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カルパディア編
第三十章:女官姉妹と秘密の依頼
しおりを挟む『黒翼の乙女』による突然の来訪と撤収に、まだ少しざわついている会議室にて。
悠介は通信パネルを使った監視・連絡網の話を進める前に、朔耶の在り方などについて説明をしておくべきかと考え、一旦資料を閉じて口を開いた。
「都築さん――彼女がどのくらい強大な存在なのかは、ポルヴァーティアとの戦いで十分浸透してると思いますが、あの人は基本的に自分の良心と信条に従って自由に動いてるので――」
一応、異世界では立場ある身分に在るものの、いずれかの勢力に与して動いている訳でも無く、あくまで個人的に係わって来ているだけである。
「少なくともこの世界……外の世界からは『狭間世界』と呼ばれてる俺達の住む世界には、都築さんは当人の善意で手を貸してくれてるだけなんで、過度の期待も不安も抱かないのが正解です」
下手に取り込もうと画策しても、手痛いしっぺ返しを受けるだけになるだろう。
故に、深く考えず「そういうものだ」と受け入れて、時に協力を求めたり、労ったりして交流を図るのが無難であると。
「人の姿をした超自然現象か何かだと思ってください」
ただし、本気で怒らせると天災規模の報復もあり得るので気を付けてねと、悠介は軽く脅かして締めくくった。本人が聞いたら「あたしゃ災厄か何かか」とorzのポーズになっていたかもしれない。
災厄の邪神に災厄を危惧される人。
朔耶に関する説明が一段落したところで、本来の説明会の話題に戻る。ここまでの説明で通信パネルを利用するメリット、悪用された場合のデメリットについても伝えておいた。
ここからは現実的な問題として、通信パネルの製造に必要な資材の確保が、現時点では困難である事を明かす。
「差し当たって、手持ちの資材で作れるのはあと数十枚といったところです」
サンクアディエットの街全体に監視網を行き渡らせるなら、数十枚程度では全く足りない。
通信パネルを作るには、材料に魔導技術で精製された金属と、その加工品が必要になる。この金属の精製と加工品を作る技術の確保に、亡命してくる魔導技術研究者を当てにしている。
「そんなわけで、これから計画する設備や施設を建てる前にまず、魔導技術研究所を作りたいと思ってます」
かなりの重要施設になるので、セキュリティも考慮して王宮区の地下空間を有効利用したい旨を告げた。
悠介の提案はその場で承認され、施設の仕様などについてはまた後日、そこに勤務する予定の人材を揃えて意見を募り、取りまとめる事となった。
今後、準備が整うまでは施設のデザインの草案作りなどをこなしていく。
朔耶の飛び入り報告もあった通信パネルの説明会が無事に終わった翌日。
ポルヴァーティアの『真聖光徒機関』と『有力組織連合』から正式に、『栄耀同盟』を壊滅させた事を報せる文書が、カルツィオの各国に届けられた。
それを見計らったかのようなタイミングで、悠介の元にブルガーデンの女官姉妹から、個人面談を要望する長距離伝達が送られて来た。場所はディアノース砦を指定してあり、こちらから了承の伝達を返して直ぐ、向こうは出発したようであった。
国境近くの平地に重厚な佇まいを構えるディアノース砦は、ブルガーデンがイザップナー体制だった時期に、カスタマイズ・クリエートで建てられた。
悠介が本格的に力を振るい始めた象徴的な建造物で、文字通りほぼ一瞬で構築して見せた。
ブルガーデンの第二首都・要塞都市パウラの中心部からでも、馬車で半日と掛からない距離にあり、二国間の和平交渉の舞台として、リシャレウス女王とエスヴォブス王が訪れた事もある。
砦に詰めている衛士達は闇神隊の支持派が多い。隣国の要人と内密な面談を行う場所としても悪くない。
「ん~、ここに来るのも久しぶりだな」
闇神隊専用の動力車でディアノース砦までやって来た悠介達。メンバーは悠介隊長と専属従者のスンに、ヴォーマル、シャイード、エイシャ、フョンケ、イフョカの五人といういつもの構成。
例によって技術者担当のソルザックは留守番だ。
「改めてこうして見ると、本当に立派な砦ですな」
「これが一瞬で建った時は、みんな盛り上がってたっすよねー」
ヴォーマルが砦を見上げながら感慨深げに呟くと、フョンケも当時の事を思い出して同意する。昼頃にサンクアディエットを出発して、日が暮れる前に到着した闇神隊一行は、ディアノース砦を護る衛士達に歓迎されながら入場した。
「ブルガーデンの女官姉妹はもう来てるかな?」
「ハッ、昼過ぎに到着され、現在は客間にて寛がれておいでです」
砦の衛士に案内されながら報告を受ける。闇神隊の到着を知らせに伝令を走らせたそうなので、このまま面談の会議室に直行する。
「どうぞ」
「ありがとう」
皆で席につくと、給仕達が用意してくれた飲み物で一息吐く。ふと、視線を感じた悠介がそちらを見やれば――
「……」
給仕の女性が会釈して柔らかな笑みを向けて来た。悠介が「何となく見覚えのある人だなぁ」と自身の記憶を掘り起こしていたところへ、フョンケから告げられる。
「隊長、その子ギアホーク砦の生存者っすよ」
「……ああっ、あの時の」
このディアノース砦が建てられる前に建築中だったギアホーク砦。
闇神隊の初任務として、悠介の能力で建築を早めるべく派遣されたのだが、そこは虐殺の現場になっていた。八十人以上が殺される大惨事で、生存者は僅か二人だけだった。
「そうか、この砦で給仕してくれてたんだな」
「お久しぶりです」
給仕の女性はペコリとお辞儀をして仕事に戻って行った。元気にやっているようで何よりだと思う悠介。
そんな、ちょっとした再会に感慨を覚えたりしながら待つ事しばらく。砦の衛士に案内されて女官姉妹がやって来た。
彼女達のお供にはブルガーデンの精鋭団が付き添っている。精鋭団の中には、プラウシャという少し縁のある知った顔の女性団員も居た。
カルツィオ聖堂で行われた四大国会議にも同行していたあたり、今後も外交関係の席では顔を合わせる事になりそうであった。
「こんにちは。聖堂の報告会の時以来ですね」
「はい、お元気そうで何よりです」
「この度は面談に応じて頂き、感謝します」
姉のマーシャ、妹のサーシャと軽く挨拶をして、さっそく本題に入る。
「それで、この面談の目的というのは」
「まずは人払いをお願いできますでしょうか?」
闇神隊長個人以外には聞かれたくないという女官姉妹の要請に、悠介は少し逡巡したものの、そこまで内密な話ならばと、闇神隊のメンバーや護衛の衛士、使用人達にも席を外して貰った。
会議室で三人きりになると、姉妹はおもむろに余所行きのお堅い雰囲気を崩しながら言った。
「どうかリシャ様の願いを叶えてほしいの」
「貴方になら出来ると聞いた」
彼女達の目的は、悠介に極秘で特別な道具の制作を依頼する事だった。それも、リシャレウス女王がシンハ王と内密に、何時でも会話ができるような道具の制作だ。
(ふむ、極秘の道具制作依頼だったか。それにしても――)
先日の夜、鏡型双方向通信具をガゼッタの空中庭園に繋いだ時に、アユウカスが言っていた『近い内にこの道具を乞われる』とは、もしやこの事だったのか? と推察する悠介。
(ある程度話はついてるのかな?)
