43 / 129
復讐の天使
第42話 温泉回
しおりを挟む
「どうする!?戦うのは良く無いよな!?」
この国の名前マルズ国って言うのかー。へぇー。とかさっきは思ったが、二人に呆れられそうなのでそれを言わないだけの常識を時夫は持っていた。
社会人経験があるからその判断が出来るのは当然のことだ。学生だったらきっと気になっちゃってついつい聞いていただろうけど!鍛えられた忍耐力!さすが俺!
それはさておき、確かに結構遠くに空飛ぶ集団が見える。向こうはこっちに気がついてるのか?
ルミィ目が良いな……。
「カズオと私たちが一緒にいるのを見られるのもまずいです!……あそこの森に身を隠しますよ!」
滑り込む様に森の中に突入した。
時夫がカズオを立たせてやってから、拘束を解いてやる。
「……良いのか?俺を自由にして」
「復讐は諦めるって言ってたの信じるよ。
俺は爺さんがどこに逃げても追っかけられるし。いいよ。俺らも背負って逃げるのは難しい」
時夫はテケトーにカズオを縛っていた紐をくちゃくちゃっと丸めて『空間収納』におしまいした。
このテケトーでガサツな様子から、日本で一人暮らししていたアパートの部屋がどんな有様だったか想像に難く無いだろう。
アパートの管理人さんマジでごめんね。
親に連絡とか言ってるかな?この歳でお恥ずかしい。
閑話休題。
森の中を足早に進みながら、疑問をルミィにぶつける。
「それにしても何で居場所分かったんだろうな?」
時夫みたいな『探索』におけるチート能力者はこの世に他にいるはずもない。
「カズオはずっと北東方面に向かってましたし、進路予測は簡単です。
もしかしたら不審なカラスの群れでも誰かが見て通報したのかもしれないです」
「派手に戦ったしなー。爺さんは何か目的あって北東行ってたの?」
ルミィの解説をふんふん聞きつつ、時夫はカズオに話を振った。
「とにかく大勢の人間を瘴気にあてさせないといけないから、人の多い方向へ行ってただけだ」
その結果、単調で分かりやすいルートになった様だ。
北東の方にはかなり大きな都市もあるらしいからな。
「よし!爺さん、俺に乗れ」
マッスル時夫が膝をついてカズオに背中を向けた。
「いや、自分の足で歩く」
「爺さん歩くの遅いんだよ。俺はガンガン走れる。遠慮するな。
そうだ、一応マント被っててくれ」
世間を騒がせる邪教徒の姿は既に有名だ。
こちらの国の人達も知っているだろう。
時夫よりも更に小柄な爺さんなので軽々背負える。森の中で人を背負いつつ杖を持つのは難しいので、仕方なしに杖は収納にしまっておこう。
多少戦闘能力はダウンするが仕方ない。
「気づかれてるか?」
ルミィの方を見ると、コクリと頷き、フードを深く被り直す。
「そうだ、ルミィ、このネックレス爺さんに貸し出して良いか?」
変身ネックレスを首から外す。
この世に二つ切りの希少な品だ。
「……………………トキオはそれの価値を知らないんですねぇ。
………まあ良いでしょう。
トキオが責任持つんですよ」
さすがルミィ!太っ腹!その慈悲に応えるべく、時夫も信頼と安心を確約する。
「持つ持つ!超持つ!責任持ちます!持ちまくります!全世界の全てに責任持つ覚悟ぉ!!」
「……なんか余計に不安ですねぇ」
カズオの方に振り向くことでルミィの白けた目線を視界から外して、時夫は爺さんにネックレスを渡した。
「ほら。これ付けといて」
「赤毛バージョンのトキオと、赤毛の女の子の二種類の姿に変身できます」
「……………………」
カズオは無言でネックレスを受け取る。暫く眺めてから口を開く。
「これ……確か名門の貴族がこんな紋章だった様な……」
おっと、ルミィの隠された過去が!俺聞いちゃって良いのかな?
時夫は興味ないですよーという顔を作りつつ、ルミィの反応をそれとなく観察する。
やっぱり気になるんだもん!
