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聖騎士エミル・シュナイダー
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心の準備はしたはずなのに、昨夜も密かにベリンダと最後の別れを済ませたというのに、溢れる感情で目眩がした。
もし、旅の間にベリンダが心変わりでもしたら、私はきっと冷静ではいられないだろう。恋愛感情とは関係なしに聖女解放の道を求めてきたけれど、今の私は激しい独占欲の塊と化していた。
祝詞を読み上げる教皇の声が遠ざかっていくようで、気がつけば式は終わっていた。
私の異常に気づいたクライン卿に肘で小突かれ、ようやく我に返る。私はよろよろと赤い絨毯の敷かれた身廊を歩き、聖堂を後にした。これ以降、聖女であるベリンダと私的に会うことは叶わない。
「えーと、バレバレだったから」
魂が抜け落ちた気分で回廊を歩く私についてきたクライン卿が、そっと囁いた。本来ならクライン卿は自分の属する組織へ報告書を上げに戻らなくてはいけないはずなのに。
「……バレバレとは?」
「旅の間に、アルミナ様といい仲になったんですよね?俺の目は誤魔化せても、精霊の目は誤魔化せないんだなあ、これが」
「そうですか……」
キスくらいはしたが、規律を破ってはいないので、彼に咎められる覚えはなかった。
聖女に歪んだ教育をしたり、護衛騎士の入れ替えを行っていても、やはり寝食を共にする旅の間に恋愛感情が芽生えること自体は、過去の歴史でもよくあることだ。
聖女が引退するとき、待っていた元護衛騎士たちが一斉に求婚した、という珍事も記録に残っている。ただ現在は、次の聖女がいないという問題があまりにも重大なのだ。
「まさか、お互いに老人になるまで待ってたりしないですよね?シュナイダー卿がこれから何をするのか、俺、すごく気になるんですけど。というかカタブツのシュナイダー卿がアルミナ様を落とすとは思わなかったなあ」
クライン卿は鳶色の髪をかき上げ、自分になびかなかったのが信じられないとばかりに戯けてみせた。
「落とすだなんて、そんな下品な言い方はやめて下さい」
「あーはいはい、失言でした。それはともかく?」
彼は器用に片眉を上げ、私に問いかける。真に聖女を思うのなら、何か策があって当然だと私を挑発しているようだ。国王派のクライン卿にどこまで情報を漏らしていいものか迷ったが、私は事実を述べることにした。
少しずつ、私は正気に戻りつつあった。ベリンダと物理的な距離は離れてしまっても、交わした情は霧のように消えはしない。自由に動けるようになった私が、やるべきことがあった。
「ええ、もちろん聖女に頼らない国策を探すつもりです」
「ふむ、例えば何を?」
「可能性は、ヴァントデンにあります」
「確かに向こうの国は聖女に頼らず、兵力で魔物対策をしていますね。獣人は強いから。でもまさか、派遣してもらうつもりですか?」
クライン卿はヴァントデン国の強力な獣人兵を派遣してもらえるよう動くのか、と勘違いしたようだ。
そもそも隣国と敵対関係にないとはいえ、他国からの兵力派遣はかなり厳しいだろう。もし可能だとしても、聖女に比べて多額の国家予算が必要となる。つまり荒唐無稽な話だった。
「兵力を借りにいくわけではありません。ただ、どうしても会って話をしなければならない人がいるのです」
ヴァントデン国に行ったアルミナ様の派手な動向は、逐一伝わってきていた。私の描いた生ぬるい想像図は、全くといっていいほど間違っていたのだ。
「誰ですか?」
「クライン卿も予測がついているのでは?王子妃のベリンダという方です」
王子妃ベリンダ――つまり、ベリンダの身体に入っているアルミナ様だ。信じ難いほど大胆にも、彼女は結婚をして王子妃となった。やや怒りすら感じている。
「ああ、今はもう手出し出来なくなった例のあの人ですか?彼女、こちらからの外交官とは絶対に会わないそうですよ」
国政に詳しいクライン卿は渋いものを食べたかのように眉を寄せた。
