逢いたい人がゾンビになって出てくる世界にて 

ハル

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序章 とある誰かの備忘録

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 どうやら世間では私の耳に余る与太話が流行っているらしい。
 休憩スペースで昼食を取る傍らに同僚がそんな事を唐突に話してきた。穏やに且つ優し気に、そして手元の箸を見る素ぶりで目線は合わせないまま同僚は仔細を語る。
 私がそのテの話に対してどんな風に思うかなんて絶対解って言ってきているんだろうし、その雑談を仄めかす範囲の説明自体には寧ろ思慮さえ感じるから邪険にも出来ず『そう』と素っ気なく返してしまったのを少しだけ恥じる。いい大人になっていても尚、私はまだツメが甘いと自覚する瞬間だ。
 ふと私のフォークが止まると、同僚は即『そういえばこの前の依頼の件ですがーー』と話を変えてきたのも有難いやら何やらだ。
 死んだ人間が蘇るだの何だの。
 そんな事があってたまるか。
 しかし、でも、……そうか、と。
 同僚が話した内容が生きたミミズの様な感触で耳元を這いずってくるので、思わず手でソレを払いのける。それは髪以外の感触以外の何物でもなく私の髪がミミズなのかと苦笑さえする。

「ーーさん、そろそろ上がりましょう?」

 ふわ、と変に優しい色の声がさっきまで感じた耳元の不快感を消す様に降りてくる。……しまった、完全に作業の手が止まっていた。しかも言われてモニタの右下を見るともう21時を超えていた。
 
「そう、ね……」
「大丈夫ですか?」

 同僚は終始穏やかな声色で私を心配する。

「出る前に紅茶でも入れましょうか、……そうですね『いつもの』とかいかがです?」
「……あなたね……」
「はは、俺は弱ってる人を見ると助けたくなるんですよ。待っててください」

 なんて、僅かばかりカマかける言い方に瞬間眉間に皺が寄る。とはいえ昼にされた話の影響でなんとなく考え込んでしまった私の気配に感づいているんだろう。同僚は私のそれ以上の言葉を待たずして給湯室に向かっていく。
 ……意図せずの敗北感の様なものに押されて顔を上げてあたりを見回す。同僚は既に荷物を纏めたらしく周りは片付いておりボストンバッグもソファの上に置いてあった。

「……なら、リクエストしていいかしら」
「濃いめですか?」
「逆」
「はは、了解しました」

 軽い嫌味にも取れるであろうそれも交わされてしまう。
 この状況、悪くない、と思ってしまう自分に少し腹を立てる。
 それでも。……そう、それでも。
 ゆるりと香る紅茶のそれに、癒しを感じる自分もいて。

 嗚呼、なんて面倒なんだろうと。
 もう一度だけ、強めに目蓋を閉じてみた。

 

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