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聖女 アルミナ
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「ねえ、あれはどこに隠したの?」
「あれって?ベル姉が買ったのはこれで全部だろ」
「そうねえ、確かに買ったものは揃ってるけど……おまけの品があったような」
「そんなものあったか?」
目を逸らしてとぼける彼が面白くて、私はニヤニヤしながら詰め寄った。性行為に使うローションを今使うつもりはないのだけど、ファルクをからかうのは刺激的な喜びだった。
「まあいいわ」
気を取り直し、私はまず手を洗い、スパイス類の計量を始めた。南部の修道院で飲まれている滋養強壮ドリンクのレシピを参考に作るつもりだ。
修道院は、女神様への信仰を極めようと自給自足に近い厳しい生活をしている場所だ。そのため、栄養補給になるドリンクのレシピが開発されている。
「よし、次にお砂糖……」
砂糖は贅沢品だが、素早く身体に吸収されるので疲労時には大切なエネルギー源となる。大量に買った砂糖をドサドサと大鍋に入れた。砂糖の重量の半分よりちょっと少ないくらいの水を加え、強火で煮立たせる。ブクブクと泡立つ鍋の中身を、後ろに立つファルクが心配そうに覗き込んだ。
「それ……大丈夫なのか?」
「ファルクはカラメルを作ったことないの?」
「ないな」
「聖女様からちゃんと教えてもらってるから、大丈夫よ。わざと焦がしてるの」
私は料理こそできないが、薬作りはできるのだ。聖女はその神聖力で大抵の病を治せるが、一つの場所にずっとは居られない。立ち去った後にも持続して発病者が出そうな場合、薬作りの知恵を授けたりもするのだ。
そのレシピは様々だが、カラメルは薬の効果に干渉せず、生臭さを消してくれるので重宝するもののひとつだ。不味すぎて吐き出すようでは薬として作用しないのだから、生薬によく合わせてきた。
泡立った砂糖水が煮詰まり、望んだ濃い茶色になってから別鍋で沸かしていた熱湯を加え、よくかき混ぜる。そこにスパイス類を投入し、私の神聖力も適当に注入して火を止めた。
「あとはこれを濾せば完成よ」
「思ったより短い時間でできるんだな。これで滋養強壮効果が?」
「そうなのよ」
「まあ確かに、なんとなく体に良さそうか」
彼は手で鍋上の湯気を仰ぎ、匂いを嗅いでいる。ファルクは飲ませなくても既に元気そうなので、試飲は勧めなかった。
家に入れ物になる瓶がなかったので一度買いに行き、夕方になってから売りに出かけた。
ベリンダが働いていた酒場は、テウネン通りと名付けられた繁華街にあった。私が聖女の旅だけをしていたなら、決して足を踏み入れることはなかっただろうあやしげな雰囲気の場所だ。
看板に描かれる絵は、淫らな女性や卑猥な雰囲気の植物が多い。退廃的で、饐えた匂いが立ち込め、ピンクや緑の魔導ランプの光が道を照らしていた。
聖女の能力を有している私は、誰かの病の気配を察知して少し具合が悪くなるほどだ。片っ端から治癒をかけて回りたいところを我慢するのがつらかった。
裕福な良家の御曹司らしき男性、肉体労働と思しき男性など、様々な職業の男性が足早にどこかへ向かう。それぞれお目当てがあるはずなのに、通りすがりの私を値踏みするように眺めることも多かった。ひとえにベリンダの人目を惹く容姿のせいだろう。
ファルクが私を守るようにぴったり横に付いてくれているけれど、そうでなければ「いくら?」などと尋ねられそうだった。
目的の酒場はまだ営業時間前なので、裏口から入った。酒瓶の箱がいくつも積まれた狭い通路を過ぎ、奥へと進む。客の目につかないからと雑然とした裏側とは違って、店内の壁は赤いビロード張りで豪華な印象だ。
「こんにちは」
「あら、ベリンダ。そっちの子は彼氏よね?仲直りしたの?具合はどう?」
カウンターの奥で開店準備をしていたのは、リリーという名前の女主人だ。ベリンダと一緒に来たときに、ちゃんと顔と名前を覚えていた。彼女の年齢は40代くらいだろう。派手な化粧をしているけれど、薄暗い店内においては陰がいくつも出てしまい、疲れを隠せない相貌をしている。
「えっと……具合は悪くないわ」
「踊り子に復帰しないの?あんたは人気あったのに」
「踊り方は全く思い出せないから、先日話したドリンクを売りに来たの」
私の合図で、ファルクが持っていた袋をカウンターに置き、黒っぽい液体の入った瓶を取り出した。
「ああ、これが聖女様おすすめの滋養強壮ドリンク?」
リリーは胡乱げな目つきで瓶を眺める。本当にこの黒い液体に価値があるのか、とても信じられないようだ。
「初回はタダでいいわ。きっと病みつきになるから」
「ええ?タダより高いものはないでしょ。変な葉っぱとか入れてないでしょうねえ?」
「表通りの薬屋で買ったスパイスを組み合わせただけよ。でもね、スパイスっていうのは、組み合わせることで素晴らしい効果を生み出すの」
リリーは瓶の蓋を開け、匂いを嗅いだ。それから小さなグラスを3つカウンターに並べ、瓶の中身を注ごうとする。私は、言い忘れたことを早口で告げた。
「水かソーダ水で割って飲むように作ってあるわ」
