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辺境の空を覆うのは、宝石を撒き散らしたような満天の星々。
封印が解かれたこの地では、星の光さえも魔力と共鳴し、地上に柔らかな銀の粉を降らせているようだった。
私は、館の最上階にあるテラスに立っていた。
夜風が、私の魔力で咲き誇る月光草の香りを運んでくる。
背後には、私の「答え」を待つ四人の男たちの気配があった。
「……皆さん、お待たせいたしました」
私はゆっくりと振り返った。
月光に照らされた彼らの表情は、どれも真剣で、微かな緊張に強張っている。
騎士、ギルバート。
魔術師、セドリック。
人狼の王、ゼノ。
隣国の王弟、アルフォンス。
それぞれが異なる世界で頂点に立つ、誇り高き男たち。
そんな彼らが、一人の「追放された令嬢」である私の言葉一つに、魂を委ねるような眼差しを向けている。
「……ヴァレリア様。どのような結論であれ、私はそれを受け入れます。
貴女様が選ばれた方の影となり、私は貴女様の盾として死ぬまでお守りし続ける。
その誓いに、揺らぎはありません」
ギルバートが、震える声を押し殺して告げた。
その瞳には、私を失うかもしれないという恐怖と、それでも私を尊重しようとする高潔な覚悟が同居している。
「……勘違いするな。私が、敗北を認めたわけではない」
セドリックが不機嫌そうに視線を逸らしたが、その指先は微かに震えていた。
「だが……貴様が幸せであること。それが、この森の調和を守る唯一の真理だということは、認めざるを得ない」
「ヴァレリア。俺は、嘘がつけない。……貴女が誰を選んでも、俺は貴女のそばにいる。
無理やり連れ去ることも、できない。……貴女の悲しむ顔は、見たくないから」
ゼノが、大きな体躯を丸めるようにして、切なげに金の瞳を潤ませる。
獣の如き独占欲を、私への深い愛ゆえに必死で抑え込んでいるのが痛いほど伝わってきた。
「ヴァレリア。私は君を諦めるつもりはないよ。……たとえ君が今日、他の誰かを選んだとしてもね。
だが、君の心が最も安らぐ場所を、私は尊重したい。……さあ、君の真実を聞かせておくれ」
アルフォンス様が、いつもの余裕ある微笑みの裏に絶望的なまでの情熱を隠し、私に一歩歩み寄った。
私は、深く、静かに呼吸を整えた。
彼ら一人一人の瞳を見つめ、心の中に渦巻く、筆舌に尽くしがたいほど愛おしい感情を確かめる。
「……私は、王都で全てを奪われました。
名誉も、家族も、居場所も。……心さえも、凍りついていたのです」
私の声が、夜の静寂に溶けていく。
「でも、この地で皆さんと出会い、私は初めて知ったのです。
泥だらけになって働く喜びを。誰かのために心を込めてお茶を淹れる楽しさを。
そして……誰かに、心から必要とされることの温かさを」
私は一度、言葉を切って、彼らに向かって満面の笑みを向けた。
それは、偽りの聖女としても、公爵令嬢としても見せたことのない、一人の女性としての素顔の微笑。
「私は、皆さんを選びたい。……誰か一人ではなく、皆さん『全員』と一緒にいたいのです」
その言葉に、四人の男たちが同時に息を呑んだ。
「……え?」
「ヴァレリア……今、なんと……?」
私は、驚愕に固まる彼らの間を縫うように歩き、一人一人の手をそっと取った。
「ギルバートは、私の心を支えてくれる一番の理解者です。
セドリック様は、私の魔法を導いてくれる素晴らしい師です。
ゼノ様は、私の魂に寄り添ってくれる誇り高き守護者です。
アルフォンス様は、私に広い世界と新しい夢を見せてくれる方です」
私は彼らを円のように囲むようにして、凛とした声で宣言した。
「誰か一人を選ぶということは、この幸せな時間の欠片を、自ら切り捨てること。
私は、それを望みません。……わがままなのは分かっています。
でも、私はこの場所を、皆さんと笑い合えるこの日常を、永遠に守り抜きたい。
それが、私の出した答えです」
沈黙が流れた。
誰もが予想だにしなかった、しかし、これほどまでに「ヴァレリアらしい」慈愛に満ちた答え。
最初に動いたのは、アルフォンス様だった。
彼は呆れたように、しかし、心底嬉しそうに吹き出した。
「……ははは! 参ったな。まさか、一国の王弟を『その他大勢』の中に閉じ込めようとするなんて。
君は本当に、どんな悪役令嬢よりも欲張りで、どんな聖女よりも残酷だ、ヴァレリア」
アルフォンス様は私の手を取り、その掌に熱い口づけを落とした。
「……だが、嫌いじゃない。いいだろう、その提案、サフィア王国の名にかけて受理しよう。
ただし、私の独占権が少しでも減るのなら、その分は他の男たちの領地から毟り取らせてもらうよ?」
「……フン。非論理的だが、均衡(バランス)という点では、これ以上の解はないな」
セドリックが眼鏡を直し、不遜な笑みを戻した。
「ただし、魔術の講義中は私だけの時間だ。他の輩が立ち入ることは、私の術式が許さん」
「……ヴァレリアが、俺を、捨てないなら……。それでいい」
ゼノが私の腰に腕を回し、顔を肩に埋める。
「でも、夜の森の見回りは俺と二人だけだ。……約束しろ」
最後に、ギルバートが深く、深く跪いた。
その瞳には、熱い涙が滲んでいる。
「……承知いたしました。我が主、ヴァレリア様。
貴女様が望む未来がそこにあるのなら、私は喜んでその一部となりましょう。
貴女様を独占することは、もはや不可能です。……ならば、俺たち四人で、貴女様を一生独占させないことを誓い合いましょう」
四人の男たちの視線が、一点に交差した。
そこには、かつての刺々しい敵対心ではなく、共通の「愛しい宝物」を守り抜くための、奇妙な結束が生まれていた。
「……皆さん、ありがとうございます。私、本当に、本当に幸せです!」
私が感極まって彼らに飛び込むと、四組の腕が、それぞれ競い合うようにして私を抱きとめた。
星空の下、辺境の森に新しい盟約が結ばれた。
それは、一人の女神を頂点に頂く、最強の守護者たちによる「独占禁止条約」。
私は、胸の奥から湧き上がる幸福感に包まれながら、夜の静寂の中に響く彼らの賑やかな言い争いを聞いていた。
私の「極上スローライフ」は、ここから永遠に続く、極上の「逆ハーレム」へと昇華されたのである。
封印が解かれたこの地では、星の光さえも魔力と共鳴し、地上に柔らかな銀の粉を降らせているようだった。
私は、館の最上階にあるテラスに立っていた。
夜風が、私の魔力で咲き誇る月光草の香りを運んでくる。
背後には、私の「答え」を待つ四人の男たちの気配があった。
「……皆さん、お待たせいたしました」
私はゆっくりと振り返った。
月光に照らされた彼らの表情は、どれも真剣で、微かな緊張に強張っている。
騎士、ギルバート。
魔術師、セドリック。
人狼の王、ゼノ。
隣国の王弟、アルフォンス。
それぞれが異なる世界で頂点に立つ、誇り高き男たち。
そんな彼らが、一人の「追放された令嬢」である私の言葉一つに、魂を委ねるような眼差しを向けている。
「……ヴァレリア様。どのような結論であれ、私はそれを受け入れます。
貴女様が選ばれた方の影となり、私は貴女様の盾として死ぬまでお守りし続ける。
その誓いに、揺らぎはありません」
ギルバートが、震える声を押し殺して告げた。
その瞳には、私を失うかもしれないという恐怖と、それでも私を尊重しようとする高潔な覚悟が同居している。
「……勘違いするな。私が、敗北を認めたわけではない」
セドリックが不機嫌そうに視線を逸らしたが、その指先は微かに震えていた。
「だが……貴様が幸せであること。それが、この森の調和を守る唯一の真理だということは、認めざるを得ない」
「ヴァレリア。俺は、嘘がつけない。……貴女が誰を選んでも、俺は貴女のそばにいる。
無理やり連れ去ることも、できない。……貴女の悲しむ顔は、見たくないから」
ゼノが、大きな体躯を丸めるようにして、切なげに金の瞳を潤ませる。
獣の如き独占欲を、私への深い愛ゆえに必死で抑え込んでいるのが痛いほど伝わってきた。
「ヴァレリア。私は君を諦めるつもりはないよ。……たとえ君が今日、他の誰かを選んだとしてもね。
だが、君の心が最も安らぐ場所を、私は尊重したい。……さあ、君の真実を聞かせておくれ」
