逢いたい人がゾンビになって出てくる世界にて 

ハル

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start No 5 織堂紅葉の疑問と風見総司の思惑と。

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 さて。ここまで一気に流してみた僕達のにこにこ解説は結構な長さになっているにも関わらずに特に動じる様子の無かった織堂さんだったけど、連中が生えてくる条件を伝えた所でようやく見せたそれっぽい感情の変化を確認してほんのちょっとだけ安心した。
 僕も一度一息ついでにとソーダを手に取ると、それに弾かれる様にハッと我に返るみたいにやや慌てて僕の方を見直した。
 
「あ、あのではではではあのすみませんがここで一度ちょっと纏めてみていいですか出来たらイエスノー形式も交えてお願いしたいですが」

 今度はやや困り顔で控えめに右手を持ち上げてきた。ただその目線も一緒に真面目な色合いでこっちを見つめている。……なんとなく、これが素なのかななどと勝手に思ってみた。

「いいねどうぞどうぞ遠慮なく、その為の場だしね」
「僕も一緒に答えてくからばんばん言ってねー」

 僕と遠野くんは揃って織堂さんを促しながらソーダを飲んで口の中を潤した。

「えーーーーーっと。わたしが世間から聞いていた『死んだ人が出てくる』っていうのはイエスかノーか」
「暫定的イエス。はっきり言えば確率は低め。普段はもっとどろどろしてる」
「ではその、くっきり人間の形をして出てくる条件とは」
「それはねー、なんか最近になって急激に増えたって言うのを前置きにして、恐らく人間に強く思い出されている時っていうのが本命扱いだねー。命日近辺だったり亡くなった直後だったりていうのが多いかなー」
「それって、わたしみたいな一般人が想像してるだけで、って意味ですよね?」
「イエスだね、ちなみに動物、ペット類はほぼ出てきてないね」
「ああ成程。出てくるのは人間に限定されてるんですね」
「まあでももしかしたら僕達が気づいてないかもしれないけどねー」
「ではそのリアルな方の死んだ人が出てきた場合っていうのは、生きてる時と全く同じブツなんですか?」
「それはノーかな。正直究明中の段階なんだけど、身体はかなり人間なんだけど知能は低いしね。意思疎通できるのも居るにはいるけどそこを求めるとますます確率は結構下がるかな。多分打率10%未満」
「うーーーではでは生きてる時の記憶の引継ぎのようなものは」
「それは多分半々だね。その10%から更にって意味で、名前を呼ばれた位はあるって言うのはそこそこ聞いたけど、知り合いでもない僕達みたいな討伐者に対しては相当攻撃的だからちょっと解らないってのが本音かも」
「ちなみに風見くんの目の上のキズはその凶暴なヤツにやられたやつだよー」
「あーそれ恥ずかしいからバラすのやめてやめて」
「……それ結構深い傷ですよね……気になってはいましたが……」
「まあ、それだけ凶暴って意味で見てくれるなら名誉ってもんだよ」
「なるほどそこそこ理解出来ました……と、思うんですけどー……」

 ここまで一気に話して、織堂さんは僕のキズの位置を凝視しながら口を尖らせる。

「つまり……ゾンビハンターってお仕事は死んだ人に逢うというより死しんだ人みたいなモノをぶっとばすのが業務内容って、コト?」
「そうだねー。そしてそいつらは結構な殺意とかで僕達を狙ってきたりもするよー」
「うーーーーーん…………それがネックといえばネックなんですねーー」
「まあ織堂さんはグロ耐性あるっぽいからどんなのを見ても大丈夫そうだなと思ってこっちの話も提案した訳なんだけどね、ちょっとワケアリっぽそうだったし」

 僕も遠野くんもさっぱりめに答えていくと、ここで織堂さんは腕を組んでうーーんって唸りながら首を落とす。そりゃ考えるだろうな。ただ楽しくやれる仕事でもないし、そもそも暴力行為を一緒にしない? なんて声をかける大人なんて本来信用したらいけない人物でなきゃいけない筈だ。しかもそんなのに仕事を誘われている状況。
 けど、あの現場を見ている上で更に倫理観をすっ飛ばしてまでの『ワケアリ』な感性を持っている人は年齢問わずでこの仕事に妙な才能があったりするから油断ならないんだよね。僕と遠野くんはそういう繋がり方をしている分多少感情が常軌を逸脱しているんだろうし、そもそも逸脱していなきゃこの仕事だってしていないという自負まである。けど彼女とて普通にリリ学二年生だし当然危険だから断ってもらってもいい、とそこそこ気楽な気持ちでいる僕達だった、けど。
 彼女はひと唸りして、すっと目線を一度上に持ってきて僕を見る。

「うーーーーん、つまりわたしも刃物なりなんなり持てばその現場に連れて行ってもらえるって解釈していいんですよね?」

 ゆっくりと顔を上げた彼女の表情は、やっぱりきれいでやっぱりまっすぐなままだった。
 いいぞいいぞ嫌いじゃないぞこういうの。僕は本来笑っちゃいけないシーンなのに思わず口の端が綻んだ。女の子を危ない場所に連れて行く罪悪感はある筈なのに彼女の目が、表情が、僕にそう思わせないものになっていた。

「極論言えばそう。って言っとこうかな」
「当然訓練はしてもらう上だけどねー?」
「全然余裕です! 自分で出来る事を自分の力でやりつつその現場に行きたいです、ハイ!」

 元気な織堂さんの答えに僕がうんうんと思っていると、遠野くんがすっと手を挙げる。

「じゃあ暫定的先輩になる僕から聞くけど、くれはちゃんがこの『仕事』に取り組みたい理由、教えてくれるかなー? いいことばかりじゃないって言うのはもう説明したからこっちに入るよー」
「はいっ! どこから何から話しましょう、自分語っていいですか!」
「どこからでもいいよ、途中口をはさむけどそれ許してくれれば」
 
 さあここからが本番だ。
 僕はもう一度ペンを取る。正面に向かう織堂さんも一度大きく深呼吸して、僕達に向かい合った。


 ++++

「せーーーーーのッ!!!!」

 時、そろそろ空気の乾燥を実感する季節の夜。今日の現場はとある廃ビルだ。会社からそこそこ距離の離れたここは周囲もそれなりに寂れていたから管理としてもしやすい場所だ。大声出しても怒られないって意味で。
 そんな寂れた空間には似合わない喧噪が遠慮なくあちこちで響いている。向こうで銃声向こうで爆破、そしてこちらのエリアでは織堂さんの大きな声と、彼女の持つ小ぶりなハンマーの大きな一振りが一緒になって狭い空間全体に響き、コンマ数秒の誤差を持って派手な水音と何かが砕け散る音、そしてもうコンマ数秒の遅れからそれなりの大きさの下半身が地面に崩れ、最後に一度宙を舞った頭の様な者がコンクリートに落ちて泥状の何かを飛び散らせた。
 彼女の横一線の薙ぎは泥タイプのソレを簡単に分離させ昏倒させる威力を持っていた。これには思わず僕も見入ってしまう。初戦でコレ? マジですか?

「あははくれはちゃんナイスぅー!」
「えっへー思ってたより脆いですねこいつら!!!」
「こわいこのこの適応力こわいよーー、っと!」

 僕はそう言う合間にまた生えてきかけていた泥を踵で直接踏みつけた。うん、確かに今日のコレはいつもより脆いし、初戦には丁度いい現場になりそうだなあと睨んで正解だったなーなどと冷静に思ったりもする研究職のマルチタスクが今日も元気だった。 
 今日の織堂さんはピンク色のジャージに可愛らしい黒スカートという組み合わせで血や泥に染まりつつあるハンマーを軽々しく抱え、いつもと同じように頬を紅く染めて可愛く僕に微笑みかけるからもうしんどいまであるね! 名前の通りの赤だらけだ!

「いやー織堂さんがそんなにやる気出してくれるなんて師匠として嬉しいよ」
「何言ってるんですかこれもあっきーさんと風見さんの指導の賜物ですよ??」
「そーそー! あっこんにちはッ!!」

 踵を軽く振ってると左端の視界にいた遠野くんが華麗にもう一体を一刀両断していた。見事な斬撃でその通りに真っ二つに裂けて床に落ちると、そのまま吸い込まれる様に溶けていった。いつ見てもかっけーな遠野くん。
 遠野くんがしっかり織堂さんを意識しつつ動いて捌き、織堂さんもそれを解ってるのか合図とかも無いのにタイミングを読み生えてくるヤツらを一撃粉砕している。僕はちょっとだけスキを貰ってインカムで外と繋がる。

「あっもしもし一ノ瀬さん? 今数値どうなってます?」
『ああ、こっちでモニタリングしてるが特に極端な変化も無いから今以上のレアは出なさそうだ。そのまま駆逐頼みたいんだけど応援とかいりそうか? あの子は無事か?』
「いやーそれは大丈夫だと思うかな? 織堂さん凄い大活躍してくれてるし、あと20分あれば終わると思う!」
『分かった、いつでも呼んでくれな』
「ありがと! じゃ引き続き行ってきます!」

 今日は栄えある織堂さんの初戦日。一応いつもよりも厳重な情報が必要だという事で普段現場には来ない一ノ瀬さんにサポートをお願いしての体制だ。ったけど、思ってた以上に織堂さんが元気よく貢献してくれているので不安に思っている事の6割が解消されていた。しかも僕が通話してる20秒位で更に討伐数が増えている様で、そろそろここは終わりそうだった。
 
「織堂さん体力的に大丈夫そ? あともう少しっぽいけどそのままいける?」

 織堂さん、初戦なのに近距離攻撃なのが功を制してるのかもう平均よりも多い討伐数をこなしている。いくら柔らかい連中とはいえそれなりに疲れが出てもおかしくないだろうに、ハンマー振り回しながら「まだいけます! むしろまだやりたいです!!」 と間髪入れず返ってくる。わーげんきだなー。

「でも風見くーん、今日ってこれ以上のヤツは出てこないっぽくないー?」
「そうなんだよね一応狙ってはいたけど、緊急アラートは無いっぽい、かなって!」

 言ってる傍から僕の目の前にももう一体生えてくるから適当に細鉈で腰あたりを真横に捌く。途端にズロりと崩れて落ちて視界が広がってくれた。つまり脆いから素材も集まらない現場だ。とことん討伐に専念出来る仕上がりってことだ。
 遠野くんが斬る、織堂さんが潰す。あと数分で収まるであろうそれに、織堂さんはとても真摯だ。

「それは残念ですけどいい腕試しじゃないですか!」

 彼女は汚れ切った全身を気にもせず一際目を輝かせている。

「でも、わたしはまだまだやれますよ!」

 僕も目の前に出るものを最優先で落としていく。そして

「だって! もっと強くならなきゃ、逢えないんですよね!?」

 彼女の咆哮にも似た声を胸に刻む。

「会えるまで、逢えるまで……絶対に! 諦めませんから!!!」

 心の奥から楽しそうに、そしてどこかの何かに強烈な飢えを感じさせるそれに、僕と遠野くんは揃って口端を持ち上げさせた。

 
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