聖女ですが何も知らない狼獣人をだましています

植野あい

文字の大きさ
63 / 72
王弟妃 ベリンダ

63

しおりを挟む
「王弟殿下もアルミナ様の力に頼っているではありませんか」
「違う!」

 シュナイダー卿の挑発するような発言にファルクは前のめりになった。そんなファルクの前に私は腕を伸ばして制し、発言を続ける。

「ファルクの言う通りに、違います。全て私がやりたくてやっていることですから。一から話すと少し長くなりますが……」

 私から話してもいいだろうかとチラリとファルクの瞳を覗けば、暗黙の了解があった。
 私は、彼の抱える悲しい過去について説明を始めた。

 始まりは、前国王が急死したことだ。
 その後、王の子息の中で一番の強者が王となるヴァントデンの掟に従って、王位継承戦が行われた。

 王位継承戦に参加したのは当時15の歳ファルクと16歳の姉君パウリーネ、既に成人した兄ディートヘルムの3人だった。狼の獣人は男女による筋力の差が人間ほどないらしく、女性が戦うのは普通のことだという。
 しかし、まだ成長途中であることは勝敗に大きく響いた。

 結局、現国王ディートヘルムの圧勝に終わった。時機に恵まれることも実力のうちだと二人は潔く負けを認めた。そこまでは何の問題もなかった。

しかしファルクは闘いの後、ひどく消耗した状態で何者かに襲われたのだという。命からがらでその場をやり過ごし、悪い予感がしたファルクは姉君の様子を見に行った。

 この機会に王子を襲って利益を得る人物、また実行が可能な人物は、ディートヘルム以外思い浮かばなかったからだ。彼はかねてより王の座を熱望していた。

 実はヴァントデン国王の座は、終身制ではない。強者が王となる国なのだ。継承権のある者は後から再戦を申し込み、勝てば王の座を奪い取れる。パウリーネやファルクは、未完の大器と期待されていた。

 最悪の予想は当たってしまい、ファルクは事切れた姉君の姿を見たという。

「私は、今のヴァントデン国王をとても許せません。だって、権力欲しさに血を分けた弟妹を襲わせたのです。もしかすると、ファルクは今、生きていなかったかもしれません」

 あのとき、ベリンダの家にファルクがいなかったら私は今頃『ベリンダ』として教会に捕まっていただろう。そんな窮屈はどうでもいい。だけど、この温かい日だまりのような人がいない人生を送ることが恐ろしかった。

 そして、ファルクの姉君はもう取り戻せない。どれだけ神聖力があっても、亡くなった人は決して生き返らないのだ。私はファルクを大切に想うほど、ディートヘルムへの憎しみが湧いてしまう。

「今のファルクなら、間違いなく王を決める闘いに勝てます。そうしてディートヘルムの権力を奪いたいのです」

 シュナイダー卿は小さく嘆息した。

「心より同情いたします。しかしながら、それはヴァントデン国の内政です。ベリンダやアストエダム国の窮状とどう関係があるのでしょう?」

「私が生きる道は、その先にあると信じているからです。また少し話は変わりますが……女神様は、私たちに救いの手を差し伸べて下さいますが、決して細かな命令はしません。そうですよね?」
「ええ」

 女神様の話となると、私とシュナイダー卿の間に一定の親密な雰囲気が生まれた。私は身体が入れ替わっていても聖女だし、彼は聖騎士。女神様を心より崇拝していることに変わりないからだ。

「女神様は、短い人生を生き、足りないものだらけの私たちに、慈悲深くも考える自由を与えて下さっています。そうでなければ、私たちが生きる意味などないからです」
「仰るとおりです」

 遠い遠い昔、女神様は迷える人々に数多く話しかけ、正しき方向に導いていたという。その頃は秩序ある素晴らしい世界だった。しかしそのようなことが繰り返されるにつれ、人々は考えなくなってしまった。

 自分より遥かに優れた存在である女神様を敬い、畏れるのなら当然だろう。

 女神様は、人が自分で考えないのなら生命がない土くれと同じだと悲嘆し、ついに聖女を齎す以外の接触をやめてしまった。

「きっと今もそうなのだと思います。アストエダム国は思考停止で聖女に国の防衛を任せ、聖女もまた、周囲に言われるがまま、何も考えずに務めを果たしてきました。だからこそ、女神様は悲しんでしまわれたのでしょう。もうこの入れ替わりが、女神様のお導きだなんて言いません。私は、自分の意志を持って生きようと思います。そして私は、ファルクを王にしたいのです」

 こんな主張をしては単なる我儘と取られるかも、と途中で心配になって声が掠れた。けれどシュナイダー卿は眉を下げて頷き、微笑んだ。

「わかりました。それがアルミナ様の望みなのでしたら、私は全面的に王弟殿下を支援するために動きます」

 あまりに気持ちいいほどの快諾を受け、むしろ慌ててしまう。

「い、いいんですか?まだ話は全部終わってないのですが」

 ファルクを王になったのなら、大胆なアストエダム国への支援もできる。たとえば聖女の旅に狼の獣人を同行させ、獣化した背中に聖女を乗せて移動するという案。これなら、移動が何倍も速くなるから――

 しかし、シュナイダー卿は軽く首を振って、説明をしようとする私を止めた。

「申し上げたでしょう?私はそもそも、アルミナ様を敬愛しています。自由になって欲しいと、ずっと願っていたのです」
「フン……」

 面白くなさそうに鼻を鳴らしたのは、ファルクだった。シュナイダーは意地悪そうに水色の瞳を細める。

「アルミナ様のためなら、伴侶を支援することもやぶさかではありません。そしてシュナイダー家はヴァントデンの貴族家に対して、有力な伝手を持っています」

 そう、アストエダム国とヴァントデン国は、隣り合う友好国だ。経済的にかなり結びついているので、必然的に貴族同士も国を越えての親交がある。

 大貴族であるシュナイダー卿が動いてくれるのなら、かなりの票が集められるということだ。

 ファルクが再戦を申し込むにしても、現代では元老院――つまり貴族たちの許可が必要なのだ。


 それから、私たちはもう少し詳しく話を詰めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

永遠の十七歳なんて、呪いに決まってる

鷹 綾
恋愛
永遠の十七歳―― それは祝福ではなく、三百年続く“呪い”だった。 公には「名門イソファガス家の孫娘」として知られる少女キクコ。 だがその正体は、歴史の裏側で幾度も国を救ってきた不老の元聖女であり、 王家すら真実を知らぬ“生きた時代遺産”。 政治も権力も、面倒ごとは大嫌い。 紅茶と読書に囲まれた静かな余生(?)を望んでいたキクコだったが―― 魔王討伐後、王位継承問題に巻き込まれたことをきっかけに、 まさかの王位継承権十七位という事実が発覚する。 「……私が女王? 冗談じゃないわ」 回避策として動いたはずが、 誕生した新国王アルフェリットから、なぜか突然の求婚。 しかも彼は、 幼少期に命を救われた“恩人”がキクコであることを覚えていた―― 年を取らぬ姿のままで。 永遠に老いない少女と、 彼女の真実を問わず選んだ自分ファーストな若き王。 王妃になどなる気はない。 けれど、逃げ続けることももうできない。 これは、 歴史の影に生きてきた少女が、 はじめて「誰かの隣」を選ぶかもしれない物語。 ざまぁも陰謀も押し付けない。 それでも―― この国で一番、誰よりも“強い”のは彼女だった。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

処理中です...