嘘つきたちの挽歌

椈乃 夏生

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神の愛し子と邂逅して

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エルフの里を強襲してから今日で二週間。その時救い出した神の愛し子たるハイエルフは未だにその眼を開かないまま、時が一刻、また一刻と過ぎていく。
ハイエルフは数の少ないエルフからしか生まれない、他のどの種族よりも希少とされ、そして現存する古代神とも言われる存在だ。
遠い遠い昔にあったとされる神代の時代。ハイエルフは数多の神と同様に生まれ落ちた一柱であり、自らの血肉を媒体に数多くの種族を生んだ創造神的な役割を持っていた。時が経ち、やがてハイエルフはエルフの中に稀に生まれる先祖返りとなったが、エルフは余りにも長い時の中で自らの出自を忘れハイエルフを呪い子として扱うようになってしまった。
今回の強襲もエルフ側の未報告が原因の調査であり、こちら側はよもやハイエルフを幽閉しているなどとは夢にも思っていなかったのが現状である。

パラ…ッと保護したハイエルフについての調査報告書を捲り、普段から深く刻まれている眉間の皺がより一層深くなる。それを見ていた傍らに佇み仕事の補佐をしていた補佐官の一人であり右腕でもあるヴァルエリスにコラと眉間を突かれた。地味に痛いので止めてほしい。

「これ以上皺を深くして皆を怖がらせるおつもりか。ただでさえ、妖精族には恐れられているというのに…」
「だからといって何も眉間を突かなくても良いだろう…?」
「言って直るようなら私とてそのような暴挙には至りません。その調子で愛し子の前に立たれる気ですか? 怖がられて近づくことさえ出来なくなっても宜しいので? 私は一向に構いませんが」
「うぐ…っ……それは、ちと困る…」
「ならば早急に直されることをお勧め致します。これ以上愛し子に負担をかける訳にはいきませんので」

冷徹にそう言い放つヴァルエリスだが、俺はコイツも俺の事を言えないことを知っている。
カッと目を見開いてヴァルエリスを睨む。

「そんなことを言ってよいのか? 私は知っているのだぞ、ヴァルエリス。お前が昔から好きな魔女おんなを前にして一言も話せないことをな」
「ンな…っ!? な、なんでそれを……!?」
「はっ、知らぬと思うたか? 何十年共に過ごしたと思っているのだ、そんなことお見通しだ!」

ふはははははと人相が悪いと言われがちな顔を更に悪役顔にして笑えば、クッ…と悔しそうにヴァルエリスが唇を噛む。
唐突に始まった寸劇茶番を初めて見たらしい新米悪魔の執事サーヴァントが目を白黒させているのに気がつき、フッと余裕ぶった顔で告げる。

「まぁよい。私はお前を気に入っているのでな、揶揄うのはこのくらいしてやろう」
「全く新人の前だからというのにこんな茶番に付き合わせないでいただきたいものですね…。それで? どうなさるおつもりで?」
「──何がだ?」
「分かっておられるでしょう?」

執事に用を言いつけ部屋に二人きりになってから、ヴァルエリスはその端正な顔を不快に歪めながらハイエルフに関する報告書を一瞥する。記されている内容が酷く不快だったのだろうな、とその表情で察しながらだらしなく頬杖をつき「どうすっかなー、って思ってるトコ」と返す。
二人きりの時に口調や態度を指摘するほどヴァルエリスは空気の読めない奴ではない。

「エルフ族をこれ以上減らす訳にもいきませんし、かといって甘すぎる処罰ではなんの意味も持ちませんし…」
「ん~…あ、そうじゃんアイツに頼めば解決じゃねぇ?」
「彼? あぁあの御方に、ですか…」

つーかよー、と不満たらたらで言葉を零す。

「アイツもそろそろ帰ってきていいと思うんだよなー。人間がアイツを優遇する訳がないしよー」
「本音ダダ漏れじゃないですか…。まぁ、あの御仁は色々と規格外ですから分からなくもないですが」
異端の魔女アルベルムが、なんだってぇ?」
「ヴェルフィ殿」
「ヴェル」

突然響いたその場を切り裂くように冷淡な声に導かれるようにそちらを向けば、ドアにもたれ掛かるようにして一人の男が立っていた。
男は毛先から徐々に真っ赤に燃え上がる炎髪をゆったりと燻らせながら、一歩、また一歩と近づきそして黒衣の君サタネアの座る机を足蹴にして、ニッコリと微笑む。
歌うようにヴェルフィと呼ばれた男は言葉を紡ぐ。

「ダメだぜネア、彼奴あいつぁ自分でんだ。ソレを邪魔しちゃあいけねぇだろう?」
「…解ったよ、ヴェルフィ、言ってみただけさ。俺だってアイツの頑固さは身に染みてる。ンなことしようもんならアイツは絶対に俺を
「解ってんならいーんだよ、彼奴はオレ様の数少ない同胞だからなぁ。可愛くて仕方ねぇんだ、愛しくて仕方ねぇんだ、多少の無礼は許してくれや」
「ヴェルの無礼は今更だろ? それでどうしたんだ、ハイエルフ愛し子てたんじゃないのか?」
「そのことで来たに決まってんだろ? 起きたぞ、あの子」
「それを早く言え!!?」

ガタンッと騒々しい音を立てて椅子が背後に倒れる。バタバタバタ…ッと慌ただしく部屋を出ていく全聖魔種族の長の姿にハハッとヴェルフィが笑う。

「魔王の威厳、形無しだなぁおい」
「貴方こそあの人に関しては結構甘いですよね、色々と。なにか訳があるんですか?」
「ん~…? どうだろうなぁ…?」
「そのニヤけた顔を止めてください。貴方の考えているようなことは御座いませんよ」
「あっは! そりゃあ残念」

ひらひらと手を振ってヴェルフィは部屋から背を向ける。部屋を先程出ていった魔王の後を追うんだろうな、と容易に想像がついた。
報告書を机の隅に整えようとしたところで思い出したように、くるりと首だけをこちらに向けて彼は目を細めて言う。これだから呪言遣いこの人は恐ろしい。きっとこの人がその気になれば人間も、聖魔種族も、絶滅してしまうだろう。それをしないのはひとえに彼がそこまで他人に興味がないからだ。
彼の姿が見えなくなってからいつの間にか強ばっていた肩の力を抜いて、詰めていた息を吐き出す。
ずるずると力が抜けそうな身体に笑いが出そうだ。

「さて、本当にどうしますかね…?」

ヴァルエリスの弱々しい弱音つぶやきは結局誰にも届くことは無かった──……
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