確かに会うことすら難しいかもしれないが、私はどのような手段を使っても、アルミナ様と接触する必要があった。
もし、旅の間にベリンダが心変わりでもしたら、私はきっと冷静ではいられないだろう。恋愛感情とは関係なしに聖女解放の道を求めてきたけれど、今の私は激しい独占欲の塊と化していた。
祝詞を読み上げる教皇の声が遠ざかっていくようで、気がつけば式は終わっていた。
私の異常に気づいたクライン卿に肘で小突かれ、ようやく我に返る。私はよろよろと赤い絨毯の敷かれた身廊を歩き、聖堂を後にした。これ以降、聖女であるベリンダと私的に会うことは叶わない。
「えーと、バレバレだったから」
魂が抜け落ちた気分で回廊を歩く私についてきたクライン卿が、そっと囁いた。本来ならクライン卿は自分の属する組織へ報告書を上げに戻らなくてはいけないはずなのに。
「……バレバレとは?」
「旅の間に、アルミナ様といい仲になったんですよね?俺の目は誤魔化せても、精霊の目は誤魔化せないんだなあ、これが」
「そうですか……」
キスくらいはしたが、規律を破ってはいないので、彼に咎められる覚えはなかった。
聖女に歪んだ教育をしたり、護衛騎士の入れ替えを行っていても、やはり寝食を共にする旅の間に恋愛感情が芽生えること自体は、過去の歴史でもよくあることだ。
聖女が引退するとき、待っていた元護衛騎士たちが一斉に求婚した、という珍事も記録に残っている。ただ現在は、次の聖女がいないという問題があまりにも重大なのだ。
「まさか、お互いに老人になるまで待ってたりしないですよね?シュナイダー卿がこれから何をするのか、俺、すごく気になるんですけど。というかカタブツのシュナイダー卿がアルミナ様を落とすとは思わなかったなあ」
クライン卿は鳶色の髪をかき上げ、自分になびかなかったのが信じられないとばかりに戯けてみせた。
「落とすだなんて、そんな下品な言い方はやめて下さい」
「あーはいはい、失言でした。それはともかく?」
彼は器用に片眉を上げ、私に問いかける。真に聖女を思うのなら、何か策があって当然だと私を挑発しているようだ。国王派のクライン卿にどこまで情報を漏らしていいものか迷ったが、私は事実を述べることにした。
少しずつ、私は正気に戻りつつあった。ベリンダと物理的な距離は離れてしまっても、交わした情は霧のように消えはしない。自由に動けるようになった私が、やるべきことがあった。
「ええ、もちろん聖女に頼らない国策を探すつもりです」
「ふむ、例えば何を?」
「可能性は、ヴァントデンにあります」
「確かに向こうの国は聖女に頼らず、兵力で魔物対策をしていますね。獣人は強いから。でもまさか、派遣してもらうつもりですか?」
クライン卿はヴァントデン国の強力な獣人兵を派遣してもらえるよう動くのか、と勘違いしたようだ。
そもそも隣国と敵対関係にないとはいえ、他国からの兵力派遣はかなり厳しいだろう。もし可能だとしても、聖女に比べて多額の国家予算が必要となる。つまり荒唐無稽な話だった。
「兵力を借りにいくわけではありません。ただ、どうしても会って話をしなければならない人がいるのです」
ヴァントデン国に行ったアルミナ様の派手な動向は、逐一伝わってきていた。私の描いた生ぬるい想像図は、全くといっていいほど間違っていたのだ。
「誰ですか?」
「クライン卿も予測がついているのでは?王子妃のベリンダという方です」
王子妃ベリンダ――つまり、ベリンダの身体に入っているアルミナ様だ。信じ難いほど大胆にも、彼女は結婚をして王子妃となった。やや怒りすら感じている。
「ああ、今はもう手出し出来なくなった例のあの人ですか?彼女、こちらからの外交官とは絶対に会わないそうですよ」
国政に詳しいクライン卿は渋いものを食べたかのように眉を寄せた。
確かに会うことすら難しいかもしれないが、私はどのような手段を使っても、アルミナ様と接触する必要があった。
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