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踊り子 ベリンダ
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やがて夜明けが訪れた。
寝ると体温が下がるからいけない、というシュナイダー卿の主張に従って、私たちは夜を徹して語り明かした。
「では行きましょうか、アルミナ様」
「はい」
シュナイダー卿はすくっと立ち上がり、軽く伸びをした。白い外套のボタンを閉め直すと、いつもの隙のない聖騎士の格好となった。
私も脱いでいた外套を着込み、フードを被った。
「……ここを出たら、私たちはただの護衛と聖女に戻ります」
「わかっていますよ」
シュナイダー卿が軽く屈み込み、フードに押さえつけられた私の前髪を手櫛で整えた。間近にある彼の白皙の美貌には、睡眠不足によってできた翳りがある。それが退廃的な色気を醸し出していた。最後に、思い出になるようなキスでもしてくれないかと彼の腕の辺りにそっと触れる。
「アルミナ様……」
何か言いかけ、それを途中で止めた彼は私を抱きしめた。シュナイダー卿らしいやり方に胸がいっぱいになる。聖女と聖騎士だからという理由だけでなく、彼の護衛としての任期はあと半年で終わりだ。
必要以上の触れ合いはあとでつらくなるだけだから、これで終わるのが優しさだと思った。
洞窟から出ると、眩しい太陽光が目に染みた。辺り一面に降り積もった真っ白な雪を踏みしめる。ギュムギュムとした音を聞きながら、クレイシュ村を目指し始めた。
道中は、無言だった。聞こえるのは私とシュナイダー卿の呼吸と足音だけだった。ほかに生き物が見当たらず、あまりに静かなので、この世界に私たちしかいないような感覚だ。いっそ永遠に村に辿り着かなければいいのに、と感傷的な気分に浸ってしまう。
「この崖を登ります。少々お待ち下さい」
そんな気分をぶち壊すのもシュナイダー卿だった。雪原に対してほぼ垂直の崖にくさびを打ちながらスイスイと登り、上から縄を垂らしてくれた。昨夜も触感で筋肉すごいな、実は着やせするんだと思ってたけど。室内で聖書を読んでいるのがぴったりの涼しげな顔立ちで、荒々しい肉体を持つのは頭がおかしくなりそうだからやめて欲しい。
「どうぞ、アルミナ様」
「ありがとうございます……」
雪を食べつつしばらく歩くと、目的地であるクレイシュ村から立ち昇る煙が確認できた。うっすらと緑色をした変わった煙だ。
「あれは我々が使う狼煙です。クライン卿とベッシュは無事に村にたどり着いたようですね」
「ああ、よかったです」
早く安心させてあげたいと、私は力を振り絞って雪を漕ぎ、足を前に進めた。流石に雪と数粒のキャラメルだけでは水分も栄養も不足して、疲れ果てていた。
「アルミナ様!!」
「ご無事で……!本当によかったです」
高いところから見張っていたのか、クライン卿とベッシュは早くから私たちを見つけて村の外まで出迎えくれた。
村で休めたはずなのに、2人ともげっそりと憔悴しきった様子だった。
「うぐっ、アルミナ様が生きててよかった……」
クライン卿は遠慮なく私に抱きつき、咽び泣くほどだ。彼の背中をさすりながら、つい茶化したくなる。
「私が死んだりしたら、クライン卿の経歴に大変な傷がつきますからね、心配でしたよね?」
「そ、そんな言い方やめて下さいよ、俺は本当に、心からアルミナ様の身を案じてたんです。まあ聖女なしで村に到着したときの村人の冷たい視線はやばかったですけどね!お前が死ねばよかったのにみたいな」
村の中では決して言えないような打ち明け話に、私はクスクスと笑った。
「おやおや、2人共、私の無事は喜んでくれないのですか?」
シュナイダー卿が肩をすくめ、ベッシュが大仰に抱き着いた。
「もちろん、私はシュナイダー卿の無事も祈ってましたとも」
「ええ、ベッシュならそうでしょう」
一見すると再会を喜び合う仲間たちの、涙ぐましい光景だ。だけど昨夜シュナイダー卿から色々と裏事情を聞いてしまったためか、今は腹の探り合いにも感じられた。
