64 / 72
王弟 ファルク
64
しおりを挟むアルミナや俺と作戦会議を終えたエミル・シュナイダー卿が、アストエダム国に帰って3ヶ月が過ぎた。
彼は非常にいけ好かない男ではあったが、優秀だった。生家であるシュナイダー侯爵家の伝手によって、ヴァントデン国の侯爵家のうち2つが俺の支援者になったのだ。
アルミナを心から敬愛していると熱烈に語っただけある働きぶりだった。
彼が味方についてくれたなら、心強い存在であることは間違いないだろう。
ただ、同じ男としては――敵愾心を持たずにはいられなかった。アルミナを幼少期から知っていることがまず気に入らない。しかも、今はベル姉といい仲になっていることもだ。考え出すと、どうにも割り切れなかった。
警戒心の強いベル姉が、本当にあの頭の固そうな、真面目一辺倒の男に心を開いたのだろうか?
疑問は尽きなかったが、ベル姉と連絡は取れなかった。シュナイダー卿に短い手紙を託し、何かあれば彼を通して送ってくれるよう伝言も頼んだが、便りは一切なかった。
季節が変わり、夏が終わる頃。城砦にやって来たのはユルゲン叔父上だった。先触れがあったので、俺とアルミナは城門の下で出迎えた。
「ファルク!アルミナ!久しぶりだな!」
ユルゲン叔父上は、長く伸ばした銀髪を後ろで結わえ、満面の笑みを浮かべて両腕を広げる。すっかり仲良くなったアルミナは、その腕に吸われるように駆け寄った。
「叔父様!」
「おお、よしよし。アルミナはかわいいなあ」
叔父上はアルミナの艶やかな赤毛の頭をポンポンと撫で回す。そこに狼の耳が生えていないので、新鮮なのだろう。
「ユルゲン叔父様にお会いできて嬉しいです」
アルミナは父の顔を全く知らないらしく、ちょうど父親ほどの年齢である叔父上に夢中だった。まるで仔犬のように甘えているし、叔父上も自分の娘がいるので、かわいがり方は手慣れたものだ。
更に言うと、ユルゲン叔父上は番である奥方一筋だ。だから間違いは絶対にないとわかっていても――あまりに熱い抱擁が続くので少しだけ妬けてしまう。アルミナの豊満な胸と叔父上の分厚い胸板がぶつかっているじゃないか。
俺の視線に気づいた叔父上は、ニヤリと口の片端を上げた。
「ファルクも撫でて欲しいか?」
「俺はいいよ」
「ふむ、昔のファルクは私に会うたびに抱っこをせがんで来たというのに」
「いつの話だよ。それより……」
わざわざ辺境にあるこの城砦にやって来たのだ。重大な報せがあるはずだった。いい報せであって欲しい、と俺の尻尾は神経質に揺れる。
「ここで言っていのか?」
「叔父上、焦らさないでくれ」
頼んだのに、叔父上は金色の瞳を細めてわざとらしい咳払いをする。
「ごほん、うむ」
「頼むから」
「説得は済んだ。再戦願いを次の元老院会議に出す。過半数が取れる見込みだ」
ついに、と俺の心臓が強く脈打った。アルミナも小さな歓声をあげる。
「ありがとうございます!ユルゲン叔父様」
「本当にありがとう。叔父上にはすごく世話になってしまって、俺、何て言ったらいいか」
「なに、私のためでもある」
叔父上が鷹揚に手招きをするので俺は、アルミナと一緒くたになって、彼の太く逞しい腕に抱かれた。
「王位を争い、血族同士で殺し合っていたのなら今、ここに私はいない。知っているだろう、私とゲオルクが王位を争って幾度も戦ったことを……」
「知ってるよ」
ユルゲン叔父上から父上の名を聞くと、俺の胸の奥が懐かしさに震える。いくつになっても仲の良い兄弟で、強さを競い、互いに高めあえる、まさに狼の獣人の理想の姿だった。
しかし、俺と兄ディートヘルムは違った。パウリーネ姉上ももういない。尻尾を巻いて国から逃げたあの日の屈辱と絶望感は、少しも色褪せていなかった。
込み上げてくる感情に奥歯を噛みしめると、ユルゲン叔父上は首を振った。
「お前に任せて悪いな、ファルク。私はもう年を取ってしまった。待つしかなかったんだ」
「それも知ってる」
「何だと?!」
冗談めかしてユルゲン叔父上が俺を小突く。笑ってもいい場面と察したアルミナがクスクスと笑ってくれた。だが、彼女の助力がなければ臆病者の烙印を押された俺の評判は元に戻ることはなかっただろう。
男女の腕力差があまりない獣人の国ヴァントデンでは、伴侶の力も重視されるのだ。アルミナは肉体的な強さこそないが、聖女であるだけあって、その神聖力は桁違いだ。
アルミナの力を借りて、姉上の仇を討つということ。
もう俺は自分を卑下するつもりもなかった。やるべきことをやるだけだ。
◆◆◆
「寛大な心で臆病者であるお前を見逃してやったのに、ブルクハルトよ。私に牙を剥くか」
円形闘技場に立つディートヘルムは、憎憎しげに俺の本名を呼ぶ。まだ王の威厳を保ちたいようだ。
元老院で再戦願いが承認されると、戦いはすぐだった。その3日後だ。
啓示がされ、国中が祭りのように盛り上がった。ぎゅうぎゅうに詰めかけた観衆は俺たちを取り囲み、興奮しながら、戦いの始まりを固唾を呑んで見守っている。まるで見せ物のようだが、これがヴァントデンの伝統だ。
1
あなたにおすすめの小説
壊れていく音を聞きながら
夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。
妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪
何気ない日常のひと幕が、
思いもよらない“ひび”を生んでいく。
母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。
誰も気づきがないまま、
家族のかたちが静かに崩れていく――。
壊れていく音を聞きながら、
それでも誰かを思うことはできるのか。
永遠の十七歳なんて、呪いに決まってる
鷹 綾
恋愛
永遠の十七歳――
それは祝福ではなく、三百年続く“呪い”だった。
公には「名門イソファガス家の孫娘」として知られる少女キクコ。
だがその正体は、歴史の裏側で幾度も国を救ってきた不老の元聖女であり、
王家すら真実を知らぬ“生きた時代遺産”。
政治も権力も、面倒ごとは大嫌い。
紅茶と読書に囲まれた静かな余生(?)を望んでいたキクコだったが――
魔王討伐後、王位継承問題に巻き込まれたことをきっかけに、
まさかの王位継承権十七位という事実が発覚する。
「……私が女王? 冗談じゃないわ」
回避策として動いたはずが、
誕生した新国王アルフェリットから、なぜか突然の求婚。
しかも彼は、
幼少期に命を救われた“恩人”がキクコであることを覚えていた――
年を取らぬ姿のままで。
永遠に老いない少女と、
彼女の真実を問わず選んだ自分ファーストな若き王。
王妃になどなる気はない。
けれど、逃げ続けることももうできない。
これは、
歴史の影に生きてきた少女が、
はじめて「誰かの隣」を選ぶかもしれない物語。
ざまぁも陰謀も押し付けない。
それでも――
この国で一番、誰よりも“強い”のは彼女だった。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる