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王弟妃 ベリンダ
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私とファルクは部屋を移動し、シュナイダー卿が待つ応接室へと向かった。
侍従が扉を開け、王弟と王弟妃の来たことを告げる。部屋には全部で5人のアストエダム使節団がいた。彼らは恭しく頭を下げて待機していた。中央にいるのが、聖騎士の衣装を着たシュナイダー卿だ。半年前と全く変わっていない。彼以外は知らない人たちだった。
「どうぞ、楽にして下さい」
私が声をかけるとシュナイダー卿の艶のある黒髪の頭を上げた。久しぶりに冷たい水色の瞳と対峙する。私とファルクも大理石のテーブルを挟み、向かいの長椅子に腰掛けた。
「私がここに来た理由をご存じですよね?」
礼儀のかけらもなく、彼は唐突に用件を切り出した。驚いたのは使節団の人たちだ。
「……彼女から聞いたのですか?」
咎めようとする彼らを制し、私は無理に微笑んだ。固有名詞は避けているが、心臓が嫌な高鳴り方をする。彼がわざわざやって来たからには、理由があるに決まっているし、ベリンダが関わっている可能性が高かった。
「そうです」
予感は的中した。シュナイダー卿は入れ替わりの事実を知っているとばかりに一瞬だけ微笑を浮かべ、すぐに引っ込めた。このまま話していいのか、と問うていた。
「申し訳ありませんが……シュナイダー卿だけ残って、ほかの方は出てください」
ひとまず、事情を知らなそうな使節団の人たちは部屋の外に出てもらうことにした。訳のわかっていない彼らがぞろぞろと部屋を出る間中、シュナイダー卿は私を睨みつけていた。以前から私に対して常に不機嫌そうで、何かしら文句をつけてくる人だったが、会わない間に充填したのか今にも爆発しそうだった。
ついに私とファルク、シュナイダー卿だけになる。満を持してシュナイダー卿が息を吸った。
「お元気そうですね?アルミナ様」
最初からなかなかの皮肉だ。
「……ええまあ。お陰さまで。シュナイダー卿は、私にお説教しに来たのですか?」
「違います。他人の身体と身分を使って結婚までするアルミナ様には、呆れてものも言えませんから」
十分に非難できてるじゃない。そう思ったけれど、私は後ろめたさから言い返せない。
「結婚はアルミナだけの責任ではなく、俺の責任でもある。しかし、卿に感情的に責められる謂れはないのでは?ただ半年ほどを過ごしただけの元護衛だろう?」
ファルクがいつもより低い声で、威厳たっぷりに発言した。年齢こそシュナイダー卿より若いが、王族らしく、上に立つ者の雰囲気を醸し出していた。実際に、立場はファルクのほうが強い。
ファルクに頼るつもりで少し寄りかかると、シュナイダー卿の目がますます冷たくなった。
「ええ、仰るとおりです。しかしながら、世間知らずのアルミナ様を連れ去り、結婚した殿下も大した方だと思いますよ。しかもアルミナ様が今の状態になって、わずか数日で連れ去りましたよね?今は中身がアルミナ様であると理解しているようですが、連れ去った当初は2年同居したベリンダと混同してたのではないですか?」
私はドキリとして、ファルクを見やる。まるでシュナイダー卿が全て目の当たりにしていたかのように、事実を言い当てたからだ。
けれどファルクはニヤリと不敵に笑い、尖った犬歯を見せた。流石に王宮育ち、駆け引きが上手い、と感心するしかない。
「アルミナを世間知らずに育てた認識はあるようだな。アストエダム国の人間として、シュナイダー卿も責任を感じたらどうだ?」
「それはもちろん感じていますよ」
「人権も何もあったものではない聖女教育をしたようじゃないか。俺だったからいいものの、もしもアルミナの近くにいたのがほかの男だったら、アルミナはひどい目に遭っただろうな」
「ですから聖女は本来、恋愛に興味を示さないよう教育されているのです」
「え?あれ?」
――いつの間にか、議題が私の世間知らずについて、になっている。
「あの、私とファルクと私はちゃんと愛し合ってますよ、大丈夫です」
「……そうですか。まあ既に結婚してしまったのでどうしようもないですね。それはともかく、ベリンダから伝言を預かっています」
やれやれ、と言いたげにシュナイダーが首を振った。私は前のめりになる。
「ベリンダは何て?」
「結婚したからには、責任を取って。私もできたら、このまま元に戻らずに生きていきたい、とのことです」
「……ほ、本当に?」
願ってもない内容に、喜びがせり上がった。嬉しすぎて、いっそ吐きそうなくらいだ。
「本当です。ですが、このままベリンダだけに聖女の役目を全て負わせるのはあまりに無責任ではありませんか?次の聖女が現れるまで、何年かかるか不明なのです。戻って頂きたいと……」
