妖語り~胡蝶の夢~

九尾ルカ

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2章【カブトとアゲハ】

青羽の蝶

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 空が仄かに暗くなり始め、雨の匂いが近付いて来るのが分かる。
 予報では深夜までは持つとの事だったのだが、常とはいえ当てにならないものだ。

 彩篠宮霊災支援学校。

 ムラサキや華火が通う学舎からは、何やらただならぬ気配が感じ取れる。
 青い上着のフードから朝焼け色の瞳を覗かせる彼の隣には、亜麻色の髪から獣耳を生やしたメイド服の少女、ミナモが立っていた。


「現状の説明をさせていただいてもよろしいですか?」

「うん。お願い」

「かしこまりました」


 ミナモの話し方は事務的だが、少し無理してそうしているようにも聞こえる。
 生き写しのような双子の片方、カガミが落ち着きがなくてたまにミナモから怒られている事を考えるに、この子も本来は天真爛漫なタイプなのかもしれない。


「彩篠校は現在、付近で起きた強盗事件の犯人が侵入しております」

「また早々に凄いこと言い始めたね」


 彩篠校。
 この彩篠宮の地域に、地名の名前を持つ学校はこの霊災支援学校ただ一つだ。

 霊災、あるいは霊障の事は一般にはあまり浸透していない。
 と言うのも、神秘というものはそれを知る者が増えれば力を失うと考えられていたからだ。

 文献にも名がある陰陽師の間でもメジャーな考えであったらしく、長い歳月、彼らの活躍は物語の中の物として隠匿されてきた。

 考えが改められつつある近年でこそ、翔人のように広めようとする働きもあるが、長く続く風習とは拭いがたい物らしい。
 その為、この学校も彩篠宮霊災支援学校ではなく、一般には彩篠宮複合学校と呼ばれている。


「その強盗犯が妖だったって事?」

「ハイともいいえとも。強盗犯は【なり掛け】でした。素養ある者が人の道を外れた時、邪妖と成り果てる事があるのですが、そんな輩は所詮赤子も同然です」

「それもそうか。昨日今日で妖になったような人が、ずっと妖やってるカガミさんやミナモさんに勝てるはずないよね」


 では何故ムラサキは呼ばれたのか。
 生まれたての邪妖程度ならば、片割れが居ない双子のどちらかでも問題なく制圧できるはずだ。
 翔人が来れずとも、わざわざムラサキを呼ぶ必要はない。


「問題なのは、邪妖に触発されて目覚めてしまった……いいえ、孵化したと言ってもいい者です」

「って事は、今回のは暴走?」

「恐らくは」


 邪妖とは力に覚醒できる条件が揃うとほぼ同時に覚醒した者を指す。
 力も弱く、その弱い力すらも体に馴染んでいない。

 一方、覚醒と同時に強大な力を持つ者もいる。

 こちらは力が覚醒できる状態のまま、長い歳月を掛けて体を順応させ、何かの切っ掛け……例えば命の危険に晒される等といった事態に、暴走という形で表面化する。


「桜斑咲様」

「何かな」

「無理はなされないように」

「分かってる。華火に拗ねられるからね」


 フードから覗く朝焼け色の瞳は、ただならぬ気配を放ちながらも不気味なほど静かな校舎を睨む。
 ムラサキの背から二筋、青白い光の線が幾重にも枝分かれしながら伸びて行く。

 やがてそれは巨大な光の羽となり、暗い空の下でオオムラサキを仄かに照らした。

 鳥の翼ではない。
 巨大な蝶を思わせる羽だ。


「先行するよ」

「はい、すぐに追い付きます」


 青羽根の蝶は力強い羽ばたきを見せて宙を舞う。
 突風がミナモの亜麻色の髪とスカートを靡かせ、背の低い周囲の草を凪いで行く。

 曇り空の少し湿った空気の中でも、頬を切る風は心地よい。
 正門までの距離は見る間に縮まる。
 さて、この先に待つのは鬼か、蛇か、あるいは……


「虫……か」
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