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王弟妃 ベリンダ
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城砦にはいくつも部屋があるが、そのうちのひとつ、ほとんど私たち専用と化した部屋に入るとファルクは微笑んだ。
「アルミナは神聖力を使ったから、たくさん食べないとな」
室内のテーブルには、私好みの甘いお菓子がたっぷり並べられていた。ヴァントデンではタルトがお茶菓子の定番らしく、色とりどりのフルーツが目にも鮮やかだ。
「はい、紅茶」
私が椅子に座ると、ファルクはいつものように甲斐甲斐しくポットの紅茶を注ぎ淹れ、私の前に差し出した。王弟という身分に戻ってからも、二人きりになると私の世話をやってくれるのだ。
「ありがとう」
彼はタルトも大皿から綺麗に取り分け、金のフォークで一口ずつ私に食べさせようとしてくれる。
「うまいか?」
「うん、おいしい」
ファルクは極上の笑みを浮かべる。狼の獣人である彼は、番の私をものすごく大事にしてくれる。できる限り一緒にいようとするし、ほかの人には目もくれない。狼の獣人はアストエダムですごくモテるらしいが、それも納得だった。
こんなふうにドロドロに甘やかされて月日を重ねるごとに、もう離れられないと感じる。こんなにおいしいタルトだって、彼なしではきっと味がしない。
「アルミナ?具合が悪いのか?いや、そんな訳ないか。悩みごとか?」
つい表情に出てしまったのか、ファルクはフォークを置き、するりと私の頬を撫でる。神聖力で自分を治せる私に限って具合が悪いなんてことはなく、肌荒れさえ無縁だ。
「……ちょっとね、いつまでもこうしてたいって考えちゃったの」
期限つきの幸せを噛みしめるたびに、どこか怖くなってしまう。私が自由を謳歌できるのは、あと半年だけだ。ベリンダはきっと、元に戻る選択をするだろう。
「……おいで」
ファルクはぽんと自分の腿を叩いた。私は慣れた動作でその上に横座りになり、彼のたくましい首に腕を絡める。
こんなふうに、私たちは毎晩のように触り合って不安を解消している。その流れで鬱屈した欲望まで慰めあってしまうけれど、ファルクのこだわりによってまだ最後までは致していない。
「何があっても、俺はアルミナと一緒だから」
「でも、ファルクは立場があるでしょう。折角こうやって名誉回復してるのに、次の聖女が現れるまで何十年も私の旅についてくるの?」
「ああ」
「そんなのだめよ」
彼のふさふさした狼の耳の付け根を撫で、いたずらに先端を口に咥える。ファルクは抵抗して耳をピクピクさせた。
「いいんだ、俺はアルミナに全部捧げる覚悟だ」
「最後までしてくれないくせに……」
「それは……」
ファルクは凛々しい眉を困らせ、わかってるだろ、と言外に主張する。元の身体に戻る可能性があるうちは、我慢するらしい。これも何度も繰り返した、意味のない押し問答だ。それでも内側に溜め込んでもやもやするよりは、ずっとましだった。
いたずら心でファルクの瑞々しい首筋に指を這わせ、盛り上がった胸筋に触れる。彼は我慢強く、最後の一線は絶対に越えないが、誘惑には弱かった。早くも呼吸が乱れ、胸が上下し始める。
そのとき、ノックが鳴り響いた。
「王弟殿下、お取り込み中申し訳ございません。お客様がお見えです」
ドアの外から、城砦の侍女頭が用件を伝える。ファルクは頭を振って、素早く冷静さを取り戻した。
「誰だ?」
「アストエダム国の使節団でございます。その代表者が、どうしても王弟妃殿下に一目お会いしたい、名前を伝えればきっとわかると申しておりました」
ファルクは私に目配せをした。アストエダム国からの使者は、面倒なので全て面会を断ってきた。あちらとやり取りするのは、半年後の約束の日だけで十分だからだ。だけど、名前を伝えればわかるとはどういう意味だろう。
「その者の名前は?」
「エミル・シュナイダー卿です」
ファルクが問い、侍女頭は名を告げた。
