異世界召喚戦記

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第5章 モスコーフ帝国へ

第14話 磔のマリナ 6

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異世界召喚 108日目

イシュ王都を出発し、11日目



ミヒャルは、逃げ出した。

一人が逃げ出すと…同調する者が現れ…追っ手は、総崩れとなっていった。
騎士達は、それぞれ逃げ出す。しかし、目の前を炎が、藪が邪魔をする。

黒い少女は、藪で炎で逃げ遅れた騎士を…一人、一人…切り裂いていった。


後方より、騎士たちの悲鳴が聞こえる。ミヒャルは、森の中を全速で駆け草原に飛び出る。

…俺は、まだこんなところでは死ねないのだ!…

100m先に騎馬がたむろっている。騎馬へ向かい草原を飛び跳ねるように進み、騎馬に駆け上がると、鞭を入れ全力で駆けさせた。
バラバラであるが、約20騎ほど騎馬で逃げおおせることができた。左右に並走している騎兵を見て、少し安堵する。


ブシャャー


右を並走していた騎士の頭がない。首から…夜空へ向け血がほとばしる。
そして…首のない騎士の体が、左へ傾きゆっくりと騎馬から落ちていった。
その騎馬には、あの魔人の少女が剣を持ち立っていた。

「うわぁぁー」

並走していたイガルは恐怖で絶叫し、騎馬に何度も鞭を入れる。

バシュッ バシュッ

周りの騎兵が、魔人の少女に向け矢を射かけた。
なんなく剣で切り伏せたが、周りからの一斉の矢の攻撃で騎馬が驚き、いななき、急に減速し右側へ逃れていく。

一瞬対応の遅れた魔人の少女は、騎馬から飛び降りる。そして駆け出し、イガルの後方を駆けていた騎兵に襲い掛かる。

ある者は全速で逃げ…首はねられる。

ある者は、大盾で初太刀を防ぎ…体を切り刻まれる。

ある者…は、剣ごと真っ二つにされた。

魔人は川岸まで執拗に騎兵を狙った。川を渡り切った者は…

守備隊長ミヒャルとイガル…そして、供の騎士3名…の5名だけであった。

日は落ち…あたりは、わずかに月の光に照らされていた。城塞都市グリナが見えてきた。
城壁上では松明がたかれ、暗闇の中、都市が煌々と照らされていた。


チェルは、騎兵を皆殺しにするつもりであった。
しかし、騎馬で逃げる騎兵を殺すことは時間がかかり、5人が川へ飛び込んだ。
これ以上、時間を掛けると、博影の治療が大幅に遅れる。
チェルは、急ぎ博影の元へ戻った。

いまだ、炎はくすぶっていた。
チェルは、博影の元へ戻ると、博影の鎧を外し怪我を確認した。
さいわい血は止まっている。先ほどの魔法陣が強まった時に、無意識に回復させたのだろう、出血部位は止血されている。

「ヒロカゲ……テキハ…サッタ…ダイジョウブ」

耳元で語り掛けると、すうっとわずかに光っていた魔法陣が消失した。チェルの左首筋の小さな魔法陣は、まだ輝いている。
その細い体で、博影をすっと肩へ担ぐと森の奥へ飛び跳ねるように入っていく。
一時ほど進む、かなり森の奥へ来ていた。まだ、魔物が棲む領域ではないが

…狼などに眠りを邪魔されたくない…

と考えたチェルは、大きな大木に目をつけると…博影を抱えたまま、登っていく。
約8m上に大きく左右へ分かれている部分があり、3人程が横になれる広さがあった。
チェルは、そこに博影を横たえると、博影の黒の術袋から毛布を数枚取り出し、敷き詰め博影とくるまった。

チェルの目の前にある、博影の顔が汚れている。
ペロペロとなめ、きれいにする。
満足したチェルは、まるで博影を温めるように抱きしめ、眠りについた。


………


チッチッチッ…


朝、鳥の声で博影は目が覚めた。
目の前には、自分をしっかり抱きしめて寝る浅黒い…全裸の少女が眠っていた。

「うわぁぁぁ?…?チェルなのか?」

一瞬かなり驚いたが、背中の肩甲骨付近より生えている2本の触角が見えた。
少女は、薄目を開ける。

「ネムイ…」

少女は、博影の顔色が悪くない事を確認し、抱きしめていた手を離すと、丸まって眠りについた。

自分の状況を確認する。

かなり大きな大木の上に毛布を敷き詰めて寝ていた。チェルが運んでくれたのだろう。
周りは、うっそうとした森で、森の果ては全く見えず、木以外の風景は、木々の隙間より見える曇り空だけだった。