「母の実家が代々受け継いできた物なので、大事に扱ってくださいね」
ルミィはさらりと言った。
うおー!やっぱりお嬢様だったか。最初からそうだと思ってましたよ。うんうん。
だからといって扱いを変えるわけじゃ無いけどな。
「お前らは……本当にお人好しというか、バカというか……」
カズオが呆れた様な声で呟く。
対悪口専用地獄耳のルミィがバカという言葉に即時反応した。
「えー!バカって言った方がバカなんですよ!」
この世界でもバカな奴は言うこと同じなんだなぁ……。
カズオをビシッと指差す残念なおバカっぽいご令嬢を見て時夫は感心してしまう。
それはさて置き、歩きながらカズオを急かす。
「良いから早く変身してくれ。なりたい方の性別の姿を考えつつ魔力を注ぐんだ」
背中で変身した雰囲気。
「おお……トキオが二人……ダブルトキオ……」
ルミィが感心している。髪と目の色以外は同じの色違いだ。
「違和感とかあるか?」
歩いたり動いたりしない分には無いかな?身長も少しだけしか変わらないし。
性別変えるとなかなかの違和感だけど。
「……お前は俺の若い頃に似てるからな。若返った気分だ」
見た目だけなら実際に若返ってる。
「えー?あんまり似てなく無いかな」
爺さんがハンサムとかだったりしたら嬉しいが、ちょっとそんなにあれなので、やんわり否定する。
「ヒゲとか剃ればまた変わりますかね?身長は似てますよね!」
「俺の方が少し高いぞ」
「歳食えば低くなるんだ。俺も若い時はお前くらいあった」
ワイワイ言い合いながら先を急ぐ。
時夫とルミィが本気を出せば、追いつける奴なんてそうそういない。
森の中を進み、山を越える。
「暗くなって来ましたね……」
ルミィが木々の枝の隙間から空を見上げてながら、独り言の様に呟いた。
「もしかして野宿かぁ?」
うんざりしながら時夫がボヤく。
「ちょっと待て、梟にこの先を探索させよう」
カズオが少し離れた所の枝に止まっていた梟を魔獣にして夜空に放つ。
暫くして、カズオが時夫の後ろから腕を伸ばして指し示す。
「この先に温泉宿がある」
「え?梟帰って来て無いのにわかるのか?」
時夫の質問に頷く気配。
「数匹くらいなら魔獣の見てる物を俺も見れるんだ」
何それ便利そう。
でも、絶対生活魔法じゃないから使えないな。
もしかすると固有魔法とか言う奴なのかも。
その人しかどうしても使えないタイプの魔法がこの世には存在するらしい。
時夫も固有魔法とか超絶欲しかった。
そして、カズオの案内で辿り着いたのは、時夫が想像していたよりは普通の外観の宿だった。
ついつい日本の旅館を想像してたけど、そんな訳が無い。
少し離れたところに集落と街道があって、偶に泊まりに来る人がいるんだとか。
旅人やら行商にもシーズン的なものがあるらしく、幸運なことに今は他に客はいなく、貸切で露天風呂に入れるそうだ。ラッキー。
宿の人も、シーズンオフの思わぬ客に喜んでいた。食事は出ないらしいが、贅沢は言わない。野宿じゃなくなったのにとにかく安心した。
男女別れてそれぞれの部屋に入る。
ルミィが先に温泉に浸かりに行っているので、待ち時間を利用して、カズオのイメチェンを図る。
カズオの髪の毛をサッパリ切ってやった。変に思われない様に、宿のゴミ箱には髪の毛は残さないで『空間収納』に入れている。
……きっとこの魔法をゴミ箱代わりに使ってる人いるんだろうな。
ゴミを目一杯詰めてて使えなくなってるみたいなズボラきっと世界のどこかにいるな。
ヒゲもそって、眉も頑張って整えてやった。
時夫は自分の髪の毛を偶に切ったりしていたので、結構自信がある。
「次お風呂どうぞー」
ルミィがノックも無しに部屋に入って来た。
イヤン!お着替え中だったらどうするんだ!
