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カルパディア編
エピローグ
しおりを挟む依頼で複製したフィギュアと特別製の一体を鞄に収めて返すと、朔耶は礼を言って受け取った。
「ありがとね。もし必要な物があったら言って? 今度持って来るよ」
「そうですね、とりあえず魔導技術研究所が動き出してから、足りない物が出た時はよろしく」
現状こちらの技術だけで用意できず、地球製品で代用が効く物があればその時に頼みたいと、フィギュア複製の報酬に対する要望を伝えて了承される。
朔耶はこの後アルシアの所にも寄るらしい。
「また食材の輸出関係で頼る事もあるかも」
アルシアの料理のレパートリーが増えるにしたがって、必要な食材の種類も増えていく事になるという朔耶に、悠介はふと浮かんだ疑問を口にした。
「それは構わないんだけど、向こうは畜産なり農業なりは始めないのかな?」
「あー、何か予定はあるらしいよ?」
ただ、そもそも蒔く種が無い上に家畜もいないので、まずはそこからだと、朔耶はポルヴァーティアの現状に言及する。
「ふむ、確かに『食糧生産プラント』で百年以上回してたみたいだしなぁ」
料理の概念が薄れるほどの長い年月、土から精製される栄養ブロックが国民の主食だったのだ。ポルヴァーティア大陸の一部となった元他大陸には、農業をやっていた大陸もあったであろうが、大陸融合後は土地の隅々まで開拓の手が入り、工場地区や採掘地帯に整備されている。
その過程で農作物そのものが、技術や知識を含め共に失われていったのだろう。復活させるには一から教えるつもりで支援が必要かもしれない。
「それじゃあ、またね」
「はいよ、おつかれさんでした」
今後はまた一週間毎くらいの間隔で顔を出しに来ると言って、朔耶は帰って行った。
その翌日には、件の魔導技術研究者集団がサンクアディエットに到着した。
浮遊装置で浮かせた移動式研究室を、十数頭の魔導獣兵に牽かせるという大層目立つ移動法でやって来た彼等は、サンクアディエットの街中を走る動力車に興味を示していた。
「おかしい。魔導動力を前提にしたような構造なのに、魔力を殆ど感じないぞ」
「何故この魔力保有量でこの大きさの車体を動かせるのか」
「これが彼の者の異能の力か」
異国の街を行く事に気後れする様子も無く、先導に来た衛士隊や悠介達に対しても全く物怖じしていない。本当に研究にしか興味が無さそうな研究者集団であった。
そんな彼等には、亡命の受け入れ手続きを済ませたあと、さっそく王宮区の地下の空間に用意した魔導技術研究所に入って貰った。
まだ研究所施設として使える場所を用意しただけなので、悠介は彼等の要望を聞きながら、内装や間取りなど中身を整えていく。
こと屋内外のリフォーム等は、カスタマイズ・クリエートの得意分野。研究者達が求める理想の環境を、共に作り上げる事ができる。
「素晴らしい!」
「向こうだと研究室を一つ増やすにも中央に申請して許可を貰わねばならなかったからな」
ここでは自分のイメージする研究室を口頭で伝えると、その場で部屋が構築される。その様子を観察しながら、細かい指示を加えて拘りの研究室に仕上げて貰えるのだ。
そして、魔導技術研究所の要である魔導動力装置は、基数の制限なく必要な数だけ用意するという。思う存分研究に没頭できる環境を、亡命研究者達は絶賛した。
「これ、数並べた影響で健康被害とか出ないよな?」
「大丈夫だ。この最新型なら魔力共鳴による誤動作や精神への影響にも対策済みだ」
「精神への影響とかあるのか……」
魔導動力装置を複製して並べていた悠介は何となく気になって訊ねたのだが、少しばかり不穏な答えが返って来た事に呻く。
人の体内を血流と同じように巡る魔力は、特に精神と結び付き易く、強く想い念ずる事で触れている魔力に何かしら作用を引き起こせる。
