聖女ですが何も知らない狼獣人をだましています

植野あい

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踊り子 ベリンダ

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入浴の手伝いも断り、広い湯殿にひとりきりにしてもらう。そこは石柱に囲まれ、アーチ型の天井から冬の日光が射し込む素晴らしい大浴場だった。泳げないけれど、泳げそうなほど広い浴槽に温泉が張られ、もうもうと湯気を上げている。

 階段のところからそっと足を入れると、まだ冷えていたのか熱く感じた。少しずつ身体を慣れさせ、肩まで浸かるとため息が出た。

 水の精霊を象った彫刻を眺めながら、昨夜シュナイダー卿から聞いた話を思い浮かべる。

 聖女についてだ。

 私は聖女について、魔物を遠ざけるよう、いつの間にか街に来て女神像に祈ってくれるありがたい存在、くらいにしか思っていなかった。

 でも聖女とは、もっと偉大で貴重な存在だったのだ。

 何せ、たったひとりで広大なアストエダム国全体の防衛を担っている。もしも聖女がいなければ、魔物から人々を守るため、各居住地区に数万人単位で兵士が必要となる。人手には限りがあるので、働き盛りの男性を兵士にしてしまえば、労働力が不足する。

 労働力が不足したら、農家は手が行き届かず食糧だって不足する――といった具合に悪循環が起こってしまうのだ。

 だから女神様が聖女を遣わせてくれるのだと、国は綱渡りのような危なっかしい聖女頼みの政策を続けてきた。神聖力に適応のある幼い女の子を集めて修行させ、聖女にさせる手法を確立させた慢心もあるらしい。

 だけど、近年は聖女が不足してきた。百年前は同じ時代に2人か3人はいたのに今はひとりだし、アルミナが15年前、5歳のときに女神様の声を聞いて聖女になってから、新しい聖女は現れていない。先代の聖女も既に高齢により亡くなった。

 アルミナが『女神様の試練によって記憶を奪われたことにしたら、なんとかなる』と呑気に笑っていたのもこの辺の事情なのだろう。聖皇庁は女神様が、アストエダム国を見放したのではないかと不安視しているのだ。

 聖皇庁と同じく、シュナイダー卿も聖女頼りの今の制度に疑問を持ち、変えたいと願っていると教えてくれた。

『次の聖女がいつ現れるともわからないまま、過酷な旅を続けるのはさぞおつらいでしょう。護衛の任を離れたら、私はアルミナ様の解放のために戦います』

 と誓ってくれた。

 お湯の表面を撫で、広がる波紋を眺めながら、私は失いたくない彼を思う。

 どうしたら、エミル・シュナイダーを私のものにできるだろう。彼が慈しみ、自身が傷つくことも厭わないほど愛する対象は、どこまでも聖女アルミナだ。

 私は勢いよくお湯に潜って、息を止める。10秒も経たないうちに、息苦しさが思考を埋め尽くした。ドクドクと鼓動がはやくなり、苦しさに耐えかね、私は顔を水面から出した。

「はあっ……はぁ……」

 これで、身体を返したくないからと、アルミナを殺そうなんてバカな発想をした私は死んだ。こんな苦しいこと、絶対に人にやってはいけない。

「よし、正面から頼んでみよう」

 アルミナは本当に聖女らしい、優しい人だ。泣いて縋って頼み込めば、きっと受け入れてくれる。

 それにアルミナは名誉欲などなさそうで、そんなものより自由を求めていた。聖女の旅がこの先数十年続くかもしれないとそれだけを恐れていたのだから、私の提案に乗ってくれる可能性は高かった。

「シュナイダー卿と結ばれなくても、たまに会えたらそれでいいわ」

 あの水色の瞳に愛情を湛え、私だけにしか見せない笑みをくれるのなら、それだけで生きていけそうな気がした。
 大した目標もなく、ただ小さな欲望を満たすためだけに過ごしていたのとはまるで違う。シュナイダー卿の心のために生きてみたかった。


 このときの私は頭がどうかしていたのだろう。疲れが限界に達したことで、逆に高揚していた。


 でもまさか、アルミナがあの街から姿を消したなんて考えもしなかった。
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