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第1章 今日から君も魔法使い(見習い)
二、戦慄の朝
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「ヒコネ、ちょっと待って…!」
シュウはどうしたらいいのか、混乱気味だが、冷静に段取りを組み立て始める。
「待ちたいのはやまやまなんだ。折角の入学式、一人で登校ではなくて友人と一緒にしたかったよ。だけど、今、この時間は丁度運命の分岐点にある。シュウと一緒に遅刻をするか、シュウを待たずに遅刻を回避する可能性に賭けるか…だ」
要は彼の友人はシュウを見捨てようとしているようなのだが、彦根の言葉など、シュウの頭には入っていない。ただひたすら、登校時間短縮の為のルートを、道筋を、可能性を、必死に計算していた。
「因みに、僕も寝坊した口だ。僕が起きた頃には聡介もショーンも居ない、もぬけの殻だったよ。あれは焦ったなぁ…」
「ヒコネ!もう大丈夫だよ!一人で行くから」
「…へ?全然大丈夫じゃないだろ」
「いや、大丈夫だ。俺、一人だったらな」
彦根はシュウの一言と不敵な笑みで全てを察すると、やれやれと言いたげな様子で肩を竦め、鞄を持ち上げる。
「やっぱり、シュウは流石だな。無茶するなよ」
「ああ、また後で!」
シュウは彦根を見送ると、右手に取った細い杖に力を込める。万が一の備えはあった。
杖を振り上げると、部屋中に散らばったシュウの私物が息づき始める。そのざわめきは互いに共鳴しあい、その与えられた役割を認識する。シュウはあらかじめ、室内の自分の私物に精霊魔法を施していた。散らかった部屋から必要な物を探し出すのは骨が折れる。焦っている状況なら尚更だ。
シュウは探し物を見つけるのが苦手である。だから万が一に備え、準備はしておく。まさか初日からその万が一の備えが活きることになるとは本人も思わなかったが…。
杖を振り下ろす。シュウの号令一下でこの散らかった部屋から必要な物のみ、シュウのベッド上に整列する。そういう命令になっていた。
制服に袖を通し終えた後、ベッドに並んだ私物を順番に身に付ける。ただそれだけで準備は済んだ。洗顔と歯磨きは手早く済ませ、予備の土足をクローゼットから取り出す。玄関まで移動する時間も惜しい状況だった。
遠くからチャイムが聞こえる。始業5分前の予鈴である。
「あと…、5分ね」
シュウは窓から身を乗り出す。シュウの部屋は3階だった。校舎は目に見える距離にある。5分でぎりぎり辿り着く距離だ。距離であって道のりではないことは蛇足ながら述べておく。そして、シュウは魔法使いだが、空を飛ぶ魔法は習得していない。シュウの理屈では、人は空を飛ぶように出来ていないのだ。なので、シュウは走るのである。
「Accele…!」
一小節の詠唱。中枢から末端へ冷たい液体が走る感覚の後、シュウの全身の筋肉が発火する。
シュウは屋根伝いにゆっくりと走り出す。べこりべこりと音が鳴る。ここは本気で走ってはいけない。なぜなら屋根だからだ。最短ルートを走っているのだから、焦って仕損じることもないのである。この地域は豪雪地帯なので、屋根には雪が一定方向に落ちるよう傾斜がついている。雪の重みで潰れない程度には頑丈にできているだろうが、鋼板を踏む音が心許無い。
校舎前に着地する。着地と同時に予鈴が終了した。5分弱の距離を1分で走破したことになる。
生徒玄関が見えるが既にもう入れない。予鈴を過ぎると遅刻扱いだからだ。証拠に、生徒玄関前にはオークのような先生が仁王立ちをして遅刻した生徒を待ち構えている。しかし、シュウのミッション失敗はここではない。あくまで、始業開始となる8時30分までに教室にて着席をしていることなのである。
携帯電話をチェックする。彦根からの連絡だった。既に校舎内には進入したようである。
教室の場所は…シュウと同じクラス、『1-A』、3階だ。『1-A』の真下まで、校舎外周を走る。オーク先生からの視線を感じるが、気にしてはいけない。
あと3分。シュウは3階まで壁を登り、教室の窓から進入する。それしか方法が考えられなかった。だからそれを実行する。後のことは考えない。考えたら遅刻をしてしまう。
シュウは左手を壁に押し付け、右手に握る杖を振るい、魔法を行使する。影の魔法だ。自分の両足から地面に発生している力場を、左手と壁にも配分する。自身の影にその力場を定着させることで、接触した場所に力場を任意で発生させられるようになる。
「ほっ、ほっ、ほっ…!」
すいすいと壁を軽快によじ登る。ボルダリング宜しく壁をよじ登るが、シュウの手元にも足元にも、指を引っ掛けられる出っ張りなど無い。壁と身体の接地面でのみ力場を発生させ、この物理法則を無視した壁登りは実現されているのである。
シュウ・ガントランスは魔法使いである。未熟な腕前とは言え、魔法を生活の一部としてきたこの世界に生まれ、そして育った。物に魂を持たせる『精霊魔法』、肉体を一時的に強化できる『強化魔法』、そして影を基礎に構築された『重力魔法』。
人は昔、物の理に支配され、生きなければならなかった。高い所からは落ち、強き物には蹂躙され、五感で識ることにも限界があった。そんな世の人々に希望の光をもたらしたのが、彼らの祖先が編み出し、受け継ぎ、そして今尚追究し続ける『魔法』という新しい理なのである。
ここ『玄守学園』はこの魔法を究める次世代を育成するために設立された学園の一つであり、北日本にて伝統のある魔法学園なのである。
シュウはどうしたらいいのか、混乱気味だが、冷静に段取りを組み立て始める。
「待ちたいのはやまやまなんだ。折角の入学式、一人で登校ではなくて友人と一緒にしたかったよ。だけど、今、この時間は丁度運命の分岐点にある。シュウと一緒に遅刻をするか、シュウを待たずに遅刻を回避する可能性に賭けるか…だ」
要は彼の友人はシュウを見捨てようとしているようなのだが、彦根の言葉など、シュウの頭には入っていない。ただひたすら、登校時間短縮の為のルートを、道筋を、可能性を、必死に計算していた。
「因みに、僕も寝坊した口だ。僕が起きた頃には聡介もショーンも居ない、もぬけの殻だったよ。あれは焦ったなぁ…」
「ヒコネ!もう大丈夫だよ!一人で行くから」
「…へ?全然大丈夫じゃないだろ」
「いや、大丈夫だ。俺、一人だったらな」
彦根はシュウの一言と不敵な笑みで全てを察すると、やれやれと言いたげな様子で肩を竦め、鞄を持ち上げる。
「やっぱり、シュウは流石だな。無茶するなよ」
「ああ、また後で!」
シュウは彦根を見送ると、右手に取った細い杖に力を込める。万が一の備えはあった。
杖を振り上げると、部屋中に散らばったシュウの私物が息づき始める。そのざわめきは互いに共鳴しあい、その与えられた役割を認識する。シュウはあらかじめ、室内の自分の私物に精霊魔法を施していた。散らかった部屋から必要な物を探し出すのは骨が折れる。焦っている状況なら尚更だ。
シュウは探し物を見つけるのが苦手である。だから万が一に備え、準備はしておく。まさか初日からその万が一の備えが活きることになるとは本人も思わなかったが…。
杖を振り下ろす。シュウの号令一下でこの散らかった部屋から必要な物のみ、シュウのベッド上に整列する。そういう命令になっていた。
制服に袖を通し終えた後、ベッドに並んだ私物を順番に身に付ける。ただそれだけで準備は済んだ。洗顔と歯磨きは手早く済ませ、予備の土足をクローゼットから取り出す。玄関まで移動する時間も惜しい状況だった。
遠くからチャイムが聞こえる。始業5分前の予鈴である。
「あと…、5分ね」
シュウは窓から身を乗り出す。シュウの部屋は3階だった。校舎は目に見える距離にある。5分でぎりぎり辿り着く距離だ。距離であって道のりではないことは蛇足ながら述べておく。そして、シュウは魔法使いだが、空を飛ぶ魔法は習得していない。シュウの理屈では、人は空を飛ぶように出来ていないのだ。なので、シュウは走るのである。
「Accele…!」
一小節の詠唱。中枢から末端へ冷たい液体が走る感覚の後、シュウの全身の筋肉が発火する。
シュウは屋根伝いにゆっくりと走り出す。べこりべこりと音が鳴る。ここは本気で走ってはいけない。なぜなら屋根だからだ。最短ルートを走っているのだから、焦って仕損じることもないのである。この地域は豪雪地帯なので、屋根には雪が一定方向に落ちるよう傾斜がついている。雪の重みで潰れない程度には頑丈にできているだろうが、鋼板を踏む音が心許無い。
校舎前に着地する。着地と同時に予鈴が終了した。5分弱の距離を1分で走破したことになる。
生徒玄関が見えるが既にもう入れない。予鈴を過ぎると遅刻扱いだからだ。証拠に、生徒玄関前にはオークのような先生が仁王立ちをして遅刻した生徒を待ち構えている。しかし、シュウのミッション失敗はここではない。あくまで、始業開始となる8時30分までに教室にて着席をしていることなのである。
携帯電話をチェックする。彦根からの連絡だった。既に校舎内には進入したようである。
教室の場所は…シュウと同じクラス、『1-A』、3階だ。『1-A』の真下まで、校舎外周を走る。オーク先生からの視線を感じるが、気にしてはいけない。
あと3分。シュウは3階まで壁を登り、教室の窓から進入する。それしか方法が考えられなかった。だからそれを実行する。後のことは考えない。考えたら遅刻をしてしまう。
シュウは左手を壁に押し付け、右手に握る杖を振るい、魔法を行使する。影の魔法だ。自分の両足から地面に発生している力場を、左手と壁にも配分する。自身の影にその力場を定着させることで、接触した場所に力場を任意で発生させられるようになる。
「ほっ、ほっ、ほっ…!」
すいすいと壁を軽快によじ登る。ボルダリング宜しく壁をよじ登るが、シュウの手元にも足元にも、指を引っ掛けられる出っ張りなど無い。壁と身体の接地面でのみ力場を発生させ、この物理法則を無視した壁登りは実現されているのである。
シュウ・ガントランスは魔法使いである。未熟な腕前とは言え、魔法を生活の一部としてきたこの世界に生まれ、そして育った。物に魂を持たせる『精霊魔法』、肉体を一時的に強化できる『強化魔法』、そして影を基礎に構築された『重力魔法』。
人は昔、物の理に支配され、生きなければならなかった。高い所からは落ち、強き物には蹂躙され、五感で識ることにも限界があった。そんな世の人々に希望の光をもたらしたのが、彼らの祖先が編み出し、受け継ぎ、そして今尚追究し続ける『魔法』という新しい理なのである。
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