聖女ですが何も知らない狼獣人をだましています

植野あい

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王弟妃 ベリンダ

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「俺は、アルミナのためなら何でもできるし、差し出せるものなら何でもあげたいと思う。もし必要なら俺の心臓だって今すぐ取り出せる」
「そんなのいらないわ」
「ああ」

 ファルクは微笑み、私の手を取ってテーブルの上に移動させた。包むような彼の温もりが浸透して、空腹感が消えそうになる。

「俺は、アルミナが聖女だから好きになったわけじゃないんだ。これだけは、忘れないで欲しい」
「当たり前じゃない、わかってる」
「アルミナは俺のつがいだ。人間には重いかもしれないけど」
「ううん、すごく嬉しいの。これでもう私たち、離婚できないのよね?」
「当たり前だろ、寂しくて俺が死んじゃうからな」

 ファルクは少しだけ、クシャッとした笑顔を見せる。今だけは難しい立場にある王弟でもなく、18歳の青年らしいくだけた表情だった。

 ただ私とともにある未来を願って、金色の瞳を輝かせるものだから、私もその奥深くに遠い夢を見た。こんな日々を重ねて、全部懐かしい笑い話にできる日を迎える夢だ。

 そうか。

 私は聖女に選ばれて、よかったんだ。胸の奥まで日が射したかのように温かくなって、私は手のひらを見た。神聖力がまた強くなった。

「アルミナ?」
「あのね、今、ファルクが私を救ってくれた。私、初めて聖女になれてよかったって心から思えたの」

 5歳で女神様の声を聞いて以来、私は聖女だった。あのときは大いなる祝福で、光栄で、単純に嬉しかったけれど、いつしか聖女であることは呪いにも似た重い責務に変わっていた。

 だって、私の後には一切の聖女が現れないのだ。

 なぜ私が最後の聖女になってしまったのか、わからないことが怖くてたまらなかった。私ひとりの責任であるはずがないと自分に言い聞かせ、アストエダム国全体が悪いのだと思うようにしてきた。

 でも多分、意味があったんだ。

 私が為すべきことがあるのだろう。



 朝食を終えてから、シュナイダー卿と改めて面談をする約束になっていた。城塞に3つある応接室の中でも、特に防音の部屋を指定した。

「お待たせしました」

 先に部屋に入っていたシュナイダー卿に型どおりの声をかけると、彼は不愉快そうに顔をしかめる。

 時間通りなのにどうしたのかな、と金糸の刺繍が華やかなジャケットを着用し、王族モードになったファルクと顔を見合わせる。すると彼は皮肉げに口の片端を吊り上げた。

「素晴らしい出迎えだな、シュナイダー卿。アストエダム国の聖騎士は全く上品だ」

 ファルクは冷ややかな皮肉を発した。相変わらずシュナイダー卿が嫌いなのを隠そうともしなくて困る。

「ああ、申し訳ございません、殿下。あまりにも幸せそうなお二人の姿に、羨望と嫉妬の感情を抱いてしまいました」
「まあまあ、堅苦しいのはやめましょう?!」

 ファルクとシュナイダー卿をある程度知っている私は、全く打ち解けない彼らを宥めようとする。けれど、シュナイダー卿の水色の瞳は極寒の冷たさだった。

「アルミナ様。あなたはベリンダの身体に入っていても、まだ聖女です。どうか節度を守ってください」
「……わ、わかっています」

 どうやってか、私とファルクが熱い夜を過ごしたと見抜いているようだった。なぜかわからない。ファルクに付けられた首筋の赤い痕や噛み跡だって治癒したのに。

 まあ、女神様は豊穣と繁栄を司るので、聖女であっても性交は禁じられていない。単に聖女の旅の最中に妊娠しては大変だから、原則として禁じているだけなのだ。

「フン、アルミナ任せのひ弱な聖騎士がうるさいことだ」
「ファルクは落ち着いて!話が進まないじゃない」

 力を入れずにポコ、とファルクの肩を殴り、まずは長椅子に腰掛けさせる。シュナイダー卿も向かいに着席してから私は口火を切った。

「単刀直入に言います。シュナイダー卿は支援してくださいますか?」
「何をですか?」
「私は、ファルクをヴァントデンの王の座に就けようとしています」

 シュナイダー卿は酷薄そうな水色の瞳で天井を仰ぎ見て、また戻る。

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