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聖女 アルミナ
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本当は、今まで使う暇もなく聖女の旅をしていたので、毎日遊んで暮らすくらいの貯金はある。けれど少しは社会と関わっていないと寂しいから、ドリンク販売を考えたのだ。酒場との繋がりを維持しておけば、ベリンダがあとで職場復帰するときも困らないだろう。
「そうか、聖女様ってすごいな。魔物を退け、人々を癒やしてくれるだけじゃなかったんだ。、何ていうか、細かな心遣いまで縁があれば施してくれるんだな」
「そ、そうなのよ。ほんとうに優しくて素敵な人だったわ」
ファルクが聖女に好感を持ってくれるのは、素直に嬉しかった。だから口がムズムズしながらも、一緒になって褒め称えてしまう。
「ベル姉が踊り子じゃないほうが俺も嬉しい。でもドリンクがあんまり儲からなくても、俺が稼いでくるから、生活の心配はないよ」
「何を言ってるの、聖女様のレシピなんだから絶対に人気が出るわ」
神聖力で祝福した効果てきめんのドリンクを作るつもりだから、売れる確信があった。
そんなことを喋りながら、私たちは人通りの多い商業エリアまでやって来る。この街は国境沿いなので物の流通は盛んで、とても活気があった。
場所代は払っているのかもしれないが、きちんとした店の軒先に行商人が品物を並べて道が狭いところも多い。干した魚や果物、野菜など色とりどりだ。
「あ、リンゴ飴よ。買わなきゃ」
「さっき朝食を食べたばかりだろ?また後にしたら?」
ファルクにやれやれと肩をすくめられ、私はハッとした。長く不自由な旅を続けていたので、食べられるときに食べなきゃという切迫感が私にはあったが、よく考えたら今は違うのだ。リンゴ飴くらい、この長い休みの間に何度でも買える。
――というか、リンゴ飴はそんなにおいしいものじゃない。赤くてツヤツヤして一見おいしそうだが、あれはどこまでいってもリンゴと飴でしかない味だ。
ただ棒付きの飴は子どもっぽいからか、「聖女がそんなもの食べてはいけない」と禁じられていた。だからコソコソと抜け出して食べる背徳感に嵌まっていただけだ。
「……そうね」
「ごめん、そんなに残念そうにしないで。やっぱり買おうか」
「ううん、いいの」
「ベル姉、どうしたんだよ飴ひとつで泣きそうな顔して……おっと」
力強く腰を抱き寄せられ、私はファルクの胸元に顔を押しつける形になった。背後でチッ、と舌打ちの音がする。振り向くと中年くらいの男性が足早に雑踏に紛れるところだった。
「スリに狙われてたぞ」
「お財布は首から下げてローブの中だけど」
「じゃあ、痴漢かもな。人が多いから」
私はベリンダが持っていた、体型をある程度隠せる黒いローブを着ている。けれど、ベリンダは顔だけでも美人なので本当に――虫のように男が寄ってくる。
「危ないから手を繋ごうか?」
「手を繋ぐと痴漢やスリが寄ってこないの?」
「俺が睨みつけてれば寄ってこないよ」
騙されている気がしたけれど、ファルクの差し出した大きな手を取らずにはいられなかった。素敵な男性と手を繋いで歩くことは、私の小さな憧れだったから。
同じ家に暮らすのだから意識しないように努めていたけれど、通行人と比較するなんて良くないことだけれど――ファルクはものすごく格好いい。こんなに見た目の整った人はそういないだろう。彼の褐色の肌と黒髪は艷やかな男らしさがあり、美しい金色の瞳とスッと通った鼻筋、キリッとした唇は年下なのに色気さえある。背も高く、肩幅が広い。
そして狼の耳とフサフサの尻尾は愛くるしい。こんな人から一途に愛情を示されて、なぜベリンダは嬉しくなかったのか、どうしてもどうしても理解不能だった。
見た目だけではなく、性格も十分すぎる程いいと思う。まだ彼の全部は知らないけれど、私なんかは怒りっぽくないだけで好感が持てる。
そんな人と手を繋ぎ、私の心臓は早鐘を打った。
「はは……俺に対して緊張してるベル姉ってなんかかわいいな。ベル姉が年下になったみたい」
ガチガチになった私の緊張を解すように、ファルクは口を開けて無邪気に笑った。年下扱いは気になって、豊かな胸を反らす。
「たしかに記憶はいくつか抜けてるけど、人生経験が全てなくなったわけじゃないわ」
「じゃあ薬屋がどこかわかる?」
「それは人生経験とは関係ないでしょう」
「ほら、長年住んでる街で、薬屋の場所も覚えてないなんて大変なことだ。俺の存在がまるっと忘れられなくてよかったけど」
ファルクは繋いだ手を軽く引っ張り、私を左の方向へ誘導する。見上げる横顔にはちょっとだけ得意げな笑みが浮かんでいるけど、やっぱり嫌うような程度じゃない。むしろかわいいのに、私はベリンダならこうするかもと怒ったふりをした。