「それをアルミナひとりに負わせていた国の人間が、まだ言うか」
ファルクの腹の底に響く声を上げた。横にいる私にまでビリビリ来る迫力で、シュナイダー卿が唇を噛む。
侍従が扉を開け、王弟と王弟妃の来たことを告げる。部屋には全部で5人のアストエダム使節団がいた。彼らは恭しく頭を下げて待機していた。中央にいるのが、聖騎士の衣装を着たシュナイダー卿だ。半年前と全く変わっていない。彼以外は知らない人たちだった。
「どうぞ、楽にして下さい」
私が声をかけるとシュナイダー卿の艶のある黒髪の頭を上げた。久しぶりに冷たい水色の瞳と対峙する。私とファルクも大理石のテーブルを挟み、向かいの長椅子に腰掛けた。
「私がここに来た理由をご存じですよね?」
礼儀のかけらもなく、彼は唐突に用件を切り出した。驚いたのは使節団の人たちだ。
「……彼女から聞いたのですか?」
咎めようとする彼らを制し、私は無理に微笑んだ。固有名詞は避けているが、心臓が嫌な高鳴り方をする。彼がわざわざやって来たからには、理由があるに決まっているし、ベリンダが関わっている可能性が高かった。
「そうです」
予感は的中した。シュナイダー卿は入れ替わりの事実を知っているとばかりに一瞬だけ微笑を浮かべ、すぐに引っ込めた。このまま話していいのか、と問うていた。
「申し訳ありませんが……シュナイダー卿だけ残って、ほかの方は出てください」
ひとまず、事情を知らなそうな使節団の人たちは部屋の外に出てもらうことにした。訳のわかっていない彼らがぞろぞろと部屋を出る間中、シュナイダー卿は私を睨みつけていた。以前から私に対して常に不機嫌そうで、何かしら文句をつけてくる人だったが、会わない間に充填したのか今にも爆発しそうだった。
ついに私とファルク、シュナイダー卿だけになる。満を持してシュナイダー卿が息を吸った。
「お元気そうですね?アルミナ様」
最初からなかなかの皮肉だ。
「……ええまあ。お陰さまで。シュナイダー卿は、私にお説教しに来たのですか?」
「違います。他人の身体と身分を使って結婚までするアルミナ様には、呆れてものも言えませんから」
十分に非難できてるじゃない。そう思ったけれど、私は後ろめたさから言い返せない。
「結婚はアルミナだけの責任ではなく、俺の責任でもある。しかし、卿に感情的に責められる謂れはないのでは?ただ半年ほどを過ごしただけの元護衛だろう?」
ファルクがいつもより低い声で、威厳たっぷりに発言した。年齢こそシュナイダー卿より若いが、王族らしく、上に立つ者の雰囲気を醸し出していた。実際に、立場はファルクのほうが強い。
ファルクに頼るつもりで少し寄りかかると、シュナイダー卿の目がますます冷たくなった。
「ええ、仰るとおりです。しかしながら、世間知らずのアルミナ様を連れ去り、結婚した殿下も大した方だと思いますよ。しかもアルミナ様が今の状態になって、わずか数日で連れ去りましたよね?今は中身がアルミナ様であると理解しているようですが、連れ去った当初は2年同居したベリンダと混同してたのではないですか?」
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けれどファルクはニヤリと不敵に笑い、尖った犬歯を見せた。流石に王宮育ち、駆け引きが上手い、と感心するしかない。
「アルミナを世間知らずに育てた認識はあるようだな。アストエダム国の人間として、シュナイダー卿も責任を感じたらどうだ?」
「それはもちろん感じていますよ」
「人権も何もあったものではない聖女教育をしたようじゃないか。俺だったからいいものの、もしもアルミナの近くにいたのがほかの男だったら、アルミナはひどい目に遭っただろうな」
「ですから聖女は本来、恋愛に興味を示さないよう教育されているのです」
「え?あれ?」
――いつの間にか、議題が私の世間知らずについて、になっている。
「あの、私とファルクと私はちゃんと愛し合ってますよ、大丈夫です」
「……そうですか。まあ既に結婚してしまったのでどうしようもないですね。それはともかく、ベリンダから伝言を預かっています」
やれやれ、と言いたげにシュナイダーが首を振った。私は前のめりになる。
「ベリンダは何て?」
「結婚したからには、責任を取って。私もできたら、このまま元に戻らずに生きていきたい、とのことです」
「……ほ、本当に?」
願ってもない内容に、喜びがせり上がった。嬉しすぎて、いっそ吐きそうなくらいだ。
「本当です。ですが、このままベリンダだけに聖女の役目を全て負わせるのはあまりに無責任ではありませんか?次の聖女が現れるまで、何年かかるか不明なのです。戻って頂きたいと……」
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