悪女で悪魔

黒澤尚輝

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香るのはローズ。むせ返るような匂いに目を覚ました。保健室のベッドで目を覚ました私は意識を飛ばす前の記憶を思い出した。
同じ水魔法の使い手、3年の研究所所長の息子。白い髪と赤い目の蛇みたいな男。そいつに首枷のようなものをつけられ息ができなくなり意識を飛ばしたところまでは覚えていた。
しかしなぜ保健室で寝ているのか、わざわざ意識を飛ばしておいてここまで運んだのか。何が目的なのだろうか。

消毒液の匂いと花、ローズの香りがした。人の気配がすると思えば突然カーテンが開く。
そこに立っていたのは案の定所長の息子。赤いルビーのような瞳がこちらを見ていた。

「あぁ、起きた?」
「⋯⋯」
「はは、警戒してる」
「何が目的」
「グレイから面白い話を聞いてね?悪女が本当の悪って話だよ。君は知ってる?」
「なんのことか、分かりません」
「ふふ。だよね?」

男の周囲にふわりと浮かぶ水球。私のよりも数倍に魔力の質が良く澄んだ色をしている。かなり高濃度の魔力を含んだ水球は少しでも掠めたら大怪我をするだろう。生唾を飲み込む。空気が張り詰め緊張感が走った。
所長息子は髪色と同じ白の長く量も多い睫毛を少し伏せ流し目で隣のベットを見た。日焼け、肌荒れを知らない透き通り消えてしまいそうな白い肌に落ちる睫毛の影が儚さを演出している。女生徒がいたら失神する人も出てくる美しさだ。

そんな男が見つめる先、隣のカーテン越しからは人の気配などなく何を見つめているのか。本当に何を考えているのか分からない。

「隣、さっき目を覚ましてね。さっさと出て行ったよ」
「誰が⋯⋯」
「グレイだよ」
「グ、レイ?」
「⋯⋯はぁ。3年首席。第一騎士団団長息子」
「あ、あぁ」
「あの女罪を認めもせず教室を出て行ったとかなんとか言いながら出て行った。おかしいよね?寝てたことも忘れてさ、サボりは終わりとか言ってるんだよ?僕がここまで運んだのにさ」
「⋯⋯」
「僕の家のことはもちろん知ってるよね?」
「⋯⋯上級魔法研究所の、」
「うん。そう。所謂お偉いさんね?しかも研究所の。だから僕の家にはずーっと昔の本が綺麗な状態で保管されてるの」
「昔の、本」
「そう。そこにね面白い記述があって。魔物についての調査報告書っていう本」
「ま、もの、」
「そこに淫魔について書かれてたんだけど、知りたい?」
「とくには、」
「淫魔はねフェロモンを放出して異性を誘惑し性行為をして魔力補充と子孫繁栄をするんだって。フェロモンってのがかなり甘い香りがするらしくて、それを嗅いだ異性は有無を言わさず性的興奮状態になる、そう書かれてたんだ」
「そうですか、」

赤い瞳が私を突き刺す。強く脈打つ心臓が耳元で聞こえるほど緊張した状態を隠すように冷静に話す。しかしこの男は確信を持って話しているのだろう。薄ら笑いを浮かべこちらを見下している。

「さっき、見たんだよね。僕。空き教室でグレイが君に発情するところを」
「⋯⋯」
「その時香ってきたよ?甘い香り。君淫魔と契約でもしたんでしょ?」
「は?」
「魔物との契約は法律違反。確実に捕まるよ?淫魔とどう契約したの?君の家にはあるのかな?魔物との契約の書、禁忌の本が」
「契約?」
「しらばっくれるんだね」
「契約なんかしてないですから」
「じゃあさっきのグレイの状態はどう説明する?」
「勝手に発情したんでしょう?」
「はは、言うね」

ギシッ。男がベッドへ乗り上げ軋んだ音が鳴る。冷ややかな空気が流れ冷や汗が垂れた。距離を取ろうにも背後は壁ですでに行き止まり。逃げ道がない。
男の手がそっと頬に触れる。氷のように冷たい手が頬をなぞり首元へと降りる。私の首を包み込むほど大きな男の手が頸動脈をほんの少し圧迫し始める。

「っっはっ」
「ほっそい首。折れちゃいそうだね」
「はな、して」
「キャンキャン鳴いて本当に淫乱な女」
「ぐっ⋯⋯」

すっと細くなる男の目。さっきの団長息子の目と同じ、小動物を狙う獣のような目。

「ムカつくね。君。殺してやりたい」
「殺して、みればいい」

隙を見てフェロモンをかけ気持ちよくさせた後催眠をかけて逃げる、逃走経路を考えつつ男と見つめ合う。冷たく冷え切った瞳は私を本当に殺しそうなほど殺気が含まれている。恐ろしい男だ。

──逃げるが勝ちよね。

徐々にフェロモンを放出しても危険、一気に畳み掛けるためかなりの量のフェロモンを出した。
この男は頬を紅潮させ下半身を大きくさせ混乱するはず。
そう考えていた。今までの男たちはそう反応していた。それなのに、目の前の男は未だ涼しげな顔で私の首を掴んでいた。

「あっぅっなっに、これっっ」
「淫魔の能力と対峙する前に丸腰で行くわけないでしょ?対淫魔のフェロモンとして編み出された阻害魔法だよ。淫魔のフェロモンをそのまま阻害し送り返すことができるんだ」
「おく、り、かえす?」
「そう。どう?自分のフェロモンは?顔が赤くなってきたね。淫乱悪女」

体が熱くなり何もせずとも胸の尖りが硬くなり秘所がぐっしょりと濡れる。男に掴まれた首が、息の苦しさが快楽へと変換され運動後のように息が荒くなる。

首から離れた男の手が顎を掴み顔が上がる。近づいてくる美しい顔。鼻先が当たったと思えばぴたりと動きが止まる。

「コネか知らないけど成績上位を占めてたのに突然落ちこぼれて、先輩になった途端後輩に冷たく当たって傷つけようとして、さらには魔物と契約するとか、君本当に面白いね?」

息がかかる。ローズの香りが私を包みくらくらと頭が揺れる。思考が鈍り本能が顔を出す。

そのまま私の吐く息は男に飲み込まれた。
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