ガゼッタ側とはどこまで段取りが進んでいるのかはさておき、悠介は女官姉妹の心変わりについて問う。
「前はシンハの事とか、結構警戒してなかったっけ?」
「あ、あの時は、周りは敵ばかりだったから……気負っちゃってたというか」
「以前は国内でも安心できる環境に無かった。今は落ち着いて冷静に見られるようになった」
最初の邂逅は、ブルガーデンの内乱に近い状態からの、ガゼッタによる侵攻という、警戒しない方がおかしい出会い方だった。
それに加え、ガゼッタ王とリシャレウス女王の間に漂う妙に親密な空気を察したマーシャの、嫉妬に近い感情による警戒感だったそうな。
実際にリシャレウス女王とシンハ王は幼少期の幼馴染みであり、普段は互いに己が立場を前面に出しているが、ふとした時に二人が心を許し合っていると感じさせる瞬間を垣間見られるらしい。
リシャレウスが女王としてブルガーデンの実権を取り戻して以降、日々の激務の中で、シンハ王との手紙による交流がひと時の癒しになっていたようにも思えるのだと。
「まあ、一時期はガゼッタとブルガーデンの合併かなんて話も囁かれていたくらいだしなぁ」
「あの話が出回った時、リシャ様の本音を聞いちゃったからね」
「あの時の陛下は、かつてないほどそわそわしていた」
「そういやあの件では俺達もシンハの本音を聞いたな」
何気に当時の女王陛下の反応を暴露している女官姉妹に、悠介も便乗する。
「何にせよタイムリーな相談だった。丁度それをやれるネタが手元にある」
「たいむりー?」
「それは、依頼を実現できる目途が立っていると?」
マーシャが聞きなれない単語に小首を傾げている傍らで、サーシャは瞳に期待を浮かべながら訊ねる。
「ああ、今通信パネルを使った連絡網の構築をやっててね」
各国のトップが直接話せるホットラインの敷設を計画していると明かした悠介は、ガゼッタ経由ででもブルガーデンをシフトムーブ網に組み込めば、依頼内容の実現は可能だと説明した。
「……! シフトムーブ網への接続は、アユウカス様が進めている」
「んー、やっぱりアユウカスさんが裏で動いてたか」
シフトムーブ網が繋がれば、秘密の部屋でも用意してもらって鏡型双方向通信具を設置できる。
各国の首脳が話し合う為の国家間の公式なホットラインとは別に、シンハ王とリシャレウス女王の為だけの、極秘専用回線を用意する方向で話を纏めた。
他の通信具と交わらないよう、専用のチャンネルを設定する方法など、細かい部分は専門家に訊かなければならないので、少し準備は必要になるが。
「こ、こんなにあっさり解決するなんて……」
「やはり貴方は規格外」
「ハハハ、まあ今回は色々タイミングが良かったんだよ」
聞けば女官姉妹は、元々はポルヴァーティアの魔導技術の中に遠方の人間と連絡を取り合える道具があると聞き、それを手に入れたかったようだ。
しかしながら、ポルヴァーティアとの交渉は主にフォンクランクとガゼッタが担っており、先の使節団報告会で受け入れたポルヴァーティア大使も、期待するような魔導通信具は持っていなかった。
彼等の説明だけで似た機能を持つ道具を制作できる職人も、ブルガーデンには居ない。そんな中で、闇神隊長なら魔導技術にも詳しいという話を耳にした。
「ああ、それでどうにか俺と個人的に会いたかったわけか」
兎にも角にも面談の目的は果たされた。当面はシフトムーブ網にブルガーデンの二つの首都が接続される事と、フォンクランクに亡命を予定している魔導技術研究者達の到着が待たれる。
この件に関して、ブルガーデン側から悠介に支払われる謝礼については、悠介から保留にする事を告げた。
「今は何も思いつかないから、とりあえず貸しにしとく」
「ちょっと怖いけど、分かったわ」
「恩には必ず報いる」
プライベート回線とは別に、今後フォンクランクから各国に提案する事になる公式な通信環境の構築についても、リシャレウス女王に話を伝えておいてほしいと頼む悠介。
そうして、この日の女官姉妹との面談を終えたのだった。
後日、宮殿の自室で魔導技術研究所のモデルデータを作っているところへ、朔耶が様子見にやって来たので、悠介は女官姉妹との面談が無事に済んだ事などを伝えた。
「そっか。とりあえず、見えてた問題は大体片付いたみたいだね」
「ですね。これからまたやらなくちゃならない事は多いけど、とりあえずは一段落かな」
魔導技術研究者の亡命集団が到着して、フォンクランク国内でカルツィオ初の魔導技術研究所が稼働を始めれば、また色々と時代が動き出しそうだと悠介は推察している。
「今はようやくこぎ着けた平穏なひと時を堪能中かな」
「それじゃあ、平穏モードな悠介君にうちのバカ兄から依頼です」
朔耶がそう言って鞄を差し出して来たので受け取る。中身は精巧な美少女フィギュアと、複製用の素材だった。
「うははっ、またか」
以前複製した時の記憶が過り、思わず吹き出してしまう悠介。あの時はノリで動くフィギュアを作ったりした。
「例の特別製がもう一体欲しいんだって」
「あれかぁ……よし、気合い入れてギミックモーションを組み上げよう」
複製はものの五秒で終わらせ、特別製に付与するギミックモーションを構築する。完全に趣味と遊びでしかないが、魔導技術研究所モデル作りの良い息抜きにもなった。
悠介のカスタマイズレシピに、新しい美少女フィギュアが追加されたのだった。
(あ、これを浮遊ゴーレムのモデルにしても面白いかも……)
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