「じゃ、とりあえず水で割るから」
変なものが入っていない証明として、この場で飲んでみろと言っているようだった。私とファルクが躊躇なく飲み干してから、リリーがやっと口を付けた。
「あれって?ベル姉が買ったのはこれで全部だろ」
「そうねえ、確かに買ったものは揃ってるけど……おまけの品があったような」
「そんなものあったか?」
目を逸らしてとぼける彼が面白くて、私はニヤニヤしながら詰め寄った。性行為に使うローションを今使うつもりはないのだけど、ファルクをからかうのは刺激的な喜びだった。
「まあいいわ」
気を取り直し、私はまず手を洗い、スパイス類の計量を始めた。南部の修道院で飲まれている滋養強壮ドリンクのレシピを参考に作るつもりだ。
修道院は、女神様への信仰を極めようと自給自足に近い厳しい生活をしている場所だ。そのため、栄養補給になるドリンクのレシピが開発されている。
「よし、次にお砂糖……」
砂糖は贅沢品だが、素早く身体に吸収されるので疲労時には大切なエネルギー源となる。大量に買った砂糖をドサドサと大鍋に入れた。砂糖の重量の半分よりちょっと少ないくらいの水を加え、強火で煮立たせる。ブクブクと泡立つ鍋の中身を、後ろに立つファルクが心配そうに覗き込んだ。
「それ……大丈夫なのか?」
「ファルクはカラメルを作ったことないの?」
「ないな」
「聖女様からちゃんと教えてもらってるから、大丈夫よ。わざと焦がしてるの」
私は料理こそできないが、薬作りはできるのだ。聖女はその神聖力で大抵の病を治せるが、一つの場所にずっとは居られない。立ち去った後にも持続して発病者が出そうな場合、薬作りの知恵を授けたりもするのだ。
そのレシピは様々だが、カラメルは薬の効果に干渉せず、生臭さを消してくれるので重宝するもののひとつだ。不味すぎて吐き出すようでは薬として作用しないのだから、生薬によく合わせてきた。
泡立った砂糖水が煮詰まり、望んだ濃い茶色になってから別鍋で沸かしていた熱湯を加え、よくかき混ぜる。そこにスパイス類を投入し、私の神聖力も適当に注入して火を止めた。
「あとはこれを濾せば完成よ」
「思ったより短い時間でできるんだな。これで滋養強壮効果が?」
「そうなのよ」
「まあ確かに、なんとなく体に良さそうか」
彼は手で鍋上の湯気を仰ぎ、匂いを嗅いでいる。ファルクは飲ませなくても既に元気そうなので、試飲は勧めなかった。
家に入れ物になる瓶がなかったので一度買いに行き、夕方になってから売りに出かけた。
ベリンダが働いていた酒場は、テウネン通りと名付けられた繁華街にあった。私が聖女の旅だけをしていたなら、決して足を踏み入れることはなかっただろうあやしげな雰囲気の場所だ。
看板に描かれる絵は、淫らな女性や卑猥な雰囲気の植物が多い。退廃的で、饐えた匂いが立ち込め、ピンクや緑の魔導ランプの光が道を照らしていた。
聖女の能力を有している私は、誰かの病の気配を察知して少し具合が悪くなるほどだ。片っ端から治癒をかけて回りたいところを我慢するのがつらかった。
裕福な良家の御曹司らしき男性、肉体労働と思しき男性など、様々な職業の男性が足早にどこかへ向かう。それぞれお目当てがあるはずなのに、通りすがりの私を値踏みするように眺めることも多かった。ひとえにベリンダの人目を惹く容姿のせいだろう。
ファルクが私を守るようにぴったり横に付いてくれているけれど、そうでなければ「いくら?」などと尋ねられそうだった。
目的の酒場はまだ営業時間前なので、裏口から入った。酒瓶の箱がいくつも積まれた狭い通路を過ぎ、奥へと進む。客の目につかないからと雑然とした裏側とは違って、店内の壁は赤いビロード張りで豪華な印象だ。
「こんにちは」
「あら、ベリンダ。そっちの子は彼氏よね?仲直りしたの?具合はどう?」
カウンターの奥で開店準備をしていたのは、リリーという名前の女主人だ。ベリンダと一緒に来たときに、ちゃんと顔と名前を覚えていた。彼女の年齢は40代くらいだろう。派手な化粧をしているけれど、薄暗い店内においては陰がいくつも出てしまい、疲れを隠せない相貌をしている。
「えっと……具合は悪くないわ」
「踊り子に復帰しないの?あんたは人気あったのに」
「踊り方は全く思い出せないから、先日話したドリンクを売りに来たの」
私の合図で、ファルクが持っていた袋をカウンターに置き、黒っぽい液体の入った瓶を取り出した。
「ああ、これが聖女様おすすめの滋養強壮ドリンク?」
リリーは胡乱げな目つきで瓶を眺める。本当にこの黒い液体に価値があるのか、とても信じられないようだ。
「初回はタダでいいわ。きっと病みつきになるから」
「ええ?タダより高いものはないでしょ。変な葉っぱとか入れてないでしょうねえ?」
「表通りの薬屋で買ったスパイスを組み合わせただけよ。でもね、スパイスっていうのは、組み合わせることで素晴らしい効果を生み出すの」
リリーは瓶の蓋を開け、匂いを嗅いだ。それから小さなグラスを3つカウンターに並べ、瓶の中身を注ごうとする。私は、言い忘れたことを早口で告げた。
「水かソーダ水で割って飲むように作ってあるわ」
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