その手順と作用の組み合わせを解明し、体系化したものが所謂『魔術』と呼ばれる技術になる。強い魔力が動けば、それだけ精神も影響を受け易い。
「要は動力装置の外に特定作用を持つ魔力を漏らさねばいいのだ。動力装置内の魔力は基本的に無属性で動きは無いのだが、自然界には存在しないほど高濃度だからな」
あまりに濃過ぎる魔力を浴びると、僅かに触れた思念に過剰に反応した魔力により、自分自身の発した思念が何重にも反響して前後不覚に陥る場合があるのだという。
その状態を『魔力酔い』と呼んでいるそうな。昔は十分な遮断ができず、魔導動力装置の近くで酩酊に似た状態になる者が度々出ていたらしい。
「まあ、お堅い国柄だった事もあって、ワザと魔力酔いになろうとする輩も居たがな」
「ああ……何となく分かる」
以前のポルヴァーティアは国民総信徒の宗教国家体制でやっていたが、あの娯楽も少なく抑圧された環境内で、合法的に酒に酔ったような状態になれるなら――
「装置に抱き着く人がいても驚かないな」
「ほう、よく分かったな。当時は神聖軍将校の中にもわざわざ研究所にやって来るのが居たぞ」
軍施設の動力装置は特に丈夫な魔力遮断壁に護られた造りで、魔力漏れも殆ど起こらない為、装置を剥き出しで運用している魔導技術研究所に視察と称して遊びに来たりするのだとか。
「マジで居たのか……」
旧執聖機関下のポルヴァーティアにも、割と緩いところがあったんだなぁと、悠介は意外そうに肩を竦めて見せた。
それから数日後、魔導技術研究所は無事に稼働を始めた。
ちなみに、研究者集団が連れて来た魔導獣兵は、専用の厩舎が作られて世話をされている。
栄耀同盟の本部に送られる予定だった、人手不足解消の策として期待されていた魔導獣兵は、フォンクランクの軍用魔獣として重用される事が決まった。
こちらも主に人手不足対策である。
悠介はサンクアディエットの街に魔導技術製品が広まる下地作りとして、インフラ整備などで手を入れ易いところから、カスタマイズ能力と魔導技術のハイブリッド製品を導入していった。
以前、ガゼッタで起きた襲撃騒ぎの鎮圧に協力して、報酬にもらった古代の大型『浄化装置』。
水質の改善だけでなく、少量の毒素も浄化出来るというそれを小型改良化し、更に魔導技術を合体させて水流調節機能も付けた『小型浄化装置・改』を街中に設置して水道を整備した。
屋内向けの生活用水は井戸から。それ以外の用途に使う水は街の地下に溜まっているものや、川などから。いずれも魔導技術によって自動で汲み上げられ、各家庭や施設へと送られる。
装置が故障したり劣化して性能が下がっても、部分入れ替えができるような作りにしてあるので、いずれは街の職人が制作した物を使うように考えてある。
街中のあらゆる場所で安全な水を確保できる。この水道設備の敷設は、街に乗り合い動力車を導入した時以上の変化をもたらせた。
水汲みの労力から解放された分だけ住民の生活にゆとりができた結果、より多く働く者や趣味に勤しむ者を増やし、それは街を活性化させて経済を潤わせた。
宮殿の神民衛士隊第二控え室にて、いつものように近況を報告しあっている闇神隊メンバー達。今日はヴォレット姫も顔を出しており、最近の好景気による闇神隊の活動方針と細かい連絡事項を伝えに来ていた。
「俺達専用の待機部屋か」
「うむ。近頃は一般衛士の数も増えておるからな」
もうすっかり闇神隊専用の控え室と化しているが、ここはあくまで神民衛士隊用の予備控え室である。
ヴォレット姫直属の悠介と共に、もともと特殊な位置付けにあった闇神隊は、他の宮殿衛士隊や一般の神民衛士隊とは活動内容も随分と違う。
そろそろ闇神隊専用の控え室を用意するのもいいのでは? という意見が上でも出ているそうな。
「そうだなぁ、結構重要な機密関係の話をする事もあるし、いいんじゃないか?」
「よし、では場所の選定を任せる。わらわは宮殿の地下を『かすたまいず』して使うのを勧めるぞ」
「やっぱその辺りが妥当か」
