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カルパディア編
第二十六章:嵐が過ぎる前のひと時
しおりを挟むダミー人形を乗せた流線形の車両が、宮殿の屋外訓練場に敷かれた鉄のレール上を疾走する。刺激控えめな宮廷プチジェットコースターだが、鉱山などに見られる荷物運び用トロッコの平坦な線路と比べれば、上下左右に起伏とカーブの激しいコースになっている。
「まだか~、まだか~」
「もうちょい待てって。動きはあんまり激しくないけど、これ事故ったら本当にシャレにならんからな」
コースや車体に不具合が出ていないか。ダミー人形に無理な負荷が掛かっていないか。
安全装置に不備は無いか等をカスタマイズ画面越しにチェックした悠介は、慎重に慎重を喫して、遂にヴォレットの搭乗を解禁した。
「うおおおっ! やっと乗れるぞーー!」
「姫様、もう少し慎みをですね――」
辛抱堪らんと車両に駆け込み乗車するヴォレットに、クレイヴォルが溜め息を吐きながら眉間の皺を濃くする。
「もう就寝の刻を過ぎているのですから、一回だけですよ?」
「分かっておるわクレイヴォル。お前も偶には付き合え」
「え?」
この宮廷プチジェットコースターの車体は、二両編制で最大四人乗り。
悠介は最初、ヴォレット専用の小さな一人乗りプチコースターにするつもりだったが、安全性を高めるにはそれなりに大きい車体にした方が良いと判断してこのサイズになった。
全身に風を感じながらとはいかないが、普段乗っている馬車や動力車では味わえない、結構な横G縦Gを体験出来る。
固定ベルトと安全バーでガチガチに固められた状態で並んで座るヴォレットとクレイヴォル。一応、更なる安全策として後ろの車両にはフョンケとエイシャも乗っている。
「な、何で私まで……」
「初乗りに同乗できるとはラッキー」
フョンケはいざという時に風の膜を使って安全を確保する為。エイシャは途中で気分が悪くなった場合に備えての治癒枠だ。
「そんじゃ、動かすぞー」
ギミック機能で車体が引っ張り上げられ、このコースで最も高い位置へと最初の坂を登って行く。一周するのに一分も掛からない短いコースだが、この世界で初めてのジェットコースターを体験した四人は、その大きな力に振り回されるような遠心力と浮遊感の奔流に圧倒されていた。
「わはははははっ! いいぞーー!」
「っ……! 姫様……っ そのような……! はしたない笑い方を……っ!」
「ひゃああああ」
「うひょーー」
ヴォレットとフョンケは普通に楽しんでいるようだが、クレイヴォルは御小言も絶え絶え。エイシャは自分が悲鳴を上げている事に気付いて無さそうだ。
あれでは水技の治癒を使う余裕も無いだろう。明らかに悠介の人選ミスである。
「みんな楽しそうで何より」
流す悠介。ヴォーマルにシャイード、ソルザック。スンやイフョカ達見物組は、悠介の後ろで苦笑を浮かべていた。
その後、悠介はプチジェットコースターを資材に戻すと、訓練場も片付けて元通りに整備した。闇神隊の皆と、ヴォレット達もそれぞれの場所へ引き揚げに掛かる。
「あー面白かったのじゃ。興奮して眠られそうにないな」
「朝の勉学に響きますから、きちんとお休みください」
「隊長、あっしらは宿舎に詰めてますんで、何かあったら呼んで下せえ」
「失礼します」
ヴォレットとクレイヴォルは宮殿の上層階に。ヴォーマルとシャイードは引き続き衛士用の宿舎で待機に入る。
「それじゃあ私達もこれで」
「お、おやすみなさい……です」
「では、私も店に戻るとしましょう」
「俺っちも今日は真っ直ぐ家に帰ろうかな」
イフョカとエイシャ、それにソルザックやフョンケは街の自宅に帰るようだ。皆を見送った悠介は、人が居なくなってガランとした訓練場でスンと向き合う。
「俺達も帰ろうか」
「はい」
訓練場の隅にあるシフトムーブ用のブロック――悠介邸の広間の床の一部に移動しながら、スンがおもむろに問い掛けた。
「……ヴォレット様のこと、どうするんですか?」
「ん~、どうするかなぁ~」
読心能力を持つコウ少年を通じ、ヴォレットの気持ちを伝えられたからとて、今直ぐどうなる訳でも無い。とりあえずは現状を維持しつつ、日常を送るしかないのだ。
「気持ちを受け止めるつってもな。スンやシアやラサ達のようにはいかんしなぁ」
「そうですよね……」
スンとは共同生活から打ち解け合い、互いに助け合ったりしながら両想いに至る、割と正統派な付き合い方をしてほぼ伴侶となった。
ラーザッシアとラサナーシャは、国絡みの陰謀渦巻く特異な環境で、色々な事情や事件も経て、半ば保護するような形で引き取り、今の関係を築いている。
ヴォレットとは、初対面の時からお互いに身分を無視したような付き合い方をしてきたが、悠介が彼女の婚約者になる事を恐れて暗殺騒ぎが起きるほど、多くの権力者に与える影響が大きい。
近い将来、この国の女王に戴冠する事が決まっているヴォレット姫を、一人の女性として受け入れて良いのか。果たして受け入れられるものなのか。
「シンハとリシャレウスさんは、あんま参考にならんしな」
「ふふ、そうですね」
あちらは共に王族で幼馴染みという間柄なので、二人がくっ付くと国もくっ付くという、スケールは大きいがそれに伴う問題は意外に多くない。彼等を慕い、敬う周囲の人々の働きによる賜物でもあるが。
「まあ、今は考えても仕方ない。なるようになるだろ」
「それなら、普段通りですね」
悠介のいつもと変わらない棚上げな答えに、スンは微笑みながら同意した。
そうしてシフトムーブ用のブロックに乗った二人は、悠介の「実行」の掛け声と共に舞い消える光の粒を残して、宮殿の屋外訓練場から悠介邸の広間へと帰宅転移した。
「ただいま~」
「ただいま戻りました」
「おかえり~」
「おかえりなさいませ。今お茶を用意しますね」
「戻ったか」
広間に現れたスンと悠介を、ラーザッシアとラサナーシャとパルサが出迎える。
ラサナーシャがお茶の準備をしに席を外すと、ラーザッシアは悠介の周りを見渡しながら訊ねた。
「あの子は?」
「コウ君なら都築さんに付いてポルヴァーティアに渡ったよ」
栄耀同盟の本拠地攻撃に参加するらしい旨を説明した。明日の夜明け前には、向こうの有力組織連合による総攻撃が開始されると聞いている。
「コウ君の基地施設整備で、魔導製品のカスタマイズレシピが山ほど手に入ったよ。これで今後の街の近代化計画も捗るな」
必要な資材を安定的に集められる体制作りから始めなければならないが、魔導技術の研究者が亡命して来るので、彼等と協力すればそう難しくは無い筈。
ヴォレットが女王に戴冠する頃には、フォンクランク国はカルツィオで最も魔導技術が発展した国になっているかもしれない。
「何だか凄いわね~……ノスセンテスで工作員やってたのが遥か昔みたい」
「シア達が家に来てから、半年も経たないうちにポルヴァーティアと戦争だったもんな」
悠介がこの世界に召還されてから一年と少し。フォンクランクとブルガーデンの対立を終わらせ、ノスセンテスが滅亡し、ガゼッタが台頭して、トレントリエッタの古い一族が災厄を起こした。
それらを悉く解決に導き、五族共和制が施行されて等民制の段階的解除まで漕ぎ着けた矢先の大陸融合。最早激動どころではない混沌とした時代といえなくもない。
「でも、ユースケ様は平穏に治められましたね」
「色々棚上げだけどな」
ラサナーシャが淹れてくれたお茶を受け取りながら答えた悠介は、一息吐きながらしばし寛ぐ。夜も更けて来たので、そのまま寝室に引き揚げる事にした。
「ポルヴァーティアからの緊急事態に備えなくて良いのか?」
「多分大丈夫なんじゃないかな。支援装備も渡してあるし、終わった後の報告以外で特に連絡してくる要素はないと思いますよ?」
パルサの問いに、悠介はそう答えながら空になったカップをテーブルに置く。
何せ味方には『戦女神サクヤ』と『冒険者コウ』に、『勇者アルシア』も居るのだ。悠介の中では、既に有力組織連合の勝ちは確定していた。
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