博影の記憶の断片では…魔力の限界が近づき、騎士たちに剣でたたき伏せられ、意識が遠のきつつあるとき…チェルが、飛び込んできた。

体はもはや動かせなかったが、最後の気力をしぼり魔法陣に魔力を注いだ。その時…魔法陣に呼応するような力を感じた…が、そこまでの記憶だった。

体力を消耗しているため、魔力は、わずかしか回復していないようだ。
小さな魔法陣を出現させ、チェルの傷を治療する。
背中を中心に、かなり深い刀傷がある。血は止まり、傷口はふさがっているが、皮下の細胞が修復されているわけではない。
チェルの身体を活性化させ、細胞を修復する。そして、自分にも同じように魔法陣で身体を活性化させた。

体の痛みが消えると、腹が減ってきた。
術袋より、干し肉とチーズ、やわらかいパンを取り出し食べる。
チェルが、目を開け博影に寄ってきた。
干し肉を、分け与えるとすぐに平らげたので、さらに、3人分ほど取り出し与えた。

「シスやルーナが心配しているだろうな…」

しかし、外傷は回復したが、魔力や体力が回復しているわけではない。
今の自分とチェルの状態では、明日からでないと動けないだろう。
ぽつぽつと曇り空から雨が降ってきた。
この大きな巨木の上は、密集した葉や枝によってまったく濡れないようだが、染み込まない天幕用の布を上に広げ、チェルと毛布の中にもぐりこんだ。


………


夜明け前…城塞都市グリナ…


貴族・騎士エリアの中心に位置する城壁をもたない小さな城…その城の執務室で、施政者、ニラエ・チャウ伯爵はいらだっていた。

処刑場での失態は、騎士より報告を受けていた。しかし、130名の騎兵での追跡…何ら心配をしていなかったが…

夜中に帰城したミヒャルとイガルから報告を受けると…あろうことか…

マリナは、取り逃がし…黒騎士からは返り討ちにあった。
追跡隊130名の騎兵は、ほぼ全滅…
帰ってきたのは、右腕を負傷したミヒャルと部下3名と、イガルの5名だった。

守備隊長ミヒャルの事は、出来る奴だと評価している。
しかし…返り討ちに合った理由が、

…魔人が…魔人が黒騎士の味方をしたと…

魔人など、遠い伝説…子供のおとぎ話の世界である。黒騎士の魔術で、幻覚を見せられたのであろう。
しかし、現実として130名の騎兵は戻らなかった。
信じられないが、黒騎士が魔術を使い、川を濁流に変え、騎兵の半分近くを葬ったこと…その力がある前提で対策を立てなければならない。
城塞都市の中では、魔術に利用されるようなものはないと思うが…

城塞都市グリナへ駐屯しているモスコーフ帝国騎兵は、約1000名であった。
前線ではないので、人口2万の都市としては十分だろう。
後方支援としての意味もある配置だった。

チャウ伯爵は、腰の引けているイガルに騎兵50騎を持たせ、昨夜の戦いの場所へ向かわせ、マリナと黒騎士の捜索を命じた。
しかし、怯え、何かにつけて言い訳をするイガルに…

…戦わなくてよい、何でもよい情報を集めてこい…

と怒鳴った。

残り800名ほどの騎士は、3交代制で城塞都市の守備に就かせた。
そして、他の都市へ情報が漏れることを防ぐため、グリナへの出入りを一切禁じた。

都市内では、市民の暴動を防ぐため、午後7時から朝7時までの家からの外出を禁じた。

…マリナの遺体でも見つからんことには、収拾がつかない…

結局、腰の引けたイガルではなんの情報も得ないまま、昼過ぎにグリナへ戻り、報告してきた。

さらにチャウ伯爵をいらだたせたが、事態を収拾させなければならない。
奴隷の中から、マリナと背格好の似ている女を選び、女には、目隠しとくつわをかませ、市民広場で処刑した。
しかし、信仰の対象…司祭たるマリナを、見間違えるはずのない市民の感情を、さらに逆なですることになった。

夜間外出禁止令や、騎士の見回りのため、市民の暴動は抑えられているが、市民の不満は徐々にたまってきていた。


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