魔導技術研究所も、宮殿の地下付近に用意した。今後は悠介も頻繁に足を運ぶ事になるので、近くに闇神隊が集まる施設を置くのも悪くない選択だと思えた。
通信パネルによる監視・連絡網の構築はまだ計画を詰めている段階で、パネル制作も始まっていない。通信パネルを作るには、材料に魔導技術で精製された金属とその加工品が必要になる。
まずは資材を安定的に確保できる状態まで魔導技術研究所に頑張ってもらう予定だ。
尚、シンハ王とリシャレウス女王の極秘回線は、手持ちの通信パネルで設置可能。
なので、ブルガーデンの第一首都コフタの地下宮殿がシフトムーブ網に接続され次第、開通する予定である。
「闇神隊専用の待機部屋にするなら、自重しなくてもいいな」
「うわっ、隊長がやる気になってる」
悠介の呟きに、フョンケが「やべーもんが出来そう」等と慄くので、悠介はツッコミがてら説明する。
「そこまで変わった事はやらんよ。俺の屋敷に来た事あるから分かるだろ?」
最近ヴォルアンス宮殿に手を入れて環境が少々変わったが、これと同じ。要は少しばかり快適な生活空間を構築するのにカスタマイズ能力を駆使するだけであると。
「少し……」
「少しか」
「少しねぇ」
「なんだよ」
珍しくシャイードが呟き、ヴォレットまで腕組みをして首を傾げている。実際、悠介の感覚では以前よりは少しマシになった程度である。
が、ヴォレット達にしてみれば、エレベーターや貨物用ベルトコンベア、床置きエアコンにウォーターサーバーの設置による居住性の著しい向上。
さらには使用人向けにもギミック機能による移動アシスト付き台車の導入など、宮殿の環境は少々どころか劇的に変わっている。
「まあよい、ユースケの本気が見られるのは楽しみじゃ」
「そこで変にプレッシャー掛けないでくれ」
和気藹々とした雰囲気の中で、カスタマイズ画面を開いた悠介は宮殿の地下部分――上へ増築される前まで使われていた旧時代の宮殿MAPを映し出して、場所の選定を始めるのだった。
それからまた数日。闇神隊専用の控え室が完成した。
これまでにも何度かあった緊急の事態に対応できるような、メンバー全員を招集して泊まり込みでの活動も可能な機能を山盛り搭載した造りになった。
空調や水道設備は当然ながら、魔導製品の食糧生産プラントも設置してあり、シェルターとして何日も籠もっていられる快適な生活空間を組み上げた。
三階層に重なった施設で、周りの壁は厚くて丈夫な上に、神技耐性も高めにしてある為、そう簡単には穴も開けられない。
宮殿の地下の一帯を箱型に切り取ったような独立した構造になっており、イザという時は控え室ごとシフトムーブで別の場所に転移できる。
宿泊用の部屋数は大小の個室に特殊な部屋も合わせて百二十ほど。それぞれの部屋に簡易キッチンやトイレがあり、風呂場には浴槽も完備している。
会議室に集会場。厨房と食堂。大浴場や遊技場、訓練場の他、図書館のような書庫も用意した。ついでにエレベーターとベルトコンベアもヴォレットが喜ぶので設置してある。
現在は控え室に入って直ぐの場所にある広間に皆で集まっていた。
「まるで秘密基地ですな」
「コレのどこらへんが『控え室』なんすかね~?」
「キッチンやお風呂まで……」
「お部屋が……すごいいっぱい……」
「奥に訓練場まであったぞ」
控え室の中を一通り見て回って来たヴォーマル、フョンケ、エイシャ、イフョカ、シャイード達が、軒並み呆れていた。
「いやー、コウ君の拠点施設とか思い出して造ってるうちに、興が乗っちゃってさ」
悠介はハハハと笑ってごまかす。通信パネルが量産されるようになれば、ここにも導入してこの施設の機能をさらにアップさせる予定である。
「貴重な古代建築の実物が~」
考古学者でもあるソルザックは、古い時代に建てられた地下部分が、魔導技術研究所や闇神隊専用控え室の設置で、広い範囲に渡って消えてしまった事を嘆いている。
「つーてもこの辺りはそんなに古くないだろ? ほれ」
「おぉっ!」
