嘘つきたちの挽歌

椈乃 夏生

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はじめまして

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誰かに呼ばれたような気がして、ゆっくりと固く閉じていた瞼を開ける。
まず目に入ってきたのは見慣れた薄汚れている天井ではなく、綺麗な星空を描いた天蓋だった。ぼんやりとそれを眺め自然な動きで左右を確認すれば、傍らに座っている燃えるように紅い髪が印象的な男が目に入る。男はおれが目を覚ましたことに気がついたのだろう、へらりと人好きのする笑みを浮かべ「気分はどうだ?」と問うてきた。
なにか答えなければと思ったが、何故か口内が渇いていて上手く言葉が出ない。このままではまた殴られてしまう。
おれの動揺が伝わったのか、男はあー…と納得した表情を一瞬浮かべ殴らないという意思表示だろうか、両手を降参と言うように上げた。

「大丈夫、と言っても安心はそう出来ないだろうがオレ様はそんな野蛮なことはしねぇよ。喉が渇いてねぇか? 二週間も眠ってたからなぁ…支えてやるから飲みな。何も入っちゃいねぇよ、なんなら毒味したっていい」

そう言いながら優しく抱き起こしてくれ水を飲ませてくれる。久々に口にした水は甘くて、甘露のようだと霞がかった頭で思った。
水を飲み終わってひと段落したところで男が「ちょいと、くんな~」と声をかけおれの眼をじっと視る。そしてなにか視えたのかおぉう…? と困惑したような声を漏らした。何か、問題があったんだろうか…?
不安げに見るおれに気がついたらしく、へらりと笑って男はだぁいじょーぶと言い、わしゃわしゃと優しく頭を撫でてくれた。

「なんか問題があった訳じゃねぇよ、珍しいモン視えたなー、って思っただけ。オレ様はちょっくら報告してくっから待っててくんな。お遊び相手にルウを置いてくからさ」
「るぅ…?」
「ルウ、おいで。仕事だ」
『お呼びか、我が主』

男の呼び掛けにずるりと男の影から鈍色の毛並みが美しい狼が一頭現れる。
ふるるっと豊かな毛並みを振るわせ主と呼んだ男の前で頭を垂れ、問う。

『して、我が主よ。仕事とは』
「簡単なことだ、そこの子どもと遊んでやってくれ。それとオレ様とサタネア以外が来たらその子に近づけないように」
『承知した。主はどこかに行かれるのか?』
「あぁ、サタネアを呼んでくる。今頃グダってる頃合いだからな」
『なるほど…』

くるりと鈍色の狼が向きを変えこちらにゆっくりと近づいてくる。
そうして目の前まで来ると先程と同じく頭を垂れ、名乗りを上げた。

『お初お目にかかる、我はルウ。呪言遣いたるヴェルフィ・ライアの誇り高き使い魔であります』
「る、ぅ…さま?」
いな、どうかルウとお呼び下されば。汝は我が創造主の愛しき御子でありますゆえ』

恭しくそう言う使い魔に初めてなのか、愛し子は助けを求めるようにこちらを見る。
その視線に応えるように微笑めばおろおろ視線を彷徨わせ、そして恐る恐るルウに「よろしく、ね…?」と挨拶する。愛し子に話しかけてもらえたことで嬉しかったのだろう、ルウの尻尾がブンブンと揺れている。普段はスカしているので珍しいなと思う。まぁオレ様が甘やかさないのも原因の一つかもしれないが。
とりあえず仲良くやれそうなのでそっと部屋を後にし、グダっているであろう魔王の元へ足を向けた。



そして、今の現状はというと。
魔王の威厳形無しでサタネアは愛し子と話している。愛し子はあまり喋ることが上手ではないらしく、サタネアが一方的に話しているような感じだ。
話が中々途切れないため愛し子の困惑もそろそろ限界…というところで、サタネアを追ってきたヴェルフィが呆れた顔でコンコンとドアを叩き嘆息する。

「ネアよぉ、愛し子がまだ安静にしてないといけねぇこと忘れてねぇか? ンな一度に捲し立てられたって分かるモンも分かんねぇだろうがよぉ」
「あっ、そうだなすまない。二週間も眠っていたから…」
『主、お戻りになられたか』
「おん、お守りご苦労さん。なんかあったか?」
『…いや、何もなかったぞ』
「そっかそっか、あとで視せてくれな」
『…承知した』

