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王弟妃 ベリンダ
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「王弟殿下もアルミナ様の力に頼っているではありませんか」
「違う!」
シュナイダー卿の挑発するような発言にファルクは前のめりになった。そんなファルクの前に私は腕を伸ばして制し、発言を続ける。
「ファルクの言う通りに、違います。全て私がやりたくてやっていることですから。一から話すと少し長くなりますが……」
私から話してもいいだろうかとチラリとファルクの瞳を覗けば、暗黙の了解があった。
私は、彼の抱える悲しい過去について説明を始めた。
始まりは、前国王が急死したことだ。
その後、王の子息の中で一番の強者が王となるヴァントデンの掟に従って、王位継承戦が行われた。
王位継承戦に参加したのは当時15の歳ファルクと16歳の姉君パウリーネ、既に成人した兄ディートヘルムの3人だった。狼の獣人は男女による筋力の差が人間ほどないらしく、女性が戦うのは普通のことだという。
しかし、まだ成長途中であることは勝敗に大きく響いた。
結局、現国王ディートヘルムの圧勝に終わった。時機に恵まれることも実力のうちだと二人は潔く負けを認めた。そこまでは何の問題もなかった。
しかしファルクは闘いの後、ひどく消耗した状態で何者かに襲われたのだという。命からがらでその場をやり過ごし、悪い予感がしたファルクは姉君の様子を見に行った。
この機会に王子を襲って利益を得る人物、また実行が可能な人物は、ディートヘルム以外思い浮かばなかったからだ。彼はかねてより王の座を熱望していた。
実はヴァントデン国王の座は、終身制ではない。強者が王となる国なのだ。継承権のある者は後から再戦を申し込み、勝てば王の座を奪い取れる。パウリーネやファルクは、未完の大器と期待されていた。
最悪の予想は当たってしまい、ファルクは事切れた姉君の姿を見たという。
「私は、今のヴァントデン国王をとても許せません。だって、権力欲しさに血を分けた弟妹を襲わせたのです。もしかすると、ファルクは今、生きていなかったかもしれません」
あのとき、ベリンダの家にファルクがいなかったら私は今頃『ベリンダ』として教会に捕まっていただろう。そんな窮屈はどうでもいい。だけど、この温かい日だまりのような人がいない人生を送ることが恐ろしかった。
そして、ファルクの姉君はもう取り戻せない。どれだけ神聖力があっても、亡くなった人は決して生き返らないのだ。私はファルクを大切に想うほど、ディートヘルムへの憎しみが湧いてしまう。
「今のファルクなら、間違いなく王を決める闘いに勝てます。そうしてディートヘルムの権力を奪いたいのです」
シュナイダー卿は小さく嘆息した。
「心より同情いたします。しかしながら、それはヴァントデン国の内政です。ベリンダやアストエダム国の窮状とどう関係があるのでしょう?」
「私が生きる道は、その先にあると信じているからです。また少し話は変わりますが……女神様は、私たちに救いの手を差し伸べて下さいますが、決して細かな命令はしません。そうですよね?」
「ええ」
女神様の話となると、私とシュナイダー卿の間に一定の親密な雰囲気が生まれた。私は身体が入れ替わっていても聖女だし、彼は聖騎士。女神様を心より崇拝していることに変わりないからだ。
「女神様は、短い人生を生き、足りないものだらけの私たちに、慈悲深くも考える自由を与えて下さっています。そうでなければ、私たちが生きる意味などないからです」
「仰るとおりです」
遠い遠い昔、女神様は迷える人々に数多く話しかけ、正しき方向に導いていたという。その頃は秩序ある素晴らしい世界だった。しかしそのようなことが繰り返されるにつれ、人々は考えなくなってしまった。
自分より遥かに優れた存在である女神様を敬い、畏れるのなら当然だろう。
