聖女ですが何も知らない狼獣人をだましています

植野あい

文字の大きさ
51 / 72
王弟妃 ベリンダ

51

しおりを挟む
 城砦の外側には手つかずの森が広がっている。私は、どこまでも続く針葉樹の深い緑の奥に目を凝らした。

 豆粒のように霞む小さな点が少しずつ大きくなり、見えてきたのは帰還するヴァントデンの獣人兵たち。その最後方にいるファルクこそ、私の待ち人だ。

 ヴァントデン国は、国土の半分以上が森林地帯だとファルクが教えてくれた。森からの恵みによって川に栄養が流れ、海が豊かになるという。自然と共生する獣人の国、それがヴァントデンだ。

 ただし、人に危害を与える魔物は即討伐しなければならない。放っておけば魔物は魔物同士で争い、捕食し合う。食物連鎖を繰り返すうち、体内の魔素が濃厚になり、より強い魔物に変化してしまう。

 そうなる前に、小さめで弱い魔物の数を減らすのがヴァントデンという国の体制だ。だから、強い力を持つ者が尊敬される。

 私とファルクは、最も魔物が多いホザ城砦に滞在していた。ファルクの『逃げ出した臆病者』の汚名を雪ぐべく、活動を続けているのだ。

「本日も魔物討伐、ご苦労様でした」

 正門の前、階段上から私は声を張る。すっかりお馴染みとなり、整列する彼らのため、私は癒しの神聖力を辺り一面に広げた。目には見えない力によって傷と疲労がみるみるうちに治ると、戦闘後の興奮も冷めやらぬ彼らは雄叫びをあげる。

「ベリンダ王弟妃殿下に感謝申し上げます!」
「ありがとうございます!」

 ベリンダ王弟妃殿下、なんて呼ばれるのにはまだ慣れない。けれど狼の獣人兵たちが一斉に尻尾を振るのは壮観だった。

 人間より傷の治りが早い獣人の彼らは、よほど重傷でなければ自然治癒に頼ってきたという。ヴァントデン国の神官が希少というのもあるらしい。でも、生命誰だって痛みを長く感じていたくはないだろう。

 獣人相手には神聖力を隠しきれないのもあり、私は開き直って神聖力の大盤振る舞いしていた。

 おかげで、皆からの評判はいい。隣国の人間、しかも平民出身であっても、受け入れられてきたかなと思うこの頃だ。

 兵たちの治癒を終えた私は、疲労を隠して建物の中へと身を隠した。そこには私の世話を焼いてくれる侍女のローズがいる。やはり狼の獣人で、褐色の肌に銀髪の大柄な人だ。

「ベリンダ様、大丈夫ですか?」
「ええ、問題ありません」
「お疲れでしょうから、休憩して下さい。さあこちらに」

 彼女は心配そうな顔つきで、私を支えようとする。今までに何度もふらついたのを知っているせいだろう。

「大丈夫ですよ」

 本当は疲れていたけれど、私は強がる。ベリンダの身体であるため、どうしても以前のようには神聖力を扱えなかった。

 暇を見つけては瞑想したり、暗闇での鍛錬をしてみたけれど、まるで全身の毛穴が塞がっているみたいでもどかしい。
 やはり世間で言われている通り、神聖力は幼いうちに修行しなければ上手くいかないものなのだろう。

 それでも私は、限界までがんばらなければ落ち着かなかった。心から休暇を楽しめたのは、ベリンダと離れたばかりのあの数日だけだ。

 あんなに嫌だった聖女の義務だけれど、結局はこの力を人々のために使っていないと、私はうまく息ができない。アストエダムで神聖力を込めたドリンクを売ろうとして聖騎士に捕まりかけたのも、きっとそのせいだ。

「あ、王弟殿下がこちらにいらっしゃいますよ」

 ローズが敏感な嗅覚と聴覚で、ファルクの接近を知らせてくれる。すぐに廊下の曲がり角から、鎧を着たファルクが姿を見せた。先ほどは整列する兵士たちの最後尾にいたから遠かったけれど、駆けつけてくれたようだ。

