聖女ですが何も知らない狼獣人をだましています

植野あい

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聖女 アルミナ

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「いいの?」
「俺は疲れてないよ。魔物を討伐に行くときは森の中をもっと歩いたりする」

 ファルクは完全に強がりを言っているけれど、片付けくらいは任せてもいいだろう。私はお礼を言って、椅子の背もたれに寄りかかり、目を閉じた。

 カサコソと麻の袋を広げる音、取り出した品物をどこかに置く音、それからファルクの足音などが優しく鼓膜を震わせる。これぞ生活の音だ。人間らしい幸せがここに詰まっている。

 たった1日で私はひどく満足してしまった。幸せが濃厚すぎるのだ。私はいずれ訪れるファルクとの別れを想像して少し悲しくなった。自分を戒めなくてはならない。彼を好きにならないように、自分がベリンダだと勘違いしないように。


 しばらく休んでから、ふたりで夕食の準備をした。ファルクは「簡単なものしか作れない」と言いながら手早く野菜の皮を剥き、切り刻む。そうしてスープを作り、ベーコンを焼く。付け合わせのジャガイモはいつの間にかオーブンに放り込まれていて、こんがりと焼けていた。

 私にできるのは昨日で覚えたお皿の場所から、丁度良さそうな物を選んで取り出すだけだった。

「はい、お皿」
「ありがとう」

 ファルクが微笑み、何気なくお礼を言う。それは本当に気軽なひとことだったのに、急激に鼻の奥がツンと痛み、唾を飲む。

 でも幸せの象徴のように湯気の立つスープをお皿によそうファルクを見ていると、涙が堪えきれなかった。

「ベル姉?どうしたんだよ?」

 振り向いたファルクが、驚いて金色の目を丸くする。折角のスープを少し溢しながらお皿を調理台に置いた。

「なんでもない、早く食べよう」
「そんな訳あるか!つらいことを思い出しのか?」
「違うの……」
「俺が何かおかしいことした?」
「ファルクは何も悪くないの」

 ただ、思ってしまっただけ。ありがとうって、こんな簡単ことで言ってもらえるんだって。神聖力を使って奇跡を起こさなくても、普通の人はこうやって身近な人と寄り添って、好きになって、暮らしていけるんだ。なんで私にはそれが許されなかったの?

 声にならない思いが、悔し涙になって生ぬるく頬を伝う。みんな、ずるい。ベリンダは特にずるい。そんなふうに考えると自分が嫌になり、乱暴に袖で顔を拭いて汚い嫉妬を消し去ろうとする。

「怖い記憶を思い出したんだな?」
「え?ちが……」
「もう大丈夫だから」

 ファルクがぎゅうっと私を抱きしめる。背中に当たる手が、彼の筋肉質な胸が、とても温かい。

「俺は強くなったよ。ベル姉を守っていける。もう怖いことなんてないから、安心して」

 まさに愛しい人を宥める声でファルクは囁いた。嬉しいけれど、危険な予感がした。ファルクは大きな勘違いをしている。こんなにも美人でありながら、守ってくれる両親がいなかったベリンダには怖い記憶があるかもしれないが、私は違う。

「これから、外に出かけるのは俺と一緒のときだけがいいかもしれない……」

 おかげで涙が止まった私の背中をトントンと優しく叩き、ファルクは危ない思想をぽつりと漏らした。

 私が色々と間違えたせいかもだけど、軽く監禁されそうになってないかな?

「ファルク、落ち着いて。あなたが想像してるようなことじゃないの。とりあえず、冷める前に食べましょう?私、お腹が空いてるの」
「そうだな、とりあえず食べようか」

 名残り惜しそうに体を離し、ファルクは食事の盛り付け作業に戻ってくれた。同様に、正しい道に戻ってくれますように。
 食卓テーブルに料理を並べ、私は食前のお祈りをした。

「女神様のお恵みに感謝いたします。慈しむ心が私に宿りますように、皆に宿りますように、この糧に祝福をお与えください」

 両手を組み、目を閉じてお祈りをする。ファルクも少し遅れながらも、私に合わせるようにお祈りをした。

「……朝も思ったけど、前より丁寧にお祈りするようになったよな」

 「えっ?!そうね、聖女様に指導されたからかしら?」

 ファルクが訝しむように目を細めるので、私は無駄に大きな声になった。これは誰でもやるお祈りだし、当然にベリンダもやっていた。おかしいところは何もないはずだ。――自前の神聖力で祝福を食べ物にかけてはいるけど、光らせたりはしていない。
 ついつい祝福しちゃったのは、力が有り余っているからだ。

「子どもでもやるお祈りの仕方まで指導してくれたのか?親切すぎないか?」
「それが聖女様でしょう。聖女とは、女神像に神聖力を込めて邪を祓うだけでなく、女神様の教えを広める役割も持っているのよ」
「ずいぶんと影響を受けたんだな。話し方まで聖女様みたいだ」

 ファルクはものすごく勘がいいのか、好きな人に対する観察力の現れなのか、鎌をかけるような言い方をする。でも、そのくらいで動揺してはいられないのだ。

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