アルフォンス様が、いつもの余裕ある微笑みの裏に絶望的なまでの情熱を隠し、私に一歩歩み寄った。
私は、深く、静かに呼吸を整えた。
彼ら一人一人の瞳を見つめ、心の中に渦巻く、筆舌に尽くしがたいほど愛おしい感情を確かめる。
「……私は、王都で全てを奪われました。
名誉も、家族も、居場所も。……心さえも、凍りついていたのです」
私の声が、夜の静寂に溶けていく。
「でも、この地で皆さんと出会い、私は初めて知ったのです。
泥だらけになって働く喜びを。誰かのために心を込めてお茶を淹れる楽しさを。
そして……誰かに、心から必要とされることの温かさを」
私は一度、言葉を切って、彼らに向かって満面の笑みを向けた。
それは、偽りの聖女としても、公爵令嬢としても見せたことのない、一人の女性としての素顔の微笑。
「私は、皆さんを選びたい。……誰か一人ではなく、皆さん『全員』と一緒にいたいのです」
その言葉に、四人の男たちが同時に息を呑んだ。
「……え?」
「ヴァレリア……今、なんと……?」
私は、驚愕に固まる彼らの間を縫うように歩き、一人一人の手をそっと取った。
「ギルバートは、私の心を支えてくれる一番の理解者です。
セドリック様は、私の魔法を導いてくれる素晴らしい師です。
ゼノ様は、私の魂に寄り添ってくれる誇り高き守護者です。
アルフォンス様は、私に広い世界と新しい夢を見せてくれる方です」
私は彼らを円のように囲むようにして、凛とした声で宣言した。
「誰か一人を選ぶということは、この幸せな時間の欠片を、自ら切り捨てること。
私は、それを望みません。……わがままなのは分かっています。
でも、私はこの場所を、皆さんと笑い合えるこの日常を、永遠に守り抜きたい。
それが、私の出した答えです」
沈黙が流れた。
誰もが予想だにしなかった、しかし、これほどまでに「ヴァレリアらしい」慈愛に満ちた答え。
最初に動いたのは、アルフォンス様だった。
彼は呆れたように、しかし、心底嬉しそうに吹き出した。
「……ははは! 参ったな。まさか、一国の王弟を『その他大勢』の中に閉じ込めようとするなんて。
君は本当に、どんな悪役令嬢よりも欲張りで、どんな聖女よりも残酷だ、ヴァレリア」
アルフォンス様は私の手を取り、その掌に熱い口づけを落とした。
「……だが、嫌いじゃない。いいだろう、その提案、サフィア王国の名にかけて受理しよう。
ただし、私の独占権が少しでも減るのなら、その分は他の男たちの領地から毟り取らせてもらうよ?」
「……フン。非論理的だが、均衡(バランス)という点では、これ以上の解はないな」
セドリックが眼鏡を直し、不遜な笑みを戻した。
「ただし、魔術の講義中は私だけの時間だ。他の輩が立ち入ることは、私の術式が許さん」
「……ヴァレリアが、俺を、捨てないなら……。それでいい」
ゼノが私の腰に腕を回し、顔を肩に埋める。
「でも、夜の森の見回りは俺と二人だけだ。……約束しろ」
最後に、ギルバートが深く、深く跪いた。
その瞳には、熱い涙が滲んでいる。
「……承知いたしました。我が主、ヴァレリア様。
貴女様が望む未来がそこにあるのなら、私は喜んでその一部となりましょう。
貴女様を独占することは、もはや不可能です。……ならば、俺たち四人で、貴女様を一生独占させないことを誓い合いましょう」
四人の男たちの視線が、一点に交差した。
そこには、かつての刺々しい敵対心ではなく、共通の「愛しい宝物」を守り抜くための、奇妙な結束が生まれていた。
「……皆さん、ありがとうございます。私、本当に、本当に幸せです!」
私が感極まって彼らに飛び込むと、四組の腕が、それぞれ競い合うようにして私を抱きとめた。
星空の下、辺境の森に新しい盟約が結ばれた。
それは、一人の女神を頂点に頂く、最強の守護者たちによる「独占禁止条約」。
私は、胸の奥から湧き上がる幸福感に包まれながら、夜の静寂の中に響く彼らの賑やかな言い争いを聞いていた。
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