「わぁ!見違えましたね!」
時夫は自信作に誇らしくなり鼻を擦る。
カズオはちゃんと身なりを整えてやると、若い頃はそこそこ男前だったんじゃ無いかと思えなくも無い顔立ちだった。
「いや、まあ……」
カズオは照れ屋だったのか、モゴモゴと口の中で何か言いながら、風呂に向かう。
「確かにすこーしだけトキオに似てるかも知れませんね」
「そうかぁ?」
そうでも無いと思うけどな。
露天風呂はそこまで広く無いが、源泉掛け流しの贅沢仕様だ。
「背中を流してやるよ」
お風呂用の椅子も含めて『空間収納』から色々お風呂の必需品を取り出す。
石鹸もあるぞ。
「いや……別に気を使わんでも……」
「良いから良いから」
本音は、長い間碌にシャワーも浴びて無さそうなカズオを温泉に付ける前にしっかり洗っておきたいと言うのが本音だ。
「『クリーンアップ』」
魔法をつかえばあっという間に綺麗さっぱり。
なので、この世界の人はあまりシャワーとか浴びなかったりする。
それはそれとして、旅の旅情もありますので、タオルでしっかりカズオの背中を擦る。
「……昔を思い出すよ。子供を風呂に入れてやってた時のことを」
俯きながらカズオが僅かな寂しさを含んだ懐かしそうな声でボソボソと呟いた。
「子供とかいたんだ。……息子?」
「いいや……娘だ」
「……そっか」
それ以上は聞かなかった。日本で生きて再会する事を既に望んでいない事を知っている。
所詮は他人である時夫には立ち入れない話だ。
そして、温泉に浸かる。
星が結構たくさん見える。こっちの世界にも星座とかあるんだろうか?
科学技術が発展していない分、夜はしっかり暗く、星は数え切れないほど輝いている。
この世界に来たての頃は感動したもんだったが、やっぱり良いなぁ。
「息子がいたらこんな感じだったかな……」
横を見るとカズオも満天の夜空を見上げながら、少しほぐれた表情で言った。
敵対してたとは思えないくらいには精神的な距離が縮まっている。
「年齢差的に祖父と孫って感じじゃ無いか?」
「かもな。……孫か。日本にはいるかも知れないのか……」
「ひ孫までいたりして……」
「俺もそんな歳かぁ……」
カズオが初めて笑顔を見せた。
ほうれい線と目の周りの皺が深くなる。
「あの娘っ子とはこれか?」
カズオが小指を立てる。きょうび恋人をそんな風に表す人いないよ。
「違うって。仕事の仲間。相棒」
「本当か?……もし、そうなら日本に帰りたく無いんじゃ無いかと……」
「……ルミィも別に俺のこと何とも思ってないよ。でも……あいつがいなかったら俺、のたれ死んでたかも」
「良い出会いに恵まれたな」
「うん」
時夫は不思議と素直な気持ちで頷いた。
「……そろそろ茹だりそうだし出るよ」
時夫がのそりとお湯から出る。
「俺はもう少しこのまま入ってる。何年振りかわからない温泉だしな」
カズオは空を眺め続けていた。
何を考えてるんだろう。日本に残した家族だろうか。カズオの家族も偶にはカズオの事を思い出しながら数十年を生きたのだろうか。
「あれ?カズオは?」
髪を纏めていつもと違う雰囲気のルミィが小首を傾げる。
「まだ入ってるって。年寄りは温泉とか好きだもんな」
「今のうちに食事の準備しちゃいましょう!」
「ああそうだな。………………なあ、ルミィ」
「何ですか?」
ぴょんと足を揃えて体ごと振り向く。
大きな瞳を少し細めて、裏表の無い笑顔を時夫に向ける。……可愛い。綺麗だ。
「俺が……」
そこで時夫は口をつぐむ。
「俺ぐゎあ?」
体ごと頭をぐにょーんと傾けて下から見上げつつ目を見開いて聞いてくる。その聞き返し方と表情なんかムカつくな。
ばちーん!
「いたぁ!」
久々のデコピンが炸裂した。
――俺が日本に帰るって言ったらどう思う?
