聖女ですが何も知らない狼獣人をだましています

植野あい

文字の大きさ
10 / 72
聖女 アルミナ

10

しおりを挟む
 本当は、今まで使う暇もなく聖女の旅をしていたので、毎日遊んで暮らすくらいの貯金はある。けれど少しは社会と関わっていないと寂しいから、ドリンク販売を考えたのだ。酒場との繋がりを維持しておけば、ベリンダがあとで職場復帰するときも困らないだろう。

「そうか、聖女様ってすごいな。魔物を退け、人々を癒やしてくれるだけじゃなかったんだ。、何ていうか、細かな心遣いまで縁があれば施してくれるんだな」
「そ、そうなのよ。ほんとうに優しくて素敵な人だったわ」

 ファルクが聖女に好感を持ってくれるのは、素直に嬉しかった。だから口がムズムズしながらも、一緒になって褒め称えてしまう。

「ベル姉が踊り子じゃないほうが俺も嬉しい。でもドリンクがあんまり儲からなくても、俺が稼いでくるから、生活の心配はないよ」
「何を言ってるの、聖女様のレシピなんだから絶対に人気が出るわ」

 神聖力で祝福した効果てきめんのドリンクを作るつもりだから、売れる確信があった。

 そんなことを喋りながら、私たちは人通りの多い商業エリアまでやって来る。この街は国境沿いなので物の流通は盛んで、とても活気があった。

 場所代は払っているのかもしれないが、きちんとした店の軒先に行商人が品物を並べて道が狭いところも多い。干した魚や果物、野菜など色とりどりだ。

「あ、リンゴ飴よ。買わなきゃ」
「さっき朝食を食べたばかりだろ?また後にしたら?」

 ファルクにやれやれと肩をすくめられ、私はハッとした。長く不自由な旅を続けていたので、食べられるときに食べなきゃという切迫感が私にはあったが、よく考えたら今は違うのだ。リンゴ飴くらい、この長い休みの間に何度でも買える。

 ――というか、リンゴ飴はそんなにおいしいものじゃない。赤くてツヤツヤして一見おいしそうだが、あれはどこまでいってもリンゴと飴でしかない味だ。
 ただ棒付きの飴は子どもっぽいからか、「聖女がそんなもの食べてはいけない」と禁じられていた。だからコソコソと抜け出して食べる背徳感に嵌まっていただけだ。

「……そうね」
「ごめん、そんなに残念そうにしないで。やっぱり買おうか」
「ううん、いいの」
「ベル姉、どうしたんだよ飴ひとつで泣きそうな顔して……おっと」

 力強く腰を抱き寄せられ、私はファルクの胸元に顔を押しつける形になった。背後でチッ、と舌打ちの音がする。振り向くと中年くらいの男性が足早に雑踏に紛れるところだった。

「スリに狙われてたぞ」
「お財布は首から下げてローブの中だけど」
「じゃあ、痴漢かもな。人が多いから」

 私はベリンダが持っていた、体型をある程度隠せる黒いローブを着ている。けれど、ベリンダは顔だけでも美人なので本当に――虫のように男が寄ってくる。

「危ないから手を繋ごうか?」
「手を繋ぐと痴漢やスリが寄ってこないの?」
「俺が睨みつけてれば寄ってこないよ」

 騙されている気がしたけれど、ファルクの差し出した大きな手を取らずにはいられなかった。素敵な男性と手を繋いで歩くことは、私の小さな憧れだったから。

 同じ家に暮らすのだから意識しないように努めていたけれど、通行人と比較するなんて良くないことだけれど――ファルクはものすごく格好いい。こんなに見た目の整った人はそういないだろう。彼の褐色の肌と黒髪は艷やかな男らしさがあり、美しい金色の瞳とスッと通った鼻筋、キリッとした唇は年下なのに色気さえある。背も高く、肩幅が広い。

 そして狼の耳とフサフサの尻尾は愛くるしい。こんな人から一途に愛情を示されて、なぜベリンダは嬉しくなかったのか、どうしてもどうしても理解不能だった。

 見た目だけではなく、性格も十分すぎる程いいと思う。まだ彼の全部は知らないけれど、私なんかは怒りっぽくないだけで好感が持てる。
 そんな人と手を繋ぎ、私の心臓は早鐘を打った。

「はは……俺に対して緊張してるベル姉ってなんかかわいいな。ベル姉が年下になったみたい」

 ガチガチになった私の緊張を解すように、ファルクは口を開けて無邪気に笑った。年下扱いは気になって、豊かな胸を反らす。

「たしかに記憶はいくつか抜けてるけど、人生経験が全てなくなったわけじゃないわ」
「じゃあ薬屋がどこかわかる?」
「それは人生経験とは関係ないでしょう」
「ほら、長年住んでる街で、薬屋の場所も覚えてないなんて大変なことだ。俺の存在がまるっと忘れられなくてよかったけど」

 ファルクは繋いだ手を軽く引っ張り、私を左の方向へ誘導する。見上げる横顔にはちょっとだけ得意げな笑みが浮かんでいるけど、やっぱり嫌うような程度じゃない。むしろかわいいのに、私はベリンダならこうするかもと怒ったふりをした。

 しばらく進むと、目的の薬屋に到着した。壺や匙の描かれた看板があるので、遠くからでも一目瞭然だった。入店するとドアベルが鳴り響き、カラコロと小気味良い音がした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

永遠の十七歳なんて、呪いに決まってる

鷹 綾
恋愛
永遠の十七歳―― それは祝福ではなく、三百年続く“呪い”だった。 公には「名門イソファガス家の孫娘」として知られる少女キクコ。 だがその正体は、歴史の裏側で幾度も国を救ってきた不老の元聖女であり、 王家すら真実を知らぬ“生きた時代遺産”。 政治も権力も、面倒ごとは大嫌い。 紅茶と読書に囲まれた静かな余生(?)を望んでいたキクコだったが―― 魔王討伐後、王位継承問題に巻き込まれたことをきっかけに、 まさかの王位継承権十七位という事実が発覚する。 「……私が女王? 冗談じゃないわ」 回避策として動いたはずが、 誕生した新国王アルフェリットから、なぜか突然の求婚。 しかも彼は、 幼少期に命を救われた“恩人”がキクコであることを覚えていた―― 年を取らぬ姿のままで。 永遠に老いない少女と、 彼女の真実を問わず選んだ自分ファーストな若き王。 王妃になどなる気はない。 けれど、逃げ続けることももうできない。 これは、 歴史の影に生きてきた少女が、 はじめて「誰かの隣」を選ぶかもしれない物語。 ざまぁも陰謀も押し付けない。 それでも―― この国で一番、誰よりも“強い”のは彼女だった。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

処理中です...