聖女ですが何も知らない狼獣人をだましています

植野あい

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踊り子 ベリンダ

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「シュナイダー卿は私を嫌っているかと思っていたのに、このくらいの密着で淫らな気持ちになっているのですか?」
「そもそも、嫌ってなどいません」
「淫らな気持ちにはなっているのですか?」
「それはともかく、私はアルミナ様を以前から敬愛しています。だから聖女の護衛役に志願したのです」
「そうでしたか」

 後でアルミナに教えてあげようと私は今の発言を胸に刻む。薄々思っていたけれど、口うるさいのは愛情の表れだったのだろう。

「この小さな身体に課せられた重責のほんの一部でも、肩代わりしたかったのです。ですが、記憶を奪われてからのアルミナ様は……」
「だめですか?」

 記憶を奪われてからのアルミナとは、私に入れ替わってからのことだ。シュナイダー卿はやけに渋い反応が多かったので、やっぱり私は好みじゃないのかと胸がざわめく。

「悲しげに遠くを見ていることが多くなりましたね。以前はあなたに対して腹が立つことのほうが多かったのに、今はとても胸が痛くなります。かと思えば私の話を目を輝かせて聞くので、名状し難い気持ちになります」

 私のほうが好きと言われているようで、微かな期待をして、私はシュナイダー卿の瞳を覗いてしまった。他人の愛情に一喜一憂するのはやめたいのに、この飢餓感はいつまでも癒えない。

 私を案じる優しい眼差しは、すぐ近くにあった。透き通った薄青の瞳には、汚れのない愛情が滲んでいた。吐息がかかるほどに近く、その熱を逃したくなくて彼の顎下に寄りかかった。

「あなたの苦しみを全て、私のものとしたいのです。今、ちゃんと温かいですか?」

 シュナイダー卿は、自分が言っていることがわかっているのだろうか。こんなに熱い愛の言葉を私は知らない。誰かに期待なんてしないと誓ったのに、私にまともな恋愛感情なんてもうないと思っていたのに、乾ききった砂地に水が落ちたようだった。

「温かいけど……手が冷たいです。手を繋いでください」
「ええ」

 私の頭にチュッと口づけを落とし、シュナイダー卿は外套の中にある私の手を探り当て、包み込んだ。信じられないくらいに、彼の行動ひとつひとつが私にとって重要だった。熱い彼の指が私の指と絡むと、強張りが解けていくような、柔らかい快楽があった。

「あの……シュナイダー卿の名前を忘れてしまって」

 名前を呼びたくなってから、私は彼の家名しか知らない事実に気がついた。フフッとシュナイダー卿が笑う。

「エミルですよ」
「エミル」

 何の変哲もないありふれた名前なのに、愛らしく感じた。この先一生、エミルという名前を聞くたびに反応するだろう。

「この状態で名前を呼ばれると照れますね」

 今、この瞬間に死んでしまいたくなって、私はまた彼の胸に顔を埋めた。彼が好きなのは、私ではなくアルミナだ。清らかで、汚れのないアルミナだから、純粋な彼がこうして抱き合ってくれるのだろう。

 エミル。その名前を心の中で何十回も繰り返し、私は口を閉ざした。

「アルミナ様、足は冷たくないですか?」

 沈黙を破り、シュナイダー卿が問いかけた。

「少し……感覚がなくなってきたような……」
「それはいけません」

 シュナイダー卿は繋いでいた手を解き、私のブーツの結び目の紐を引っ張った。何をするつもりかと、私は羞恥心からささやかな抵抗をする。

「放っといてください」
「凍傷になりますよ」
「そうなったら神聖力で治せますから」
「だめです。私は、アルミナ様に痛い思いをしてもらいたくないのです」

 そう言うシュナイダー卿のほうが悲痛なので、結局されるがままとなってしまう。だけどこれが献身なのか、欲情の表れなのかは判別できなかった。
 ただ彼の綺麗な指が紐をほどき、靴を脱がせていく光景には淫靡さを感じてしまった。侯爵家の令息であるシュナイダー卿が、女性の靴を脱がせる行為の意味を知らないはずがない。

 重ね履きした靴下を取り去ると、血の気を失って真っ白になった小さな足が露出した。

「こんなに冷え切って……」

 小柄な身体に相応しく、アルミナの足は小さかった。シュナイダー卿の手で簡単に覆えてしまい、私は包まれる心地よさにうっとりとする。

「アルミナ様、体勢を変えられますか?この足を直接私の腹に押し当てて下さい」
「えっ?」

 油断していた私は、彼の言う意味が理解できなかった。

「ああ、ご存じないですか。冷えた足は、他人の腹で温めるのが雪山の常識です」
「嘘でしょう」
「私が嘘をつくと思いますか?」

 エミル・シュナイダーは目を細め、絶大な自信に満ちあふれる真面目な顔つきになる。左右対称に整ったスッキリとした眉下の瞳には、一切の翳りがない。

「さあ、早く入れて下さい」

 これが、エミル・シュナイダーなのだ。彼の欲望の矛先は少し変わっていて、容易に私の想像の斜め上に進んでくれる。

「わかりました……」

 2人で着た少し窮屈な外套の中で、どうにか姿勢を変える。膝を抱えるようにして斜めに座り直し、彼が自ら捲り上げ、中へと導く素肌に足を侵入させる。

「……っう……はぁ……っ」
「つ、冷たいですか?」
「冷たいなんてものではないです……刃物で切られるよう、ですよ……っ」

 苦悶の表情を浮かべるシュナイダー卿に遠慮して、私は隙間を空けようとしてしまう。すると彼は、私の足首を掴んだ。力が入ってゴツゴツと硬くなった腹筋に強引に密着させる。

「くうっ……は、ぁ……」

 こんなにシュナイダー卿がつらそうなのに、私は足先がジンと痺れる気持ちよさに持って行かれそうになる。温かい。もっと、もっと欲しい。めちゃくちゃに動かして、シュナイダー卿がたっぷりと蓄えた熱を奪ってしまいたい。

「いいですよ、好きに動かして」

 苦痛の波を越え、目を開けたシュナイダー卿は私が燻らせる欲望に気づいて微笑んだ。男性なのに、女神様のような慈愛の笑みだった。見返りも求めず、苦しみながらひたすらに尽くそうとする献身。こんな人はきっと、ほかにいない。

「できません、そんなこと……」
「大丈夫ですよ、私は頑丈にできていますから」

 また私の足首を掴み、シュナイダー卿は左胸へと足を滑らせた。彼の滑らかな皮膚の感触がわかるくらい、私の足は冷えによる強張りが解けていた。柔らかな胸筋越しに、力強いシュナイダー卿の心臓の鼓動が伝わってくる。

「シュナイダー卿、私にこんな大事なところを踏ませないで」
「でもここが一番温かいでしょう?」
「わかりません」
「……どうして泣いているんですか?」
「温かいからです」
「やっぱり、足が冷えて痛かったのですね。気づくのが遅れてすみません」

 否定の意味で首を振った。けれど、悲しくなった理由は上手く説明できなかった。この人がいない人生が寂しかったこと、この人がいなくなる未来が悲しくて仕方ないだなんてとても言えない。
 シュナイダー卿は涙が凍らないよう、柔らかいセーターの袖口でしっかりと涙を拭ってくれた。
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