聖女ですが何も知らない狼獣人をだましています

植野あい

文字の大きさ
52 / 72
王弟妃 ベリンダ

52

しおりを挟む
城砦にはいくつも部屋があるが、そのうちのひとつ、ほとんど私たち専用と化した部屋に入るとファルクは微笑んだ。

「アルミナは神聖力を使ったから、たくさん食べないとな」

 室内のテーブルには、私好みの甘いお菓子がたっぷり並べられていた。ヴァントデンではタルトがお茶菓子の定番らしく、色とりどりのフルーツが目にも鮮やかだ。

「はい、紅茶」

 私が椅子に座ると、ファルクはいつものように甲斐甲斐しくポットの紅茶を注ぎ淹れ、私の前に差し出した。王弟という身分に戻ってからも、二人きりになると私の世話をやってくれるのだ。

「ありがとう」

 彼はタルトも大皿から綺麗に取り分け、金のフォークで一口ずつ私に食べさせようとしてくれる。

「うまいか?」
「うん、おいしい」

 ファルクは極上の笑みを浮かべる。狼の獣人である彼は、つがいの私をものすごく大事にしてくれる。できる限り一緒にいようとするし、ほかの人には目もくれない。狼の獣人はアストエダムですごくモテるらしいが、それも納得だった。

 こんなふうにドロドロに甘やかされて月日を重ねるごとに、もう離れられないと感じる。こんなにおいしいタルトだって、彼なしではきっと味がしない。

「アルミナ?具合が悪いのか?いや、そんな訳ないか。悩みごとか?」

 つい表情に出てしまったのか、ファルクはフォークを置き、するりと私の頬を撫でる。神聖力で自分を治せる私に限って具合が悪いなんてことはなく、肌荒れさえ無縁だ。

「……ちょっとね、いつまでもこうしてたいって考えちゃったの」

 期限つきの幸せを噛みしめるたびに、どこか怖くなってしまう。私が自由を謳歌できるのは、あと半年だけだ。ベリンダはきっと、元に戻る選択をするだろう。

「……おいで」

 ファルクはぽんと自分の腿を叩いた。私は慣れた動作でその上に横座りになり、彼のたくましい首に腕を絡める。

 こんなふうに、私たちは毎晩のように触り合って不安を解消している。その流れで鬱屈した欲望まで慰めあってしまうけれど、ファルクのこだわりによってまだ最後までは致していない。

「何があっても、俺はアルミナと一緒だから」
「でも、ファルクは立場があるでしょう。折角こうやって名誉回復してるのに、次の聖女が現れるまで何十年も私の旅についてくるの?」
「ああ」
「そんなのだめよ」

 彼のふさふさした狼の耳の付け根を撫で、いたずらに先端を口に咥える。ファルクは抵抗して耳をピクピクさせた。

「いいんだ、俺はアルミナに全部捧げる覚悟だ」
「最後までしてくれないくせに……」
「それは……」

 ファルクは凛々しい眉を困らせ、わかってるだろ、と言外に主張する。元の身体に戻る可能性があるうちは、我慢するらしい。これも何度も繰り返した、意味のない押し問答だ。それでも内側に溜め込んでもやもやするよりは、ずっとましだった。

 いたずら心でファルクの瑞々しい首筋に指を這わせ、盛り上がった胸筋に触れる。彼は我慢強く、最後の一線は絶対に越えないが、誘惑には弱かった。早くも呼吸が乱れ、胸が上下し始める。

 そのとき、ノックが鳴り響いた。

「王弟殿下、お取り込み中申し訳ございません。お客様がお見えです」

 ドアの外から、城砦の侍女頭が用件を伝える。ファルクは頭を振って、素早く冷静さを取り戻した。

「誰だ?」
「アストエダム国の使節団でございます。その代表者が、どうしても王弟妃殿下に一目お会いしたい、名前を伝えればきっとわかると申しておりました」

 ファルクは私に目配せをした。アストエダム国からの使者は、面倒なので全て面会を断ってきた。あちらとやり取りするのは、半年後の約束の日だけで十分だからだ。だけど、名前を伝えればわかるとはどういう意味だろう。

「その者の名前は?」
「エミル・シュナイダー卿です」

 ファルクが問い、侍女頭は名を告げた。

 聞き覚えのある名前に、私の肩がビクリと反応してしまう。ファルクは私の知人と受け取ったのか、心配そうに眉を下げた。

「どうする?」
「シュナイダー卿なら、会わないと……」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

永遠の十七歳なんて、呪いに決まってる

鷹 綾
恋愛
永遠の十七歳―― それは祝福ではなく、三百年続く“呪い”だった。 公には「名門イソファガス家の孫娘」として知られる少女キクコ。 だがその正体は、歴史の裏側で幾度も国を救ってきた不老の元聖女であり、 王家すら真実を知らぬ“生きた時代遺産”。 政治も権力も、面倒ごとは大嫌い。 紅茶と読書に囲まれた静かな余生(?)を望んでいたキクコだったが―― 魔王討伐後、王位継承問題に巻き込まれたことをきっかけに、 まさかの王位継承権十七位という事実が発覚する。 「……私が女王? 冗談じゃないわ」 回避策として動いたはずが、 誕生した新国王アルフェリットから、なぜか突然の求婚。 しかも彼は、 幼少期に命を救われた“恩人”がキクコであることを覚えていた―― 年を取らぬ姿のままで。 永遠に老いない少女と、 彼女の真実を問わず選んだ自分ファーストな若き王。 王妃になどなる気はない。 けれど、逃げ続けることももうできない。 これは、 歴史の影に生きてきた少女が、 はじめて「誰かの隣」を選ぶかもしれない物語。 ざまぁも陰謀も押し付けない。 それでも―― この国で一番、誰よりも“強い”のは彼女だった。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

二度目の子育て~我が子を可愛がったら溺愛されました

三園 七詩
恋愛
私は一人娘の優里亜の母親だった。 優里亜は幼い頃から体が弱く病院でほとんどの時間を過ごしていた。 優里亜は本が好きでよく私にも本の話をしてくれた。 そんな優里亜の病状が悪化して幼くして亡くなってしまう。 絶望に打ちひしがれている時事件に巻き込まれ私も命を落とした。 そして気がつくと娘の優里亜が大好きだった本の世界に入り込んでいた。

処理中です...