聖女ですが何も知らない狼獣人をだましています

植野あい

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聖騎士エミル・シュナイダー

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 私は抗えず、彼女に導かれるままベッドに乗り上げた。下から抱きついてくるアルミナ様の身体の柔らかさと体温に、一気に熱が上がった。

 また唇が押しつけられる。するりとアルミナ様の細い舌先が、私の唇の隙間を舐めた。嫌いな男にこんなことはしないはずで、私は小さな舌を迎え入れ、その甘さを味わった。それはベルベットのように滑らかで、ずっと舐めていたくなるのに、巧みに動いて私の口腔内を刺激する。
 世の中にこんなに気持ちいいことがあるとは知らなかった。

「アルミナがこんなキスを知ってると思う?」

 唇を離した彼女が、掠れた囁き声で問いかけた。濡れた唇がいつもより色づき、薔薇の花弁のようだ。

「わかりません、初めてなので……」
「勃ってる」
「……っ!」

 気がつけば普段と口調の違う彼女は、私の男性器に手を伸ばし、トラウザーズの上から撫で擦った。手つきが妙に上手く、目眩がするほど淫らで、まともな思考ができなくなりそうだ。

「キスだけでこんなになるくらい、アルミナが好きなの?」

 一片の理性が、違和感を拾った。淫蕩に堕ちようとする自らを律し、耳を澄ませる。アルミナ様の声には、呼吸には、押し殺した悲痛な響きが含まれているでないか。

「そんなところを触らないで下さい」
「どうして?清純なアルミナを汚されるようで嫌?」
「そのような言い方で、ご自分を傷つけるのはやめて欲しいのです」

 下半身に伸ばされていた彼女の小さな手を握った。肉体は間違いなくアルミナ様なのに、彼女は――本当にベリンダなのだろうか?
 信じたくないが、その主張を受け入れるだけの証拠は、記憶の中にいくつもあった。

 ベリンダという女性を引き連れ、ぎこちなく教会に戻ってきたあの日。遠くを見ては、哀愁を漂わせる横顔。雪山で挑発的な女性のような態度を取りながら、子どものように、私に甘えてきたあのとき。あれらの言動は全て、複雑な人生を送ってきた、アルミナ様とは別人の女性であることに起因していたのだ。

「何よ、心まで本当のアルミナじゃなきゃ嫌なの?」
「あなたを傷つけたくないだけです」

 壊れそうに脆い彼女の人物像が、ようやく私の中で完成した。ベリンダ。恐れと、怯えを溢れさせ、それでも愛情を求める悲しい人。

「理解が遅くて申し訳ありません。やっと呑み込めました。あなたはベリンダなのですね?」

 表に出さぬよう堪えるが、胸中は穏やかではなかった。ドクドクと心臓が早鐘を打っている。混乱と衝撃で、おかしくなりそうだ。

「そうよ……がっかりした?アルミナに好かれてると思って喜んでたのに、よく知らない女で」

 薄笑いを浮かべた彼女は、自分を価値のないものとして扱おうとしていた。

 以前に私が見たベリンダは、赤い髪に猫のような緑色の瞳をした、美しい女性だった。街を歩けばすぐ男性に声をかけられそうな美貌だというのに、なぜか自己嫌悪に満ちていた。

「どうか、そのように自分を卑下しないで下さい」
「だってシュナイダー卿が好きなのはアルミナでしょ?」
「アルミナ様への気持ちは、敬愛です」

 そう言ったものの、私は自分を恥じていた。アルミナ様が記憶を失ったと言い出して以降、良かれと思ってしてきたこと全てが裏目に出たということだ。軽率に誘惑に乗った己が恨めしい。

「今自分が何をしたか、忘れた?」

 ベリンダは嘲笑うように口の端を吊り上げる。

 返す言葉もなかった。私は、彼女がこうして教えてくれなければ、いつまでも入れ替わりに気付かなかっただろう。どんなに違う性格だとしても、外見上は間違いなくアルミナ様なのだから。

 それをなぜ告げたのか、そうせざるを得なかったのか。ベリンダの気持ちを考ると、強く胸が締めつけられる。

 何不自由なく育った私にだって、愛されたいという欲はある。惜しみなく愛情を注いでくれる両親と、かわいい妹たちがいても、こればかりは決して満たされない。家族以外の他者に認められ、あなたは特別だと言われたい、そう心のどこかで願っている。

 天蓋孤独のベリンダの渇望感は、如何ほどのものだろう。

「……私は、入れ替わってからのアルミナ様を好きになりました。それがベリンダ、あなただったのですね。私はあなたを素晴らしい人だと思っています」
「全然、信じられない」

 涙をこらえようとするベリンダの肩に手を置き、慰めの気持ちで軽くさする。実際のベリンダには触れられないので、こうするしかなかった。

「素晴らしいですって?どうせ私について調べて知ってるんでしょ?身寄りのない、体を商売道具にするしかない踊り子だって。私を可哀想と思うなら、続きをしてよ。今ここで抱いてよ」
「できませんよ、ここにいるのはアルミナ様の身体です」

 彼女が言う抱くとは、性行為を指していると思われた。私はどうにかベリンダを慰めようと必死で言葉を探す。

 それはこの場をやり過ごしたいという、自己保身からくる感情ではなかった。

自分などより、悲しみに暮れるベリンダを優先したいのだ。寒さに凍えた雪山でもそうだった。彼女といると、自分のことがどうでもよくなってしまう。
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