箱庭を視るモノ

市ノ瀬

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第二話

2.「はっ? えっ? うそ?」

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 女二人の徒歩の旅にしては、遅くなることもなく、二日目の昼頃にキシエルに到着できた。
 もう少しで外門と言うところで、ツカサが思い出したように、

「セリカ、貴女来たばかりよね? 身分証は持ってないわね。どうしようかしら、遠くの村で預かった傭兵志望の友人、もしくは、その娘と言うあたりでいいかしら・・・」

と考えながら話していると、

「ありますよー。カレンに作ってもらいましたー。」

と懐から出して見せてきた。

(カレン・・・。)
(『ツカサ様が手に入れられ利用しているようでしたので作ってみました。』)
(いいわよもう、ん? 偽造に当たらないわよね?)
(『ちゃんと作ったことにした街の商人組合の管理台帳には載せていますので、偽造には当たりません。』)
(・・・どうやって載せたのよ?)
(『端末を利用し夜にこっそりと、です。』)
(結果としては偽造とは言えないけど、その行為は褒められたものじゃないわよ・・・。)
(『元がアナログ的な管理ですし、辻褄は合うので問題はないかと。』)
(なんでもありね・・・。いいわ、セリカは持っているということで。じゃ。)

 最近カレンが何かに毒されていると思うツカサであった。



 門の衛兵に身分証を見せ外門を通り、しばらく歩き内門をくぐると、

「えっ?」

ツカサは固まった。
 和風の街並みがそこにあった。

(ちょっとカレン!? 中世ヨーロッパじゃなかったの!?)
(『管理者の方による情報注入とでも言いましょうか、このあたりの亜人世界にエッセンスと称して設定を加えられていました。問題なさそうでしたので是としましたが、何か?』)
(何かじゃないわよ。資料でしか観たことない、お城とかあるじゃない!)
(『どこに行っても同じ風景ではつまらないでしょう?』)
(何言ってるのよ! 地上に降りてきた人を楽しませるのが目的じゃないでしょ?)
(『亜人世界が全て同じになってしまっては発展が望めません。科学技術を獲得してもらっては困りますが、種としては存続して行っていただかなくてはならないのです。そのためにあえて認めたという一面もあります。』)
(はぁ・・・わかったわよ。昨日今日でこうなったわけでもないし、いまさら言っても始まらないわ。じゃ。)

 早速カレンに問いかけたが、やはり管理者の仕業と言うことが分かり、

(ドワーフ、エルフ、獣人と言い、この街並みと言い、やった奴はお説教よ!)

と心に固く誓うツカサだった。

 街並みに合わせたわけか、この街の住人の大半は和服である。また、いわゆる侍もいる。通りに面した店には、大きな屋号入りの日よけ暖簾がかけてあったり、丁稚奉公として勤めていると思われるまだ十代前半そこそこの少年が店の前を掃除していたりする。茶屋の店先には縁台に赤い布を掛け赤い野点傘を差して、そこで茶や和菓子などが食べられるようになっている。
 一部普通の格好をしているものもいるが・・・どちらかと言えば和装が当たり前の雰囲気なので、普通の格好のほうが浮いているくらいだ。
 街を眺めていると、何故か興奮気味にセリカが語り始めた。

「この街良いですねー。私、学生の頃に世界文学専攻していたんですけど、極東の島国のが好きなんです! 時代劇とかファンタジーとか。
 ザ・時代劇って感じの街ですよね! 科学が発達する前の世界なので、侍が刀をもって鎧着て戦ったり。飛び道具も弓ぐらいしかなかったから原始的なんです。あ、でも忍者ってのがいて、手裏剣とか苦無って言う飛び道具とかがあったみたいですね。忍者は水の上を歩いたり、高いところにもジャンプや小道具を使うことで行ったりしてたみたいです。
 それとファンタジーですね。ドワーフ・エルフ・獣人ですよー。他の種族はいりません。背の低い頑丈なドワーフ、ヒューマンとあんまり変わらないけど耳がとがっていて森の住人エルフ、身体能力に優れたケモ耳としっぽを持つ獣人! 魔法が使えれば一番いいんですが、科学じゃちょっと。マテリアライズも結局科学の結果を適用するわけなんで、なんか違うんですよー。
 この街のこれはEDOって言う時代を想定して設定したんですよー。エルフが和装って、萌えますよね!!! そっかーこういう風になったのかー。
 あと私! 忍者やりたかったんですー。普通にヒューマンにすると飛んでもたかが知れてますけど、獣人ならヒューマンより高く飛べますからね!」

 ペラペラと、これ以上ないくらい口を滑らし・・・、表情を落としたツカサはセリカの背後に回ると

「痛い、痛いですっ!イタタタタタ・・・!」

セリカの頭を左右から拳骨でグリグリとし始めた。

「はーんーにーんーはーお前かっ! 何をしたかわかってるの!? いずれ移住が始まった時に、ヒューマン以外の人種はどうするのよ!」
「痛いですぅ! 何が問題なんですか!? 人種差別はいけないと思います!」
「そういう問題じゃないっ!!! それに、この街! 住人のスタイルも他と違いすぎるでしょ!」
「あぅー、本格的に移住することになったら、どうせ街も建物も人間が住みやすいように、何もかも作り直しじゃないですかー。この世界のすべての亜人は精神コントロールを施されるわけだから、今の恰好なんて関係ないですよぅ。それにカレンが良いって言ったんですー!」
「カレンが良いと言ったら何してもいいの!?」
「だって寂しかったんですー。」
「何が寂しかったよ。今自分で忍者がやりたかったと言ったでしょう!? 全く貴女は・・・。」

 ようやく拳骨グリグリの刑から解放されたセリカは、暫くこめかみを押さえていたが、すぐに立ち直り

「割と初期のころに設定を変更しただけだったから、その後見てなくて。でも思った以上に反映、そして繁栄してますねぇ。」

反省の色は見えなかった。



 まずは時間も昼を回っていたため、そこらのカフェ・・・ではなくお食事処?的なところで昼食にすることにした。
 メニュー・・・ではなくお品書きを見ながら

「・・・蕎麦そばってなに? うどんは聞いたことあるけど・・・。」

つぶやいていると、

「あらお客さん、遠くからいらっしゃったんですか? お蕎麦ご存じない? この街の郷土料理よ?」
「流れの傭兵です。ここは初めてで。」
「あらあら、ようこそいらっしゃいました。でしたらお蕎麦を是非食べてみてほしいわ。」
「ふーん、じゃ、それにしてみようかな。」
「はーい、私も同じものでー。」

通りがかりの店員さん・・・ではなく仲居さんの口車に乗せられてしまった。
 暫く待つと出てきたのは、美味しそうな匂いのする、大き目の深い器の中にこげ茶色の液体が満たされており、その中に茶色の細長いものがたくさん入っているものが出てきた。さらに木でできた少し裂けめの入った棒が付いてきた。

「どうやって食べるのよ? あなた知ってる?」
「うーん、本で読んだ知識だと、これは箸と言うモノでこれを使って食べるらしいんですけどー、二つで一つとして使うらしいんです。一つしかありませんね?」
「どうするのよ・・・。」

と二人で困っていると、近くの席から笑い声をあげるモノがいた。

「くっ、くははははは。」

 そちらを見るとゴツイ身体に着流しで、適当に後ろで束ねた放置した髪と無精髭の、いかにも浪人然とした侍がいた。
 何か違和感を感じたツカサは、何かと思ってよく見てみたところ耳が尖っているのを見つけた。エルフだった。

「・・・何か違いますー。」

 同じように見ていたセリカがボソッとつぶやいた。

「お嬢さん方、食べたことないんだな? 見てな、こうやって食べるんだよ。」

 ちょうどその浪人のところにも蕎麦が出てきたらしく、同じようなものが揃っていた。浪人は木の棒の裂けた部分を両手で持ち、パキッと二つに割く。

「おぉー、あぁなるのか。あれが箸ですねー。」

 次に二つに割いた箸と呼ばれるものを右手の指で一本一本別々に持つと、それで液体の中の細長いものを器用につまみ、口に持っていきズズッと音を立てながら食べ始めた。
 ツカサとカレンは同じように箸を割き、やはり同じようにして持とうとするがなかなかうまく持てない。うまく持てないので食べ始めることができない。

「そんなに時間をかけちゃ、せっかくの蕎麦が伸びちまうぜ?」

 そんなことを言われたツカサはカレンに問いかけ

(くっ、カレン! 情報が欲しいわ。キーワードは、極東の島国、蕎麦、箸、よ。箸というモノの使い方を調べて!)
(『畏まりました。あぁ、それならば使い方のデータがありますのでお送りします。』)

箸の使い方を頭にインプット。急にうまく使えるようになり蕎麦をすする。

「あら、美味し。」
「お? 箸の使い方、上手いじゃねぇか! そうだよ、ここのは旨いんだ。だから伸びる前に食べたほうがいいのさ。」

 ツカサが急にうまく箸を使えるようになったのを見たセリカは、ピンと来たのか暫く黙っていたが、同様に急に使えるようになり、蕎麦をすすり始めた。

「美味しー!」
「そっちの嬢ちゃんも気に入ったかい。ここに来た他の街のヤツは大概箸を使えなくてフォークで食べてるのを見かけるんだが、こりゃ箸で食べたほうが旨いんだ。」
「そういうモノなの?」
「そういうモンだ。」

 そういうと浪人は残りの蕎麦を食べきり、テーブルにお金を置くと立てかけていた一回り大きな刀をもって

「ごちそうさん、ここに置いとくぜ!」

とお金を置いて店を出ていった。

「貴女が設定したんでしょ? ちゃんと調べておきなさいよ。」
「いやー、データを設定に組み込んだだけですから、詳しいことまでは・・・、テヘヘ。」
「もう・・・。」

 二人も蕎麦を食べ終わり代金を払い店を出た。

「そー言えばツカサさん、フルネーム、ツカサ=コノエですよね?」
「何よ急に、そうよ?」
「アジア系の名前ですよね? 箸ってアジアで使われていたものですよね? 使い方とか知らなかったんですか?」
「そうよ? 見たこともないもの。私の両親もコロニー育ちよ? 親が使ってもいないのに、子供の私が使うわけないわ。」
「なるほどー。」

 そんなことを話しながら歩いていたが、まだ二時前であり時間もあったことから、ツカサは商人組合に向かい今日中にできそうな簡単な依頼をこなしつつセリカの腕前を確認しておくことにした。
 商人組合の館に着いて依頼を眺め

「これ、受けるわよ。」

と言ってセリカに一枚の依頼書を見せる。

「ホーンドッグですか?」

 街の近くの草原に現れるようになったホーンドッグという角の生えた犬のようなモンスターの退治の依頼だった。個体としては大したことなく、三、四匹で群れを成しているらしく、その分多少手間がかかるといった程度のものだった。
 受付に依頼書を持っていき受理された二人は早速街を出て草原に向かった。


「はぁ、聞いてないわよ。」
「私もですー。」

 三、四匹のはずだったが、何故か十匹程のホーンドッグに囲まれていた。

「セリカ、一人でどれだけ行ける?」
「え、別に全部行けますよ?」
「・・・こっちの武具だけでよ?」
「もちろんですー。さすがに持ち込んではいませんよー。カレンに止められてますから。」
「まぁ、そうね。」

 想定より数は多かったが、ツカサはさほどの問題はないと判断し、

「貴女の腕前を見たいから、やっちゃって。」
「はーい。」

セリカに丸投げした。
 丸投げされたセリカは、羽織っていた外套を脱ぎ捨てると、両腰の短めの直刀を抜き、ホーンドッグの群れに向かい駆けていく。両刀使いのようだった。ヒューマンより身体能力に優れている獣人だからか、思った以上に速く

「ほっ、はっ!」

ホーンドックが反応する前に集団の中に入り、素早く移動しながらサクサクと斬りつけ倒していく。

(意外とやるわね。動きは身体の力としても、ちゃんと剣も使えてるし。いつの間に訓練したのかしら?)

 あっという間に十匹のホーンドッグを倒したセリカは、懐から紙を出し刀に付いた血のりを拭いての納刀し、外套を拾い上げツカサのところに戻ってきた。

「終わりましたー。」
「はいおつかれ。やるじゃない。私と同じで軽いということだけが難点かしら。」
「力だけじゃダメですからねー。かと言って体重増やすの嫌ですし。ムキムキのゴリゴリな身体なんてまっぴらごめんですー。」
「そういえば貴女最近降りてきたばかりじゃなかったの?」
「どういう意味です?」
「剣、使えてるじゃない。いつの間に訓練したのよ。」
「睡眠学習ですー。」
「はっ? えっ? うそ?」
「ほんとですよー? 時代劇の忍者が戦うシーンとかを切り出してー、寝ている間に覚えました。この忍刀はカレンに頼んで作ってもらいましたー。」

(この娘、才能あるんじゃ・・・?)

と思うツカサであった。

 証明部位として耳を斬り取り穴を掘って埋めた後、街に戻ると再び商人組合の館に向かった。
 受付で依頼達成の報告と依頼数より多い証明部位を提示し報酬を待っていたところ、待合エリアのテーブルで傭兵達が話しているのが聞こえてきた。

「そういやこの街で人攫いが頻発してるって話し知ってるか?」
「なんだ? 子供でも誘拐されたのか? 頻発って沢山か?」
「これが老若男女問わず、らしいんだよ。既に十人以上って話しだ。病気で臥せってたヤツまで攫われたらしいぜ?」
「街の衛兵は何やってんだ? 俺ら傭兵に依頼が降りてくるんじゃないだろうな?」
「街中を傭兵がウロウロ警備でもするってか?」
「街の住人がその強面をみたらおまえが犯人だーって言いだすぞ!?」
「そりゃねぇだろう! ガハハ・・・。」

 適当な依頼書をみながら聞いていたが、

(・・・不穏な雰囲気ね。)

と思いはするものの、だからと言って何かできることがあるわけでもなく、結局聞き流すことにした。
 そろそろ夜に近い時間になってきたので、受付で宿があるエリアを確認し、

「セリカ、行くわよ。」
「はーい。」

商人組合の館を後にしたのだった。



 例のごとく部屋に風呂があると思われる上級の宿につき、

「風呂付の一人部屋二つ空いてる?」

と受付に聞いていたところ、セリカが

「お風呂付の二人部屋一つでいいですー。」

と口をはさんできた。ツカサはセリカの顔をじっと見て問いかけたが

「なんで?」
「一緒がいいですー! ダメですか?」
「一人でゆっくりしたいの。」
「二人でもゆっくりできますよ!」
「・・・ふぅ、うるさくしたらたたき出すわよ?」

と言うことで、二人部屋となった。部屋に荷物を置き食堂に向かい夕食を取った二人は、部屋に戻った。

「先はいるわよ。」
「はーい。」
「・・・なんで貴女も脱いでるのよ。」
「一緒に入ろうかとー。」
「甘えるな!」

 ツカサは、セリカに拳骨をくらわすと、セリカが今脱いだばかりの外套でセリカを椅子に縛り付け、一人悠々と風呂に向かった。

「ツカサさーん、外してくださいー。私も入りたいですー。」
「ツカサさーん、お願いですからー。」
「ツカサさーん、ツカサさーんてばー。」

 どれだけ呼び掛けても返事をしてくれないツカサにボソッと

「オニー。」

小さな声で言ったにもかかわらずツカサには聞こえたらしく、風呂から頭を出し

「静かにしていないと、本当に部屋からたたき出すわよ?」

と冷たい目で言われ、ツカサが出るまで静かにせざるを得なかった。



 ツカサが風呂から出て、セリカも入り終え、そろそろ寝ようとした頃だった。窓の外から怒号のような声が聞こえてきた。そのほかにモノが壊れ崩れるような音や、一人や二人ではない悲鳴のようなものも聞こえてきた。

「なによ、もう。」

 ツカサは窓を開け外を目を凝らした。街には街灯と言ったものはなく、通りに面した建物窓から漏れる室内の明かりでほんのり照らされるだけの明かりしかないため、はっきりとは見えないが、宿に面した通りの数百メートル先で何か大きなものが動いているのが見えた。

「なに、あれ? 暗くてよく見えないけど、多分大きいわね。」
「ほんとですねー。周りにある固まりはヒューマンですかね? 通りの家の壁とか崩れてそうですね。」

 一緒に顔を出して覗いていたセリカにも見えたようだ。こうしている間にも叫び声は続いていた。

「んもう! 寝るところだったのに。」
「まーそう言わず、行ってみましょー。」

 そういうと二人は出かけるために着替え始めた。
 宿を出て大きな物体があったほうに向かうとそこには、巨大なモンスターとそれらと対峙している衛兵たちがいた。
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