「アルミナ、大丈夫か?」

 ヴァントデンに戻り、王族として復帰した彼は急激に威厳を身に着けた。褐色の肌と漆黒の髪はより雄々しく、金色の双眸は鋭さを増した。18歳ともなれば普通は身長の伸びも止まり始めるけれど、さらに伸びた気さえする。

「大したことじゃないわ。妃としてこのくらい、当然の務めじゃない?」

 私はファルクが近くに来てくれた嬉しさで、自然と笑顔になる。朝に出発してから半日しか離れていないのに、再会の喜びに胸がいっぱいなのもおかしかった。
 ローズに代わってファルクが私の手を取る。大きくて、温かい彼の手こそ幸せの源泉という感じがした。

 彼の眼差しが和らぎ、私に微笑む。

「いつもありがとう、アルミナ」

 ファルクだけは私を本名で呼ぶ。愛称、ということで押し通していた。アストエダムの聖女アルミナの名前はこちらでも有名らしいが、魂の入れ替わりなんて、馬鹿らしくて誰も考えたりしない。だから全く問題はなかった。

「ううん、私とファルクは一心同体なんだから」
「そう言ってくれて嬉しいよ。俺は毎日、どの瞬間も思うんだ。アルミナに出会えてよかった」
「ファルク……!私もそう思うの」

 甘い雰囲気を察したのか、ローズは静かに離れていく。よく見ると、ファルクが尻尾であっちへ行けとばかりに合図をしていたのだった。この国の人たちは、言葉以外でやり取りする情報がとても多い。

 ただ、この鋭すぎる感覚のせいで私とファルクは『行き着くところまで行った仲』と見なされている。そして結婚までしてしまったのだ。

 ファルクの叔父、ユルゲン閣下がテキパキと式の準備などを手配して、どうにも止めきれなかった。最初は浮かれていた私でさえ、ちょっとまずいかなと正気に返るくらい盛大な式を挙げてしまった。国内外に通達された覆せない事実だ。

 半年後に迫る約束の日を思うと、実は少しお腹が痛くなる。ベリンダは、妊娠以外は何をしてもいい、と言ってくれたけれど結婚も普通に考えてダメだろう。

 憂鬱を疲れのせいにして、私はファルクに寄りかかった。

「どうした?」
「こうしてたいの」
「そうか」

 必要以上にいちゃつきながら、お茶の用意があるいつもの応接室へと向かった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

永遠の十七歳なんて、呪いに決まってる

鷹 綾
恋愛
永遠の十七歳―― それは祝福ではなく、三百年続く“呪い”だった。 公には「名門イソファガス家の孫娘」として知られる少女キクコ。 だがその正体は、歴史の裏側で幾度も国を救ってきた不老の元聖女であり、 王家すら真実を知らぬ“生きた時代遺産”。 政治も権力も、面倒ごとは大嫌い。 紅茶と読書に囲まれた静かな余生(?)を望んでいたキクコだったが―― 魔王討伐後、王位継承問題に巻き込まれたことをきっかけに、 まさかの王位継承権十七位という事実が発覚する。 「……私が女王? 冗談じゃないわ」 回避策として動いたはずが、 誕生した新国王アルフェリットから、なぜか突然の求婚。 しかも彼は、 幼少期に命を救われた“恩人”がキクコであることを覚えていた―― 年を取らぬ姿のままで。 永遠に老いない少女と、 彼女の真実を問わず選んだ自分ファーストな若き王。 王妃になどなる気はない。 けれど、逃げ続けることももうできない。 これは、 歴史の影に生きてきた少女が、 はじめて「誰かの隣」を選ぶかもしれない物語。 ざまぁも陰謀も押し付けない。 それでも―― この国で一番、誰よりも“強い”のは彼女だった。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

処理中です...