのかその男はおはようと言いながらまた寝る体勢に入った。
 振り返ろうと身を捩ると、ふっと笑った気配がして腕の拘束が緩んだ。
 黒髪で目元は隠れているが、よく見ると輪郭はまだ幼くて、逞しい身体とのギャップが凄まじい。ドアの前に置いてあるのはおそらくギターケースか何かだろう。
 これ以上ここにいたらまた同じ過ちを繰り返す、そんな予感がした。相手に依存してボロボロになって捨てられるのはもう嫌だ。僕は思わず俯いて顔を隠した。
 いつもはアプリで一晩の相手を探していたので、ゲイバーで会った男と勢いでホテルになだれ込むなんて、初めての経験だった。
 知らない相手に抱き締められているのに不思議な安心感に包まれている。
「おはよう、ございます……。ホテル代は置いておくので、時間までシャワーとか使ってください」
「一緒にお風呂入る?」
「はっ⁉ 入りません! 僕はもう帰ります!」
「今日、なんか予定でもあんの?」
「……あります」
 見え見えの嘘をついて頷く。
 昨晩の記憶はただ気持ちの良かったことと嬉しかった気持ちしか覚えていないが、この思い出を抱えて、愛されたと錯覚したまま生きて行こうと決めた。
 もう一度視線が合ってしまったら、きっと彼を好きになってしまう。逃げるなら今しかない。
 勢い良くベッドから抜け出した僕の腕を彼が掴む。
「ねえ、また会えない?」
「……会えません」
「なんで?」
「就活あるし……」
「年上? ため口でごめん」
 彼の年齢は聞いていないが、会話の流れから察するに年下なのだろう。
「いいよ。ここには僕らしかいないし、他人の目があるわけでもないから……」
「ありがとう。ねえ、週一とかでいい。こんな始まりだったけど、付き合いたいと思ってる。昨日話したこととか覚えてない……?」
「最低なことを言うと酔っていて何も覚えてない。それに僕と付き合うのは難しいと思う……」
「一ミリも覚えてない? 忘れたふりしてるだけ?」
「本当に覚えてない、だけどセックスしたのは、体の感じでわかる……」
「そ、そっか……。俺、男とするの初めてだったから、痛い思いをさせたなら謝る。ごめん……」
「い、痛くはないよ! それにどうせ僕から誘ったんだろう? でも付き合うとかは、もっと互いのことを知ってからじゃないと無理だよ……」
「じゃあ飯! 昼間に飯に行こうよ!」
「……っま、またどこかで会えたら考える!」

 混乱していたとはいえ、あの時逃げるようにホテルの部屋を飛び出してきたことを今も少しだけ後悔している。
 雨のせいか、心の古傷が痛んで昔のことばかり思い出す。
「ネガティブ思考止め止め! 今日は〝友達〟との楽しい飲み会なんだから……」
 無心で準備していると、あっという間にテーブルが埋まった。

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