女神様は、人が自分で考えないのなら生命がない土くれと同じだと悲嘆し、ついに聖女を齎す以外の接触をやめてしまった。
「きっと今もそうなのだと思います。アストエダム国は思考停止で聖女に国の防衛を任せ、聖女もまた、周囲に言われるがまま、何も考えずに務めを果たしてきました。だからこそ、女神様は悲しんでしまわれたのでしょう。もうこの入れ替わりが、女神様のお導きだなんて言いません。私は、自分の意志を持って生きようと思います。そして私は、ファルクを王にしたいのです」
こんな主張をしては単なる我儘と取られるかも、と途中で心配になって声が掠れた。けれどシュナイダー卿は眉を下げて頷き、微笑んだ。
「わかりました。それがアルミナ様の望みなのでしたら、私は全面的に王弟殿下を支援するために動きます」
あまりに気持ちいいほどの快諾を受け、むしろ慌ててしまう。
「い、いいんですか?まだ話は全部終わってないのですが」
ファルクを王になったのなら、大胆なアストエダム国への支援もできる。たとえば聖女の旅に狼の獣人を同行させ、獣化した背中に聖女を乗せて移動するという案。これなら、移動が何倍も速くなるから――
しかし、シュナイダー卿は軽く首を振って、説明をしようとする私を止めた。
「申し上げたでしょう?私はそもそも、アルミナ様を敬愛しています。自由になって欲しいと、ずっと願っていたのです」
「フン……」
面白くなさそうに鼻を鳴らしたのは、ファルクだった。シュナイダーは意地悪そうに水色の瞳を細める。
「アルミナ様のためなら、伴侶を支援することもやぶさかではありません。そしてシュナイダー家はヴァントデンの貴族家に対して、有力な伝手を持っています」
そう、アストエダム国とヴァントデン国は、隣り合う友好国だ。経済的にかなり結びついているので、必然的に貴族同士も国を越えての親交がある。
大貴族であるシュナイダー卿が動いてくれるのなら、かなりの票が集められるということだ。
ファルクが再戦を申し込むにしても、現代では元老院――つまり貴族たちの許可が必要なのだ。
それから、私たちはもう少し詳しく話を詰めた。
「違う!」
シュナイダー卿の挑発するような発言にファルクは前のめりになった。そんなファルクの前に私は腕を伸ばして制し、発言を続ける。
「ファルクの言う通りに、違います。全て私がやりたくてやっていることですから。一から話すと少し長くなりますが……」
私から話してもいいだろうかとチラリとファルクの瞳を覗けば、暗黙の了解があった。
私は、彼の抱える悲しい過去について説明を始めた。
始まりは、前国王が急死したことだ。
その後、王の子息の中で一番の強者が王となるヴァントデンの掟に従って、王位継承戦が行われた。
王位継承戦に参加したのは当時15の歳ファルクと16歳の姉君パウリーネ、既に成人した兄ディートヘルムの3人だった。狼の獣人は男女による筋力の差が人間ほどないらしく、女性が戦うのは普通のことだという。
しかし、まだ成長途中であることは勝敗に大きく響いた。
結局、現国王ディートヘルムの圧勝に終わった。時機に恵まれることも実力のうちだと二人は潔く負けを認めた。そこまでは何の問題もなかった。
しかしファルクは闘いの後、ひどく消耗した状態で何者かに襲われたのだという。命からがらでその場をやり過ごし、悪い予感がしたファルクは姉君の様子を見に行った。
この機会に王子を襲って利益を得る人物、また実行が可能な人物は、ディートヘルム以外思い浮かばなかったからだ。彼はかねてより王の座を熱望していた。
実はヴァントデン国王の座は、終身制ではない。強者が王となる国なのだ。継承権のある者は後から再戦を申し込み、勝てば王の座を奪い取れる。パウリーネやファルクは、未完の大器と期待されていた。
最悪の予想は当たってしまい、ファルクは事切れた姉君の姿を見たという。
「私は、今のヴァントデン国王をとても許せません。だって、権力欲しさに血を分けた弟妹を襲わせたのです。もしかすると、ファルクは今、生きていなかったかもしれません」
