聖女ですが何も知らない狼獣人をだましています

植野あい

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聖女 アルミナ

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「……ベリンダ、起きて」
「あっ……戻る方法わかった?!」

 うたた寝をしていたベリンダがハッと起きて、期待に満ちた無垢な眼差しを送ってくる。中身が私の状態ではこうはならなそうな、澄み切った青い瞳だった。

「残念なお知らせなのだけれど、しばらくは戻れないわ」

 私は震えを悟られまいと、両手を背中の後ろに持っていく。

「そうなんだ?」
「私たちが入れ替わったのは多分、魂の双子だったからなの。肉体の双子があるように、魂にも双子があるのよ。証明が難しいところだけど」
「あーね。私とアルミナが魂の双子なんて、あんまり信じられないけど」
「似ているところと、似ていないところがあるのは肉体の双子と同じよ。だけど波長は似ている。だから、ぶつかって驚いた拍子に抜け出た魂が、戻る先を間違えたのね。普通だったら起こり得ないけれど、守護星の位置が関係してた。ほら見て、このホロスコープから計算して、太陽と月がこの位置で守護星が……」

 わざと、ベリンダにわからないように長々と説明をする。狙った通りに彼女は首を傾げる。

「ごめん、どういうこと?」
「つまり、簡単に言うと年に1度、1時間しか入れ替わるチャンスはないということ」
「あはは」

 重大な発表にベリンダは軽く笑う。私は罪悪感で胸が押しつぶされそうだった。まあ、今の身体は豊満だからそう簡単にはつぶれないけれど。

 私は今、とんでもない嘘をついている。本当は計算上、今日のうちであれば戻れるのだ。なのに私は敢えて、この機会を無かったことにしようとしていた。

「ごめんなさい、ベリンダの生活があるのにこんなことにしてしまって」
「ううん、あたしは全然気にしてないよ。どうせ代わりなんていくらでもいる踊り子だもん。でも、聖女のアルミナは困るよね?お役目もあるんでしょ?」
「それなんだけど……」

 私は彼女の手を取った。転んだ拍子に怪我を負ったはずの手のひらは、軽く擦りむけているものの、既に治りつつある。

「あ、これ?別に大丈夫だけど。アルミナの体だもんね。治す?」
「やっぱり。私の体だから、神聖力が使えるのよ。治れって、意識を集中してみて」

 傷を癒したり、魔を退ける神聖力は魂と肉体、それぞれに宿ると言われている。私は千年に一度級の天才なので、半分に分けても歴代聖女より強いはずだ。

「な、治れ治れ」

 半信半疑のベリンダが念じるだけで、擦りむけはあっさりと癒え、傷ひとつないツルツルの手のひらとなる。幼い頃から修行に明け暮れた甲斐があって、体が神聖力の使い方を覚え込んでいた。

「すっごい……アルミナの体って」
「唯一の取り柄だもの。ねえ、ベリンダ。やり方は教えるから、しばらく私の体で、私のふりをして過ごしてくれないかしら?」

 私の提案にベリンダは目を丸くした。そこには驚きと、期待が混ざっていると見て取れた。ベリンダは私と全く違う育ち方をしたけれど、私の魂の双子だからわかってしまう。今までとは全く違う、新しい生活への興味があるのだ。

「いいの?あたしは全然いいけど、あたしの体なんて大変だよ。男が虫みたいに寄ってくるだけで」
「私の体こそ大変よ。ひたすら歩いて、街から街へと移動して、教会で女神像にお祈りをして神聖力を込めるお仕事だもの」
「ううん、やってみたい……だって、人々のためになる素晴らしいお仕事じゃない」

 ベリンダは丸みのある頬を紅潮させ、敬虔な信者のように瞳を潤ませた。献身と奉仕に意欲を燃やすなんて、彼女こそ聖女に相応しい、清らかな心の持ち主だ。
 私はこれも女神様の采配なのだと、罪の意識を心の片隅に追いやった。

 それから数日間を使ってお互いに情報交換を済ませると、もう何の問題もないように思えた。

「行ってらっしゃい、気を付けてね」
「うん、元気でね」

 私とベリンダは抱擁を交わし、別れの挨拶をする。トーマシュツェルン街を囲む城壁の外に見送りに来ていた。離別に際し、本来生じるはずの悲しみの感情は全く湧かなかった。私は瞬きをどうにか我慢して涙を浮かべる。

「本当にありがとう、ベリンダ」
「ううん、こちらこそ、アルミナ」

 私たちは意識して、交換した名前を呼んだ。仄暗い秘密によって、お互いに笑顔になってしまう。

 歩き出した聖騎士のシュナイダー卿、精霊騎士のクライン卿、荷物持ちのベッシュに囲まれ、小さな聖女は遠くなる。

 共に旅をした彼らもいい人ではあった。だけど、彼らとはどうせ1年ほどの付き合いだ。延々と終わりの見えない旅を余儀なくされている私と違って、彼らはたった1年間、旅の護衛を勤めるだけで立派な経歴が手に入る。

 そんなのずるいと思っていた。私は子どもの頃から修行と勉強漬けだった。一度でいいから、聖女ではなく普通の人間として暮らしてみたかったのだ。

 彼らが完全に見えなくなるまで、私はそこに立っていた。

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