聖女ですが何も知らない狼獣人をだましています

植野あい

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聖騎士エミル・シュナイダー

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 しばらく、何を話すでもなくベリンダと抱き合っていた。今はアルミナ様の身体であっても、彼女の心臓を動かし、息づかせているのはベリンダの魂だ。微かにでも、それを感じていたかった。

 そうしているうちに、すっかり日が暮れてしまった。古い家の小さな窓からは宵闇と近隣の騒音が忍び込み、私たちにもう戻れと囁いているようだった。

「そろそろ、教会に戻らなくてはいけませんね」
「そうね」

 ベリンダが暮らしていた部屋の風景を目に焼き付け、私たちは家を出た。

「ところで、私のことはどう思ったの?」

 玄関ドアを施錠しながら、ベリンダがくるりと振り返る。

「はい?」
「見たでしょ?本当の私の……ベリンダの外見について、よ。エミルはやっぱり、ああいう赤毛で胸の大きなタイプは嫌いで、アルミナみたいな清楚系が好きなの?」
「それは……」

 男女の駆け引きに詳しくない私だが、あらゆる答えが不正解ではという予感がした。悪寒かもしれない。ベリンダの元の外見は美人だと思ったし、アルミナ様についても可愛らしいと思っている。ただそれをそのまま言うと、すごく好色な男のようになってしまいそうだ。

 大輪の赤い薔薇と小ぶりな白い薔薇を見たとき、特に深い意味もなく両方美しいと感じるだけなのに、今それは許されないのだろう。

 ベリンダが今後、どちらの身体で生きていくかはまだ決まっていない。私はみだりに口を滑らせるべきではないのだ。

「……あのときは、それどころではありませんでした。私はアルミナ様の護衛として、ベリンダなる見知らぬ女性が危険かどうか、それしか考えていませんでした」
「ふうん、うまく誤魔化すじゃない」

 ベリンダはにやりと、小悪魔のように笑う。

「誤魔化してなどいません。それより、教会に戻ったらあなたはまた、アルミナ様として演技して下さいね」
「わかってるわ」

 コホン、と咳払いをした彼女は表情を変えた。元々目の大きいアルミナ様の外見にぴったりの、小動物のようにきょろきょろとする目の動かし方だ。彼女たちが共に過ごしたのはたった数日なのに、癖をよく観察していたものだ。

「じゃあ戻りましょうか、シュナイダー卿」
「はい」

 彼女は、器用に発声まで変えていた。アルミナ様の堂々とした喋り方と非常によく似ている。もしも教えてくれなければ、やはりこれは見抜けなかっただろう。


 道すがら、ベリンダは大きな十字路で足を止めた。

「私とアルミナはここでぶつかって、魂が入れ替わったの」
「そうなんですか」

 私は周囲を見回す。暗闇に沈む古い建物や石畳に不気味さはあるものの、特別な感じはしない。

「1年後の同じ日付、同じ時間にここでぶつかれば戻れるらしいけれど、私はこのままでいたいわ。そうアルミナに頼んでみるつもりよ」
「アルミナ様はヴァントデンから戻ってくるでしょうか?」
「約束したから、絶対に戻って来る」

 ベリンダは確信しているようだった。私もそう思いたい。普通に憧れ、普通の女性のような言動をするアルミナ様だったが、聖女としての責任感はしっかりと持っていた。

 彼女はその気になれば、いくらでも他人の心を操れる。得意の『神聖力パンチ』なるもので見張りや護衛の胸にそっと触れ、放心させれば思いのままだ。いつでも逃げ出せたし、悪さをすることだって可能だった。しかしアルミナ様は、街や村をひとりで散策し、菓子類を買うだけだった。それで、夜までにはちゃんと帰って来る――そういう人だった。

 その最も大胆な例が、今なのだろうか。今頃は隣国ヴァントデンで珍しい菓子を食べ、普通の女性のように遊んでいるのかもしれない。



 ◆


 半年後、私たち聖女一行は巡礼の旅を終えた。旅の始まりであり、終わりの場所でもある女神教の総本山、イバンメ大聖堂で厳かな式が行われた。

「聖女アルミナ、聖騎士エミル・シュナイダー卿、精霊騎士クロヴィス・クライン卿、そしてフィルマン・ベッシュ卿」

 私たちの前に立つフェリシアン教皇が、名前を呼ぶ。彼は皺だらけの手で、それぞれの額に触れた。

「無事の帰還を祝い、旅路の終了をここに告げる。そなたたちの働きは素晴らしいものであった」

 決して無事の帰還ではなかった。
アルミナ様の魂はベリンダに入れ替わっているが、私たちは結託してそのことを外部に漏らさないことにした。なお、クライン卿とベッシュは未だに記憶喪失だと信じている。

 そして偉大なるフェリシアン教皇は聖騎士の私を信じてくれているため、私の虚偽の報告を何ひとつ疑うことはなかった。

「続いて、新しい護衛騎士の任命を行う」

 教皇の宣言に従い、ベリンダ以外の我々は後ろに下がる。緊張した面持ちの3人組がアルミナ様の横に並び立った。編成は今までと変わらず、聖騎士、精霊騎士、魔導具を持つ荷物持ちだ。ベリンダは澄ました顔で彼らに向かって小さく頷いた。

 嫉妬と、しばしの別れだという寂寥感が足元から私を崩してしまいそうだった。聖女の護衛は1年毎に入れ替わる。その原則は、私や聖女の気持ちとは全く無関係なのだ。
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