聖女ですが何も知らない狼獣人をだましています

植野あい

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王弟 ファルク

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 アルミナや俺と作戦会議を終えたエミル・シュナイダー卿が、アストエダム国に帰って3ヶ月が過ぎた。

 彼は非常にいけ好かない男ではあったが、優秀だった。生家であるシュナイダー侯爵家の伝手によって、ヴァントデン国の侯爵家のうち2つが俺の支援者になったのだ。
 アルミナを心から敬愛していると熱烈に語っただけある働きぶりだった。

 彼が味方についてくれたなら、心強い存在であることは間違いないだろう。

 ただ、同じ男としては――敵愾心を持たずにはいられなかった。アルミナを幼少期から知っていることがまず気に入らない。しかも、今はベル姉といい仲になっていることもだ。考え出すと、どうにも割り切れなかった。

 警戒心の強いベル姉が、本当にあの頭の固そうな、真面目一辺倒の男に心を開いたのだろうか?

 疑問は尽きなかったが、ベル姉と連絡は取れなかった。シュナイダー卿に短い手紙を託し、何かあれば彼を通して送ってくれるよう伝言も頼んだが、便りは一切なかった。


 季節が変わり、夏が終わる頃。城砦にやって来たのはユルゲン叔父上だった。先触れがあったので、俺とアルミナは城門の下で出迎えた。

「ファルク!アルミナ!久しぶりだな!」

 ユルゲン叔父上は、長く伸ばした銀髪を後ろで結わえ、満面の笑みを浮かべて両腕を広げる。すっかり仲良くなったアルミナは、その腕に吸われるように駆け寄った。

「叔父様!」
「おお、よしよし。アルミナはかわいいなあ」

 叔父上はアルミナの艶やかな赤毛の頭をポンポンと撫で回す。そこに狼の耳が生えていないので、新鮮なのだろう。

「ユルゲン叔父様にお会いできて嬉しいです」

 アルミナは父の顔を全く知らないらしく、ちょうど父親ほどの年齢である叔父上に夢中だった。まるで仔犬のように甘えているし、叔父上も自分の娘がいるので、かわいがり方は手慣れたものだ。

 更に言うと、ユルゲン叔父上はつがいである奥方一筋だ。だから間違いは絶対にないとわかっていても――あまりに熱い抱擁が続くので少しだけ妬けてしまう。アルミナの豊満な胸と叔父上の分厚い胸板がぶつかっているじゃないか。
 俺の視線に気づいた叔父上は、ニヤリと口の片端を上げた。

「ファルクも撫でて欲しいか?」
「俺はいいよ」
「ふむ、昔のファルクは私に会うたびに抱っこをせがんで来たというのに」
「いつの話だよ。それより……」

 わざわざ辺境にあるこの城砦にやって来たのだ。重大な報せがあるはずだった。いい報せであって欲しい、と俺の尻尾は神経質に揺れる。

「ここで言っていのか?」
「叔父上、焦らさないでくれ」

 頼んだのに、叔父上は金色の瞳を細めてわざとらしい咳払いをする。

「ごほん、うむ」
「頼むから」
「説得は済んだ。再戦願いを次の元老院会議に出す。過半数が取れる見込みだ」

 ついに、と俺の心臓が強く脈打った。アルミナも小さな歓声をあげる。

「ありがとうございます!ユルゲン叔父様」
「本当にありがとう。叔父上にはすごく世話になってしまって、俺、何て言ったらいいか」
「なに、私のためでもある」

 叔父上が鷹揚に手招きをするので俺は、アルミナと一緒くたになって、彼の太く逞しい腕に抱かれた。

「王位を争い、血族同士で殺し合っていたのなら今、ここに私はいない。知っているだろう、私とゲオルクが王位を争って幾度も戦ったことを……」
「知ってるよ」

 ユルゲン叔父上から父上の名を聞くと、俺の胸の奥が懐かしさに震える。いくつになっても仲の良い兄弟で、強さを競い、互いに高めあえる、まさに狼の獣人の理想の姿だった。

 しかし、俺と兄ディートヘルムは違った。パウリーネ姉上ももういない。尻尾を巻いて国から逃げたあの日の屈辱と絶望感は、少しも色褪せていなかった。

 込み上げてくる感情に奥歯を噛みしめると、ユルゲン叔父上は首を振った。

「お前に任せて悪いな、ファルク。私はもう年を取ってしまった。待つしかなかったんだ」
「それも知ってる」
「何だと?!」

 冗談めかしてユルゲン叔父上が俺を小突く。笑ってもいい場面と察したアルミナがクスクスと笑ってくれた。だが、彼女の助力がなければ臆病者の烙印を押された俺の評判は元に戻ることはなかっただろう。

 男女の腕力差があまりない獣人の国ヴァントデンでは、伴侶の力も重視されるのだ。アルミナは肉体的な強さこそないが、聖女であるだけあって、その神聖力は桁違いだ。

 アルミナの力を借りて、姉上の仇を討つということ。

 もう俺は自分を卑下するつもりもなかった。やるべきことをやるだけだ。



 ◆◆◆


「寛大な心で臆病者であるお前を見逃してやったのに、ブルクハルトよ。私に牙を剥くか」

 円形闘技場に立つディートヘルムは、憎憎しげに俺の本名を呼ぶ。まだ王の威厳を保ちたいようだ。

 元老院で再戦願いが承認されると、戦いはすぐだった。その3日後だ。

 啓示がされ、国中が祭りのように盛り上がった。ぎゅうぎゅうに詰めかけた観衆は俺たちを取り囲み、興奮しながら、戦いの始まりを固唾を呑んで見守っている。まるで見せ物のようだが、これがヴァントデンの伝統だ。

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