『私たち護衛役は、互いに牽制し合っています。本心では聖女の気を惹きたいし、できる限りそうするよう自分が属する派閥から命じられているのです』――とシュナイダー卿は言っていた。
シュナイダー卿は聖皇庁、クライン卿は国王、ベッシュはセスノヴァ大公から遣わされ、旅を通して大事な聖女が洗脳なんてされてしまわないよう、互いに見張り合う仲だったのだ。
「喉も渇いたし、お腹も空きました。早く村に行きましょう?」
シュナイダー卿が責められないよう、以前と変わらぬ態度で私は無邪気を装った。
4人で揃ってクレイシュ村へ入ると、待ち兼ねていた村人たちが盛大に出迎えてくれた。
「聖女様!無事のご到着を信じておりました!」
「女神様は私たちを見捨てなかったのですね!!」
英雄の凱旋かという勢いで人々は歓声を上げ、管楽器や太鼓が奏でられる。昨日はクライン卿とベッシュだけの到着で、その時点では聖女の生死が不明だったせいもあるだろう。
私は駆け寄る人々に微笑みかけ、傷病者がいれば最後の力を尽くして癒しながら大通りの真ん中を歩く。こんな山奥なのに、3階建てや4階建ての建物がいくつもある見事な景観が長く続いていた。
ここでも宿泊するのは村長の邸宅だったので、私たちはそこで歓待を受けた。温めたミルクやスープを出してもらい、胃の中から生き返ったような気持ちになる。
「この屋敷は温泉を引いていますので、ぜひ入浴なさって体を休めて下さい」
ひと心地ついた頃世話係の女性にそう勧められ、私は乗り気で腰を浮かせる。温泉なんて初めてだ。
「そうします……シュナイダー卿も入ったほうがいいんじゃないですか?クライン卿と、ベッシュも」
ゆっくり浸かって来ようと、男性陣にも声をかけた。すると彼らは苦笑した。含みのある笑みだ。
「今回の不手際について、我々は早急に議論しなくてはなりません。アルミナ様はどうぞお体を労ってきて下さい」
くれぐれも、ひとりで外出しないようにと釘を差してシュナイダー卿は顔を背けた。クライン卿は厳しい顔をしていた。ベッシュもだ。
「わかりました」
仕方なく、何もわからない素振りで私は案内の女性について部屋を出た。
寝ると体温が下がるからいけない、というシュナイダー卿の主張に従って、私たちは夜を徹して語り明かした。
「では行きましょうか、アルミナ様」
「はい」
シュナイダー卿はすくっと立ち上がり、軽く伸びをした。白い外套のボタンを閉め直すと、いつもの隙のない聖騎士の格好となった。
私も脱いでいた外套を着込み、フードを被った。
「……ここを出たら、私たちはただの護衛と聖女に戻ります」
「わかっていますよ」
シュナイダー卿が軽く屈み込み、フードに押さえつけられた私の前髪を手櫛で整えた。間近にある彼の白皙の美貌には、睡眠不足によってできた翳りがある。それが退廃的な色気を醸し出していた。最後に、思い出になるようなキスでもしてくれないかと彼の腕の辺りにそっと触れる。
「アルミナ様……」
何か言いかけ、それを途中で止めた彼は私を抱きしめた。シュナイダー卿らしいやり方に胸がいっぱいになる。聖女と聖騎士だからという理由だけでなく、彼の護衛としての任期はあと半年で終わりだ。
必要以上の触れ合いはあとでつらくなるだけだから、これで終わるのが優しさだと思った。
洞窟から出ると、眩しい太陽光が目に染みた。辺り一面に降り積もった真っ白な雪を踏みしめる。ギュムギュムとした音を聞きながら、クレイシュ村を目指し始めた。
道中は、無言だった。聞こえるのは私とシュナイダー卿の呼吸と足音だけだった。ほかに生き物が見当たらず、あまりに静かなので、この世界に私たちしかいないような感覚だ。いっそ永遠に村に辿り着かなければいいのに、と感傷的な気分に浸ってしまう。
「この崖を登ります。少々お待ち下さい」
そんな気分をぶち壊すのもシュナイダー卿だった。雪原に対してほぼ垂直の崖にくさびを打ちながらスイスイと登り、上から縄を垂らしてくれた。昨夜も触感で筋肉すごいな、実は着やせするんだと思ってたけど。室内で聖書を読んでいるのがぴったりの涼しげな顔立ちで、荒々しい肉体を持つのは頭がおかしくなりそうだからやめて欲しい。
「どうぞ、アルミナ様」
「ありがとうございます……」
雪を食べつつしばらく歩くと、目的地であるクレイシュ村から立ち昇る煙が確認できた。うっすらと緑色をした変わった煙だ。
「あれは我々が使う狼煙です。クライン卿とベッシュは無事に村にたどり着いたようですね」
「ああ、よかったです」
早く安心させてあげたいと、私は力を振り絞って雪を漕ぎ、足を前に進めた。流石に雪と数粒のキャラメルだけでは水分も栄養も不足して、疲れ果てていた。
「アルミナ様!!」
「ご無事で……!本当によかったです」
高いところから見張っていたのか、クライン卿とベッシュは早くから私たちを見つけて村の外まで出迎えくれた。
村で休めたはずなのに、2人ともげっそりと憔悴しきった様子だった。
「うぐっ、アルミナ様が生きててよかった……」
クライン卿は遠慮なく私に抱きつき、咽び泣くほどだ。彼の背中をさすりながら、つい茶化したくなる。
「私が死んだりしたら、クライン卿の経歴に大変な傷がつきますからね、心配でしたよね?」
「そ、そんな言い方やめて下さいよ、俺は本当に、心からアルミナ様の身を案じてたんです。まあ聖女なしで村に到着したときの村人の冷たい視線はやばかったですけどね!お前が死ねばよかったのにみたいな」
村の中では決して言えないような打ち明け話に、私はクスクスと笑った。
「おやおや、2人共、私の無事は喜んでくれないのですか?」
シュナイダー卿が肩をすくめ、ベッシュが大仰に抱き着いた。
「もちろん、私はシュナイダー卿の無事も祈ってましたとも」
「ええ、ベッシュならそうでしょう」
一見すると再会を喜び合う仲間たちの、涙ぐましい光景だ。だけど昨夜シュナイダー卿から色々と裏事情を聞いてしまったためか、今は腹の探り合いにも感じられた。
『私たち護衛役は、互いに牽制し合っています。本心では聖女の気を惹きたいし、できる限りそうするよう自分が属する派閥から命じられているのです』――とシュナイダー卿は言っていた。
シュナイダー卿は聖皇庁、クライン卿は国王、ベッシュはセスノヴァ大公から遣わされ、旅を通して大事な聖女が洗脳なんてされてしまわないよう、互いに見張り合う仲だったのだ。
「喉も渇いたし、お腹も空きました。早く村に行きましょう?」
シュナイダー卿が責められないよう、以前と変わらぬ態度で私は無邪気を装った。
4人で揃ってクレイシュ村へ入ると、待ち兼ねていた村人たちが盛大に出迎えてくれた。
「聖女様!無事のご到着を信じておりました!」
「女神様は私たちを見捨てなかったのですね!!」
英雄の凱旋かという勢いで人々は歓声を上げ、管楽器や太鼓が奏でられる。昨日はクライン卿とベッシュだけの到着で、その時点では聖女の生死が不明だったせいもあるだろう。
私は駆け寄る人々に微笑みかけ、傷病者がいれば最後の力を尽くして癒しながら大通りの真ん中を歩く。こんな山奥なのに、3階建てや4階建ての建物がいくつもある見事な景観が長く続いていた。
ここでも宿泊するのは村長の邸宅だったので、私たちはそこで歓待を受けた。温めたミルクやスープを出してもらい、胃の中から生き返ったような気持ちになる。
「この屋敷は温泉を引いていますので、ぜひ入浴なさって体を休めて下さい」
ひと心地ついた頃世話係の女性にそう勧められ、私は乗り気で腰を浮かせる。温泉なんて初めてだ。
「そうします……シュナイダー卿も入ったほうがいいんじゃないですか?クライン卿と、ベッシュも」
ゆっくり浸かって来ようと、男性陣にも声をかけた。すると彼らは苦笑した。含みのある笑みだ。
「今回の不手際について、我々は早急に議論しなくてはなりません。アルミナ様はどうぞお体を労ってきて下さい」
くれぐれも、ひとりで外出しないようにと釘を差してシュナイダー卿は顔を背けた。クライン卿は厳しい顔をしていた。ベッシュもだ。
「わかりました」
仕方なく、何もわからない素振りで私は案内の女性について部屋を出た。
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