聞きそびれた。
まあ、別に良いんだ。少しくらいは寂しがってくれるだろう。
ルミィは良いやつだから。俺は良いやつに拾われた。
ルミィは命の恩人だ。
……こっちの世界にいる間に何か恩返しできれば良いな。
この国の名前マルズ国って言うのかー。へぇー。とかさっきは思ったが、二人に呆れられそうなのでそれを言わないだけの常識を時夫は持っていた。
社会人経験があるからその判断が出来るのは当然のことだ。学生だったらきっと気になっちゃってついつい聞いていただろうけど!鍛えられた忍耐力!さすが俺!
それはさておき、確かに結構遠くに空飛ぶ集団が見える。向こうはこっちに気がついてるのか?
ルミィ目が良いな……。
「カズオと私たちが一緒にいるのを見られるのもまずいです!……あそこの森に身を隠しますよ!」
滑り込む様に森の中に突入した。
時夫がカズオを立たせてやってから、拘束を解いてやる。
「……良いのか?俺を自由にして」
「復讐は諦めるって言ってたの信じるよ。
俺は爺さんがどこに逃げても追っかけられるし。いいよ。俺らも背負って逃げるのは難しい」
時夫はテケトーにカズオを縛っていた紐をくちゃくちゃっと丸めて『空間収納』におしまいした。
このテケトーでガサツな様子から、日本で一人暮らししていたアパートの部屋がどんな有様だったか想像に難く無いだろう。
アパートの管理人さんマジでごめんね。
親に連絡とか言ってるかな?この歳でお恥ずかしい。
閑話休題。
森の中を足早に進みながら、疑問をルミィにぶつける。
「それにしても何で居場所分かったんだろうな?」
時夫みたいな『探索』におけるチート能力者はこの世に他にいるはずもない。
「カズオはずっと北東方面に向かってましたし、進路予測は簡単です。
もしかしたら不審なカラスの群れでも誰かが見て通報したのかもしれないです」
「派手に戦ったしなー。爺さんは何か目的あって北東行ってたの?」
ルミィの解説をふんふん聞きつつ、時夫はカズオに話を振った。
「とにかく大勢の人間を瘴気にあてさせないといけないから、人の多い方向へ行ってただけだ」
その結果、単調で分かりやすいルートになった様だ。
北東の方にはかなり大きな都市もあるらしいからな。
「よし!爺さん、俺に乗れ」
マッスル時夫が膝をついてカズオに背中を向けた。
「いや、自分の足で歩く」
「爺さん歩くの遅いんだよ。俺はガンガン走れる。遠慮するな。
そうだ、一応マント被っててくれ」
世間を騒がせる邪教徒の姿は既に有名だ。
こちらの国の人達も知っているだろう。
時夫よりも更に小柄な爺さんなので軽々背負える。森の中で人を背負いつつ杖を持つのは難しいので、仕方なしに杖は収納にしまっておこう。
多少戦闘能力はダウンするが仕方ない。
「気づかれてるか?」
ルミィの方を見ると、コクリと頷き、フードを深く被り直す。
「そうだ、ルミィ、このネックレス爺さんに貸し出して良いか?」
変身ネックレスを首から外す。
この世に二つ切りの希少な品だ。
「……………………トキオはそれの価値を知らないんですねぇ。
………まあ良いでしょう。
トキオが責任持つんですよ」
さすがルミィ!太っ腹!その慈悲に応えるべく、時夫も信頼と安心を確約する。
「持つ持つ!超持つ!責任持ちます!持ちまくります!全世界の全てに責任持つ覚悟ぉ!!」
「……なんか余計に不安ですねぇ」
カズオの方に振り向くことでルミィの白けた目線を視界から外して、時夫は爺さんにネックレスを渡した。
「ほら。これ付けといて」
「赤毛バージョンのトキオと、赤毛の女の子の二種類の姿に変身できます」
「……………………」
カズオは無言でネックレスを受け取る。暫く眺めてから口を開く。
「これ……確か名門の貴族がこんな紋章だった様な……」
おっと、ルミィの隠された過去が!俺聞いちゃって良いのかな?
時夫は興味ないですよーという顔を作りつつ、ルミィの反応をそれとなく観察する。
やっぱり気になるんだもん!
「母の実家が代々受け継いできた物なので、大事に扱ってくださいね」
ルミィはさらりと言った。
うおー!やっぱりお嬢様だったか。最初からそうだと思ってましたよ。うんうん。
だからといって扱いを変えるわけじゃ無いけどな。
「お前らは……本当にお人好しというか、バカというか……」
カズオが呆れた様な声で呟く。
対悪口専用地獄耳のルミィがバカという言葉に即時反応した。
「えー!バカって言った方がバカなんですよ!」
この世界でもバカな奴は言うこと同じなんだなぁ……。
カズオをビシッと指差す残念なおバカっぽいご令嬢を見て時夫は感心してしまう。
それはさて置き、歩きながらカズオを急かす。
「良いから早く変身してくれ。なりたい方の性別の姿を考えつつ魔力を注ぐんだ」
背中で変身した雰囲気。
「おお……トキオが二人……ダブルトキオ……」
ルミィが感心している。髪と目の色以外は同じの色違いだ。
「違和感とかあるか?」
歩いたり動いたりしない分には無いかな?身長も少しだけしか変わらないし。
性別変えるとなかなかの違和感だけど。
「……お前は俺の若い頃に似てるからな。若返った気分だ」
見た目だけなら実際に若返ってる。
「えー?あんまり似てなく無いかな」
爺さんがハンサムとかだったりしたら嬉しいが、ちょっとそんなにあれなので、やんわり否定する。
「ヒゲとか剃ればまた変わりますかね?身長は似てますよね!」
「俺の方が少し高いぞ」
「歳食えば低くなるんだ。俺も若い時はお前くらいあった」
ワイワイ言い合いながら先を急ぐ。
時夫とルミィが本気を出せば、追いつける奴なんてそうそういない。
森の中を進み、山を越える。
「暗くなって来ましたね……」
ルミィが木々の枝の隙間から空を見上げてながら、独り言の様に呟いた。
「もしかして野宿かぁ?」
うんざりしながら時夫がボヤく。
「ちょっと待て、梟にこの先を探索させよう」
カズオが少し離れた所の枝に止まっていた梟を魔獣にして夜空に放つ。
暫くして、カズオが時夫の後ろから腕を伸ばして指し示す。
「この先に温泉宿がある」
「え?梟帰って来て無いのにわかるのか?」
時夫の質問に頷く気配。
「数匹くらいなら魔獣の見てる物を俺も見れるんだ」
何それ便利そう。
でも、絶対生活魔法じゃないから使えないな。
もしかすると固有魔法とか言う奴なのかも。
その人しかどうしても使えないタイプの魔法がこの世には存在するらしい。
時夫も固有魔法とか超絶欲しかった。
そして、カズオの案内で辿り着いたのは、時夫が想像していたよりは普通の外観の宿だった。
ついつい日本の旅館を想像してたけど、そんな訳が無い。
少し離れたところに集落と街道があって、偶に泊まりに来る人がいるんだとか。
旅人やら行商にもシーズン的なものがあるらしく、幸運なことに今は他に客はいなく、貸切で露天風呂に入れるそうだ。ラッキー。
宿の人も、シーズンオフの思わぬ客に喜んでいた。食事は出ないらしいが、贅沢は言わない。野宿じゃなくなったのにとにかく安心した。
男女別れてそれぞれの部屋に入る。
ルミィが先に温泉に浸かりに行っているので、待ち時間を利用して、カズオのイメチェンを図る。
カズオの髪の毛をサッパリ切ってやった。変に思われない様に、宿のゴミ箱には髪の毛は残さないで『空間収納』に入れている。
……きっとこの魔法をゴミ箱代わりに使ってる人いるんだろうな。
ゴミを目一杯詰めてて使えなくなってるみたいなズボラきっと世界のどこかにいるな。
ヒゲもそって、眉も頑張って整えてやった。
時夫は自分の髪の毛を偶に切ったりしていたので、結構自信がある。
「次お風呂どうぞー」
ルミィがノックも無しに部屋に入って来た。
イヤン!お着替え中だったらどうするんだ!
