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思惑
③
しおりを挟む頭を高く結い上げて、昼間とは違う、大人の女性に近付いたイシスは、シュリを見つめ、彼の態度に不安げに首を傾げた。
「シュリさま? どうかなさいましたか?」
イシスの声にシュリは思考を止め、努めて柔らかな表情で彼女を見返した。
「何でもない。少し、考え事をしていた……」
シュリがイシスに右手を差し出し、彼女はそっと彼の手に自分の左手を置いた。
イシスが、ニッコリと笑う。
あまりにセレナと酷似する、彼女の微笑み。
『比べるな…… 。と、言うのが無理な話か』
シュリはイシスを連れ、ゆっくりと階段を降り始めた。
階段を降りながら、イシスがシュリを見て、彼に囁く。
「この服、兄様のプレゼントですの…… 。でも大胆過ぎて恥ずかしい…… 。あの…… 可笑しくありませんか? 」
「いいや綺麗だよ。姫ももう、大人の女性の仲間入りだな。これからは、ちゃんとレディーとして、扱わなければいけないな」
「本当に、そう思って下さいますか? 」
イシスが、嬉しそうに問う。
そんな彼女を見て、心が安らぎたゆたう自分が居るのに、シュリはまだ、そんな心の動きに気付いていない。
セレナ以外、愛した女性がいなかった彼は、もう長い間恋愛感情を誰にも抱いて無かった。
それなのにイシスとの出会いが、シュリの心と感情に変化を与えていた事に、彼が気付くのはもっと後の事だった。
「うふふっ…… 」
イシスが、小さな声で嬉しそうに笑ったのを見て、シュリは、怪訝そうに問いかけた。
「何か、可笑しいか? 」
「いいえ。服が、お揃いなのね、と思って…… 。私が、ベールを被っていれば花嫁さんですわね」
「確かに…… ね…… 」
回りに対する…… 。
とくに、イシスを狙う魔人に対する、カモフラージュなのか、それとも、本気でシュリとイシスをくっつけたい、エステルの計画に蓮が根回しした策略か、シュリは推し量る事が出来ないでいた。
彼は、手を取った侭ゆっくりと、イシスを階段から連れ降ろした。
「今から、結婚式の予行練習でもしておくかい? 相手が俺で申し訳無いけどね」
「シュリさまがいい…… 」
「ん? どうした? 何か言ったかい? 」
小さく呟いたイシスに、シュリは聞こえなかったのか、イシスに問い掛ける。
自分と共に生きたいと願う、彼女の思いにシュリは、本当に聞こえてなかったのか?
どっちつかずな(のらりくらりとも言う)シュリの態度に、イシスはそれでも、何度でもぶつかって行こうと心に決めているのか、彼のの思惑にも怯む事は無い。
「シュリさまが良いのです。愛しているのは、貴方だけ…… 」
今度は確実にシュリの耳に届いた筈なのに、彼は黙ったまま、イシスの思いには答えず、最後の一段を降りきった。
その時、シュリの手が自然な動作で、側に来たエステルに、イシスの手を預ける。
「あっ……! 」
イシスの唇から、咄嗟に声がもれた。
『どうして何も答えて頂けないのでしょう? 私の気持ちは、迷惑なのでしょうか…… 。あの方に嫌われる位なら、いっそこのまま…… 』
今にも泣き出しそうなイシスの気持ちに、気付かぬ様子のシュリは、役目を終えてホッとしたのか、なるべく目立たぬ様、その場を立ち去ろうとしていた。
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