聖女ですが何も知らない狼獣人をだましています

植野あい

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踊り子 ベリンダ

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 お坊ちゃま風のファルクが下層の暮らしに飽きて、どこかもっといい保護先を見つける可能性もあると甘く見たのもあった。

 だけどファルクはそうしなかった。私の家に長らく居着き、大金を稼いでくるようになった。

 最初はどこかの倉庫の荷物整理から始めた。それから獣人の腕力を見込まれ、荷運びになり、いつの間にか魔物討伐で大金を稼ぐようになった。

 ファルクは獣人だから人間より腕力があるのはわかっていたけど、特に獣神の加護があって強いという話だった。

 徐々に身体も大きくなり、男性らしさが増すファルクだったが、最初の頃に私が言った「絶対に男女の関係にはならない」という約束は守ってくれた。

 ファルクは最初の頃、私に淡い想いを抱いていたように思う。たぶん自惚れではなく、私自身も経験があるものだった。

 困っているところに差し伸べられた優しい手。ごく自然な感情として好意を抱くし、何か恩返しをしたいと相手のことを考えていれば、恋愛に近い心理になる。

 ただ、私がその芽を見かけるたびに「弟なんだから」と言い聞かせた。

 それで2年以上、私とファルクは姉弟関係をうまくやれていたと思う。「ベル姉」と親しみを込めて呼ばれるのは嬉しかった。

 穏やかな日々だったのに、どうしようもない不和を生じさせたのは、私だった。


 ある日、私は酒に酔って帰宅した。偉そうに説教を垂れる客がいて、むしゃくしゃしていたのだ。踊り子をバカにして、楽して稼いでいると今に地獄を見るとまで貶められた。

 だったら、見に来なければいい。無理にステージにかぶりつかせてるわけじゃない、自分の足で来たんでしょと言ってやりたかったのに、皆に止められてしまって鬱憤が溜まっていた。

 家に入るとファルクが尻尾を振って出迎えた。

「おかえりベル姉。俺、ついに高位の魔物を倒せたよ!」

 興奮しながら一方的に戦いがどんなだったか、報酬がいくらくらいとファルクは喋った。高位の魔物がどんなものかなんて知らないし、と腹が立ってしまった。楽しそうなファルクが、妬ましかった。

「ふーん、よかったね。それだけ稼げるようになったのなら、もう十分じゃない?自分でどこかに家を借りたら?」
「あ……」

 私の嫌みにファルクの笑顔が凍りつき、喜びの色が消え失せた。遅れて出てきたのは私よりよほど余裕のある、気遣いの台詞だった。

「今日は大変だったんだな。風呂を入れるから、ゆっくり休んで。何か愚痴があるなら聞くよ」

 風呂の設備は、ファルクが稼いだお金ですぐにお湯が出る高級なものになっていた。見回せば、家の中はファルク買い替えてくれたものだらけだった。

「ファルクはいいね、才能があって、強くて。やり甲斐のある仕事でお金が稼げて」

 私は急に、自分の踊り子の仕事が嫌になった。男性から無理にお金を奪っていないし、楽しませてはいるけれど、世の中に絶対必要な仕事じゃない。尊敬されることもない。一方、ファルクのやっている魔物討伐は英雄視されるようなかっこいい職業だ。

「……酔ってるみたいだな」

 ファルクは取り合わないように微笑んだ。彼の誘導に任せて、小さなケンカで済ませばよかったのに、やっぱり酔っていたせいだろうか。私は感情を爆発させた。

「ねえ、何の才能もない私がこの家をひとりで借りられたのはどうしてだと思う?幼いときに貴族の男に売られて、体で稼いだのよ」

 言わなくていいことを私は言い、ファルクは驚くでもなく悲しそうに眉を寄せた。予想はついていたのだろう。

「ベル姉……何と言ったらいいか。これから俺ができることなら、何でもするよ」
「じゃあ聞いて。その男はね、最初だけ私をお姫様みたいに大切に扱って、ドレスを着せて教育を施して、それからやったの。ファルクはそんなやつに捕まらなくてよかったわね」

 私を囲っていた男の別邸から逃げ出して以来、誰にも言わなかったことが、堰を切ったように溢れ出した。あんな男の愛を求めたことこそが最大の恥だった。特に痛いことやひどいことはされなかったから、愛されていると勘違いしてしまった。

 最終的に大人の女性の体になった私が飽きられたことも、だからわざわざ踊り子なんて職業を選び、多くの男から褒め称えられたいと思ってることも、ぶち撒けてしまった。

 黙って聞いているファルクの表情には同情と哀れみが浮かび、私は壁に拳を打ちつけた。

「ファルクも、私の身体に興味があるんでしょ?だってチラチラ見てるじゃない。私と寝たい?」
「視線が気になったなら謝るよ……でも今さらそういう関係になるのは、ちょっと違うと思う」
「じゃあもうおしまいよ。出ていって」

 大きく成長して、羨望の的になったファルクは私の誘いをいとも簡単に断った。そうなることを望んだのは私だったのに、この瞬間は傷つけられたと感じた。

 私は寝室に逃げ、思いきりドアを閉めた。いつかと同じく、目覚めたらファルクがいなくなっていることを願って、無理に眠った。


 なのにファルクは出ていかなかった。

「おはよう、ベル姉」
「まだいたの?」

 慣れとは恐ろしいもので、普段通りの会話が簡単にできた。ファルクはいつも通りにそこにいて、私は一瞬元に戻れるような気すらした。

「色々考えたんだけどさ、ベル姉は踊り子をやめたほうがいいんじゃないか?」
「は?」

 だけど、ファルクの一言で私の気分は急降下して、自己防衛のために私は怒った。

「今までを忘れられるような、全く別の新しい職に就いたほうがいいよ。ベル姉は読み書きもできるし、何でもできるよ」

 読み書きはあの男に教えられたものだ。私はかなり立派な教育を受けた。だからこそ、理屈っぽくなった内心を隠し、表向きは身持ちを崩した女のように喋るようにしていた。あんな過去を消したいから。

「すぐに稼げなくてもいいし、教師を雇うなら俺が費用を出すから」
「いらない」

 私は感情を制御できずに大声を出した。ファルクは何もわかっていなかった。施しを与えられるのは、もう十分なのだ。私は与える側になりたかったのに。

「ファルクと話すことはもうない。昨日言ったでしょ?私たち、終わりなの」

 それから私はファルクを傷つけるために、何を言われても無視をし続けた。

 ファルクは、あの手この手で私の気を引こうと虚しい努力を重ね、必要以上につきまとったりもした。今さらになって好きな振りすらして見せた。
 その度に私の心がどす黒く染まり、きれいでいさせてくれない彼に憎しみを募らせた。

 だから、アルミナと身体を入れ替えられてどんなに嬉しかったか。

 翌朝、私は寝不足の頭を抱えて村の教会へと行った。教会にある女神像に祈りを捧げることこそ、最も大切な聖女の務めだ。

 教会はラート街よりも小さいながら、澄んだ空気と清らかな光が射し込む美しい作りだった。

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