「わぁ!見違えましたね!」
時夫は自信作に誇らしくなり鼻を擦る。
カズオはちゃんと身なりを整えてやると、若い頃はそこそこ男前だったんじゃ無いかと思えなくも無い顔立ちだった。
「いや、まあ……」
カズオは照れ屋だったのか、モゴモゴと口の中で何か言いながら、風呂に向かう。
「確かにすこーしだけトキオに似てるかも知れませんね」
「そうかぁ?」
そうでも無いと思うけどな。
露天風呂はそこまで広く無いが、源泉掛け流しの贅沢仕様だ。
「背中を流してやるよ」
お風呂用の椅子も含めて『空間収納』から色々お風呂の必需品を取り出す。
石鹸もあるぞ。
「いや……別に気を使わんでも……」
「良いから良いから」
本音は、長い間碌にシャワーも浴びて無さそうなカズオを温泉に付ける前にしっかり洗っておきたいと言うのが本音だ。
「『クリーンアップ』」
魔法をつかえばあっという間に綺麗さっぱり。
なので、この世界の人はあまりシャワーとか浴びなかったりする。
それはそれとして、旅の旅情もありますので、タオルでしっかりカズオの背中を擦る。
「……昔を思い出すよ。子供を風呂に入れてやってた時のことを」
俯きながらカズオが僅かな寂しさを含んだ懐かしそうな声でボソボソと呟いた。
「子供とかいたんだ。……息子?」
「いいや……娘だ」
「……そっか」
それ以上は聞かなかった。日本で生きて再会する事を既に望んでいない事を知っている。
所詮は他人である時夫には立ち入れない話だ。
そして、温泉に浸かる。
星が結構たくさん見える。こっちの世界にも星座とかあるんだろうか?
科学技術が発展していない分、夜はしっかり暗く、星は数え切れないほど輝いている。
この世界に来たての頃は感動したもんだったが、やっぱり良いなぁ。
「息子がいたらこんな感じだったかな……」
横を見るとカズオも満天の夜空を見上げながら、少しほぐれた表情で言った。
敵対してたとは思えないくらいには精神的な距離が縮まっている。
「年齢差的に祖父と孫って感じじゃ無いか?」
「かもな。……孫か。日本にはいるかも知れないのか……」
「ひ孫までいたりして……」
「俺もそんな歳かぁ……」
カズオが初めて笑顔を見せた。
ほうれい線と目の周りの皺が深くなる。
「あの娘っ子とはこれか?」
カズオが小指を立てる。きょうび恋人をそんな風に表す人いないよ。
「違うって。仕事の仲間。相棒」
「本当か?……もし、そうなら日本に帰りたく無いんじゃ無いかと……」
「……ルミィも別に俺のこと何とも思ってないよ。でも……あいつがいなかったら俺、のたれ死んでたかも」
「良い出会いに恵まれたな」
「うん」
時夫は不思議と素直な気持ちで頷いた。
「……そろそろ茹だりそうだし出るよ」
時夫がのそりとお湯から出る。
「俺はもう少しこのまま入ってる。何年振りかわからない温泉だしな」
カズオは空を眺め続けていた。
何を考えてるんだろう。日本に残した家族だろうか。カズオの家族も偶にはカズオの事を思い出しながら数十年を生きたのだろうか。
「あれ?カズオは?」
髪を纏めていつもと違う雰囲気のルミィが小首を傾げる。
「まだ入ってるって。年寄りは温泉とか好きだもんな」
「今のうちに食事の準備しちゃいましょう!」
「ああそうだな。………………なあ、ルミィ」
「何ですか?」
ぴょんと足を揃えて体ごと振り向く。
大きな瞳を少し細めて、裏表の無い笑顔を時夫に向ける。……可愛い。綺麗だ。
「俺が……」
そこで時夫は口をつぐむ。
「俺ぐゎあ?」
体ごと頭をぐにょーんと傾けて下から見上げつつ目を見開いて聞いてくる。その聞き返し方と表情なんかムカつくな。
ばちーん!
「いたぁ!」
久々のデコピンが炸裂した。
――俺が日本に帰るって言ったらどう思う?
