聖女ですが何も知らない狼獣人をだましています

植野あい

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王弟妃 ベリンダ

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「アルミナ」
「うう……もうむり……」

 ファルクが優しい声をかけ、私を揺り動かす。だけどもう本当に無理だった。眠くて仕方がない。聖女だから無限に体力回復できるけれど、強烈な快楽を繰り返すと眠くなるのだと初めて知った。

 私は目蓋をぎゅっと閉じ、ささやかな抵抗をする。だけど軽く肩を揺すられてるだけなのに、何だか振動が腰の奥に――

「はははっ、そういうので起こしてるんじゃない。朝だよ、アルミナ」
「……え?」

 目を開けると、カーテンの隙間から薄っすらと朝の気配が滲んでいた。

 そして、爽やかな笑顔のファルクがベッドに乗り上げて私を見ている。黒髪から覗く狼の耳をピンと立たせ、尻尾をブンブン振って。
 日課である朝の鍛錬を終えてから湯浴みしたらしく、石鹸のいい匂いがした。いつも滑らかな褐色の肌だけれど、特に今は一皮剥けたように肌がツヤツヤして、自信に満ちた雰囲気だった。ひいき目を抜いても、男っぷりが増したというか。

 一度も実戦を経験していなかった剣が、その実力を余すところなく発揮した結果かもしれない。

「調子は悪くないか?もう少し寝ていたい?」
「えっと……大丈夫、神聖力があるから」
「そうだよな」

 私は神聖力で回復できるから、疲れてはいない。だけど目が覚めるにつれて蘇る記憶が、じりじりと頬を熱くした。昨夜は本当に激しかった。私はあられもない乱れ方をしてしまった。最後のほうなんて――

 恥ずかしさで俯きかけると、ファルクは私の顎下に指をかけた。かわいい雰囲気を一転させ、青年らしいかっこいい顔つきで私を見つめる。

「どうした?欲しいものがあるなら言って欲しい」

 そう言いながら、軽く唇を重ねてくる。身体の芯がぼっと燃え上がるようだ。あんなにキスをしたのに、あんなに交わったのに、まだ欲しい。ファルクが欲しかった。

 私は熱情を宿すファルクの金の瞳を見つめた。彼もまた、同じ気持ちのようだ。私の頬を撫で、ゴクッと喉を鳴らす。

「…………朝食にしようか?」

 朝食、という直前まで、絶対に違うことを言いかけてたと思う。しようか?と問われたら、私は頷いていた。

「そう、ね」

 だけど朝食は素晴らしくまともな提案だし、快楽に溺れてばかりもいられなかった。1日も欠かさず太陽が昇ってくれるように、私も毎日働かなくてはならない。ファルクの名誉を取り戻すためにも。

 私が着替えて身支度を整える間に、ファルクはメイドを呼び、続き部屋に朝食を運ばせた。

 香ばしいコーヒーとクロワッサンなどの匂いが漂ってくると、空腹感が何よりも勝った。

 急ぎ支度を終わらせ、ファルクと朝食の並ぶ丸テーブルを囲んだ。窓辺に置かれたこの席は眺めもよく、開けた窓から涼しい風が吹き込んだ。

 ファルクと声を合わせて食前のお祈りをしてから、レモンと林檎のジュースでまず喉を潤した。

「はあ、おいしい」

 獣人国ヴァントデンに来てからの食事は、さすがに王族に供される食事なだけあって毎回豪華だ。比較的シンプルな料理が多い朝食でも、その食材自体がものすごく上質で私の舌はすっかり肥えてしまった。

 本来のマナー的には、緑色の鮮やかなグリーンピースのスープからいくべきだけれど、空腹の私はクロワッサンをちぎり、口に放り込んだ。芳醇なバターとほのかな甘みが本当に味わい深い。続けて二口めを咀嚼していると、ファルクの視線に気づいて動作が止まる。

「どうしたの?」

 ファルクは昨夜も今朝もたくさん動いて、私以上に空腹であるはずだ。なのに、食べ始めようともせず、ただ機嫌よさげに笑っていた。

「アルミナが元気で嬉しいよ。いっぱい食べて」
「ありがとう……?」
「俺はさ、アルミナが聖女じゃなくても絶対に好きになった。でもやっぱりその生命力には惚れ惚れする」
「そうよ、私を殺せる人はどこにもいないわ」

 昨夜はファルクのせいでちょっとだけ、死にそうだったけれど。

「ごめんな」
「えっ……?!な、なにが?」

 私は喉にクロワッサンを詰まらせかけた。私の心を読んだかのようなタイミングで謝られたからだ。ファルクは私の背中をさすり、男らしく凛々しい眉を僅かに下げた。

「昨日、アルミナの好意を軽く見てるように言ったこと。本当にごめん」

 そうだった。どうやらファルクは私を殻を破ったばかりの雛のように思っていて、たまたま出たところにファルクがいたから好きになったと思い込んでいるようなのだ。

 ファルクは私より年下なのに、私を事あるごとに子ども扱いするのだから困ったものだ。大人の威厳を見せてやろうとコホンと咳払いをする。

「……こういう格言があるわ。道は、歩いた後に作られるもの、ってね」
「つまり?」
「10年、20年と時を重ねていくうちに私の愛が真実だとわかるはずよ」

 私とファルクは、出会ってまだ半年ほどだ。私がこのままファルクの隣にずっと居られたら、疑いなんて跡形もなく消え去るはずだった。将来への一抹の不安を押し殺し、私は笑顔を作る。

「そうだな」

 ファルクも、吹っ切れたように笑う。

「その通りだ。アルミナは本当、そういうとこすごいよ。俺も、クヨクヨしてもしょうがないからな。これからは、俺にできる精一杯をがんばろうと思う」

 自分の分厚い胸に手を当てたファルクは、大切な記憶に浸るように目を閉じた。

「昨日は、アルミナが何度も俺を受け入れてくれて、すごく愛されてるって実感できた」
「う……うん。私も。改めて、ファルクってすごく真っすぐな人だと思った。好きになったのがファルクでよかった」

 手を膝の上に戻し、私の気持ちが伝わるように言葉を探す。きちんとひとりの人と向き合って、誰かを愛そうとしたのはファルクが初めてだから、まだ上手く表現できない。

 詩的な言葉が出てこないまま、つくづくベリンダがファルクを愛さなくてよかった、なんて思ってしまう。

 閉じていた目蓋をぱちりと開けたファルクが、美しい金の瞳で私を射抜いた。

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