短い会話の中でルウの心情を察したヴェルフィが笑ってルウを撫でる。
そんで? と向き合ったままの二人を見ながら呆れたように目を細めヴェルフィは言葉を零した。

「自己紹介もなしに彼を気か? なぁサタネアよぉ。それともあれか、保護者気取りでその子をか? なぁどうなんだ?」
「そんなつもりはない。俺はただ──」
『黑き王よ、我が主よ。その話は今ここですべき問題はなしなのか』

その場を切り裂くように、とはよく言ったものでまさにその言葉は剣呑な空気を纏ったその場を切り裂いた。
ゆら…ゆら……とゆっくりと尻尾を揺らしながら冷徹な双眸で鈍色の獣ルウが言い争う二人を射抜く。ルウの背には愛し子が護られており、その華奢でボロボロの身体は小さく震えている。
唸るように、ルウは牙を剥く。

『黑き王よ、愛し子には休息が必要であることをお忘れか。そして、我が主よ。少々不躾ではあるまいか、愛し子の前でする話ではあるまい』
「…ま、そーだな。オレ様、ちょっと漏らし過ぎたわ」

ルウの鋭い言葉にヴェルフィは肩を竦める。その動きは道化じみていたがここにそれを指摘するものは居ない。
とんとんと軽い足音を立てヴェルフィは愛し子の前まで移動すると愛し子と視線を合わせるようにしゃがみ込んだ。

「さっきは挨拶できねぇですまなかったな。オレ様はヴェルフィ、ヴェルフィ・ライア。ただ一人の呪言遣いにしてルウの主人だ。気軽にヴェルと呼んでくれ」
「ゔぇる…?」
「そっそ、ヴェルでかまわんよ。そんで向こうでぶすくれてる黒毛が君を助けた張本人のサタネアだ、君の名前は?」
「なまえ…」

名前を問えば困惑したように視線を彷徨わせ、そしてぽつりと、愛し子は言葉を零した。

「なまえ…ない……」
「は? 嘘だろマジかぁ…まぁ予想は出来てたが……」
「ごめん、なさい……」
「いんやぁ謝ることじゃねぇさ、だって君は悪くねぇもんこの件に関しては」

ヴェルと名乗った紅髪の男が黑の王サタネアをビッと指さして笑顔でバッサリと切り捨てた。

「ぜぇんぶ解ってて足踏みしてたアホと煮え切れなかったオレ様たちが悪ぃんだぁ。だから謝んのは君じゃなくオレ様たちなワケ。理解オッケ?」
「あほ…まぁヴェルの発言は諸々酷いが……キミのせいじゃないのは確かだな。キミは被害者だ、本来なら俺たちはキミに詰られても文句は言えん」
「言うつもりもねぇけどなぁ~」

サタネアの言葉にけらけらと笑いながらヴェルがきょとんと瞬きする愛し子の頭をぽんと軽く撫でた。
その瞳にはらしくない慈愛の色と自責の色が織り交ざっている。

「だから謝んなくていいんだよ。むしろオレ様的には笑ってほしいなぁ」
「…っ……!」
「あは、真っ赤だなぁおい」

林檎のように真っ赤に頬を染めた愛し子にヴェルがへらりと愛おしげに頬を緩ませる。
くしゃくしゃと愛し子の髪を撫で回す呪言遣いヴェルに嫉妬したのか、むぅっと頬をふくらませてサタネアが愛し子を抱き寄せてヴェルから引き離す。その様は幼子が気に入りのおもちゃを取られまいと抵抗する様子を連想させ、思わずその場の誰もが笑いを堪えきれず、ヴェルフィなんかは勢いよく吹き出す始末。
ぶすくれるサタネアとそれを揶揄うヴェルフィの攻防は長くは持たなかった。
バンッッと扉が開き桃色の豊かな髪にスタイル抜群の身体をした少し気の強そうな少女が乱入してきたからである。
その乙女はキャピキャピした声でその場の空気を切り裂いた。

「魔王さまぁ、エルフの族長とのお話終わりましたよ~! ってあんら?」
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