聞きそびれた。
まあ、別に良いんだ。少しくらいは寂しがってくれるだろう。
ルミィは良いやつだから。俺は良いやつに拾われた。
ルミィは命の恩人だ。
……こっちの世界にいる間に何か恩返しできれば良いな。
11
あなたにおすすめの小説
異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編
ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜
平明神
ファンタジー
ユーゴ・タカトー。
それは、女神の「推し」になった男。
見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。
彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。
彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。
その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!
女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!
さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?
英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───
なんでもありの異世界アベンジャーズ!
女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕!
※不定期更新。最低週1回は投稿出来るように頑張ります。
※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。
俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない
宍戸亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。
クラス全員で転移したけど俺のステータスは使役スキルが異常で出会った人全員を使役してしまいました
髙橋ルイ
ファンタジー
「クラス全員で転移したけど俺のステータスは使役スキルが異常で出会った人全員を使役してしまいました」
気がつけば、クラスごと異世界に転移していた――。
しかし俺のステータスは“雑魚”と判定され、クラスメイトからは置き去りにされる。
「どうせ役立たずだろ」と笑われ、迫害され、孤独になった俺。
だが……一人きりになったとき、俺は気づく。
唯一与えられた“使役スキル”が 異常すぎる力 を秘めていることに。
出会った人間も、魔物も、精霊すら――すべて俺の配下になってしまう。
雑魚と蔑まれたはずの俺は、気づけば誰よりも強大な軍勢を率いる存在へ。
これは、クラスで孤立していた少年が「異常な使役スキル」で異世界を歩む物語。
裏切ったクラスメイトを見返すのか、それとも新たな仲間とスローライフを選ぶのか――
運命を決めるのは、すべて“使役”の先にある。
毎朝7時更新中です。⭐お気に入りで応援いただけると励みになります!
期間限定で10時と17時と21時も投稿予定
※表紙のイラストはAIによるイメージです
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
国を追放された魔導士の俺。他国の王女から軍師になってくれと頼まれたから、伝説級の女暗殺者と女騎士を仲間にして国を救います。
グミ食べたい
ファンタジー
かつて「緑の公国」で英雄と称された若き魔導士キッド。しかし、権謀術数渦巻く宮廷の陰謀により、彼はすべてを奪われ、国を追放されることとなる。それから二年――彼は山奥に身を潜め、己の才を封じて静かに生きていた。
だが、その平穏は、一人の少女の訪れによって破られる。
「キッド様、どうかそのお力で我が国を救ってください!」
現れたのは、「紺の王国」の若き王女ルルー。迫りくる滅亡の危機に抗うため、彼女は最後の希望としてキッドを頼り、軍師としての助力を求めてきたのだった。
かつて忠誠を誓った国に裏切られ、すべてを失ったキッドは、王族や貴族の争いに関わることを拒む。しかし、何度断られても諦めず、必死に懇願するルルーの純粋な信念と覚悟が、彼の凍りついた時間を再び動かしていく。
――俺にはまだ、戦う理由があるのかもしれない。
やがてキッドは決意する。軍師として戦場に舞い戻り、知略と魔法を尽くして、この小さな王女を救うことを。
だが、「紺の王国」は周囲を強大な国家に囲まれた小国。隣国「紫の王国」は侵略の機をうかがい、かつてキッドを追放した「緑の公国」は彼を取り戻そうと画策する。そして、最大の脅威は、圧倒的な軍事力を誇る「黒の帝国」。その影はすでに、紺の王国の目前に迫っていた。
絶望的な状況の中、キッドはかつて敵として刃を交えた伝説の女暗殺者、共に戦った誇り高き女騎士、そして王女ルルーの力を借りて、立ち向かう。
兵力差は歴然、それでも彼は諦めない。知力と魔法を武器に、わずかな希望を手繰り寄せていく。
これは、戦場を駆ける軍師と、彼を支える三人の女性たちが織りなす壮絶な戦記。
覇権を争う群雄割拠の世界で、仲間と共に生き抜く物語。
命を賭けた戦いの果てに、キッドが選ぶ未来とは――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる