高校生

縄奥

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高校生

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【高校生】





【一話】

 
 身長185センチ、体重85キロで前頭部が薄毛の椎名猛(シイナタケル)は似合わない学生服姿で車を降りた。

「帰りは迎えに参りますので…」
 運転手らしきスーツ姿の男は、椎名にそう呟くと一礼して車に乗り込みその場を離れた。

 そしてその足で校門を通った椎名は真っ直ぐに校舎を見つめ自分のクラスを確認後、下駄箱の前で運動靴を左右交互に動かした。

 そして教室へ足を移動させた椎名だったが、椎名を物珍しいとばかりに後からゾロゾロと新入生達がワイワイガヤガヤと歩調を共にした。

 椎名は無言で自分の席を見つけると深呼吸をしてそのまま椅子に腰掛けて次の指示を待ち続けたが、廊下は学生服を着た妙なオッサンを見ようと人でごった換えした。

 数分後、初めて見る娘のような年齢の女性が教室に入ると入学式を体育館で行う号令に従って、椎名は再び体育館を教員の後ろについて足を移動させ、同時に大勢の新入生もまた椎名に続いた。


「えぇー、本日は晴天に恵まれた心地よい入学式でありますが、何より今、ここに並ばれている諸君達が…」
 真新しい学生服やセーラー服に包まれた数百人の男女が整列する中、体育館の演壇で長々と新入生を前に校長の挨拶が始まり、その中に一人だけポツンと際立つ椎名の存在が目立っていた。

 そして1時間程して終焉した入学式では一際目立つ椎名の容姿様相に周囲は静まり返った。

 そんな椎名を体育館では珍しいモノでも見るように周囲から大勢の視線が集中したが、当の椎名は気にかけることなく真っ直ぐ前を向いて直立不動の姿勢をとった。

「ここだったな……」
 椎名は開いたままの引き戸の前で立ち止まると、大きく深呼吸してから教室の中に足を踏み入れた。

 その瞬間、ザワついていた教室は一瞬にして再び静まり返ったが、静まり返った教室の中、椎名は自分の席に迫力ある身体をドッシリと落ち着かせた。

 周囲は椎名の存在にまるで凍り付いたように静まりかえり物音一つしない時間が経過した。

 
「シイィーーーーン……」


 静まり返って尚も静かな教室を廊下から中を覗き込む新入生達と、その中に混じって二年生や三年生の姿もあった。

 そして十分ほどの時間が経過するとともに、突然、手を叩いて廊下に溜まった生徒達を蹴散らすように一人の女性教師が姿を現した。


「はあぁーい! みんな席に着いてー!」
 静まり返った教室に長い黒髪に顔立ちの整った、いわゆる美人教師の声が響きつつ、引き戸は閉じられ教師は教室内を見回して全員を確認した。

「私は皆さんの担任の畑野洋子といいます。 私の隣に居るのが副担任の鈴木五郎さんです」
 元気溢れる美人教師は自らの自己紹介と副担任を紹介した。

「じゃぁ、一人ずつ自己紹介をしてもらいます! 左端の前列から立って自己紹介をして下さーい!」
 辺りを見回しつつ左側の方を見入った美人教師に指名されたごとく、左端の女生徒は立ち上がると自己紹介を始めた。

 女子生徒は氏名、出身中学、趣味などを簡単に終えると恥ずかしそうに席に着いて俯いた。

 美人教師の視線を感じた生徒達は次々に自己紹介を始め遂に椎名の番になった瞬間、再び教室の中から吐息すらも消え去った。

「椎名 猛。 54歳。 現在は○○市で総合建設会社を経営中。 この学校の体育館は私の会社で作らせて頂きました。 あと二十代の子供と妻の4人家族。 趣味は釣りにゴルフ。 以上です」
 堂々として真っ直ぐ前を向いた椎名の自己紹介に、周囲の同級生達も美人教師すらも唖然としてその男らしい低い声に聞き入った。

 そして自己紹介が終わる頃まで続いた静けさは、美人教師の愛らしい声に束の間の安らぎを周囲に与えた。

「あと、この学校の各教室… 音楽室なんかは各自の机に置かれた小冊子を見て貰うとして、各委員を決めたいと思いますが、自分がしてみたい委員は今、申し出て下さい。 誰も居ない場合は私が決めますがいいですね!」
 美人教師の畑野洋子は教壇の上から副担任の退室を見守りつつ、教室内を見渡して声を張り上げた。

 だが、誰一人として立候補する者なく、保健委員やら体育委員やら畑野の独断で次々に決められて行き、最後に残った学級委員を誰に頼もうか畑野は迷っていた。

 そして真っ直ぐ前を無言のまま向いていた椎名に声が掛けられた。

「椎名… くんは…… 駄目だったのよねぇー 確か…」
 声を上ずらせつつ自信無げに尋ねた畑野の目は、御伺いをたてるかのごとく声を詰まらせた。

「先生! 学級委員はそのオッサンでいいんじゃねえの!? 一番年上だし!」
 何処にでも不良のような輩は居るものと困惑した表情を見せる畑野は、右端の窓側の声の主を目視した。

「丹野拓斗くん! 言葉を慎みなさい! 年齢に違いはあっても全員、クラスメイトなのよ!」
 畑野の視線を外す丹野を見入る畑野は直ぐに椎名にそのまま視線を向けた。

「入学前の面接の時にお話しした通り学業以外は御遠慮申し上げたはずですので… 申し訳ありません」
 立ち上がって深々と頭を下げる椎名。

「オッサンは例外ってことかい! 全員平等じゃないなんて!」
 丹野は畑野に頭を下げた椎名を凝視して言葉を吐き捨てた。

「確かにそうよね…… 全員平等なのに……」
 丹野の吐き捨てた言葉に便乗するかのごとく別の女生徒が細い声で呟いた。

「でも… 仕方ないんじゃない? 面接の時に話していたのなら…」
 椎名の隣の席に居た須藤未来(スドウミライ)が席から立ち上がって周囲を見渡して声を細めた。

 椎名は無言のまま着席すると、背筋を伸ばして目を閉じた。

「とっ! とにかく! 椎名くんは最初からそう言うことで入学してきたの!」
 教壇の上から周囲を見回して自らを落ち着かせようと必死の畑野。

「寄付金!! タップリ払ったんだろうなあ~! でなきゃ! 待遇良すぎだぜ! 全く!!」
 ふてぶてしい態度で椅子を前後に揺らす丹野。

「な! 何てこと言うの!! 丹野くん!! 謝りなさい!! いくら何でも謂い過ぎ!!」
 畑野は丹野の前に慌てて行くと、腕組して椅子を前後に揺らす丹野を厳しい視線で見つめた。

「先生! 私は学級委員に丹野君を推薦します… 丹野君に平等の信義を教えて頂きたいのですが…」
 突然立ち上がった椎名は真っ直ぐに教壇を見て逞しい男の低音を教室に響かせた。

 突然の椎名の逆襲に当たりは再び静まりかえった。

「そ… そうね。 丹野君にお願いしようかしら… ねえ! みんなも丹野君でいい!? 先生は丹野君がいいと思うわ♪」
 椎名の進言を咄嗟に大人の駆け引きと判断した畑野は、笑みすら浮かべて周囲に語りかけた。

「チッ! バカじゃねえか!? 俺が学級委員でガラかよ♪ くだらねえ!」
 突然の畑野からの指名に呆れ顔の丹野は席を立って窓辺に寄りかかって辺りを見回した。

「賛成します! 私も! 俺も! 賛成! 賛成! 私も賛成! パチパチパチパチパチ!」
 突然、学級の総意とばかりに丹野の学級委員賛同に拍手が巻き起こった。

「勝手にしろ!! バンッ!!」
 拍手を打ち消すように机を両手で叩いた丹野はそのまま席に着くと腕組して目を閉じた。

 丹野は自ら仕掛けた罠を椎名に利用され、まんまと学級委員長に総意で指名された。

 



【二話】
 
 




 54歳で高校生となった椎名猛(しいな)は迎えに来ているであろう車の方へ校門から歩いていた。

 そしてそんな椎名を後ろ斜めから見守るように歩調を合わせる須藤未来(みらい)が居た。

「すげぇー! スモーク入りの黒塗りのベンツじゃん!!」
 誰かが放った声の先には、凡そ校門には似つかわしくない黒塗りのベンツの後部ドアの前、一人の運転手風の男が椎名を待っていた。

 椎名は学生カバンを右手から左手に持ち替えると、椎名を見て深々と頭を下げる四十代のスーツ姿の男にカバンを渡して、開かれたドアの向こう側へと姿を消した。

 そんな様子を10メートルほど離れて見ていた須藤未来(みらい)は心の中で大人の風情を垣間見た気がした。

 そして椎名を乗せた黒塗りスモークのベンツは静かにその場を離れたが、そんな光景を苦々しく見ていた丹野が居た。

 その反面で、校舎4階の職員室奥の部屋の窓辺に立って見ていたのは偶然にも椎名の元、恋人でありこの高校の校長でもある相川陽菜であったが、椎名には知る由もかった。

 そして54歳の新入生の噂は小さな街の隅々にまで直ぐに広がったが、隣街とは言いながらも椎名の経営する建設会社の名前を知るモノも多く翌日から校門の前には多くの人だかりが出来た。

 中には椎名の経営する建設会社の下請け業者やら関係業者、はたまた役場の担当までもが椎名入学の祝いをと、椎名を乗せたベンツを待ち構えていた。

 その光景たるや街をあげての歓迎会とも取れる風景で、校門前には「歓迎! 椎名建設社長様!」と、言う横断幕までもが掲げられていた。

 そして黒塗りのベンツが到着するや否や、大勢の人達がベンツを取り囲んで「椎名社長万歳!」の掛け声がアチコチで盛大にあげられた。

 椎名は車から学生服姿で降りると「ドッ!」と、押し寄せた人集りに顔を歪ませたが直ぐに落ち着きを取り戻して一人ずつ握手を交わしながら校門へと近づいた。

 それでも「椎名社長万歳」の掛け声は、椎名の姿が校門から消えても尚も続けられた。

 その光景を見ようと校舎の窓と言う窓は学生達で埋め尽くされ、職員室の窓際も学生達と同様であった。

 椎名は校舎へ入ると時間を見て、そのまま教室ではなく職員室を訪れた。

「この度は私の所為で御迷惑をお掛けしてまことに申し訳ありませんでした!」
 椎名は職員室に入るなり全教職員を前に深々と頭を下げ謝罪を申し入れた。

「ああ。 椎名く… 椎名さん、あ、頭を上げて下さい」
 突然の謝罪に学年主任は慌てて椎名の前で手をこまねき、辺りの教職員達は静まり返った。

 その瞬間、奥の扉が開いて女性の声が職員室に響いた。

「そうね! 椎名くん! でも貴方の所為ではないのでクラスに早々にお戻りなさい…」
 教職員達は全員、奥の校長室から出て来た校長の相川陽菜を注視した。

「こ、これは校長先生ですか。 そう言って頂けると助かり……」
 椎名は校長の顔を見た瞬間、言葉を喉に詰まらせた。

「は、陽菜…… な、なんでここに……」
 椎名は声にならない声を口元で震えさせて呟き我が目を疑った。

「兎に角、貴方は直ぐに教室へお戻りなさい。 はい! 皆さんも授業の用意について下さーい!」
 校長の顔を見た瞬間、椎名は石地蔵のように固まり職員室から一斉に飛び出す教師達の真ん中に立ち尽くした。

 そして職員室が空になった時、椎名に近づいた校長は椎名の目の前で立ち止まり小声で呟いた。

「こんな再会もあるなんて神様の悪戯かもしれないわね… 猛くん……」
 
 椎名は目の前に居るのが元恋人だった相川陽菜であることをその時初めて知った。

 そしてこの高校の校長であることをも同時に認識させられた。

 椎名は唖然としつつ職員室を後に振り返ることなく、自らの教室へとまるで心ここに有らずとばかりフラフラと階を下った。

「遅くなりました… 椎名猛。 席に着きます…」
 青ざめた表情を見せる椎名にクラスは静まり、椎名の椅子を引く音が教室に響き渡った。

 そして椎名を他所に授業は進められたが、椎名の頭の中は数十年ぶりに再会した元恋人の相川のことで一杯だった。

 そんな椎名を不安げに横見するクラスメイトの須藤未来が隣席に居て、未来もまた授業に身が入らなかったが、授業に身の入らないのは須藤未来以外にも一人居た。

「あああーー! 先生! この時間、ホームルームにしませんかぁ! ソコのぉー! オッサンの所為で俺らやたらと迷惑したんですけどぉ~!」
 教壇で授業する担任の畑野洋子の声に割って入った丹野拓斗は、椅子を後ろに倒して椎名をチラ見して小声を荒げた。

「あっ、え、あ、はい… で、でも今朝の騒ぎは椎名君の所為ではなく街の人達が勝手にしたことなので、椎名君には責任はないと思いますから、授業は続行します」
 丹野拓斗の言葉に一瞬、慌てたものの直ぐに担任教師の畑野は丹野をいさめ授業を進行した。

 丹野は担任の言葉に渋々従うかのようにその視線を担任から窓の外へと移動させた。

「今日は朝から騒々しかったので朝礼はしませんが、就業の反省会と明日からはちゃんと朝礼を始めます。 いいですねえ~!」
 担任の畑野は授業の途中で声を響かせそして一時間目を終えた。

 そして休憩時間。

「全く楽しい青春時代のスタートがあんな剥げオッサンと一緒だななんて… ついてねえや…」
 丹野拓斗を中心に数人の男子生徒が椎名の陰口を話していた。

 その頃、椎名は職員室の中の喫煙コーナーで教師達に混じってタバコを吸っていた。

「何か… 妙な感じですなあ~♪ 生徒と言うか~♪ 学生服を着た陣背酢の先輩と言うか~♪ しかしまた何で今更、学校なんて… ああ、失礼…」
 スーツ姿の四十代の男性教師は椅子に腰掛けて足組して椎名に話し掛けた。

「私の人生の中に足りないモノを補うためですかね… その足りない部分を埋めるためでしょうか…」
 椎名はタバコの灰を捨てつつ重々しい口調で喫煙室に声を響かせ喫煙室を離れた。

「人生の中で足りないモノを補うためかあ~ 実に重みのある言葉ですなあ~♪」
 椎名が退室した後、教師達は椎名の言葉に胸を打たれた気がしていた。

 



【三話】





 丹野拓斗は学校から帰宅すると、自宅二階の自室へと駆け上がり、ベッドに腕枕をして天井を眺めた。

 楽しいはずの青春のスタートをオッサン高校生の椎名に邪魔された気がしていた丹野は、吐き出したい声を大きな深呼吸に変えた。

 そんな丹野の実家は街で唯一の電気会社を小さいながらも経営していたが、業績も思わしくなく不景気も追い討ちをかけ父親は経営に四苦八苦していいた。

 そしてそんな父親を助けるべく母親は漁港でパートをしつつ、家計を支えていたことで丹野拓斗は殆ど鍵っ子同然の暮らしをしていた。

 中学では何処にでもいる普通の男子で、特に素行も悪くなかったが将来は父親の仕事を担う跡継ぎとして地元の高校を選択したようだった。

 そしてそんな拓斗の耳に夕方七時、思わぬ父親の声が飛び込んできた。

「いやぁ~ 今日は最高の気分だ♪ 今朝方、拓斗の高校に行って来たんだが、あのゼネコンの椎名社長と面識が取れたからなあ~♪ これで営業も掛けられるってもんだ♪ おい! 拓斗! お前も同じ高校だったろう♪ しっかりと仲良くしてくれよぉ~♪ うち見たいな小さな会社なんか椎名さん見たいなゼネコンじゃ相手にしてくれないが、息子の同級生なら話しも聞いてくれるに違いない♪」
 拓斗の父親は上機嫌で風呂上り拓斗のいるダイニングの席に着いた。

 拓斗は父親の話しを聞いて青ざめた。

 自分が敵視している椎名に父親が仕事欲しさに近付こうとしている事実を知った拓斗は、激しい衝撃を受けた。

「ねえ、父さん! そんな見っとも無いことやめてくれよ! 何でアイツに媚びるんだよ!」
 拓斗は夕飯を切り上げ、真正面に居る父親に胸の内の何割かをぶつけた。

「ど、どうした? 拓斗ー? 椎名社長と面識があればなあぁー♪」
 拓斗の異変に気付いた父親は笑みして拓斗を見入った。

「そんな話し聞きたくねえよおー!!」
 拓斗は突然起ち上がると二階自室へと逃げるように立ち去った。

「畜生!! 椎名のヤツううー!!」
 拓斗はベッドの枕を壁に叩きつけ怒りを両手の拳に握り締めた。

 その頃、その椎名と言えば、スーツに着替えて社長室で一日分の仕事を片付けようと必死に働いていた。

 学業と正業の両立は当初、考えているよりもハードであることを身にしみて実感していたが、やることはやると言う気質の椎名は叩くパソコンのキーボートーを休むことをしなかった。

 そして翌日、再び車で学校へ移動していた椎名は帰宅することなく直接、会社から学校へ向かっていて、後部座席からは椎名のイビキが運転手に聞こえていた。

 運転手は余りに熟睡している社長である椎名を気遣い学校へは向かわずに、そのまま街中に車を走らせつつ学校へは病欠を密かに連絡し、会社の地下駐車場で椎名が目覚めるのを待った。

 朝、十時にして椎名が目覚めると車はエンジンが掛かったままの状態で会社の地下駐車場に居ることに激しい違和感を覚えた。

 そして運転手をしている秘書課長は社内にいて自らの仕事を淡々とこなし、社長が来るのを叱責覚悟で待っていた。

 だが、そんな秘書課長の気遣いを事前に解からぬ椎名ではなく、椎名は秘書課へは行かずそのまま社長室へと姿を消した。

 そしてその数時間前の学校では。

「今日は椎名君は病欠と言うことで学校はお休みです、何もなければ朝礼は終わります」
 担任の畑野はクラスを見回して教室を出て行った。

「助かったぜ… あの剥げ親父をみなくて済む…」
 そう思って笑みした丹野は何気なく窓辺から校門の方を見ると、そこに居たのは拓斗の父親その人だった。

「な、何で親父が校門(ここ)に居るんだよ!! 何やってんだよ親父!!」
 拓斗は何故、父親が校門の前でウロウロしているのかに絶望したように顔色を変えた。

 そして一時間目の授業中も一向に校門(そこ)を立ち去ろうとしない父親に拓斗は怒りすら覚えた。

「親父(とうさん)! 椎名は今日は病欠で休みだから来ねえよ!!」
 心の中で何度も怒りを父親にそして椎名にぶつける拓斗は授業の内容など耳には入っていなかった。

 拓斗の父親は二時間目の頃には姿を消して居たが、拓斗は惨めな気持ちで胸が張り裂けんばかりだった。

 高校生の拓斗には解からない、解かりたくも無い大人の事情であった。

 そしてその日の夕方、拓斗は怒鳴り散らしていた。

「学校へ来て何やってんだよ親父!! 見っとも無い真似すんのは止めてくれよー!!」
 拓斗は仕事から戻った父親に突然、怒鳴り散らした。

 すると父親はそんな拓斗を見据えた。

「子供は余計なことは考えずに勉強しろ!」
 拓斗の怒鳴り声を打ち消すかのように父顔の怒声が家中の隅々に轟いた。

 だが、椎名が拓斗とクラスメイトであることを知っていた母親は拓斗の気持ちも解かっていたことで、父親に椎名と拓斗がクラスメイトであることを偲び難くも伝えた。

「何だぁ~♪ そうかあ~♪ それならそうと早く言えばいいものを~♪ わっははははは♪」
 母親の言葉の意味は父親には届かなかった。

 母親は拓斗の父親に学校での営業活動を止めるにそれとなく話した。

「俺だってなあ~ 俺だって… そんなことはしたくねえんだ… ただ現実はどうだ!? 拓斗の気持ちも良く解かるが、ゼネコンの社長と話すなんて一生に一度あるか無いかなんだ… 」
 父親は声を殺して肩を震わせた。
 
 母親は拓斗の気持ちも亭主の気持ちも解かり過ぎるほど解かっていただけに辛い立場にも居た。

 母親は拓斗の父親が学校の前で自分のクラスメイトに媚びうる姿を見せたくないとも思っていた。

 


【四話】





 
 小さな街にゼネコンの社長が来たことは街中の隅々に広まったことで、様々な業種の様々な立場の人間(おとな)達が毎朝のように名刺交換のために、校門の前で椎名を待ち受けていて、その中に拓斗の父親も混じっていた。

 特に目立った産業の無い小さな街はゼネコンの社長が来たことで様々な憶測と同時に様々な利得を高ずる人間(おとな)達で溢れそしてその傾向に、関係する子供達は窓辺から離れて始業開始のベルを待った。

 また、大人社会を忘れ学生生活を堪能しようとしている椎名にとっても甚だ迷惑としか言いようの無い毎朝の名刺交換だったが、小さな街ゆえの仕方のないことだとも割り切ってもいた。

 そして椎名から名刺を貰った大人達はまるで天の声でも聞いたかのように、満面の笑みで校門から立ち去ったがその中に拓斗の父親も居たのと同時に窓辺から椎名を見る須藤未来の姿も有った。

 須藤未来は丹野拓斗とは幼馴染であって小学、中学と同じ、そしてまた高校も同じと言う間柄であって拓斗の気持ちも解からぬ仲ではなかった。


「どうせ大会社の社長さんのお遊びなんだろ! こんなチッポケな街に来て高校生やってんだからな!」
 ホームルームを終えた辺り、拓斗の声は須藤未来を挟んで椎名の耳にも届いていたが、椎名は相手は子供と気にしてはいなかった。

 椅子を前後に揺する拓斗を見て直ぐに椎名を右に見る須藤未来は、予習に専念する椎名を見て「大人なんだなあ~」っと溜息をついた。

 椎名君は大人で拓斗は子供と言う位置づけが未来の中で構築されていったが、自分の父親よりも年上の椎名が自分の子供より年下の拓斗を相手にするはずは無く、それでも突っ張る拓斗が哀れにも見えていた。

「あのぉ~ 椎名さん… 椎名さんは何で高校なんかに!?」
 聞いて見たいが聞けない須藤未来は、右隣の椎名にどう向き合っていいのか解からない存在でもあった。

 身長150センチを少し上回る肩に髪の掛かるきゃしゃな容姿である須藤未来は、何故か解かるぬが椎名が気になっていたが、同時に何かにつけて椎名を敵視する拓斗の心も解からなかった。

 椎名は勤勉で一時間単位の授業に専念していて、休憩時間は何処かへ姿を隠し戻る頃にはタバコの匂いを漂わせてもいたが、まさか職員室の喫煙室にいたとは夢にも思わなかった。

 そしてその数日後の二時間目の休憩時間が終わった辺り、教室に飛び込んできたクラスメイトが付近を巻き込んで大騒ぎが始まった。

 椎名が職員室から教員達とタバコの匂いをさせて出てくるところを目撃したと言い、三時間目の授業の前に丹野拓斗を中心とした数人のグループが英語の教師に問題を決起した。

 だが、全くをもって相手にされなかった丹野と数人のグループは、椎名の喫煙に対して放課後の反省会でこれを議題として取り上げた。

 担任の畑野洋子は事前に椎名の喫煙のことを知っていただけに、これを握り潰そうとしたが納得が行かないと拓斗グループは畑野に詰め寄った。

「バァーーーンッ!!!」
 突然立ち上がった椎名は、机を思いっきり叩くと畑野に詰め寄った拓斗グループの前に自らの生徒手帳を両手で開いて見せた。

「おいおいおい! このオッサン何考えて… んだ…」
 椎名の生徒手帳の中に記された記述を見せられた拓斗達は目を疑った。

 椎名の生徒手帳にある特記事項として、椎名の校内の特定の場所での喫煙を認める趣旨に唖然とした。

「おっ… そ、そんな馬鹿な…… こんなことって……」
 声を上ずらせる拓斗とグループは一斉に後ずさりして畑野と椎名から離れると、顔色を真っ青に変え教壇の左右に散らばった。

 拓斗は椎名の手帳を見た瞬間、声を震わせた。

「何でもありってことかよ… このオッサンは……」
 椎名を指差して声を震わせた拓斗は床を激しく蹴るとそのまま後退りして窓辺に背をもたれた。

 椎名は無言でその場を離れ自分の席に戻ると何事も無かったかのごとく再び勉強を始めた。

 そしてそんな椎名を目をパチパチさせて見つめる須藤未来が居た。

 未来は椎名に興味を持ち始めても居た。

 そんな未来を横目に歯を噛み締める拓斗が居た。

 そしてこの日の授業を終えた椎名が校舎を出ようとした瞬間、玄関の直前で後ろから椎名の名を呼ぶ声がした。

「あ…… 君は確か隣の… す、須藤さんだったかな~」
 振り向きざまに顔を確かめた椎名は学生服のボタンを外しつつ須藤未来の次の言葉を待った。

「拓斗… 丹野君のことなんだけど… ごめんね…」
 椎名は玄関から出ながら右側で歩調を合わせる未来から丹野拓斗とは幼稚園時代からの知り合いであることを聞かされた。

「いや、特別。気にはしてないからね… アノ位の年頃の男の子なら普通だろ。 あんな感じは…」
 年齢54歳の椎名は孫ほども年の違う同級生の須藤に笑みして答えた。

 カバンほ両手で前に持つ未来を右下に見る椎名は触れたら壊れてしまいそうなほどキャシャな未来に好意を持ったようだった。

「丁度いいな。 街見学を兼ねて一緒にドライブでもどうだい?」
 ベンツの横に立って未来を誘った椎名に未来は頬を薄っすらと紅色に染めて小さく頷き、運転手が開いた後部座席に椎名と乗り込んだ。

「おい、すまんが街中を適当に走ってくれ。 街中の様子がしりたい」
 運転手に声を掛けると、運転手はルームミラーに映る未来を見て、その可愛さにニッコリと笑みを浮かべそのまま車を発信させた。

 未来は生まれて初めて乗ったベンツの乗り心地の良さと、安堵感のある椎名の存在に嬉しくもあり楽しくもあった。

 そして椎名もまた自分の子供よりも一回り以上若い未来を可愛いと思っていた。




【五話】





 
 高校に入学して一ヶ月を少し経過した辺り、椎名はある意味、衝撃を覚えていた。

「授業参観ですか!? はぁ~ 困ったなこりゃ…」
 教頭先生から喫煙室で知らされた椎名は、口を開いたまま呆気にとられ首をかしげた。

「いやいや、授業参観と言っても椎名さんの場合は誰も来なくても宜しいですし、PTA人事にも参加されずとも良いと思いますよ~」
 首を傾げて固まった椎名に教頭は優しい口調でタバコを吸い込んだ。


 そして当日の夜、椎名の屋敷では……


「私が参りますわ! 貴方の勉強してる姿を見たいもの♪」
 椎名の妻である幸子は目を丸くして満面の笑みを椎名に見せた。

「えっ!? おいおい。 何処の世界に授業参観に来る妻が居るんだ!? 馬鹿も休み休み言いなさい」
 突然の妻の申し出に思い切り困惑する椎名。

「え、だって授業参観でしょ!? まさか子供達を行かせるわけにも行かないでしょ~♪ 両親も揃って他界してるんですもの、私以外に居ないでしょ!?」
 困惑する椎名に言い返す幸子。

「いやいや、学校の話しでは俺の場合は来なくてもいいと言っているし… それに、何が悲しくて女房に参観されなきゃいかんのだ?」
 苦し紛れに声を大きくする椎名。

「とにかく、私が参りますわ! 私がお母様の代理として参りますから♪ 第一、高校生をやって見たいと言ったのは貴方でしょう!? 高校生なら高校生らしく参観を受けないと!」
 意気込みの荒い妻の幸子は椎名に詰め寄って満面の笑みを浮かべた。

「とにかく! 来ちゃいかん!! わかったな!!」
 詰め寄る妻の幸子から逃れるように後退りする椎名は声を荒げた。


 そして数日後……

 
「な! 何で家内(アイツ)がここに居るんだよ!! あれほど来なくていいと言ったのに! 全く……」
 椎名が高校生になって初の授業参観に妻である幸子は西陣織の和服姿で教室の最後部に立って、椎名の背中に視線を突き刺した。

 椎名は背中に刺さる視線と初めての授業参観と言う環境の中で、一人で激しいストレスを感じていた。

「どうか、家内だとバレませんように……」
 椎名は心の中で神様に手を合わせて祈ったが、一際目立つ西陣織の和服は否応なく周囲の参観者たちの目を引いた。

 だがいつもと様子の違う椎名を、チラチラと見る周囲の視線が襲った。

 椎名は額の汗をハンカチで何度も拭き取り背中を猫背にしてその視線に耐えた。

 そしてそんな椎名を心配する未来が隣の席で前を向きつつ見守っていた。

 椎名にとっての長い長い一時間は終焉するや否や、椎名は机にへたばるようにグッタリと倒れた。

「大丈夫!? 椎名さん…」
 駆け寄る未来。

「ああ、うん。 君(くん)でいいよ同級生なんだから…」
 直ぐに上半身を起こした椎名は教室から出て行く参観者達を他所に未来の方に首を回し再び無言で頷いた。

「凄い汗!」
 自分のハンカチを取り出して椎名の額の汗を拭き取る未来。

 それを面白く無さそうに横目に見る拓斗。

「ああ、ありがとう。 須藤さん…」
 未来の行動に内心ドキッとした椎名。

「未来(みらい)でいいよ。 同級生なんだし」
 照れ臭そうに頬を紅色に染める未来。

「そう。 じゃあ、ありがとう未来」
 未来同様に照れ臭そうに笑みする椎名。

「ね、さっき後ろに居た和服姿の人… 椎名くんの奥さん?」
 自分の席に戻った未来は一息抜いた椎名に小声を発した。

「やっぱりバレてたか…」
 ドキッとした顔して直ぐに表情を元に戻した椎名。

「あ、うううん。 見慣れない女性(ひと)だったから」
 椎名の表情に辺りを気にしつつ俯き加減で小声を発した未来。

 その頃、妻の幸子は流石にPTAには参加出来ないだろうと、数人の教師と校舎を出て校門の近くに止めさせたキャデラックへと近付いていた。

 そして高級車のキャデラックを目撃した複数の学生達は「もしかして」と、椎名の顔を思い浮かべていた。

 幸子は車に乗り込むと直ぐに運転手に車を出させたが、校内では椎名の親族ではないかと言う噂が直ぐに流れた。

 学生達にとって黒塗りのキャデラックは一度見たら忘れられない記憶だったに違いなく、その噂は直ぐに椎名の耳にも聞こえた。

 そして放課後、反省会の中で拓斗は走り去るキャデラックを数人の教師が頭を下げてその場で見送ったことを持ち出した。

「いくら寄付されたか知らんけど、先生方が何人も見送るなんて変だろ! 不平等じゃないか!!」
 反省会の席上、立ち上がって椎名を右後方に睨む拓斗は声を教室に響かせた。

「そうだそうだ! 不平等だ!!」
 いつの間にか出来上がった拓斗グループの数人が一斉に立ち上がって大声を合わせて響かせた。

「先生! そんなの反省会に無関係だと思います!」
 別の女子生徒が立ち上がって拓斗達をけん制すると、拓斗グルプは一同に着席して静まった。

「そうよそうよ! 無関係だわ!!」
 複数の女子生徒達が立ち上がって周囲を見回した。

「そうね。 確かに無関係だわ… それに一々、教師(おとな)のすることに口を挟むのは良くないことだわ」
 拓斗グループを見回した畑野はそのまま椎名をチラッと見て着席すると反省会を終了させた。

「忌々しいオヤジだぜ全く!」
 拓斗は心の中で椎名をののしったが、須藤未来は椎名を気の毒だと心の中で呟いていた。

 そして教室の中から学生達がゾロゾロと出始めた頃、拓斗が未来に近付いた。

「お前! このオッサンに惚れてるのか! こんなハゲオヤジを!」
 席を立ち上がろうとした瞬間の椎名は思わず拓斗を睨み付けた。

「何だよおお!! やるのか!? ハゲオヤジ!!」
 いきり立つ拓斗。

「柔道5段、空手4段、剣道4段の私は君のような子供は相手にしないさ。 精々、青春してればいい…」
 カバンを手にした椎名は左手で未来の腕を優しく掴むとその場を離れようとした。

「まて! 未来から手を離せよオッサン!」
 未来に手をかけた椎名を再び挑発する拓斗と、拓斗に呆れ顔を見せる未来はそのまま椎名とその場を離れた。

「畜生ーーー!!」
 拓斗は椎名に付いていく未来を見て目を吊り上げた。

 そして未来は拓斗が椎名に嫉妬しているのだと思った。




【六話】





 
 椎名は車を校門近くに待たせると、未来と二人で街中にある床屋に来ていた。

 頭上は薄毛の椎名だったが学校のトイレの鏡を見て耳に覆いかぶさる髪の毛を見た瞬間、床屋を連想した。

 元々、ハゲと言う程ではない椎名だったが、日曜日は仕事が詰まっていることを予定していたことで、椎名は街の床屋を未来に訪ねそして案内を頼んだ。

「いらっしゃいませ♪ ああ! 未来ちゃん♪」
 小さな街の小さな床屋は二席の散髪席があるだけの小さな床屋で、須藤未来とは古くからの知り合いのようだった。

「オジサン♪ 今日は私の同級生を連れて来たの♪ 宜しくね♪」
 きゃしゃな身体の真隣に学生服姿で立つ大男の椎名を見た瞬間、店主はハッと驚いた表情を見せた。

「学生で頼みます」
 椎名は椎名を見て唖然とする店主に声を掛けて薄毛の頭を下げ散髪席に座った。

 その瞬間、店主は不自然な椎名の容姿に噴出しそうになるのを堪えた。

「ああ! アンタがあの有名なオッサン高校生!? ああ、申し訳ありません♪ つい♪」
 散髪席に座った椎名の頭を見て尚も鏡に映った不自然な容姿を見た店主は、顔を真っ赤に笑いを堪え両手で口元を覆った。

「オジサン!! 失礼よ!! もおぅ!!」
 椎名を見て大笑いしそうな店主に頬を膨らませて怒る未来と、その未来を左横に目だけを動かして見入る憮然とした表情の椎名。

「も、申し訳ありのせん! いや、その、何と申しましょうか… プハッ! プッハハハハハ♪ すいません♪」
 鏡の前の椎名に侘びを入れつつ我慢も限界と噴出した店主は腹を抱えてその場に屈みこんでしまった。

「セットは学生でお願いしますよ! マスター!!」
 大笑いする店主を鏡の中に見た椎名は、憮然とし表情を変えることなく冷静な口調を放った。

「オジサン!! いい加減にして!!」
 余りにも無礼な店主に怒り爆発と言った未来が詰め寄ると、店主は顔の引き締め口元を緩めつつ自らの両手で自分の顔の頬を数回平手打ちした。

「申し訳ありません! 失礼しました! 学生で宜しいですよ♪ 未来ちゃんの同級生ですからね♪」
 学生服を着た54歳の薄毛の椎名は、何処へ行っても周囲に笑みをもたらす存在だった。

「ああ、未来ちゃん。 良かったら家中(なか)で待ってていいよ♪ 直ぐ終わるから♪」
 店主はまたも椎名の頭を見て薄笑いしてそれを噛み潰した。

 三十分後、洗髪と顔剃りを終えた椎名の顔に熱タオルが掛けられると、店主は無表情で家中のトイレに入った。


「わっはははははは♪ いっひひひひひひー♪ あっははははいっひひひひーー♪」


 トイレで大笑いする店主の声は顔を蒸される椎名の耳に全て聞こえていた。

 そして無表情で出て来た店主は椎名から冷めた蒸しタオルを取ると、背もたれを元に戻して両肩に手を掛けて肩を数分揉み始めた。

「そんなに面白いですかね… 私は……」
 無表情を鏡に映す椎名は後ろにいる店主に声を低くしたが、店主はそんな椎名を見て申し訳なさそうに無言を貫いた。

 そして二十分後、全工程を終えた椎名が散髪席から降りて清算をしようとすると、店主は「学生料金で」と、意気消沈して受け取った。

 そして5分後、店を出た椎名は未来に「やっぱり笑えるわな… この年で学生服は…」と、ガックリした様子を未来に見せた。

「元気だしてー♪ 椎名くん♪ 50歳だろうと100歳だろうと学生には変わりは無いんだから♪」
 大きな背中をポンポンと軽く叩く未来は椎名の左腕に抱きついた。

 未来は椎名を慰めつつ商店街を腕を組んで歩くと、左の道に椎名を誘導して数分後、一面に広がった真っ青な海を見せた。

「椎名くん、釣りとかするんでしょ? この海… あそこの港なんかどう?」
 緩い潮風の吹く中、道路を横断した二人は海沿いの道を港に向かって歩いた。

 左側に青い海をそして右側に街を見て港を目指した二人は、まるで親子のように微笑ましかった。

 そして港に着くと、椎名は左側にいる未来に「未来は俺のことどう思ってるんだい…」と、声を細めた。

「うん。 そうねえ~♪ 奥さんには悪いけど椎名くんは私のボーイフレンドかな♪ 友達以上、恋人未満かな♪ なあーーんてね♪ うふふふふ~♪ でも、椎名君が独身だったら彼女になってたかも知れないなあ~♪」
 未来は抱きついている椎名の左腕にピッタリと張り付くと直ぐに椎名の左手に自らの右手を絡ませた。

 柔らかくまるで生まれ立ての赤ちゃんのよう手触りの未来だった。

「なあ、未来。 真剣に俺の彼女… いや、高校時代だけでいいから俺の彼女になってくれないか? 青春には青春なりの過ごし方があってもいいと思うんだ… 駄目か?」
 壊れそうなほどに柔らかい未来の右手を少し強く握った椎名は、現実とは違う夢の中に居るような錯覚を覚えていた。

「いいよ♪ 高校時代だけの彼女も悪くはないよね♪ うふふふふ~♪ じゃあ、携帯… アドレス交換しようか♪」
 嬉しそうに椎名の右腕に絡みつく未来。

「おお、そりゃあいい♪ あ、でも、携帯は家用と会社用があるから、新しい携帯… 未来との専用携帯があるといいな」
 椎名は未来に携帯ショップの場所を聞くと、港から離れ再び商店街へと足を移動させた。

「よし! ここで新しい携帯を申し込もう…」
 椎名は未来と手を繫いで見せに入ると、店内に居た女性店員達は一斉に目を丸くした。

「学割ってあるのかな? 一応、高校生なんだが…」
 椎名は固まったままの女性店員に学生証を提示すると、カウンターを前に二人で椅子に腰掛けた。

 そして暫くして氷が溶けたように動き始めた店員達は一斉に二人の所に集まって学生証を凝視しつつ、椎名の顔と薄毛の頭を何度も見回した。

「あの… 高校生なんですか? 高校生の場合、保護者が同伴になっておりまして… と言うか54歳の高校生と言うのが当店のマニュアルに無いので…」
 店員は学生証と椎名の顔を何度も見回して呆然と声を細めた。

「保護者かあ~ 保護者はとっくに他界してしまったしなあ~ 困ったなあ… 前例が無いってことだよね?」
 困惑する椎名。

「そ、そうです。 前例が… な、無いんです…」
 呆然と受け答えする店員。

「じゃあ仕方ないな。 これでいいかな~」
 椎名は学生服の内ポケットからサイフを取り出すと、中からプラチナカードを出してカウンターに置いた。

「は! はい! これでしたら! か、かしこまりました!!」
 店員は出されたプラチナカードを見るなり、夢から覚めたとばかりに突然態度を一変させた。

 そして機種選びの段階で、椎名は「高校生らしいのがいい」と、店員に話すと、店員は慌てて別のカタログを持ってきて同時にお茶をカウンターに置いた。

「よし、未来。 お前が選べ♪」
 未来は目の前に来たカタログを真剣な表情で見ると、椎名に普段使っている携帯の機種を聞いた。

「えっ? これ… 衛星携帯!? こんな高額なもの使ってたのお!? すごーい♪」
 無表情で出して見せた衛星携帯を見た未来は口をポカンと明けた。

 そして時間の経過と共に普通に戻った未来は、携帯の機種を高校生らしいモノにし、店内にあるストラップも可愛いモノ形を探して椎名にプレゼントした。

「可愛いなコレ♪」
 クマのプーさんのストラップを椎名に見せた未来は満面の笑みで左側から椎名に寄り添った。

 椎名は契約を済ませ携帯を手にすると早速、未来からのプレゼントを携帯に付けカウンター越しに電話番号とメールの交換をした。

 パッと見は微笑ましいカップルに見えた二人だったが、表から見ると誰がどう見ても学生服を着た変な父親と娘にしか見えなかった。


 


【七話】





 須藤未来は嬉しかった。 椎名との二人だけの秘密である携帯電話のことで、自分が少しだけ大人になった気がしていた。

 椎名はと言えば、自分の息子より一回りも若い赤ちゃんのような愛らしい女の子との小さな秘密に年甲斐もなく胸を踊らせていた。

 そして青春とガールフレンドと言えば、椎名の脳裏をよぎるのは熱い日差しの下で砂浜を走る光景。

 椎名は未来を誘って学校の帰り道に砂浜へと直行した。

 そして燦々と降り注ぐ太陽の下で、椎名は年甲斐も無く未来を相手に鬼ごっこを始めた。

 笑い声が波打ち際に吸い込まれつつも未来を追い掛け回す椎名は時折、息をきらせて立ち止まっては一時間近く走り回った。

 だが、その数十分後、椎名は思わぬトラブルに見舞われ気を失った。

 そして椎名が目を覚ましたのは真っ白い壁と天井に囲まれた診療所の部屋だった。

「ああ、気が付かれましたか… 駄目ですね。 年を考えないと。 十代の娘さんと日差しの下で走り回るなんて自殺行為、しかも血圧も高い上に内臓も弱っている… 今、血液を街の病院に検査に送りましたが、ハッキリ言って身体は爺さんなんですからね! もう少しここで安静にして下さい。 椎名さん!」
 街の診療所で目を覚ました椎名は、砂浜で倒れて救急車で運ばれたと言いベッドの直ぐ側で泣いている未来がソコに居た。

「取敢えず、御自宅の奥さんには連絡を取って頂きました… ああ、運転手さんですよね椎名さんの… もう直ぐ到着されると想います…」
 救急車で搬送された椎名のことを、校門近くに停車している椎名の車の運転手に走って伝えたのは未来だったと言い、椎名は椎名は改めて未来に感謝した。

 だが、椎名のことで連絡を受けた妻の幸子は、到着して直ぐに椎名の側にいる須藤未来の存在に険しい表情を見せた。

「貴方!! 大丈夫なの!? いい年して砂浜なんかで走り回るなんて何を一体!!」
 妻の幸子は直ぐに未来が何か知っていると直感した。

「ああ、幸子… ちょっとばかり、その… 青春と言うモノを… ああ、彼女には罪は無いんだ。 彼女が救急車に通報してくれたんだ…」
 椎名の言葉に妻の幸子は釈然しない面持ちで未来を見つめた。

「あのね! うちの椎名は子供の貴女とは身体の構造が違うの!! 青春か何か知らないけど、こんな中年をからかう暇があったら勉強でもしてたらどうなの! こんな年寄りを走り回らせるなんて非常識も甚だしい!!」
 ベッドの側の椅子に座る未来に近付いた幸子は頭ごなしに未来を大声で叱責した。

 そしてソコへ次々に二人の息子達が到着して声を荒げる妻の幸子と未来の間に割って入った。

「すまん… 高校生になったら是非、砂浜を走り回る青春をして見たかったんだ… 悪いのは俺だ… 彼女には関係の無いこと、俺に付き合ってくれただけなんだ… 取敢えず俺は青春をしてみただけだ… これ以上、かの上を責めるのは俺が許さん…」
 ベッドから起き上がって妻子と未来を見回す椎名。

「ごめんよ、うちのオヤジの所為でこんなことになって…」
 椅子に座って泣いている未来の肩に手を掛けた長男は母親である幸子から未来を遠ざけようと席を立たせ、腹の虫が収まらない幸子の側に次男がピタリと張り付いた。

 須藤未来は長男の指示で椎名の運転手に送られて行き、椎名は妻である幸子と二人の息子達と暫くの間、病室で居心地の悪さに耐えていた。

「あの娘さんは父さんの彼女なのかな? 可愛い娘(こ)だね♪ まあ、青春も程々にしないとさ…」
 長男は静まりかえった病室にジョークをもたらしたものの、笑みするのは弟だけだった。

「こんなことなら高校生になるなんて認めなきゃよかったわ! しかもあんな赤ん坊みたいな娘(こ)が彼女だなんて! 私は絶対に認めませんからね!!」
 腕組みして声を震わせる幸子は視線を椎名にそして兄弟達に向けた。

「いいじゃん~♪ 別に男女の関係とかじゃなく普通にガールフレンドなら♪ 僕は問題ないと思うけどな~♪」
 幸子の言動をさえぎる次男は兄と椎名を見回した。

「とにかく!! 相手が赤ちゃんだろうと何だろうと、浮気は浮気だわ! どうしても付き合うなら学校も辞めてもらうから! いいわね!!」
 幸子はそう言い残すと、その場から離れ来たキャデラックに乗り込んで帰ってしまった。

「大丈夫♪ 親父は好きなように青春すればいい… 但し、男女の関係だけは勘弁して欲しいな俺らも♪」
 長男と次男は安心した顔をして部屋を出ると個々に車に乗って帰路についた。

 そして一人になった椎名を迎えに運転手が部屋を訪れたのは三十分ほど後のことだった。

 椎名は妻子に未来のこと知られたことを深く後悔したが、どうにもならない事実だった。

 そして翌日、診療所から直接、学校へ行った椎名は教室の黒板に書かれた、椎名と未来の相合傘のジョークに激しい苛立ちを覚え、同時に動揺しつつ未来を見入った。

 未来は机にうつ伏せになって両腕で耳を塞ぎ、そしてその様子をニヤニヤして見入る拓斗に椎名は激しい怒りを覚えた。

「ここに居る須藤未来は俺の彼女だ!! だが文句のあるヤツは出て来い!! キッチリとケリを付けてやる!!」
 椎名の低い怒声は教室を静まり帰らせ同時に拓斗は椎名から視線を外した。

 椎名は静まり返った教室で黒板に書かれたモノを黒板消しでキレイに消し去ると、教室にいる全員の顔を見回した。

「お前、俺のことが気に食わないらしいが、俺は何を言われても構わないが、須藤未来を傷つけることを許さん。 これからお前に大人の怖さをちゃんと解からせてやるからな!!」
 椎名は拓斗の席の目の前で携帯を取り出すと何処かへ電話して怒声を上げ、そして静かに自分の席に戻った。

 そしてこの日の授業が終わり拓斗が家に戻ると、拓斗の父親は真っ青になって自宅の茶の間で頭を抱えていた。

 拓斗は父親が手がけていた仕事から干されたことを聞かされ、それが椎名の言っていた「大人の怖さ」だと、否応無く知らされた。

 そして拓斗の父親は仕事を失い下手すればこの街に居られないと悲しみ嘆いたが、拓斗にはどうすることも出来なかった。

 椎名の言う「大人の怖さ」は、ジリジリと丹野拓斗と家族を追い込んで行くが、椎名は普段と変わらないそぶりで学校へ行き来していた。

 だが、拓斗はその数日間、学校を病欠し父親と小さな街の顧客を一見ずつ回っていたが、何処も手のひらを返したように話しに耳を貸さなかった。

 拓斗の父親は「何故こんな仕打ちを受けるのか」と、街の人々を恨みそして自分の置かれた状況を哀れに思っていた。

 そして拓斗が学校を休んで一週間が経過した翌週の月曜日の放課後、拓斗の自宅兼事務所に椎名が現れた。

 


【八話】




 拓斗の父親は突然、尋ねてきた椎名に仰天し息を振るわせた。

「丹野さんでしたね… 実は仕事を頼みたいのですが宜しいですかね?」
 拓斗の父親は拓斗の目の前で棚から牡丹餅とばかりに呆然と微笑む椎名の顔に見入った。

 椎名は居合わせた拓斗をチラッと見て直ぐに父親に視線を移すと、愛想笑いを浮かべる拓斗の父親に勧められ事務所の中の椅子に腰を掛けた。

「実は、今度、この街のビルの仕事を請け負いましてね… そこでどうせならその配線工事は地域活性のために……」
 椎名は早速、持ってきたビルのプレゼンを炊くとの父親に見せた。

 拓斗の父親は仕事の大きさに仰天しつつ額に驚きの汗を浮かべハンカチで拭きつつ椎名の話しに前のめりで聞き入った。

 そして拓斗と同級生でしかもクラスメイトであることを証して場を和ませた。

 拓斗の父親は拓斗を自分の方へ引き寄せ、拓斗にも礼を言うように勧めたが、拓斗は顔を背けながらも父親に無理矢理、椎名に頭を下げさせた。

 椎名の持ってきた仕事量は拓斗の父親の一年分以上の仕事であって、仕事不足に喘ぐ拓斗の父親は椎名を神仏とばかりに手を合わせ拝んだ。

 椎名はそんな拓斗の父親の前でチラリと拓斗を見ると口元に笑みを浮かべた。

「後の抓め打ち合わせは当社の担当者から連絡があると思いますので是非……」
 椎名は拓斗の父親と拓斗に見送られ丹野電気店を後にした。

 拓斗のはらわたは煮えくり返っていたが、ガッツポーズして大喜びする父親を見て複雑な心境と同時に激しい悔しさを握り拳に蓄積させた。

 そして当日は久々に明るい父親と母親の三人で団欒をしたものの、拓斗の椎名への憎悪は消えることなく逆に増大した。

 だが、ただの子供である拓斗には椎名への報復など考える余地もなく、拓斗は深夜の布団の中で悔し涙を流した。

 そして再び朝がやってくると拓斗は久々に学校へと足を運んだが、須藤未来は拓斗と目を合わせず隣にいる椎名の方だけを向いていた。

 未来と椎名の二人は最早、クラスメイトなら誰でも知っている仲であって、誰もからかうものなく拓斗が休んでいる間に、椎名の回りもクラスメイトで溢れていた。

 椎名はこれこそが青春とばかりに学生生活を堪能し、打ち解けたクラスメイト達も椎名くん、椎名くんと駆け寄る姿を孤独になった拓斗に見せ付けていた。

 そして数日後には自然に集まっていた拓斗のグループは自然消滅し、拓斗はクラスから忘れられた存在にまで落ちて行ったのと、引き換えに椎名と未来は親密さを増した。

 拓斗は父親の仕事が急に激減して尚も突然の椎名からの仕事の依頼に、怪しさを感じつつも何一つとして証拠の無い事実に苛立を覚えつつ、クラスで人気物になった椎名に嫉妬していた。

 そんな中、椎名も会社の繁忙期を迎えていて、学業と正業の両立も若干の難しさを感じていた。

 椎名は学校を休みがちになり週に二日ほどの病欠をとって正業に専念するも時間の無さに四苦八苦していた。

 本来なら病欠分を補習しなくてはならないものの、そんな時間も取れない椎名は喫煙室で親しくなった教師達に鼻薬(かね)を支払い単位を取得すると言う汚い手法を取らざる得なかった。

 大人のずるさが露見することは無かったが、流石に体育の授業では鼻薬は使わずに身を持って授業に望んだ。 

 だが、54歳と言う年齢で子供達を相手にする運動には着いて行けず、体育教師も椎名の出来る範囲でりメニューに四苦八苦していた。

 そんな椎名だが保健体育だけはいつもの鼻薬で切り抜け、一応の単位は取れていたが必ず受けなければならない身体検査に悩んでいた。

 そしてその身体検査の当日、保健室で上半身下着で順番を待つ椎名は珍しく緊張していた。

 身長、体重測定は難なく終わり、識別視力や聴力検査では自信の無さから、特例として椎名は運転免許証でそれらをクリアした。

 だが、椎名の年齢を考慮した医師は特別に血圧測定と血糖値測定をした。

「椎名さん。 少々、血圧が高いのと血糖値も正常値を越えておりますね…」
 医師は表情を固くして首を傾斜させつつ聴診器で椎名の身体をチェックし始めた。

 中年太りで腹も出ていた椎名に医師は、血液検査を早期にするよう勧め椎名の診察を終了させた。

「一応、通常の勉学には支障は無いと思いますが、体育は体調に合わせ見学するなりの対応が必要です。 子供達とは違うんですからね♪」
 医師は笑みを浮かべて椎名の健康診断を終えた。

 そしてレントゲンではタバコで真っ黒になった肺が見つかったが「やっぱりなーあ~」と、椎名は大きく溜息をつくとそのまま服を着て教室へ戻った。

 まさか学生になって健康診断などするとは思っていなかった椎名だった。





【九話】





 この頃になると椎名と未来は手を繫いで校舎を出ることが多かった。

 周囲公認の二人にとって邪魔者は一人として存在せず、強いて言えば社会若しくは世間だったのかも知れない。

 一度でも学生服を脱いで未来と手を繫いで歩けば、一見して援助交際のようにも見え、度々警察官から職務質問を受けること、これまた多し。

 そして予想が付くだろうが当然のように椎名に見せられた学生証に警官は目を点にする。

 初老にも見える恰幅(かっぷく)の良い中年男性が、高校生など到底信じられないからであったが、噂が噂を呼び警察署では一躍有名人にもなったようだ。

 だが、悪意の無い椎名であっても、世間の目は決して椎名を善人とは認めない大人達も少なからず。

 女の子目当ての入学や、高校入学は隠れ蓑などと陰口を言う大人も少なくはなかったが、そんな噂をモノともしない椎名は須藤未来と手を繫いでの下校や散歩を止めなかった。

 だが、恰幅のいい大人が女子高生と手を繫いで歩いていると言う話しは、中学時代の幼馴染の理事長兼校長の相川の耳にも当然入っていたし、不謹慎ではないと知りつつもその対応に追われた。

 学校としては椎名の定期的な寄付にも魅力を感じていたが、何と言っても現役の中堅ゼネコンの社長が入学した高校としての話題性は地元新聞にも取り上げられ、都度入る雑誌社からの記事掲載の許可にもあった。

 学校の宣伝にも一役かっている椎名であって、校長の相川は幼馴染の椎名だけに、彼が取り戻したい青春を何とかしてやりたいと言う相川の気持ちは強かった。

 都会で貧しい家に生まれ高校にも進学出来なかった椎名は、裸一貫から立ち上げた建設会社を中堅ゼネコンまで引き上げた実績を見れば椎名自身が如何に優秀なのかは誰でも解かるところだろうか。

 だが、そんな噂は須藤未来の両親に伝わらないはずはなかったし、校長が椎名の幼馴染であり元恋人の相川であることを椎名は未だ知らなかった。

 そんな須藤家では一人娘の未来を案ずる両親が未来から椎名のことを、アレやコレやと聞く機会も大幅に増えたが未来は素直に二人の関係を両親に打ち明け、一定の信頼を得ていた。

 生まれて16年しか経っていない未来の彼氏が両親よりも年上であって、街のある意味有名人でもある椎名がどんな人物なのか知りたくないはずの両親は、ある日の晩、未来に自宅に連れてくるよう話した。

 未来は素直にそれに応じ椎名に自宅に来て欲しいと伝えると、椎名は「やぶさか」では無いと、それに応じた。

「始めまして。 お嬢さんの同級の椎名と申します…」
 学生服を着た54歳の椎名は玄関の中で須藤の両親に頭を下げた。

「よくいらっしゃいました♪ 未来がお世話になっております」
 長身で堂々とした椎名を見た未来の両親は椎名から溢れる気品に肝を抜かれた思いがした。

 未来の自宅、リビングに通された椎名はソファにチョコンと座る未来の隣に腰を落ち着かせると、辺りを見回してから出されたお茶に頭を下げた。

「あの… 椎名さん… 実は…」
 椎名がクラスで未来を自分の彼女だと宣言したことについて、聞き辛そうにする未来の父親は恐縮しつつ椎名に目を合わせた。

 すると椎名は…

「ええ。 まあ、未来(かのじょ)さえ良ければとは思っていますが…」
 椎名は隠すことなく右隣にチョコンと座る未来をチラリと見て、再び父親に目を合わせた。

 そして続けざまに椎名は未来の両親に「私には妻子… 二人の子は二十代後半ですが」と、切り出し「正直、彼女は私にとって… そう… 赤ちゃんと言うか孫と言うか… 勿論、大好きですが誓ってやましいことは考えてはおりません」と、未来の両親を安心させた。

 だが、当の未来は頬を膨らませて「赤ちゃんや孫」と、言われたことに不服そうな表情を見せたが、椎名を見た両親は内心、安堵したのか「赤ちゃん、孫」と言う、表現に照れくさそうに笑みをこぼした。

 そして椎名は54歳にして何故、高校生になったのか順を追って話しを続け、未来の両親もまた椎名の話しに真剣に同意し、ある意味二人の交際を認めるに至った。

 椎名はこの夜、須藤家で夕食を御馳走になり、挙句の果て父親と酒を酌み交わすほど意気投合し、椎名が須藤家を後にしたのは夜も深まった午後十時過ぎだった。

 だが、珍しく酒を飲んで帰宅した椎名を「良く思わない」妻が、帰りを待っていた。

 そして正直者の椎名は珍しく妻を前に「大声を」出していた。

「だから何度も言ってるだろう!! 俺は自分の青春を取り戻しているんだ!! お前にも高校や大学時代の青春があったはずだ!! それにやましいことは何にもしてない!!」
 未来のことを問い詰められた椎名は執拗に未来のことを聞く妻に逆上した。

「とにかく!! 青春を取り戻すのは御自由です! でも女性関係だけは困りますから!!」
 未来との関係を女性関係として見る妻は椎名に怒鳴り返すと、その場を離れた。

 椎名は自分の青春にケチを付けられた思いがして拳を握り締めソファーにゴロンと横になり、天井を見つめたタバコに火を点けた。

 タバコを吸いながら椎名は高校を無事に卒業出来るのかと不安を抱えた。





【十話】





 職員室の隣にある喫煙室に来ていた椎名は、教職員達の中に居てタバコを吸っていた。

 そして、回る換気扇を見ていてポツリと呟いた。

「折角こんないい所に居るのに勿体無いなあ~」
 椎名の呟きに数人居合わせた教職員達は一斉に学生服姿の椎名を凝視した。

「先生方の中で釣り好きな方、居ませんかね…」
 椎名の言葉に数人の教職員達は顔を見合わせ、首を軽く捻った。

「いや… その… 高校生になったからにはクラブ活動も大切ですよね。 肉体系は年齢的には無理なんですが…」
 椎名の言葉に顔を見合わせた教職員の一人が口を開いた。

「クラブ活動は生徒会長の許可と人員… まあ、最低15人以上かな~ あと顧問になりうる教師が必要で… 結構大変ですよ~」
 教師の一人がタバコの煙を吐き出しつつ。

「で、椎名さんは釣りのクラブでも所望なのですか? 部室も満杯だし、釣りとなると予算もねえ~ 私も釣りはするんだが別の顧問だし…」
 別の教師はタバコを吸いつつ。

「部室かあ~ 部屋が無いなら作ればいいとして… 予算は私が個人寄付すれば何とかなる… あとは人員か~」
 椎名の言葉に唖然と顔を見合わせる教職員達。

 椎名の言葉に教職員達は唖然としたまま喫煙室を後にした。

 そして放課後、担任の畑野に椎名はクラブの作り方を聞きそれをメモして生徒会を尋ねた。

「あのを~ 生徒会長さんは…?」
 三階の生徒会室を訪ねた椎名は初めて来た生徒会室のドアを半分だけ開いて中の様子を窺いつつ。

「私が生徒会長の白川ですが… 貴方は確かあの有名な…?」
 会長の白川恵(めぐみ)は、ドア越しに見た54歳の椎名を見た瞬間、唖然とした。

「ちょっと、いいですか…」
 椎名は申し訳無さそうに生徒会長の白川にクラブを作りたい趣旨を話した。

 すると白川は…

「ちょっと難しいかな~ 部室は既に満杯だし~ 予算も付けられそうに無い、と言うより部員は何人居るの?」
 長い髪型でメガネをかけた白川は顔をしかめて首を捻った。

「いや… 部員はこれから集めようと… 部室は結構です作りますから。 あと予算は私が個人負担しますので~ 顧問もこれから~」
 椎名の話しに口を開いたままの白川。

 結局、この日は事案だけと言う形で生徒会室を出た椎名は部員集めに頭を捻った。

 どうやって集めようかと、放課後の教室に一人で居ると未来が迎えに来た。

「プラカード持って全校生徒に校門で話しかけるとかしかないかな~」
 椅子に座る椎名に頭を捻る未来。

「取敢えず、未来は入るだろ? 釣りクラブ」
 椎名の言葉に口を開いたまま唖然とする未来は、椎名の目の前で右手を左右に振った。

「ためよ、だめだめ! 私、釣りなんて無理無理!」
 エッと言う顔する椎名に慌てて断る未来。 それに驚く椎名。

「仕方ないか… 女の子だもんなあ~」
 椎名は未来を先に帰宅させるとその足で職員室隣りの喫煙室へ向かった。

 そして数人居た教師達になにやらヒソヒソ話しを持ち込んだ。

 翌朝…

「と、言う訳で新しく釣りクラブを発足したいと言う申し込みが有って~」
 全学年の担任教師たちは何故か、椎名の釣りクラブへの入部希望者を全クラスのホームルームで取り上げた。

 そしてそれは椎名の居るクラスでも担任の畑野の口から全員に伝えられ、更に各階の廊下の掲示板にも入部を促すポスターが張られた。

「ありがとうございます。 これも先生方(みなさん)のお陰です♪」
 職員室から隣の喫煙室に訪れた教師達は次々に、頭を下げる椎名から封筒を受け取り、中にはタバコを吸わない教師までもが喫煙室を訪れた。

 更に、小川先生は5人… 中川先生のところは3人… 竹中先生は4人… 北島先生は4人と… 人数単位で封筒の数は増減されつつも手渡された。

 椎名の鼻薬(げんきん)は全教師達に通じ勧誘人数で鼻薬(げんきん)も増減した。

 大人のやり方に全教師は御満悦だった。

 そして部室となる部屋がないことで、椎名は校舎の裏側にある空き土地を教頭に鼻薬で頼み込み、総勢で60人超が入る釣りクラブの部室をプレハブで一晩で完成させた。

 更に椎名は顧問として数人の手の空いている教師に鼻薬を使って自らの釣りクラブに参加させ、それを生徒会に持ち込んで許可を貰うまでに事は進んだ。

 全ては高校生らしからぬ「大人のやり方」で、事は終焉しようとしていたところへ突然の「待った!」が、かかった。

 教頭から説明を受けた椎名は「校長兼理事長」が、口を挟んできたと聞き、椎名は朝礼の体育館の遠くからしか見たことの無い校長と会うことになった。

「まあいいさ… また鼻薬で何とかするさ…」
 椎名は職員室に出向くと、教頭の後ろをついて校長室へと向かった。

 そして校長室に入ると一際大きい木目調の机に一人の女性が前屈みで仕事をしていた。

「教頭先生、二人だけにして下さい…」
 校長の言葉に椎名を残し教頭は立ち去ったが、校長はそのまま椎名を応接ソファーに座らせた。

「椎名さん、貴方からの毎月の寄付には大変喜んでおりますが、学校(ここ)で会うのは初めてですわね♪」
 デスクワークしつつ話した校長は張りのある澄んだ声を椎名に聞かせつつ、席を立ち上がると応接ソファーに近付いた。

 ソファーに座り前屈みになっていた椎名が背筋を伸ばして顔を上げた瞬間、椎名は見覚えのあるその顔に首を少し傾けた。

「お久しぶりね。 椎名くん♪」
 小机を挟んで真向かいのソファーの前に立つ校長(じょせい)に、椎名は一瞬立ち上がろうとして直ぐに腰を下ろし校長の顔をジッと見つめた。

「中学卒業以来ね♪ 覚えてないでしょ? こんなお婆ちゃんになっちゃったからね♪」
 椎名に問い掛けるように喋った校長は笑みを浮かべた。

 椎名は自分を知っている校長をジィーっと見つめた。

 そして…

「藤森…? 藤森陽菜か…? 藤森陽菜かあぁ! 嘘だろ!? マジかぁ!?」
 椎名は校長の顔を見据えつつ声を上ずらせそして震えさせた。

 校長は無言で頷いて直ぐに口を開いた。

「今は相川… 結婚して苗字が変わったから… お久しぶりね~ 猛くん♪」
 目を輝かせ話す校長は頬を薄紅色に染めた。

「………」
 椎名は驚きの余り言葉を忘れた。

「2年前、理事長をしていた主人が亡くなって私が理事長に… 校長も定年して空席のままなんだけどね♪ うち見たいな田舎の貧乏私立高校なんかの校長になってくれる人も居ないし… でも、貴方からの寄付で何とか凌いでこれたわ。 感謝してるわ♪」
 ソファーに腰を下ろした相川校長は両手を膝の上に深く頭を下げた。

 椎名は驚きの余り無言で唖然とし、目の前の昔の恋人を凝視していた。
 
 


 
 
【十一話】





 驚きの余り言葉を忘れた椎名は、喉をカラカラにして熟女と化した相川校長を見据え、そして一言「あ… ああ…」と、溜息混じりに呟いた。

 そして椎名と相川の話しは2時間にも及んだ後、相川は表情を硬くして呼び出した理由を説明した。

「悪かった… 俺のセッカチは昔のままだからさ… 釣りクラブは諦めるよ… お前… いや、校長先生の方が正しいよ…」
 椎名は金をばら撒いてクラブを作ろうとしたことを素直に詫びた。

「釣りクラブは生徒会の承認は出てるし、全ての段階もクリアしてるから問題ない… ただ、何でもお金で解決するのは学生としては許されないわね~♪」
 相川校長は椎名を前に落ち着いた口調を椎名に見せたが表情は優しかった。

「じゃあ取敢えずはクラブは活動してもいいってことなのか?」
 椎名は相川校長の表情を見て内心安堵しつつも緊張しつつ。

「終わったことよりこれから学生としてどう生きるかが大切よ♪」
 相川校長は足組みして右手の人差し指を立てた。

 椎名は相川校長に頷いて見せるとズッと席を立ってその場を去ろうとした。

「失った時間…… 取り戻すならやり遂げてね。 椎名くん♪」
 椎名は無言で頭を下げるとその場を立ち去った。

 自分が進学した高校の校長が昔の恋人だったことに、椎名は人生の絡み合いと奇遇さをしみじみと感じつつ、校舎を出るとそのまま学校から会社へと向かった。

 椎名は車の後部座席で昔の恋人の相川を車窓の中に思い出していた。

 性的関係は無かったものの、初めてのキスのことを思い起こし口元に薄っすらと笑みを浮かべていた。

 そして会社に到着した椎名は社長室の机の上の決済書類の山を見てガックリと肩を落とし大きな溜息を漏らした。

 椎名の仕事は夜の9時過ぎまで続き、未来からメールが来ていたことを承知しつつも夜の11時まで仕事は続けられた。

 そして仕事を切り上げた椎名はタバコに火を点け終えると、ようやく未来からのメールを開き見終えた。

 未来からのメールの内容は釣りクラブに入りたいと言う生徒数人の勧誘に成功したことと、自分も入る趣旨のモノだったが、椎名は自分を応援してくれる未来の気持ちが嬉しかった。

 そんなある日のこと、未来と手を繫いで下校した椎名は行き付けの喫茶店で未来とお茶を飲んだ後、浜辺を散歩することに。

 そして釣り好きの椎名は浜辺にあった漁師の小屋を見つけ未来を連れてその中に。

 未来もまたためらうことなく普段は入ることのない漁師小屋の探検に、そして見つけた漁具に椎名は目を輝かせた。

 ほんのりと鼻をくすぐる磯の香りと海草の破片を手にした椎名は、それを鼻先に潮の香りを楽しみ未来に手渡した。

 そして四畳半ほどの板の間に事を下ろした椎名は、窓から見える浜辺の様子に心を落ち着け天井をグルリと見渡しタバコに火を点けようとした瞬間、自分の左横に腰を降ろした未来に一瞬、胸をドキッとさせた。

 54歳にもなる椎名は生まれて未だ16年しか経っていない未来にこの時、不思議に女性(おんな)を感じた。

 そして次に気付けば椎名はタバコを捨て左側に居た未来を床に抱き倒していた。

 ドキドキと胸を高鳴らせる椎名と視線を交わらせた未来の目は、清く澄んでいて未来もまた抵抗すことなく二人の唇は一つに重なった。

 そして次ぎの瞬間、未来は切なげな表情をして首を少しだけ仰け反らせた。

 椎名の右手が未来のスカートの中に入り、そして柔らかい未来の太ももを滑った。

「怖い……」
 目を潤ませ真剣な表情をする椎名に視線を合わせた未来は小声を発した。

「俺のこと嫌いか?」
 未来の左太ももを外側から撫でる椎名は、強張る未来に視線を合わせた。

「………」
 未来は顔を左右に振ると、覆いかぶさる椎名の背中に両腕を這わした。

「あんっ!」
 椎名の右手が未来の白いパンティーをゆっくりと剥ぎ取ろうと引き下げた。

「怖いのか? 優しくするから……」
 顔を強張らせ全身を震わせる未来は唇ををも震わせ瞼を閉じた。

「怖いよぉ~」
 未来の下半身から剥ぎ取られるパンティーが両膝辺りに来た瞬間、未来は両足をピタリと閉じた。

「優しくする… 約束するから…」
 徐々に体位を下方向へ移動する椎名は未来のスカートの中に顔を入れ、ピタリと閉じた未来の両足を開かせようとした。

「お願い… 許してぇ…」
 両足に力を入れ全身を大きく震わせた未来は切羽詰った涙声を発した。

 椎名は未来の薄っすらとした陰毛の匂いを嗅ぎつつ、白いパンティーを未来から剥ぎ取ると、剥ぎ取ったパンティーに顔を埋めた。

 そして開かせた両足を膝たちさせると両手でその両足を大きく開かせ、その付け根にある割れた部分を両手の親指で左右に開いた。

 ツンと鼻を突く未来(おんな)の匂いと、磯の香りと大差ない未来のピンク色した内肉に椎名の舌先が滑った。

「あんっ!!」
 突然、腰をガクッンとさせた未来は椎名の舌先に首を左右に激しく振った。

 椎名の舌先は未来の割れた内肉の隅々に滑り、舌先に溜まった未来の恥ずかしい汚れを飲み込んだ。

 そして未来の内肉の一番深い部分に舌先を入れた椎名は、チロチロと舌先を動かし内側を味わいつつ鼻先でクリトリスの香りを楽しんだ。

 未来は両足の爪先をギュッと閉じ、開いた両手で床に敷かれたムシロをぎゅっと掴んで首を仰け反らせた。

 椎名は未来の窪みを舌先でチロチロさせつつ、右手の親指で未来のクリトリスを優しく刺激すると未来の内側から透明な体液(しる)が俄かに湧いた。

 柔らかい未来の下半身はプリプリと揺れその心地よさは椎名の両頬に伝えられた。

 生まれて僅か16年しか経っていない白魚のような未来の身体は熟した女性とは一味も二味も違った。

 そして上半身の服と同時にブラジャーを外せば、手の中にスッポリと納まる程に愛らしい乳房があって、乳首を口に含むと未来は「くすぐったい」と、顔の表情を幼子のように変えた。

 椎名は未来の表情を確認いつつ乳首と乳房に舌を滑らせ、下半身の割れ目の内側に指をネチネチと滑らせた。 

 未来は上半身のくすぐったさと、下半身の激しい快感に身悶えし仰け反って次第に女の喜びに開花して行った。

 椎名は大人らしく上品な愛撫を繰り返し、未来の恥ずかしい液体が彼女の内モモに滑り落ちた辺り、ズボンとトランクスを手際よく脱ぐと、太く逞しく聳えた肉棒を未来の割れ目に向けた。

 そして椎名の肉棒が未来の恥ずかしい窪みに入った瞬間、未来はヌプヌプと体内に入って来た熱い肉棒に両目を大きく見開き全身に電気が走るかのごとくの激しい痛みに「痛あぁーい!!」と、椎名の背中に爪を立てた。

 椎名は背中に突き刺さる爪の痛みを感じつつ一気に未来の中に「ズブリユウゥーーー!!」と、奥まで入った。

 未来は「痛い痛い!」を、連呼し椎名から逃げようと頭側へと背中越しに身体を動かしたが、未来の頭は何かの木箱に当たってその場で止まった。

 目から大粒の涙を溢れさせる未来の顔を真上から見入る椎名は、彼女の両足を持ち上げ賢明に腰を前後させた。

 そして椎名に限界が近付いた時、椎名はいっそう未来の奥へと硬い肉棒を押入れ肉棒の根元をドクドクさせ、自らの体液を未来の中に放出した。

 そして数十分、椎名は未来の中に入ったままウトウトし始め次に目を覚ますと、そこは朝を迎えた社長室の机の上だった。

 男、椎名は54歳にして恥ずべき夢精をしていることに気付き、無言のまま社長室に備え付けのシャワーへと駆け込んだ。

 



【十二話】





 男、椎名54歳にして夢精なるものを経験したが、相手が生まれて未だ16年しか経っていない未来だっただけに自己嫌悪に陥っていた。

 相手が担任教師や校長なら兎も角、16歳の未来だったと言うことに椎名は男としての恥を心に秘めつつも今日も学校の門を潜った。

 そんな椎名を他所に何も知らない未来は元気良く椎名に近付き笑顔でおはようと挨拶して、自分の席に腰を落ち着けた。

 椎名は未来の存在を右隣に感じながらも、いつも通りに笑みすら浮かべること出きず塞ぎこんでいた。

 そんな椎名の異変に気付かない未来ではなかったが、何処と無く声を掛けづらいオーラが椎名を包んでいた。

 だが、椎名の異変に気付いたのは拓斗も同じであった。

 拓斗は椎名に依って大人の怖さを教えられてから、椎名から距離を置いていた一人だったが、未来と話そうとも下校時に未来と手を繫ごうともしない椎名に疑問を感じていた。

 椎名は意図的に未来を避けていたが、それは確実に拓斗に何かを感じさせていた。

 拓斗は弱々しい椎名を見て何かの困りごとに直面しているに違いないと内心、喜んでいたが、再びの大人の仕返しを恐れ椎名には近付こうとはしなかった。

 そんな折、椎名の作った釣りクラブの初顔合わせが数日後に近付いた頃、椎名は突然「釣りクラブでは活動しない」と、何故か心変わりしクラブそのものは存続させ部長に誰かをと考えた。

 そして釣りクラブの初顔合わせ当日、活動に出席したものの、椎名は部長になることを拒み漁師の息子である別の2年生を部長に推薦して自らは何の役にも立候補しなかった。

 クラブのメンバーはそんな椎名に疑念を抱きつつも、新クラブでの活動に笑みを個々に浮かべ参考書を頼りに釣り道具の使い方やら手引きを皆で話し合った。

 だが、その中に当の椎名の姿はなく椎名が居たのは職員室の隣にある喫煙室だった。

 椎名は頻繁に出入りする教師達と会釈を交わし大人の世間話しに笑みを浮かべていたが、発起人である釣りクラブの顧問の教師が椎名を探して喫煙室を訪ねた。

 椎名は仕事の繁忙期を理由に釣りクラブでの活動を断念することを顧問に伝えつつも、クラブへの寄付は続ける趣旨の話しをして顧問の了解を取り付けた。

 本当は釣りクラブには未来が居ると言うだけの理由だったが、椎名にとって未来で夢精したことが余程のショックだった。

 そして釣りクラブとは無縁の学生生活を送ろうと決意した椎名は、学校が終われば早々に車に乗り込んで学校を離れる日々を過ごし未来とは完全に距離を置いた。

 だが発起人を失った釣りクラブだったが、釣りの楽しさが口々に伝えられ発足一ヵ月後には当初部員の65人を大きく上回る100人規模にも部員数は膨らんだ。

 そうして向かえた夏休み、宿題を会社の事務方へ回して終わらせた椎名は手持ち無沙汰とばかりに学校へ出向いては、勝手に校舎や敷地の修理を自発的に進め汗を流した。

 校舎をグルりと一回りし見積もりを出して必要資材を持ち込み、ひび割れした壁の修理から塗装までを夏休みの日課として一人楽しんでいた。

 そんな矢先のこと、一人の先輩学生に声を掛けられた。

「椎名さんですよね? 僕は二年の前川と言う者なんですが実家も小さな工務店を営んでいるので僕も手伝っていいですか?」
 壁の補修中に突然後ろから声を掛けられた椎名は笑みを浮かべて了承した。

「僕も将来は工務店関係の会社に就職を考えているんで、毎日来ている椎名さんを見て是非手伝いたいと…」
 椎名は高校に入学して初めて知り合った気の合う仲間だと感じた。

「やる気があるなら一々、教えたりしないよ。 俺の仕事を見て覚えて行けばいい…」
 椎名は笑みを浮かべる前川に笑みした。

「はい♪ ありがとうございます♪」
 前川は後輩である椎名に先輩顔せず人生の後輩として、せっせと汗を共に流した。

 そして数日が経過した辺り、前川の紹介で是非、自分達も手伝いたいと申し出てきた二年生数人が新たに加わった。

 校舎は見る見る間に補修が行き届き、ひび割れを直す班と塗装する班に分かれて仕事はグングン進んだ。

 そして数人の中の一人が椎名に同好会設立を進言したことで、椎名は土木建築研究部 略して土研(どけん)の看板を釣りクラブの直ぐ隣に立てると、6畳ほどのプレハブを学校に無断で建てた。

 材料は椎名が調達しプレハブ建築には土研全員がそれに当たり、作ってしまったから仕方が無い作戦で椎名が土地使用を校長である相川に掛け合った。

 土研の目的は学校及び周辺の修繕を目的とした広い範囲の人達の役にたつことを前提にと言う大義名分が成された。 

 だが金を使ってクラブ化することは椎名にとって簡単なことだったが、敢えてクラブ化せずに同好会として存続を目指す考えだった。

 椎名はその趣旨の下、校長の相川から直接認可を受け専門的な事案であることから顧問も無用で、顧問は椎名本人にゆだねる形となった。

 そして土研は相川校長に対して学校に屋根つきのプールの建設を提案した。

 費用は全額椎名の寄付で賄うものの、実際の施工と施工管理や安全管理は土研が担う趣旨であった。

「えー、私,椎名がこの同好会の会長兼顧問と成りましたが、たった今から当土研では私の事は「親方」と、呼ぶように各員にお願いしたい」
 校舎の修理をしつつ、午後3時の一服(きゅうけい)中、椎名は自らを親方と称することを発表した。

「付きましては、もしも新入者があった場合は熟練者の諸君を「世話役」と、称して貰い、ヘルメットには一本線が入ることになります!」
 椎名は土研の各員に対して実社会同様の階級を与えることを宣言した。

「では、親方! 新人が入ったら俺らは世話役と言う役職になると言うことですか?」
 各員の一人が椎名を早々に親方と呼び質問した。

「その通り! 各員は実社会同様に熟練者として上級階級の肩書きを持つことになるし、技術、技能、安全、労務、会計の5役職になる」
 椎名は親方の机を前に右手の人差し指をピンと立て解答をした。

 更に親方である椎名は各員に対して作業員(ぶいん)の確保を目標に掲げ、各クラブの部員達にも協力の要請を実施することを掲げた。

「勿論! 個々の自由を尊重し手伝いたいと申し出る者だけに限定して欲しい! 強制労働は労働基準法違反であるからな!」
 4人のメンバー達は席を立ち上がって狭い部屋に拍手を響かせた。

 そして親方の椎名は部室を「事務所」と、呼ぶことを周知させると各員に一本線入りのヘルメットを手渡し「安全第一」を、右腕を大きく掲げて提唱した。

 更に時々手伝いに来る各部の部員や無所属の生徒達を「外注」と称することを宣言した。

 椎名の本格的で実社会を持ち込んだ土研の各員は満面の笑みを浮かべて渡されたヘルメットを着用した。

 



【十三話】





 椎名が率いる土研は次第にその人数を確保し、夏休みの前半だけで数十人の作業員(かいいん)を数え、事務所(ぶしつ)も手狭になり、20畳の二階建てのプレハブに変更された。

 そして土研の人数と仕事率確保のため椎名は特別に校長の許可を取り、事務所(ぶしつ)に電話線を引き、学校内外の破損等の情報収集を呼びかけた。

 情報は殆どが生徒からの携帯で、何処の窓がひび割れているや、何処の壁が破損している等の連絡が相次ぎ、早速、土研の世話役達が現場を見に出向き写真撮影と見積もりの作成に取り掛かった。

 そして普通科高校では有り得ない、まるで工業高校並みの戦力で相川校長の運営する学校は日に日に修繕が進められて行き、作業員達の熟練度も完成に近付いて行った。

 そして夏休みも中盤に入った頃、椎名は実際に自分が経営しているゼネコンから中古の小型機械を数台借り入れ、自らがそれに乗り学校創立以来初の屋根付きのプールの建設に踏み切った。

 椎名率いる土研は、10人の世話役と40人の作業員で測量から図面作成まで行い、同時に小型のバックホーで椎名自ら土砂の掘削をし、土研全員でその仕事に着手し縦30メートル、横15メートル、深さ2.5メートルの長方形の穴が完成した。

 そして数日間かけて掘削場所に砕石を入れ地盤を均して小型の手持ち機械である「ランマー」と、呼ばれる機械で地盤を固めた。 そして地面の切り口の四方に「型枠」を、縦横に配置し鉄筋を組んだ。

 誰が何処から見ても完全な建設現場はいつの間にか街の名物となって、中には本職の飛び入りの外注まで集まって賑わった。 どう見ても工業高校にしか見えない普通課高校は学生から一般の大人までもが参加する巨大イベントになっていった。

 そして中盤も末の頃になると、相川の高校は大型の建設機械から大型ダンプカーまでが全て揃い実社会さながらの様相を見せた。 相川校長は生徒と一緒に汗を流す椎名と街の善意の人達の働きに嬉し涙が止まらなかった。

 そんな中で進められるプール建設工事は着々と進行し、掘削して取り付けられた型枠にコンクリートを流し込む一大イベントは生徒、一般の人達総勢で150人を越え賑やかで迫力満点のモノであった。

「よおーし! 一服したら次ぎは養生シートをかけて今日の作業は終わりだぁ~!」
 150人の全員に頭を下げた椎名は、近くの店から差し入れられたコーラと菓子を全員に振る舞った。

 残すところは支柱と屋根の取り付けのみとなった土研は、コンクリートが固まるまでの数日間を休日として、椎名と世話役のみが交代で養生シートの見回りに徹した。

 そして借り受けていた小型建設機械は一斉に椎名の会社に返され、現場は大きな家の基礎工事の様相を見せ、見回る度に世話役達は長いようで短かかった現場をシミジミと見回った。

 数日後、真っ黒に日焼けして戻って来た全員が思い思いに養生シートを剥がしとりまっ平らに固まったコンクリートの上面の照り返しに「うおぉー!」と、大歓声をあげ次々に搬入される支柱の鉄骨と屋根材の量に再び歓声を上げた。

 もうすぐ工事も終了と言うこの日、大型のクレーン車が来てその迫力ある機体を見た全員は三度目の歓声を上げた。

 物凄い爆音を上げたクレーン車はアウトリガーと言う足を機体の四隅から張り出して機体を安定させ、伸ばした巨大のアームを下から手を叩いて喜ぶヘルメット集団は、本職のとび職さんを前にその素早い身のこなしに目を奪われた。

 そしてクレーン車に吊り下げられた鉄骨の支柱が所定の位置に起てられると、ヘルメット集団の中から「アレは俺達が作った基礎だぜ!!」と、大歓声があがり次々に支柱が立てられていくと、今度は屋根を支える長い鉄骨が真横に設置された。

 ドンドン工事は進行し屋根が取り付けられると「うわああーー!」と、再び大歓声があがり、屋根に居るとび職さんたちも少々照れ気味だった。

 そして半日を過ぎた辺り、屋根も完成し上から降りてきた鳶職さん達は笑みを浮かべて「こんなに苦労せずに設置できるとは思わなかった♪ キレイなしあがりだった♪」と、図面どおりの支柱基礎を称えた。

 若いヘルメット集団は一同に鳶職さんたちを取り囲むと「ありがとうございました♪」と、大声でお礼をいい頭を下げた。

 そして午後の一服の時間帯、トレーラーもクレーン車も職人さんたちも帰った後、若いヘルメット集団は全員で完成したプールを前に大粒の涙を流して嬉し涙に暮れた。

 どう見ても工業高校のような普通科高校の生徒達は、モノを作ると言う喜びを高校時代に知ることが出来たことを椎名に感謝して止まなかった。

 すると一人の世話役が、椎名さん「俺! 学校出たら椎名建設に入れるように努力するよ!」と、言い最後には我も我もの大ハシャギとなった。

 椎名率いる土研と外注たちは夕日を背中にいつまでもプールを見ていた。

 そんなヘルメット集団に椎名は「まだまだ始まったばかりだ! 気を抜くな! これから仕上げもあるしタイル張りや塗装に角削りもあるんだぞ!」と、気を引き締めるようにカツを入れた。

 そしてこの日、集った女子達にご飯の炊き込みを頼み、椎名はヘルメット集団と全員でグラウンドでバーベキューを開いて労をねぎらった。

 創立以来、生徒の殆どが力を合わせたプール作りは校長の相川や教師達を大いに感動させ、相川は椎名の実力の凄さを改めて実感した。






【十四話】
 

 
 


 椎名はプール作りが最終段階を終えた頃、学業からも正業からも身を引き本当の休暇に入っていたが、両業と土研から来る疲れが溜まり大学病院を訪れていた。

 健康診断の結果、血液検査では身体を動かしたことが成果を収め、全ての検査項目を完全にクリアし血圧も範囲内で収まっていたことを知ったが、医師は数日の安静を指示した。

 二つの業と土研の活動で、54歳の身体に大きな負担が掛かっているのではないかと医師は溜息を付いたが、知り合いの医師と言うこともあって椎名は家族には連絡はしないように頼んだ。

 だが健康診断で全ての数値が下がって常人化したのは土研の活動が功を奏したのは間違いなかったし、気付けば中年腹も若干、引っ込んでいたことに椎名は溜め込んだ疲労とは別に嬉しさを感じた。

 そしてその頃、椎名の大人の計らいで生計を立てられることになった拓斗の父親は、手を休めることなく額に汗して仕事に励みその横で仕事を手伝う拓斗の姿があった。

 拓斗は土研の現場には参加して居なかったがその間、父親の正業を手伝っていて夏休みどころではなかく、相応に働くことの厳しさを学んでいた。

 そして未来は釣りクラブの活動に熱心に取り組み、最初は怖くて触れなかった釣り餌にも徐々に慣れその細腕を磨いていた。

 そして親方(しいな)の居なくなった土研は活動を続けプールの仕上げに取り掛かっていて、灼熱の太陽の下で流れ落ちる汗に全身を浸しプール開きに向けて躍進していった。

「椎名くん、未来です。 身体の調子どう?」
 毎日くる未来からのメールにどう返事をしていいか解からぬままの椎名は、メールが来るたびに例の夢を思い出していた。

「大丈夫! 休み明けから学校行けるからね♪」
 未来からのメールにこれが精一杯の椎名だった。

 その頃、休み中の高校職員室では、相川校長と職員達が修復されてキレイになった校舎と完成間近のプールを見て、話題は尽きぬ椎名の話しでもちきりになっていた。

 前々から校舎の修繕を考えていた相川だったが、業者を頼む経費の問題に悩まされていただけに、椎名の起こした土研の威力に感謝してもしきれない部分を認めていた。

 そして創立以来、生徒の殆どが力を合わせ何かをやり遂げたことは校長である相川ばかりか殆どの教師の共感を買い、椎名の入学に異論を唱えていた教師すらも今は椎名を支持していた。

 田舎町の私立高校が椎名の出現で様々に変化することに、校長の相川も他の教職員も底知れぬ期待感も高まっていただけに、相川自身、椎名をある意味、心配もしていた。

 そんな中、一人の教師が相川に「工業課」を作ってはどうでしょうと、冗談交じりに言ったことで相川の中に新しい何かが芽生えた。

「工業課程ですか…」
 相川は椅子に座って足組する教師の言葉に唖然とした。

「ええ。 今ある土研をモデルに工業課程を作れば生徒数も少しは増えるかもです♪」
 お茶を飲みつつ校長席を見入る教師。

「学科と実地を主体に実践さながらの課程ですよ♪ あと、そうですねえ~ 大きくなった釣りクラブもあることですし、漁業課程もあれば更にですか~♪」
 教師を見入る相川に進言した別の教師。

「普通科と工業課と漁業課の三本柱ですかね~ それは良い考えかもですね♪ 街にも貢献出来そうですし…」
 別の教師。

「工業課の講師は椎名さんに頼むとして… 残りの漁業課は生徒の親御さんに頼めないでしょうか♪」
 別の教師。

「多角経営ですか……」
 校長席で腕組する相川。

「悪くは無いわね~ 確かに……」
 後ろの窓からプールを見入る相川は自発的に動き回る生徒達を見ていた。

 相川は冗談交じりに言った教師達の言葉に何かの将来性を感じつつ窓の外に遠くを見ていた。

「普通は高校か大学を出て社会に入ってからその仕事に着手するけど、高校課程である程度の技能や技術を会得できればそれは確実に役立つわね……」
 遠くを見入る相川は独り言のように呟いた。

「専門学校と普通科高校の合体バージョンってところですかね…」
 別の教師。

「普通科、土木課、建築課、漁業課に農業課や電気課もあれば…… 高卒でも即戦力にも成り得て専門大学への進学も……」
 クルリと回って教師達の方を見回す相川。

 相川が高校の多角経営を考え始めた頃、とある現場では拓斗が父親の仕事である電気工事に着手していた。

「どうだ! 拓斗! 今日はこの辺にして夏休みの終盤を迎えろや♪ 俺はもう少しやっていくから♪」
 腰に工具類を巻きつけた拓斗の父親は側で配線を手伝う拓斗に笑みを浮かべた。

「うん。 宿題も溜まってるしそうするかな……」
 額の汗を手拭で拭く拓斗は帰り支度を始めつつ腕時計をポケットから出してみた。

 数ヶ月で一年分の仕事を請け負った拓斗の父親は、満面の笑みで拓斗の肩をポンと叩くとその場で拓斗を見送った。

 そして同じ頃、遊んでも居られない椎名は会社に居て拓斗同様に溜まった会社の仕事に精を出しつつ、今後も高校生生活を続けられるか考えていた。

 



【十五話】





 太陽がギラギラと照りつける地上、校舎の開いた窓から入る風も熱風のごとく勉強の妨げになっていたが、生徒達は水が満水になっているプールの存在に早く放課後にならないかと胸をときめかせていた。

 既にプール開きを親方(しいな)共々に終えた土研の工作物であるプールは今や全校生徒が知る放課後、心待ちにしている一大イベントとなっていて、そしてそんな中に椎名の担任の畑野洋子もいた。

 そして放課後、夫々に用意された水着を持った生徒達は土研が作った男女別の更衣室でワイワイウガヤガヤと歓喜して着替えると、次々にプールに飛び込んで真夏の放課後を楽しんだ。

 生徒達はまるでちびっ子にでもなったかのように大ハシャギして、プールを埋め尽くし押すな押すなのプールはいつの間にか公衆浴場のように超満員で動くことすら出来なかった。

 それを見ていた椎名が率いる土研は「これじゃあ狭いなあ~」と、口々にプールが人で埋め尽くされる光景に舌を巻いた。

「何とかならんかな……」
 椎名は担任の畑野洋子を通じて、時間と学年単位での使用をプールサイドで提案した。

 後に畑野は生徒会に学年単位と時間単位の仕様を計画するよう指示し、生徒会がプールの仕様策定に取り掛かり、生徒会は一年生は何時から何時、二年生と三年生も同時に時間割が配布され翌日から仕様表が配布された。

 だが、一時的に仕様の設定は一定の効果があったものの「プールが汚れて困る」や「プールが垢だらけだ」との声が頻発し、学年ごとにプールの清掃を生徒会が義務付けたものの、清掃に参加する者が極端に少なかった。

 そして「土研が作ったんだから土研が清掃しろ!」と、勝手気ままな意見が多く叫ばれ生徒会は土研に「何か良い方法はないか」と、頭を捻る事態に陥った。

 プールで遊びたいが清掃なんてゴメンだと言う身勝手な生徒が多く存在し、やむなくプールは一旦閉鎖することを土研が決め生徒会もこれを了承する形となった。

 そんな中、土研の親方である椎名は「清掃した者だけがプールの使用を認める」と、言う制度を生徒会に申し入れ生徒会は「名案」と、速攻でそれを採択し趣旨を全校生徒に発表した。

 本来は全員が楽しめるはずだったプールは会員制のプールと化し、清掃に参加しない者のプール使用は一切禁止となった。 だが、悪いヤツは何処にでもいるもので、学校が終わった後、こっそり学校に来てプール遊びをする者が続出した。

 そして前日、会員達がキレイに磨いて水を張ったプールの水は濁り、中には家族連れで風呂代わりに使う生徒も居て、プールの正規会員は徐々に減った。

 プール開きして一週間でプールの仕様は土研の意向で一部変えられ「夜にプールの水を抜き朝がた入れなおす」が、生徒会に採択された事で、減り続けていたプール会員は増加の一途を辿った。

 だが再び問題が勃発した。 それは水道料金の問題だった。 毎日入れ替えられる水道の料金が当初の目安を遥かに越えたことだった。

 土研は生徒会と合同会議を幾度も繰り返した結果、当面のプール使用は禁止とし水を張ることはなかった。

 だが椎名率いる土研は引き下がることをしなかった。

「水がないなら水を引けばいい」
 椎名は水を地下から汲み上げることを提案し、土研の活動としてボーリング業者を呼んで、プールの端っこに井戸を掘ることを決めた。

 そして数日後、校舎敷地内のプールの端っこに業者が次々に機材を搬入しボーリング工事が始まった。

 ボーリング業者は「30メートルか50メートルも掘れば水は出るだろう」と、予測を椎名に報告した。

 それから数日後、業者は見事に地下水を発見し、糸ポンプと言う電気で動く高速ポンプを40メートル地点に設置しプールに水を張ることに成功した。

 そして数日後、ボーリング業者は校舎敷地から撤退した後、ポンプのスイッチ小屋を建築した土研はドアに頑丈な鍵を着けた。

 プール横に設置したポンプは水道の100倍の威力でグングンと地下水を汲み上げ、役所の水質検査にも合格しプールに水を張る時間は水道水の一割以下となった。

 土研はポンプの小屋の鍵が壊されることも予測して、小屋の周囲を鉄板で覆い更にその囲いの鍵も設け鍵は全部で4箇所とし、土研の世話役が4人揃わないとポンプのスイッチを入れられないようにした。

 このことで学校に重く圧し掛かっていた水道料金はゼロに解消され、同時に夜な夜なプールに来る不審者も壊滅し正規会員は再び増加を辿った。 正規会員のみが使用出来るプールは大盛況に戻った。

 更に土研は学校に掛かる電気代のことをも考慮し、運動系の各クラブに要請し自転車漕ぎ方式の発電システムを稼動させ爆発的に電気代の節約に活躍した。

 運動部系は体力の基礎を身に着けられると言う利点もあって、土研の椎名の提案に一石二鳥を投じ、椎名の見事なほどの手腕は学校に多大な功績を残した。

 学校は翌年の生徒募集に当たって「プールのある校舎」を、大々的にアピールすることを決め、同時に土木課、建築課、漁業課、農業課、電気課の設立も本格的に考え始めた。

 そして夏もようやく灼熱地獄から解放された辺り、二年生から生徒会に「水泳部設立の提案」が、だされ生徒会は土研の意見を聞きつつこれを了承した。

 椎名の高校生活も満更でないモノに変革を果たしたが、実力ある椎名の下駄箱には連日のように女子からのラブレターが溢れんばかりに放り込まれていた。

 椎名は親子ほども年の離れた女子達からのラブレターを快く思いつつもある種の罪悪感にも駆られていた。

 そして思いも依らぬ相手からのラブレターもその中にあって、椎名の心拍数は大きく高鳴った。




【十六話】





「はぁはぁはぁはぁ… こうして欲しかったんだろ! こんなにグショグショにしやがって! 臭せぇ臭せぇ…」
 ベッドに横たわる畑野洋子の両脚を開かせ、陰毛に覆われた割れめを左右に開いた椎名は割れ目のにおいを嗅ぎつつその匂いに咽た。

「あんっ! いやぁん! 恥ずかしいー! メチャメチャにしてえぇー!!」
 椎名の下衆な言葉使いに割れ目の奥から透明な液体を溢れさせる畑野は、大人の女らしく割れ目を椎名に突き出した。

「チュパチュパレロレロレロ… ピチャピチャピチャ… 臭せえぇー!!」
 畑野洋子の割れ目に唇と舌を押し付けた椎名は割れ目に沿って舌先を滑らせた。

「ぅんぐう!! ああぁーん!!」
 身悶えして椎名の舌先に内肉を自ら滑らせる洋子は両足の爪先をギュッと閉じて全身をプルプルと震わせた。

「前から… 前から貴方が好きだった… ぁん! ぅあん!!」
 割れ目を舐められつつ両乳房を揉まれる洋子は乳首を固くさせ首を仰け反らせて髪の毛を乱れさせた。

「女教師は好き者と言うが本当だったらしいな! はぁはぁはぁはぁ…」
 洋子の肛門を舐めつつ息遣いを荒くする椎名は、仰向けの洋子の尻を持ち上げ舌先でくすぐった。

 そして洋子の全身を隅々まで味わった椎名はそのままの姿勢で真上から洋子の中に太く硬いモノを挿入した。

「ヌプヌプヌプ… ズブリユウウゥゥーー!!」
「ああああーーーん!」
「どうだ気持ちいいか洋子!!」
「き… 気持ちいい!!」
「ニッチャクッチャヌッチャクッチャ」
「もっと! もっと突いてえぇー!」
「ああう! 俺も俺も気持ちいいぜ!」
「あんあんああぁーん!」
「よおし… 今度はバックからだ…」
「ぅあん!!」
「どうだ俺のバックは気持ちいいかぁ!」
「あぅあぅあぅ…」
「パンッパンッパンッパンッ!」
「あひぃあひぃあひぃ!」
「よぉーしそろそろいいだろう今度は前を向け!」
「あうんっ!!」
「たっぷり顔に掻けてる! 口を明けろ!!」
「いっ! いくうううぅー!! 口を開け!!」
「ジュッ!! ピチャピチャピチャ!!」
「はぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁ…」
「ごっくん! ごくごくごく…」
「もっと飲ませてやる! しゃぶれ!!」
「ぅぐううぅ!! チュパチュパレロレロ!」
「そうだたっぷり味わえ洋子!!」
「どうだ精液交じりの肉棒の味は!!」
「ぅぐえう! お… 美味しい…」
「今度は直接飲ませてやる! もっと舌を使え!」

 椎名は洋子の顔に跨って肉棒を洋子にしゃぶらせ、洋子は必死に椎名の肉棒にムシャブリついて離れようとはしなかった。

 そして数十分後、椎名は我慢出来ないとばかりに洋子の口の中に生臭い精液をタップリと撃ち放った。

 洋子はそれを咽ながら喉に流し込むと精液の出きった椎名の肉棒をムンズと掴むとそのまま再び自らの穴に挿入し自分から腰を振った。

 椎名は洋子の中に肉棒を入れながら自らが体位を仰向けにし洋子に騎乗位で上下させた。

 大きく上下に揺れる洋子の乳房と動く反動がベッドを軋ませ、洋子は軋む反動に合わせて上下を繰り返した。

 そして洋子は一際大きな声で「いっちゃう! いっちゃう!! いくうううぅぅーー!!」と、叫ぶとその動きを緩やかにした。

 ベッドの軋みは徐々に静かになって洋子から溢れた愛液が椎名の陰毛に「ニッチャニッチャ」と、嫌らしい音を奏でた。

 そして数分後。

「はぁはぁはぁはぁ… 俺もまだまだ行けるな… だがこれじゃあ鼻垂れ小僧だな… ふっ♪」
 マスターベーションを終えたばかりの椎名は畑野洋子から貰ったラブレターの上に射精すると、我に返り少しだけ自己嫌悪に陥った。

 畑野洋子から貰ったラブレターの文字は、椎名の放った精液で文字が滲み何が書いてあったのか解からないほどの量だった。

 だが妻子ある椎名にすればこれが精一杯の畑野洋子に対する愛情表現の一つであった。

 椎名は洋子からのラブレターをそのまま丸めると、男根の中に残った残精液を搾り出してテッシュに丸めた。

 一度目は未来で夢精し二度目は担任教師のラブレターでマスターベーションした椎名は、素直に自らの行為を反省しつつ自分はまだ若いと興奮した。

 だが椎名は担任から貰った「好きです」と、だけ書かれたラブレターに何か違和感をも感じていた。

 それは余りにも短い文書だったからであった。

 他の女子生徒は延々長々と自分の気持ちを綴っていたのに対し、畑野の文書は「好きです」の、一言だったことに不思議な違和感を打ち消すことが出来なかった。

 そして翌日、学校へ行った椎名を待ち受けていたのは、大勢の女子だったことに椎名は仰天した。

 自分の親よりも年上の自分にラブレターをくれた女子生徒たちに何と言えばいいのか解からない椎名だった。

 だが車から離れて直ぐに自分を取り囲む女子生徒に悪い気はしない椎名だった。

 そしてその光景を不思議な感覚で4階から見入る椎名の元恋人の相川校長が居た。

 椎名はその人柄から相川が行っていた中学でも女子にモテモテだっただけに、相川はその当時のことを思い出していた。

 そんなモテモテの椎名を恋人に出来た自分は当時、いい気になっていたことも同時に思い出していた。

 相川は椎名を取り巻く女生徒たちに心ならずも嫉妬していのかも知れないと思った。

「自分もあの子達と同じだったら…」
 相川はブラインドを閉めると外から聞こえる女生徒達の声を窓を閉めてシャットアウトした。

「年甲斐も無く… バカね私ったら……」
 理事長室から出て校長の席に着いた相川は、机に両肘ついて大きな溜息をついた。

 そしてその頃、玄関に居た椎名は再び下駄箱に入っていた大量のラブレターを、持参した小さなバックに詰め込むと、女生徒たちに追われつつ逃げるように教室へと急いだ。





【十七話】





 すっかり学校の女生徒の憧れの男性(ひと)になった54歳の椎名だったが、椎名は学校を終えて会社に戻る度に仕事の他に女生徒への返事を書くのに多忙だった。

 女生徒達は自分の父親よりも年上の椎名に夢中で、学校では椎名ウォッチャーなる集団が居て、常に椎名をある意味監視していた。

 そんな椎名は釣りクラブを作り、そして土研を手がけた一方で今ひとつ高校生の青春とはと言う題目で何かを成し遂げたいと考えても居た。

 高校生でなければ出来ないモノとは一体なんだろうと、男子トイレで鏡に映る自分の頭の薄さに「リーゼントは無理だな…」と、ツッパリ不良を演じるのを諦めた。

 そしてトイレで隠れてタバコを吸って見ようかと天井を見渡せば、火災報知機の存在を知り「マズイな…」と、首を傾げた。

 青春と言えば真っ先に考え付くのは「恋愛だった」が、妻子ある身で恋愛は有り得ないしとしながらも「キスだけなら…」とか、考えつつ相手は「子供だぞ」と、うな垂れた。

 そして女子から逃げる椎名の唯一の憩いの場所が、喫煙室か男子トイレだと言う事実にも鏡の前でうな垂れたが、青春するにはまず「椎名ウオッチャーを何とかしないと」と、思案した。

 そんな椎名はトイレから出ると慌てて4階の喫煙室を目指し、他の教職員達に「女子生から嫌われる方法」を、それとなく聞いたが「女生徒の前で屁を垂れる」とか「不潔」にする等の返答しか貰えず困り果てていた。

「そんな贅沢な悩みですにあ~♪ 女生徒から逃げるなんて~ 身勿体無い♪」
 とある教師は冗談絡みで椎名にアドバイスしたものの、椎名は今一だった。

「他に何か良い方法はありませんかね?」
「そんな贅沢ですよ~ モテモテじゃないですか~?」
「ですがね先生方~ 朝から晩まで追い掛け回されちゃ勉強も出来ませんよ」
「確かにそれはありますね~ ただ学校として女生徒達の自由を絶つことは… 無理かもです椎名さん」
「いや、実際問題として女生徒の前で屁を垂れたりは効果があるかもですよ椎名さん♪」
「確かにそうですが… 情けないじゃないですかそりゃあ~」
「他に女生徒に嫌われる方法なんて無いですよ椎名さん♪」
「不潔で屁コキくらいしか思いつきませんな~ 椎名さん」

 喫煙室で複数の教職員に質問したものの結局、良いアドバイスも貰えないまま椎名は始業時間ギリギリに喫煙室を出て教室に向かった。

「女生徒の前で屁コキか… トホホホホ…」
 時間ギリギリに教室に戻った椎名は机の中にまでビッシリと入れられたラブレターに愕然とした。

 そして次ぎの時間の喫煙室。

「椎名さん、いっそのこと無精ひげを生やして丸坊主になるのはどうですか?」
「え!? 無精ひげ? 丸坊主? いやあ~ そんなことしたら会社が…」
「じゃぁ、何かこう、椎名さんの格好悪い部分を晒すとか?」
「具体的には?」
「例えば… 例えばですよ、校内で立小便してみせるとかオッサンの部分を見せるんですよ♪」
「え!? 立小便ですか? それはちょっと… それに学校ですからねえ~」
「では御家族を連れてきてアットホームな所を女生徒達に見せるとかは?」
「アットホームですか… それなら効果ありそうですが~ 学校に入れられますかね~」
「ああ、そうか… 父兄参観も終わってしまいましたからね~ 弱りましたねえ椎名さん」
「そうだ! 生活指導の… 生活指導の先生に頼めませんか!?」
「おお! そうかその手があった♪ 良かったですね椎名さん♪」

 かくして他の教員から生活指導の教師に間接的に頼んで見ることとなった椎名は、翌日から自由になれると確信して歓喜した。

 そして翌日、学校に椎名が来るとソコに居たのは柔道部の顧問をしている重原重蔵と言う生活指導の教師だった。

 重原は片手に竹刀(しない)を持ち、椎名が来るのを待ち構えていた大勢の女生徒を蹴散らすがこどく暴れていた。

 椎名は心の中で「いいぞぉ~♪ それそれそれ~♪」と、蹴散らされる女生徒達を身ながら上機嫌で車から降りた。

 だが、椎名の思惑とは裏腹に車を降りた瞬間、椎名は360度から集まった女生徒達に取り囲まれた。

「くおぉーらあぁー! ソコで何をやっとるかぁー!!」
 直ぐに黒集りになったのを見つけた重原重蔵は竹刀で地面を叩きつつ真っ直ぐに椎名の救援に駆けつけた。

「キヤァーーー!」
 大勢の女生徒達は一瞬にして蜘蛛の子を散らしたように逃げ惑った。

 椎名は重原生活指導に付き添われ校舎へ入ると再び下駄箱からラブレターが溢れ出し、そり量を見た重原は椎名に「羨ましい」と、呟いた。

 そして重原は椎名に付き添ってクラスに入ると始業のベルが鳴るまで椎名の席の後ろに立って女生徒達から椎名を警護した。

 だが、一日中、椎名に付き添うわけにも行かない重原は喫煙室に来て椎名に「警護できない時間帯もあるんですよ」と、タバコの煙を吐いた。

「重原先生。 この学校の生活指導は先生お一人なんですかね…」
「基本的には私だけなんだが特別に増やすことは可能と言えば可能ですが、何せ嫌われ者役ですからね~」
「重原先生も御苦労なさっているのですね… 申し訳ありません私のために…」
「いやいや、嫌われるのも教育者として仕事の一貫ですからね…」
「恐縮です… 重原先生」
「椎名さん、今日中にでも教頭に言って人員を増やして貰いますから安心して下さい」
「重原先生には感謝しても仕切れません」

 重原は椎名にそう言うと喫煙室を出て行ったが、自分だけのために教員を配置してもらうことに抵抗感が芽生えた椎名だった。

 そして翌日から教員が生活指導を重原とするようになったが、椎名は自分のためだけにとやるせない思いがした。

 その翌日、椎名は腹を括った。

 車から降り女生徒達に黒集りになった瞬間! 椎名はその中の一人の女生徒に「鼻糞」を、着けた。

 その瞬間、女生徒は「キヤァー!」と、その場から立ち去り椎名は次々に女生徒達に笑いながら「鼻糞」を、着けて回った。

 外側から重原重蔵が竹刀を振り回し内側から椎名が女生徒達に「鼻糞」を、着けて回った結果、椎名の側には一人の女子生徒も居なくなった。

 そして校舎に入った椎名は駆け寄る女生徒達の全員に「鼻糞」を、着けると下駄箱に入っていたラブレターをゴミ袋に入れ見せびらかすように教室を目指した。

 椎名は遂に禁断の必殺の手段に出たとこに、何故か重原重蔵は目を潤ませた。

 そして翌朝から女子生徒の数は減り続け遂に一週間後、女子生徒は一人も現れずラブレターもピタリと止まった。

 だが、椎名は速攻で「鼻糞」と、あだ名され影でヒソヒソと鼻糞の話題は蔓延した。

 椎名はクラスで彼女宣言をした未来にだけはメールで真実を打ち明けたが、鼻糞とあだ名されている俺に近付くのを禁止した。

 鼻糞とあだ名されている椎名に未来が話し掛けたりすれば未来はイジメの対象になってしまうと言う椎名の心遣いだった。

 椎名は未来にメールで別れを告げ携帯も使用不能にしたことで、未来は自分が嫌われているのだと思った。

 そして椎名は徹底的に未来を無視して寄ってくる女子生徒に「鼻糞」を、着けて回った結果、椎名は全女子生徒から嫌われた。

 



【十八話】





 鼻糞とあだ名されるようになって数日が経過した頃、拓斗から椎名に呼び出しが掛かった。

「何で未来を無視すんだ!! 未来の気持ち知ってるだろうに!!」
 拓斗は校舎裏に呼び出した椎名に怒鳴った。

「知っての通り俺は鼻糞とあだ名されている… そんな俺に未来(かのじょ)が話し掛けて見ろ! 確実にイジメに合うだろう… そのくらいも解からんのかお前!」
 拓斗なら口は堅いと思った椎名は未来への気遣いを口にした。

「それならそうと未来(ほんにん)に言えばいいだろう!! そうすれば未来(かのじょ)も苦しまずに済むだろうに!」
 桜の木に寄りかかる椎名に怒鳴る拓斗。

「いいか拓斗… 二度は言わない。 このことは胸に仕舞っておけ。 その方が未来(かのじょ)のためだ…」
 椎名は少し低い口調で拓斗の目を見た。

 拓斗は椎名の目を見た瞬間、クルリと身体の向きを変え「そうだな… アンタは妻子持ちだかんな…」と、その場を立ち去った。

 椎名は自分の気持ちが拓斗に届いたと確信した。

 そして鼻糞とあだ名されるようになってからは、一人として女子生徒は椎名の前に現れなくなったが、その逆に今時珍しい「硬派」として、男子生徒から椎名は注目を集めた。

 だが硬派として注目を集めた椎名だったが、ようやく自由の身になれた気がするものの、廊下を通れば自分を汚いモノでも見るようになった女子達の目も気になってはいた。

 そうして秋。 学園祭の出し物を決める時期に入って椎名はクラスの女子達から締め出しを食らった。

「鼻糞なんかと一緒に行動できないわ!」
「何が鼻糞だよ! お前らがあんまりしつこいからだろ!」
「兎に角、私達女子は鼻糞と一緒に居るのは御免だわ!」
「じゃあ勝手にすればいいだろ! 俺達は男子だけで参加するからな!」
 
 クラスの男女が真っ二つに割れたことで、椎名はクラスの男子に学園祭の日は仕事で出席できないと伝え、女子達と行動を共にするよ伝えた。
 
 実際には心から出席したかった椎名だが、これ以上の迷惑を他の同級生には掛けられないと判断し、担任教師の畑野にその旨を申し出た。

 担任の畑野は椎名の件を重原から聞いて知っているだけに黙って頷くしかなかったが、入学式のクラスでの初顔合わせの時の「時間を取り戻したい」と、言う椎名の言葉が何度も頭をよぎっていた。

 そして畑野は椎名の件を職員会議に掛け、何とか学園祭に出席させてあげたいと言う気持ちから特例で部活も参加出来ないものか提案をした。

 部活単位でも認められるなら椎名の得意とする「土研」が、活躍するかも知れないと畑野は考えた。

 そして翌日、校長名で今年から学園祭は部活単位での参加も受け付ける趣旨を全校生徒に告知した。

 その翌日。

「親方! 俺らは何を出しますか!? 学園祭までには未だ間があります♪」
「何か、俺のために皆には申し訳ない…」
「何を言ってるんすか~ 親方は親も同然! 子方(こかた)は子も同然じゃあないっすか!」
「よおし! やるからには一番目立つモノがいい。 しかも必ず全員が目にするモノで役立つモノだ!」
 
 土研の幹部会議が数週間ぶりに開催され、親方と世話役(こかた)達は全員で頭を捻った。

「よし! この学校には入り口はあっても門構えが無い! 我々土研は門構えを作る! 門構えなら確実に人目を引く!」
 椎名(おやかた)の号令に従い子方である世話役達は早速、門構えのデザインと図面に取り掛かった。

「まずは原寸取りと測量からだ!」
 椎名の号令で測量機器を持った世話役と巻尺を手にした世話役が原寸取りに入り口へと向かった。

 そしてその間、別の世話役達は椎名と一緒に粗方のデザインを机上で取り掛かり、別の世話役は労務の手配に電話を掛け捲った。

 それから数日、毎日のように土研は学園祭に間に合わせるべく校門に学校の顔とも言うべき門構えの施工に汗を流した。

 土研に頼まれた各クラブの外注(ぶいん)達も加わって、椎名率いる土研は穴を掘り基礎工事に着手し、同時進行で門構えの看板部分や支柱部分にも着手した。

 そして基礎が完成すると同時に支柱が完成し、学校の顔とも言うべき看板部分もアルミ製で完成し残すは設置のみの状況にまで漕ぎつけた。

 左右に分かれたレンガ色の校門に合わせられた支柱は、何度も塗り重ねられ厚みを増しアルミ製の看板部分には校名が入れられネジ止めするだけになった。

 そして数日が過ぎた学園祭の前日、土研は全ての工程を終了し建て方に進んだ。 重みのある支柱はクレーン付きのトラックで吊り上げられ垂直に基礎部分にあるボルトに固定され、最後に校名の入った看板が取り付けられると、それまでに関わった全ての人間達が囲んで拍手喝采となった。

 普通科高校生にして余りにも社会人的な技能と技術を持った者たちは互いに抱き合って、土研の出し物を完成させた。

 そして二つ目の出し物として以前作ったプールを一般にボート乗り場として開放し、学園祭の当日、大勢の来場者達は土研が作った門構えを立ち見しては通り抜けて校内へと足を踏み入れた。

 椎名猛、54歳にして始めての学園祭だったが、他のクラスの出し物も華やかさを増したものの、土研が作ったプールでのボート乗り場もまた子供連れの長蛇の待ち客で溢れた。

 自分達が作った門構えを見上げて入りそして自分達が作ったプールでボート遊びする子供連れを見た椎名率いる土研は、その光景に涙して歓涙した。

 そして椎名を遠くから熱く見つめる感極まった担任教師の畑野洋子が居て、同時に別の場所から見つめる相川校長が居たが、椎名は青春を感じていた。

 


【十九話】

 

 

 学園祭も終わり高体連が終わると、土研から勉学多忙な三年生は去り外注からも何人もが立ち去った。

 そして季節は秋から冬へと移り変わる頃、椎名を「鼻糞呼ばわりする者」も、減り街路樹の葉が風に舞って吐く息を白くさせた。

 この頃になると生徒達の服装も冬支度になっていて周囲はマフラーと、コートが当たり前になって、女子生徒の中にも黒タイツが増えていた。

 椎名もまた車から降りる際にはマフラーとコートは必需品になっていが、薄毛の所為で妙に頭が冷えることで毛糸の帽子を常に被っていた。

 そして冬休みを向かえ自宅と会社だけの往復となった椎名は、冬休みの宿題を会社の秘書課にやらせつつ、退屈な日々を過ごしていた。

 夏休みと違って寒さが苦手な椎名は同好会である土研にも顔を出さず、時だけが経過していった。

 そして長い冬休みを終えて久々の学校へ来ると待っていたのは学年末試験の話題だった。

 椎名は今回も鼻薬でクリアすべく安易に考えていたが、喫煙室で教師達から仕入れた情報では大した問題は出ないとのことだったが、鼻薬は通用しない様子だった。

 だが石橋も叩いて渡る椎名は直ぐに土研に召集を掛け、二年生達に問題集を作らせその問題に取り組んだことで難なく学年末試験は突破し残すは短い春休みだけだった。

 そして短い春休みを終えいよいよ2年生への道を切り開いた椎名は入学式同様に玄関へ出向き、自分のクラスを確認することにしたが、未来や拓斗達とは別々になっていた。

 椎名は2階にある自分のクラスに足を運ぶと改めて教室の前で一年前の事を思い出しつつ、教室に足を踏み込んだ。

 教室内はワイワイガヤガヤと落ち着きを失った生徒達が雑談をしていて、大して珍しくもなくなった椎名を誰も気にしていない様子だった。

 そして始業ベルと同時に全員着席して先生が来るのを待つこと数分で教室の入り口が開くと、入って来たのは一年の時の担任の畑野洋子だった。

 椎名は周囲に知る者も少なかったことで唯一、自分の知り合いに出会えたことで安堵感に浸り、ホッと胸を撫で下ろした。

 ところが畑野を見つつ周囲に空席が半分以上あることを知った椎名は首を捻りつつ、再び畑野を見ると教室の入り口のドアが開かれたままだったことに気付いた。

「えー、今日、ここに転校生が来ていますから皆さん、仲良くして下さいね♪」
 畑野は入り口に行って手招きをすると廊下からゾロゾロと足音が聞こえた。

 そして椎名は畑野の横に立っていた生徒達を見て我が目を疑った。

「えー、皆さんは椎名くんの存在は既に承知していると思いますが、椎名くんと同年代の転校生であることを予め伝えて置きます」
 畑野の横に並んだ50代、60代を思わせる転校生に椎名は仰天した。

「えー、ここに居る20人の転校生は皆さんの御両親よりも年齢的には高い人達ですが、訳隔てなく同級生として歓迎して下さい」
 畑野は毅然とした態度で一人ずつに自己紹介させた。

 そして転校生達は皆、椎名の噂を聞き及びアチコチの高校から転校してきたことを口々に伝えた。

 椎名は自分同様に薄毛の者や、完璧にハゲた者、そして似合わないセーラー服を着た60代の女性までもが恥ずかしそうに立ち並んでいたを見てゾッとした。

 心機一転の2年生の教室は半分が50歳以上と言う奇妙なクラスになったことに、椎名は複雑な気持ちで居たが、最も動揺したのは子供達だったに違いなかった。

 周囲の子供達は顔色を真っ青にしてこの老人会のような光景にただ、ひたすら耐えていたように思えた。

 そしてホームルームが始まって、各委員が決められて行ったがその殆どは子供達で編成されて行き、一時間目の授業が終わると椎名の周囲は中高年男女で溢れた。

 皆、新聞や口コミで椎名のことを知ったと言い、その殆どが実業家や実業家の引退者で合って、椎名同様に時間を取り戻したい一心で高校受験をしたと言う。

 クラス全員を合わせて40人のうち、半分が中高年と言う異様さは同級生の子供達を激しく動揺させた。

 そしてその噂は瞬く間に広まり「中高年クラス」と、影で呼ばれ教師専用の喫煙室は教師と中高年生徒で溢れた。

 勿論、タバコを吸わない60代の女性達も居たが、彼女達はもっぱら職員室での世間話に没頭していたようだった。

 そして当然事ながら生徒会に対して「盆栽部」と、言った部活要請も出たが部員不足と顧問不足から生徒会では直ぐに承認はしなかった。

 だが、事実上の大寄付をしてくれる生徒達だけに学校としては盆栽部が何であろうと認めるように生徒会に圧力を加えた。

 本来なら有り得ない高校での大人社会のルールの持ち込みは一部の教師達からは敬遠もされていたが、学校が認めることでこれは承認された。

 そして4階の屋上の片隅に寄付で立てられた全面ガラス張りの温室は、寄付での備え付けの太陽光発電で一定の温度を保ち、次々に盆栽が運ばれた。

 椎名はそんな同級生達との一年を楽しみで有りつつも不安視もしていたが、案の定、椎名の思った通り生徒達は鼻薬(かね)で単位を取って行った。

 だが、中高年ともなれば当然のこと恥も外聞も無い人も居て、授業中に突然「ブッ! ブォッ!」と、屁を連発する輩や人目をはばからず鼻糞を掘る輩もいた。

 そんな中で同級生でもある子供達はイライラを募らせ教室に「ぷう~ん」と、広がる「屁の匂い」に、机を叩いて抗議する者も当然のこと何人も居た。

 そして中高年の中には鼻毛を抜いては大きなクシャミをして鼻毛を撒き散らし、それが空気中を漂い別の子供達のノートや本に付着する騒ぎも度々。





【二十話】

 

 

 季節は夏を目前に控え日に日に気温も上昇し、椎名たち土研が作ったプールにも涼を求め夫々の学生達が集まり始めていた。

 そして何より季節の変わり目には不幸も突然やってくる。

 高校2年生にして早すぎる死期もそうであろうか、死んだのは63歳の女子高生と言う余りにも不自然で不思議な経験だろうか。

 死因は心筋梗塞で3時間目の授業中の出来事だったが、老人が死ぬ場所にしては余りにも不思議な場所ではないだろうか。

 若年同級生達は同級生の彼女の死に困惑し半分を占める他の同級生達を見る目が変わるのは最もであろうか。 

 転校してきて半年と言う生涯は63歳の女子高生にとってどんな人生の幕引きだったのか、そして明日は我が身と考える中高年高校生達の心境は。

 椎名は心の中で彼女は立派に時間を取り戻せたのだと心から願い、また周囲の中高年高校生達も同じ心境だったに違いない。

 そして彼女の葬儀には全校生徒、取り分けクラスの全員が葬儀の中に身を置いて、同級生の死を悲しんだように見えたが実際には、見知らぬ老人がクラスから一人減った程度だった。

 だが、現実的にはクラスの若年層からクラス替えの希望者が担任の畑野に水面下で続々と提出されていたことを中高年層は誰一人として知る者はなかった。

 そしてクラスの5割の生徒からのクラス替え要望に対して担任の畑野は、已む無く学年主任と相談の上で教頭に実情を報告し教頭も已む無く校長へと判断を仰いだ。

 結果、クラス替えを望んだ5割の生徒達は中高年層たちに何ら説明もないままに、全クラスへ一人、二人と編入と言う形で散らばって行き、畑野もまた担任を外された。

「えー、私が今日から君達の新しい担任となったので宜しく!」
 定年間近の吉野八重門と言う教師が19人の中高年クラスに登場したのは若年層がクラスから全員居なくなってからだった。

「えー、私の年齢は64歳で定年まで残り一年だが、是非仲良くやっていきたいと思う」
 クラスの半分が居なくなった教室に吉野の声が響くと、中高年高校生達は全員が何かを悟ったように溜息をついた、

「まさか、定年間近の私に担任と言う大役が回って来るとは夢にも思っていなかったが、諸君共々頑張って長生きしたいと思う」
 教壇に起ち中高年層を見回す担任の吉野は、自分より若い世代に若干の余裕を見せつつもオヤジギャグをかませた。

 だが他の生徒は兎も角として、椎名は暗かった。

 周りを見回せば自分より一回り以上の年上同級生や、二歳程度年下ばかりでソコはまるで「老人会」のようであった。

 そして64歳の吉野が担任として入ったことで、より一層の加齢臭が教室に漂い、仁丹の匂いで溢れた。

 加齢臭と仁丹の匂いは椎名の鼻に付き纏い未だ54歳だと言うのに、椎名は愕然と肩を落とし、教科単位で来る教師達も加齢臭と仁丹の匂いに鼻をやられた。

 更に体育の時間では体育館まで行くものの、神経痛やら通風やらで身体の悪い中高年層は殆ど何もすることなく、殆どが見学と称して誰も居ない体育館を見ているだけだった。

 そして英語の時間になればなったで、専門教師よりもペラペラと英語を話す中高年層に教師は舌を巻いた。

 英語は事業家や元実業家揃いのこのクラスならではの特技であって、中には3ヶ国語やら6ヶ国語を話す者までいて、英語の教師は自分が惨めで堪らなかった。

 だが英語の教師は涙目で授業を終えると職員用のトイレで一人泣いていたことを誰も知らない。

 そして全員が中高年層と言うこともあって、神経や通風で喫煙室までの階段が辛いと言う者も多く、担任は已む無く教室での喫煙を許可し自らも授業中に教室で喫煙をした。

 ある日のこと、椎名達が教室に来ると黒板の上の「みんな仲良く伸び伸びと!」と、言うスローガンが無くなっていることに気付いた。

「皆さんも既に承知とは思いますがスローガンを私なりに考え替えることとしました」
 教壇に起った吉野は机で自らの身体を支えつつ、黒板の上を指差した。

 突然の吉野の言葉に中高年層は静まり返った。

「新しいスローガンはコレですが、只今から他の若い先生達に貼り付けて貰いますので少々時間を…」
 吉野が入り口で待機していた若い教師達を呼び出すと、スローガンを持った二人の教師が入って来て脚立を使って張り出した。

「今日からはこのスローガンで参りたいと思います」
 若い教師二人が張り出したモノを見た中高年層は、なるほどと言わんばかりの表情を見せた。

「みんな元気に仲良く長生き!」
 新しいクラスのスローガンを見た中高年層は思わず拍手して教室に音を響かせた。

「私もそうですが、皆さんもくれぐれも健康にだけは気をつけて下さい」
 新しいスローガンの下で担任の吉野は両手を広げた。

「中々、良いスローガンですなあ~♪」
 一人の中高年層が大きく頷いて拍手するとつられて再び大きな拍手が巻き起こった。

 椎名達は新しいスローガンを考えてくれた吉野に深く感謝の念を現すと、担任の吉野は嬉しそうに笑みを浮かべた。

 そしてそれから数日が経過した頃、椎名率いる「土研」は、教室の窓側に穴を開け二台の換気扇を取り付け、ソコを喫煙コーナーにした。

 そして更に数日後、中高年クラスに大手家具メーカーを経営している野口からクラスの全員と担任教師に、腰に負担の少ない革張りの椅子と木目の大きな机がプレゼントされた。

「これは中々、良い座り心地だねえ~♪」
 担任の吉野はフカフカの革張りの椅子に御満悦とばかりに野口に深々と頭を下げクラスは拍手喝采をした。

「それから椎名くんもこれで空調も出来るようになって大変良いことをしました100点ですよ~♪」
 椎名が取り付けた換気扇に近付くとスイッチを入れタバコに火を点けた吉野は満面の笑みを浮かべた。

 それからと言うもの大画面のテレビや最新の照明器具やら、足に負担の少ないフカフカのじゅうたんやらが次々とクラスに寄付され、クラスは他の学級から「ビップクラス」と、称されるようになった。

 そして校舎から出るビップクラスの生徒達を迎えるために来る、黒塗りの高級リムジンがズラリと並ぶ校門横の路上は見事なほどに都会の高校にも負けない様相であった。

 最初は珍しがられていた椎名のベンツは最早、庶民の車に見えるほどであったが、普段からクラスの面倒を見る担任の吉野に高級車がプレゼントされたのはその数日後のことだった。

 大手建設会社の椎名を筆頭に、大手家具メーカーに大手自動車販売店の他、様々な業種が濃縮されたビップクラスは小さな街のビックニュースとして地方紙にも取り上げられた。

 




【二十一話】
 

 
 

 小さな街の私立高校は新聞に取り上げられその注目度を増し、ビップが集うビックな学校として知名度も上がりやがて、我も我もと全国から転校の問い合わせが殺到した。

 そして19人しか居ないビップクラスに30人以上の転校生が押し寄せ、学校の運営は寄付金で右肩上がりで上昇した。

 一クラス40人編成だったクラスだったがビップクラスだけは49人にまで膨れれあがり、生徒の一人であるホテル業界でも数本の指に入る正木は高校の近くにビップクラス専用の学生寮を椎名に頼んで建設して貰うことになった。

 椎名は転校生であり同級生でもある正木からのオーダーを気軽に請け負い自らの会社で、設計から施工までの全てを担当し、家具メーカーの野口が家具の配置を受注した。

 ピップクラスの学生寮には様々な分野の新旧同級生達が協力し合い、くつろげる雰囲気の豪華な作りとしてこれもまた地方紙に取り上げられた。

 多忙な実業家たちを助けるがことく学級委員を元事業家達が交代で務める新制度の下、ビップクラスは地方にあって大都会並みのクラス運営を実施した。

 だが、そんな中で椎名は疑問を感じていた。

「これが俺の描いていた学生生活なのか!?」
 椎名は高級ホテルを思わせるような教室を見回し、校門前に停車させられた黒塗りのリムジン集団を見て首をかしげた。

 何もかもが特別扱いされる高校生活が本物なのかと、自問自答を繰り返しつつ教室の片隅でタバコに火を点け高級ソファーでくつろぐ同級生達を見回した。

 時間を取り戻したいと言う願いの下で入学した学校のはずが、今ではビップクラスだけが大人の社交場と化し、校舎の中で浮いている事実に異様さすら感じていた。

 そしてクラスメイトの中には、この街にも雇用の場を提供しようと、工場を建設してと言う話をする者や、支店や営業所を出店させると言う者までいて益々、違和感を隠せなかった。

 50歳から64歳までのこのビップクラスが、本来は子供達の学び舎となるはずの学校の基本姿勢や理念を変えているのではないかと疑問を強くしていた。

 椎名はこのまま学生生活を続けられるのかとさえ疑問を持つようになっていたが、クラスメイト達は今こそ青春とばかりにハシャギ周り個々の身勝手さを銭金で切り抜けていた。

 そしてそうは言いつつも椎名本人もまた銭金で単位を取得し切り抜けていた事実もあって、むやみに他人を責める訳にもいかなかった。

 そんな椎名がいつも思い浮かべるのは一年生だった頃、未来たちと一緒に過ごした時間のことだった。

「このまま、コイツらと3年生も同じクラスで卒業するのか……」
 悔しそうに唇を噛む椎名は大きな溜息をついた。

 そして教壇を見れば満足そうに笑みを浮かべる担任の吉野が居て、授業中だと言うのに、お喋りに夢中になっている女子生徒を注意することもなく、タバコを吸っている椎名自身をも叱ることはなく「本当にこれでいいのか」と、顔をしかめた。

 真剣に勉強している者は一人もなく勝手気ままに寝ている者や、葉巻を吹かしつつ教科書を覗く者にコーヒーを啜りながら黒板を見入る者と、まるで無法地帯のような状況を一年生の時のように回復できないものかと椎名は悩んでいた。

 ただ、制服を着ているだけの大人社会が現実には教室に存在していて、自分ひとりで息巻いたところで何も変わるはずもなく、現実には自らも銭金で単位を取得している事実に椎名は自分に無性に腹が起った。

「俺の描いていた学生生活はこんなんじゃない!!」
 椎名は心の中で叫びつつ、自らの席に戻るとフカフカの革張り椅子に腰をかけた。

「どうした椎名!? 浮かない顔して」
 右隣のエレベーター会社経営の石岡が声を掛けてきたが、椎名はチラッと見ただけで無言で右手を軽く上げて見せた。

「なあ、石岡よ~ 俺らこんな学生生活でいいのかな~」
 石岡の方を再びチラッと見た椎名。

「いいのかったって~ 老人会みたいなもんだしな実際」
 椎名の方に椅子を回転させて足組した石岡。

「これが俺らの望んでいたが学生生活なのか?」
 首を石岡よりに捻る椎名。

「………」
 無言で再び椅子を前方向に回転させた石岡は机に両肘かけて首を両手で支え首を左右に小さく振った。

「これが俺達の憧れていた学生生活だったとしたら大馬鹿者だよな…」
 石岡同様に両肘を机について両手で顔を支えた椎名。

「仕方ねんじゃないのかな年も年だし…」
 タバコに火を点ける石岡。

「俺は一年生の時、毎日身体も心も疲れてたが楽しい日々だったんだよ…」
 同じくタバコに火を点ける椎名。

「俺も前の学校じゃソコソコ楽しかったなあ~ 規則ばっかだったけど…」
 煙を吐き出す石岡。

「みんなはどうなんだろ… 楽しいのかな」
 チラッと石岡を見た椎名。

「女生徒達(オバサン)は楽しそうに見えるがな……」
 周囲の女子達の声に耳を傾ける石岡。

「俺らオッサンだけか退屈してんのは…」
 男子生徒を見渡す椎名。

「だな………」
 溜息をつく石岡。

「他のクラスに入れてくんねえかな~」
 無理だと解かりつつ吐き捨てる椎名。

「無理だべな~ いい具合にそれなりに収まったんだし…」
 机の上に両腕を投げ出し頬を机にくっつける石岡。

「そうだな… 今更無理だよな…」
 両手を頭の後ろに組んで背もたれにもたれる椎名。

 椎名は左肘を付いて頬杖するとお喋りに夢中な女子生徒達(オバサン)を見ていた。

 すると、60過ぎの女生徒(オバサン)をジィーっと見つめる50代の男子生徒(オッサン)が居ることに気付いた。

 女子生徒(オバサン)の左斜めの席に居る50代の男子生徒(オッサン)の視線は、事もあろうか彼女の足をみていた。

 老婆マニアなのかはたまた純愛なのかは別として、その男子生徒(オッサン)の目付きはギラギラと生臭く鋭く彼女の胸を凝視していた。

 そして授業の後で石岡に尋ねてみると、石岡は「ああ、アイツは何屋かしらんがオバサンに惚れてる見たいだぞ」と、苦笑して見せた。

「それより土研で教室の拡張してくれないか? この教室に49人はキツいだろ」
 石岡は左右の壁を指差して椎名を説得した。

「それは簡単だが他のクラスが狭くなるだろう? 無理っぽいなあ~」
 椎名も同じく左右の壁を指差した。

「だったらいっそのこと屋上にビップクラスの教室を増築するってのはどうだ?」
 今度は天井を指差す石岡。

「だったらエレベーターが必要になるが、石岡(おまえ)のとこでやれるかあ~?」
 同じく天井を指差す椎名。

「ああ、この学校の作りなら単純だからな~ この辺りか…」
 歩き出して天井を眺めて両腕を広げる石岡。

「ソコに出来るんなら余った部分を他の何かに使えるなあ~」
 同じ場所に移動する椎名。

「機材運搬のトラックが必要だな~ 確かうちのクラスに運送会社が居たはず… ああ、前川が居る!」
 石岡は椎名を連れ立って運送会社社長の前川の席へと移動した。

 そのご、椎名と石岡は運送関係を前川に打診して見事に寄付労働を取り付けた。

 そして屋上の増築とコンクリートで出来た床の穴開けは椎名建設が、エレベーターは石岡建設が機材運搬は前川運送がと、クラスメイトらに打診して略、工事の目処がたった二人は職員室に校長を尋ねた。

 校長は学校が整備されていくのであればと喜んで増築とエレベーター設置の件を了承し、モノはついでと石岡はエレベーターを一階から4階の屋上まで一本化することを提案し了承された。

 椎名と石岡の発案で殆どのことをクラスメイト全員で片付けることが出来るようになって、ビップクラスは沸きに沸いた。

 今まで足腰が弱く2階に上がるのが辛かったと言う女生徒達(オバサン)も、資金援助と言う形でこのプロジェクトに参加が決まった。

 そして早速、椎名は翌日本社から本職を呼び寄せ図面の作成に取り掛からせた。

「この仕事は土研じゃあ無理だから全て本職でやらせるよ」
 椎名の言葉に石岡も喜んで同意した。

 そして夏休みも近付いてきた頃、椎名建設から役所へ建築申請が出され校舎に各専門業者が集結し学校に慌しい工事音を響いた。

 校内は朝から晩まで工事音が鳴り響き、授業の妨げにはなっていたが、エレベーターが出来ることに全校生徒も歓喜していて、誰一人として苦情を申し立てる者もなかった。

 学校がドンドン立派になって都会の高校に負けず劣らずの設備は生徒達のある意味、憧れであってピップクラスのあった教室跡地に出来るシャワールームに部活参加者達は沸いた。

 プールが有ってエレベーター完備でシャワールームまであり、更に校舎近くには一流ホテル並みの学生寮まで完備された高校など何処にもなく、生徒達はある意味、ステータスを感じていた。

 そしてグラウンドにはナイター設備も整い屋上には植物園まであるとなれば、高校の知名度も全国的に知られるようになって、入学希望者殺到し、校長である相川も椎名達の支援に感謝していた。

 だが、校舎が近代化するにつれ椎名の心はソレとは裏腹に高校とは何だろうと言う疑問が膨らんで行った。

 時間を取り戻したいと願い入学したはずの高校に、知らず知らずに持ち込んでしまった大人社会を椎名は後悔しつつ時間だけが流れた。

 そして夏休みまで数日に迫った辺り、エレベーターとシャワールームと5階が完成したが、椎名は自らの疑問の答えを見出せずに居た。

 そんな時、偶然に出会った未来と校舎を出た椎名はそのまま浜辺と向かい、砂浜に腰を下ろし椎名は未来に自らの想いの答えを問う。

「もしも… もしもよ、椎名くんが十代の頃に高校へ進学していたら今の椎名くんは居なかったと思うんだよね… 家が貧しくて進学出来なかったからこそ今の奥さんにも出会えたし、会社も成長で着たと私は思うんだ… 生意気でゴメンね♪ だけど素直にそう思えるわ… だから時間を取り戻すとか青春をやり直すとかじゃなくて今の自分に何かをプラスするって言う感じでいいと思う。 だって、椎名くんが進学してたら奥さんとは確実に出会えなかったし、奥さんと出会えなかったとしたら息子さん達とも出会うこともなかったでしょ? 今の椎名くんがあるのは、貧しさ故に高校へ行けなかったことが大きいと思うんだ♪」
 砂浜に腰を下ろした未来は一年前とはまるで違う少しだけ大人びた様子を椎名にみせ、椎名は未来の言葉にハッとした。

「そうだよな… もしも俺が高校へ進学してたら人生も変わってしまって妻や子供にも巡り合えなかったんだもんな…… お前、大人になったな♪」
 小石を拾って海に投げる椎名は左側にチョコンと座る未来の肩を抱いた。

「そうだよ♪ だって椎名くんが昔、高校へ進学してたら私達も出会わなかったことになるもん♪ 人生って不思議だよね♪」
 右側の椎名に寄りかかる未来。

「時間を取り戻すんじゃなくて時間をプラスするってことか~♪ やっと答えに出会えた気がするよ、未来のお陰だ♪」
 自分に寄りかかる未来の肩をしっかりと抱く椎名は左手で未来の頭を撫でた。

「椎名くん、学校を辞めようか迷ってるんでしょ… だったら答えは一つ! 一緒に卒業しましょう~♪」
 椎名は未来の言葉に目を潤ませた。

「じゃあ、時間をプラスするってことで、俺はお前に告白するよ… 俺は未来が好きだ… 二人だけの秘密だからな!」
 未来の左肩を抱いたまま後ろに倒れた椎名は真っ青な空を見つめて告白を遂げた。

「私も椎名くんが好き♪ チュッ♪」
 椎名の腕枕の上で椎名の左頬にキスをした未来は恥ずかしさから頬を紅色に染めた。

 そして椎名はこれがプラス1なのだと心の底からそう感じていた。

 空は何処までも青かった。



【完結】


 

 椎名 猛 主人公

 椎名 幸子(妻)

 須藤 未来(みらい)

 白川 恵(めぐみ)生徒会長

 畑野洋子 担任

 鈴木五郎 副担任

 丹野拓斗 不良っぽいヤツ

 相川陽菜 高校の校長で元・椎名の恋人

 二年生  前川

 重原重蔵 生活指導教師

 吉野 八重門

 野口 大手家具メーカー会長

 正木 ホテル業界の会長

 石岡 エレベーター会社社長

 前川 運送会社社長
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