しばらく進むと、目的の薬屋に到着した。壺や匙の描かれた看板があるので、遠くからでも一目瞭然だった。入店するとドアベルが鳴り響き、カラコロと小気味良い音がした。
「そうか、聖女様ってすごいな。魔物を退け、人々を癒やしてくれるだけじゃなかったんだ。、何ていうか、細かな心遣いまで縁があれば施してくれるんだな」
「そ、そうなのよ。ほんとうに優しくて素敵な人だったわ」
ファルクが聖女に好感を持ってくれるのは、素直に嬉しかった。だから口がムズムズしながらも、一緒になって褒め称えてしまう。
「ベル姉が踊り子じゃないほうが俺も嬉しい。でもドリンクがあんまり儲からなくても、俺が稼いでくるから、生活の心配はないよ」
「何を言ってるの、聖女様のレシピなんだから絶対に人気が出るわ」
神聖力で祝福した効果てきめんのドリンクを作るつもりだから、売れる確信があった。
そんなことを喋りながら、私たちは人通りの多い商業エリアまでやって来る。この街は国境沿いなので物の流通は盛んで、とても活気があった。
場所代は払っているのかもしれないが、きちんとした店の軒先に行商人が品物を並べて道が狭いところも多い。干した魚や果物、野菜など色とりどりだ。
「あ、リンゴ飴よ。買わなきゃ」
「さっき朝食を食べたばかりだろ?また後にしたら?」
ファルクにやれやれと肩をすくめられ、私はハッとした。長く不自由な旅を続けていたので、食べられるときに食べなきゃという切迫感が私にはあったが、よく考えたら今は違うのだ。リンゴ飴くらい、この長い休みの間に何度でも買える。
――というか、リンゴ飴はそんなにおいしいものじゃない。赤くてツヤツヤして一見おいしそうだが、あれはどこまでいってもリンゴと飴でしかない味だ。
ただ棒付きの飴は子どもっぽいからか、「聖女がそんなもの食べてはいけない」と禁じられていた。だからコソコソと抜け出して食べる背徳感に嵌まっていただけだ。
「……そうね」
「ごめん、そんなに残念そうにしないで。やっぱり買おうか」
「ううん、いいの」
「ベル姉、どうしたんだよ飴ひとつで泣きそうな顔して……おっと」
力強く腰を抱き寄せられ、私はファルクの胸元に顔を押しつける形になった。背後でチッ、と舌打ちの音がする。振り向くと中年くらいの男性が足早に雑踏に紛れるところだった。
「スリに狙われてたぞ」
「お財布は首から下げてローブの中だけど」
「じゃあ、痴漢かもな。人が多いから」
私はベリンダが持っていた、体型をある程度隠せる黒いローブを着ている。けれど、ベリンダは顔だけでも美人なので本当に――虫のように男が寄ってくる。
「危ないから手を繋ごうか?」
「手を繋ぐと痴漢やスリが寄ってこないの?」
「俺が睨みつけてれば寄ってこないよ」
騙されている気がしたけれど、ファルクの差し出した大きな手を取らずにはいられなかった。素敵な男性と手を繋いで歩くことは、私の小さな憧れだったから。
同じ家に暮らすのだから意識しないように努めていたけれど、通行人と比較するなんて良くないことだけれど――ファルクはものすごく格好いい。こんなに見た目の整った人はそういないだろう。彼の褐色の肌と黒髪は艷やかな男らしさがあり、美しい金色の瞳とスッと通った鼻筋、キリッとした唇は年下なのに色気さえある。背も高く、肩幅が広い。
そして狼の耳とフサフサの尻尾は愛くるしい。こんな人から一途に愛情を示されて、なぜベリンダは嬉しくなかったのか、どうしてもどうしても理解不能だった。
見た目だけではなく、性格も十分すぎる程いいと思う。まだ彼の全部は知らないけれど、私なんかは怒りっぽくないだけで好感が持てる。
そんな人と手を繋ぎ、私の心臓は早鐘を打った。
「はは……俺に対して緊張してるベル姉ってなんかかわいいな。ベル姉が年下になったみたい」
ガチガチになった私の緊張を解すように、ファルクは口を開けて無邪気に笑った。年下扱いは気になって、豊かな胸を反らす。
「たしかに記憶はいくつか抜けてるけど、人生経験が全てなくなったわけじゃないわ」
「じゃあ薬屋がどこかわかる?」
「それは人生経験とは関係ないでしょう」
「ほら、長年住んでる街で、薬屋の場所も覚えてないなんて大変なことだ。俺の存在がまるっと忘れられなくてよかったけど」
ファルクは繋いだ手を軽く引っ張り、私を左の方向へ誘導する。見上げる横顔にはちょっとだけ得意げな笑みが浮かんでいるけど、やっぱり嫌うような程度じゃない。むしろかわいいのに、私はベリンダならこうするかもと怒ったふりをした。
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