カスタマイズ画面の履歴データから再現した、地下部分の精巧な模型を出して見せる悠介。細部まで作り込まれた見事な造形に感嘆しているソルザックを尻目に、ヴォーマルが指摘する。
「隊長、この前の特殊訓練で作った砦なんかもそうでしたが、街や地形の精巧な模型があれば、色々捗りやせんかね?」
「それは俺も考えてたよ。特に監視網でパネルの設置場所を把握するのにもいいかなって」
そう言って、悠介はサンクアディエットの全景模型をテーブルの上に浮かび上がらせる。流石にこの広大な首都を丸ごと再現した模型は大きく、テーブルの上が全て埋まった。
「!……こりゃ凄い」
「うわっ、下街の路地裏とか掘っ立て屋敷まで作られてる」
「中民区の私の家が」
「む、無技人街まで……ありますね」
「まあ移動店舗とか広場の露店とか、街と一体化してない部分は省かれてるけどな」
細かい部分まで再現された街の模型に唸っているヴォーマル達に、悠介はカスタマイズ能力で把握できた部分は隅々まで反映してあると説明する。
これに通信パネルによる監視網が加われば、ここにいながら街全体の現在の状況を、迅速且つ正確に把握する事が出来るようになるのだ。
「やっぱ控え室じゃねーっしょこれ」
フョンケのツッコミに、悠介を含めてこの場の誰もが頷いたのだった。もはや開き直りである。
宮殿地下に構築していた『闇神隊の専用控え室』が完成した旨の、上への報告をすませて本日のお勤めを終えた悠介は、専用控え室からシフトムーブで自宅悠介邸へと帰る。
「おかえりなさい、ユウスケさん」
「ただいま、スン」
いつもの広間に瞬間帰宅した悠介を、スンが出迎える。広間にはラーザッシアとパルサも居た。ラサナーシャは所用で出かけているようだ。
「そうか、完成したか。では明日からそちらに移るとしよう」
「分かりました。一応パルサさんの部屋は他の個室と分けてあるんで、明日案内しますね」
ここ数日、専用控え室(もはや秘密基地)の進捗状況はスン達にも話してあり、その際パルサがそこに住みたいと申し出ていた。
宮殿の地下という立地上、悠介の判断だけでは決め兼ねるとヴォレット姫にも相談したところ――
『かまわんじゃろ』
との御言葉を賜った。
既に悠介の身内扱いであり、元は古代ポルヴァーティアの地に召喚された不老不死の力を持つ勇者である。
現ポルヴァーティアの最大組織、真聖光徒機関の大神官達とは敵対というほど険悪な関係ではなかったものの、ポルヴァーティアを支配していた旧執聖機関に何百年も幽閉されていたのだ。
旧ポルヴァーティアの支配者達の闇もよく見知っているパルサの存在は、大神官達への牽制にもなる。パルサにポルヴァーティア勢力の密偵を疑う声はほぼ無い。
また、彼女は魔導技術にもある程度精通しているので、暗神隊専用控え室から魔導技術研究所に通ってもらえば、安全確実で秘匿性も高く保持できる。
「そろそろゴロゴロするのにも飽いて来たからな。少しは労働でお前の恩にも報いよう」
それに、永らく幽閉されていた身とは言え、千二百年も魔導技術文明の中で生きて来た事もあり、ポルヴァーティア文明の色が濃く出ている場所は落ち着くのだそうな。
そんな訳で、闇神隊の専用控え室という名の地下基地施設には、パルサが常駐する事になった。そこから新しい世界の在り方に関わっていく。
「さーて、夕飯と風呂済ませたら今日は休むかー」
ここ数日間、良く働いたと自賛する悠介は、不穏な争い以外の、忙しくも平穏な作業による心地良い疲労感と達成感に伸びを打つ。
懸念されていたガゼッタの諸問題も片付き、ポルヴァーティアの有力組織勢力との関係も良好。国内の情勢も落ち着いている。
いずれまた何かしら問題が湧いて来るであろうが、それまでは今の平穏を満喫したい。
「お疲れ様でした。ユウスケさん」
スンの抱擁に癒されながら、悠介は掴み取れた太平の日々に気持ちを委ねるのだった。
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