聞き覚えのある名前に、私の肩がビクリと反応してしまう。ファルクは私の知人と受け取ったのか、心配そうに眉を下げた。
「どうする?」
「シュナイダー卿なら、会わないと……」
「アルミナは神聖力を使ったから、たくさん食べないとな」
室内のテーブルには、私好みの甘いお菓子がたっぷり並べられていた。ヴァントデンではタルトがお茶菓子の定番らしく、色とりどりのフルーツが目にも鮮やかだ。
「はい、紅茶」
私が椅子に座ると、ファルクはいつものように甲斐甲斐しくポットの紅茶を注ぎ淹れ、私の前に差し出した。王弟という身分に戻ってからも、二人きりになると私の世話をやってくれるのだ。
「ありがとう」
彼はタルトも大皿から綺麗に取り分け、金のフォークで一口ずつ私に食べさせようとしてくれる。
「うまいか?」
「うん、おいしい」
ファルクは極上の笑みを浮かべる。狼の獣人である彼は、番の私をものすごく大事にしてくれる。できる限り一緒にいようとするし、ほかの人には目もくれない。狼の獣人はアストエダムですごくモテるらしいが、それも納得だった。
こんなふうにドロドロに甘やかされて月日を重ねるごとに、もう離れられないと感じる。こんなにおいしいタルトだって、彼なしではきっと味がしない。
「アルミナ?具合が悪いのか?いや、そんな訳ないか。悩みごとか?」
つい表情に出てしまったのか、ファルクはフォークを置き、するりと私の頬を撫でる。神聖力で自分を治せる私に限って具合が悪いなんてことはなく、肌荒れさえ無縁だ。
「……ちょっとね、いつまでもこうしてたいって考えちゃったの」
期限つきの幸せを噛みしめるたびに、どこか怖くなってしまう。私が自由を謳歌できるのは、あと半年だけだ。ベリンダはきっと、元に戻る選択をするだろう。
「……おいで」
ファルクはぽんと自分の腿を叩いた。私は慣れた動作でその上に横座りになり、彼のたくましい首に腕を絡める。
こんなふうに、私たちは毎晩のように触り合って不安を解消している。その流れで鬱屈した欲望まで慰めあってしまうけれど、ファルクのこだわりによってまだ最後までは致していない。
「何があっても、俺はアルミナと一緒だから」
「でも、ファルクは立場があるでしょう。折角こうやって名誉回復してるのに、次の聖女が現れるまで何十年も私の旅についてくるの?」
「ああ」
「そんなのだめよ」
彼のふさふさした狼の耳の付け根を撫で、いたずらに先端を口に咥える。ファルクは抵抗して耳をピクピクさせた。
「いいんだ、俺はアルミナに全部捧げる覚悟だ」
「最後までしてくれないくせに……」
「それは……」
ファルクは凛々しい眉を困らせ、わかってるだろ、と言外に主張する。元の身体に戻る可能性があるうちは、我慢するらしい。これも何度も繰り返した、意味のない押し問答だ。それでも内側に溜め込んでもやもやするよりは、ずっとましだった。
いたずら心でファルクの瑞々しい首筋に指を這わせ、盛り上がった胸筋に触れる。彼は我慢強く、最後の一線は絶対に越えないが、誘惑には弱かった。早くも呼吸が乱れ、胸が上下し始める。
そのとき、ノックが鳴り響いた。
「王弟殿下、お取り込み中申し訳ございません。お客様がお見えです」
ドアの外から、城砦の侍女頭が用件を伝える。ファルクは頭を振って、素早く冷静さを取り戻した。
「誰だ?」
「アストエダム国の使節団でございます。その代表者が、どうしても王弟妃殿下に一目お会いしたい、名前を伝えればきっとわかると申しておりました」
ファルクは私に目配せをした。アストエダム国からの使者は、面倒なので全て面会を断ってきた。あちらとやり取りするのは、半年後の約束の日だけで十分だからだ。だけど、名前を伝えればわかるとはどういう意味だろう。
「その者の名前は?」
「エミル・シュナイダー卿です」
ファルクが問い、侍女頭は名を告げた。
聞き覚えのある名前に、私の肩がビクリと反応してしまう。ファルクは私の知人と受け取ったのか、心配そうに眉を下げた。
「どうする?」
「シュナイダー卿なら、会わないと……」
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