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長い1日の始まり

番と言われても…… わかりません

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      皆の目前に立った薬師は、辺りを見回して、


   「皆さん、お怪我は、有りませんでしたか? 」


   と、問い掛けた。

   ナディアが「大丈夫ですっ。ありがとうございます」と、言い、他の者は薬師を見て会釈する。

   薬師が、満足げに頷くのかと思いきや、固い表情でとある場所を見上げる。

   目線の先にいるであろう彼等は、今、どんな顔をしているのだろうか?

   薬師に邪魔されたナディアの処刑イベント。

   処刑してしまえばこっちのものだと思っていた手前、失敗したらどうなるか、先は見えていた。

   皇帝と皇妃に、この事が知られれば……… 。

   彼らに未来など無い。

   嫌、きっともう知られている。

   この計画を立てた時点で、必ず成功をさせなければ逆に皇太子達に未来は無いのだ。

   そんな簡単な事を考え付かない筈が無いと思われるのに、彼等は何故婚約破棄のみの断罪だけに留めなかったのか。


   ナディアを、無実の罪で断罪した第一皇子、リックス。

   本当に、横にいる自称ヒロイン男爵令嬢は、リックス皇子に愛されて居るのかそして、愛しているのか。

   コロッセオの、一番見晴らしの良い席に着席する二人は、冷水でも浴びせられた後に来る悪寒のような寒気を、只ならぬ殺気を感じて、身を縮み込ませた。


   見上げていた薬師は、ナディアに向き直ると、優しく微笑み掛け、彼を見つめ続ける彼女の頬を、優しく撫でて言った。


  「事はまだ終わっては居ない。憂いはきっちり絶っておかなくてはいけません。もう少し、此処で待っていて下さい。我が番」

   「あの………、わたくし………… 」


   ナディアは、言葉に詰まる。

   番と言われても、実はピンと来ないナディアだった。

   通常、番同士は何処か引かれ合うモノがあると、知識として聞いている。

   始めて会ったのに、その身を捧げたく成る、或いは、男女の関係にまで発展しても可笑しくない引力のようなモノが番同士には、存在するのだ。

   そして、番がお互いにしか解らないフェロモン色気

   確かに、どこかで会ったような既視感が沸き立っているのは、ナディアも認める所なのだが、この動悸は番に向けるモノなのか、見つめ続けていると、カッと身体が暑くなる事象も、彼の番だからなのか。

   恋をした事の無いナディアには、それが番の引かれ合いなのだと言う事に全く気付かなかった。

   そんなナディアの心情を薬師は汲み取ったのか、憂いを帯びた瞳でナディアを見つめ、囁くように、呟くように言葉を紡ぐ。


   「貴女の魂は、間違い無く私の一部なのに、凪で間違いは無いと言うのに、貴女は貴女なのですね。解りました。一から仕切り直しです」


   薬師は、一つの思いを心に閉じ込めるかのように瞑目すると、再度目を開き直した。

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