あのとき、ベリンダの家にファルクがいなかったら私は今頃『ベリンダ』として教会に捕まっていただろう。そんな窮屈はどうでもいい。だけど、この温かい日だまりのような人がいない人生を送ることが恐ろしかった。
そして、ファルクの姉君はもう取り戻せない。どれだけ神聖力があっても、亡くなった人は決して生き返らないのだ。私はファルクを大切に想うほど、ディートヘルムへの憎しみが湧いてしまう。
「今のファルクなら、間違いなく王を決める闘いに勝てます。そうしてディートヘルムの権力を奪いたいのです」
シュナイダー卿は小さく嘆息した。
「心より同情いたします。しかしながら、それはヴァントデン国の内政です。ベリンダやアストエダム国の窮状とどう関係があるのでしょう?」
「私が生きる道は、その先にあると信じているからです。また少し話は変わりますが……女神様は、私たちに救いの手を差し伸べて下さいますが、決して細かな命令はしません。そうですよね?」
「ええ」
女神様の話となると、私とシュナイダー卿の間に一定の親密な雰囲気が生まれた。私は身体が入れ替わっていても聖女だし、彼は聖騎士。女神様を心より崇拝していることに変わりないからだ。
「女神様は、短い人生を生き、足りないものだらけの私たちに、慈悲深くも考える自由を与えて下さっています。そうでなければ、私たちが生きる意味などないからです」
「仰るとおりです」
遠い遠い昔、女神様は迷える人々に数多く話しかけ、正しき方向に導いていたという。その頃は秩序ある素晴らしい世界だった。しかしそのようなことが繰り返されるにつれ、人々は考えなくなってしまった。
自分より遥かに優れた存在である女神様を敬い、畏れるのなら当然だろう。
女神様は、人が自分で考えないのなら生命がない土くれと同じだと悲嘆し、ついに聖女を齎す以外の接触をやめてしまった。
「きっと今もそうなのだと思います。アストエダム国は思考停止で聖女に国の防衛を任せ、聖女もまた、周囲に言われるがまま、何も考えずに務めを果たしてきました。だからこそ、女神様は悲しんでしまわれたのでしょう。もうこの入れ替わりが、女神様のお導きだなんて言いません。私は、自分の意志を持って生きようと思います。そして私は、ファルクを王にしたいのです」
こんな主張をしては単なる我儘と取られるかも、と途中で心配になって声が掠れた。けれどシュナイダー卿は眉を下げて頷き、微笑んだ。
「わかりました。それがアルミナ様の望みなのでしたら、私は全面的に王弟殿下を支援するために動きます」
あまりに気持ちいいほどの快諾を受け、むしろ慌ててしまう。
「い、いいんですか?まだ話は全部終わってないのですが」
ファルクを王になったのなら、大胆なアストエダム国への支援もできる。たとえば聖女の旅に狼の獣人を同行させ、獣化した背中に聖女を乗せて移動するという案。これなら、移動が何倍も速くなるから――
しかし、シュナイダー卿は軽く首を振って、説明をしようとする私を止めた。
「申し上げたでしょう?私はそもそも、アルミナ様を敬愛しています。自由になって欲しいと、ずっと願っていたのです」
「フン……」
面白くなさそうに鼻を鳴らしたのは、ファルクだった。シュナイダーは意地悪そうに水色の瞳を細める。
「アルミナ様のためなら、伴侶を支援することもやぶさかではありません。そしてシュナイダー家はヴァントデンの貴族家に対して、有力な伝手を持っています」
そう、アストエダム国とヴァントデン国は、隣り合う友好国だ。経済的にかなり結びついているので、必然的に貴族同士も国を越えての親交がある。
大貴族であるシュナイダー卿が動いてくれるのなら、かなりの票が集められるということだ。
ファルクが再戦を申し込むにしても、現代では元老院――つまり貴族たちの許可が必要なのだ。
それから、私たちはもう少し詳しく話を詰めた。
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