ワールド・カスタマイズ・クリエーター

ヘロー天気

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5巻

5-2

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 翌日、悠介は複製した魔笛の受け渡しで、宮殿敷地内の屋外訓練場までやって来た。整列している特別討伐隊の衛士達はまだ数も少ないが、人数が揃い次第、部隊編成をして今日明日中にでもトレントリエッタ方面の街道へ出発する予定のようだ。
 特別討伐隊の代表である宮殿官僚が魔笛を受け取るべく、悠介の前に現れたが、何故か付いて来ていたヴォレットに気が付くと、魔笛そっちのけでうやうやしい挨拶を始める。

「おおう、これはこれは姫様に御足労頂けるとは感激の至り、選ばれた衛士達一同を代表して必ずやご期待に沿えられるよう――」
「ああ~よいよい、あまりかしこまるな。わらわはユースケにくっ付いて来ただけじゃ」

 当の悠介は、彼等も覚えを良くしようと必死なんだろうなぁと、自分がないがしろにされている事を歯牙しがにも掛けない様子だ。御機嫌うるわしゅううんぬんから始まる貴族貴族した挨拶が終わるのを静かに待っていた。

「おっと、これは失礼した。姫様のお気に入りである英雄殿を待たせしてしまうとは申し訳ない」
「終わったかな? 官僚さんも大変ですねぇ」

 皮肉を籠めた言葉を浴びせる宮殿官僚にのんびり返す悠介。一瞬、宮殿官僚の頬が引きる。
 反闇神隊派は悠介を、『たまたまヴォレット姫の珍しいもの好きな性分を満足させる特殊な神技を宿していたが故にこんにされ、たまたま事が上手く運んでくんを重ねるに至った、運の良い成り上がり者』と見ている。
『姫様のわがまま』と『賢王の親バカ』によって色々すっ飛ばしまくられ、簡略化された任命式のグダグダな有り様からして、どう見ても悠介は高貴な者とは思えない。彼等は、神技が珍しいだけの田舎者を、栄誉ある宮殿衛士に迎える事に、反発心を募らせていた。
 ヒヴォディルが家督である名門ヴォーアス家や、彼と縁深い家の者、また宮殿衛士隊員達の間では、元宮廷神技指導官のゼシャールドと親しい事に加えて、神技の指輪を配布している効果もあってか、悠介に対する印象はすっかり良くなっている。
 が、その事がまた、反闇神隊派の反発心と猜疑心さいぎしんを招くという悪循環を作っていた。彼等が実際に宮殿の周りで目にする闇神隊長の姿は、とても戦場で並み居る敵兵を薙倒なぎたお猛者もさとは思えず、姫様の道楽に応える優男やさおとこそのままなので、数々の武勲に未だ懐疑的な者も居る。
 闇神隊にいている衛士達や、闇神隊長肯定派の貴族達についても、大衆を心理的に誘導するエスヴォブス王の策に乗る事で、姫様の関心を引こうとしているのではないかと、そんな風に思っていた。

「では、確かに受け取りましたぞ。これで調整魔獣も敵ではありませんな」
「ん……その事なんですけど、魔笛の効かない魔獣が交じってるって噂があるんで、十分注意するようにお願いします」

 過信は禁物だと念を押す悠介に、代表者の宮殿官僚は『指揮官に伝えておく』とだけ返事をすると、特別討伐隊の衛士達に魔笛の配布を始めた。

「大丈夫かなー」
「なあに、実際に戦うのはリーンヴァール解放戦の経験もある衛士達じゃ。無理はせんじゃろう」

 心配するなと悠介の背中を叩いて腕を取ったヴォレットは、宮殿の馬車乗り場を目指して歩き始める。今日は薬品作りと太陽苔たいようごけの栽培を進めているラーザッシアの様子を見に、悠介邸の地下研究室を訪ねる予定なのだ。

「そういえばユースケよ、お前にうたを捧げた唱姫うたひめとは遊んでおるのか?」
「ぶっ、せめて元気にしてるか? とかにしろよ」

 悠介に己が全てを捧げる事を宣言した元唱姫ラサナーシャは、栽培研究の助手として時折ラーザッシアの研究室で水質をいじったり解析をしたりと活動している。だが、彼女の本領が発揮されるのは、広いコネを使った情報収集、諜報活動である。
 任務上、主に低民区を中心に活動をしている悠介は、見聞きする情報にかたよりが出る。その為、最近はラサナーシャが中民区以上の区画に住む人々の噂話などを集めては、悠介に世情を伝えていた。

「大体、不意打ちだったとはいえスンの気持ちにも応えられなかった俺が女遊びとか……」

 出来る訳ないだろと、散々だった記憶を思い出して段々声をしぼませる悠介。今度こそ大丈夫、きっとやれるなどと咳いている。

「あー……すまん、そう落ち込むな。ワザとじゃ」
「やっぱりか!」
「わははっ」

 宮殿内で悠介に敵意をいだく勢力が着々と策略を進めて行く中、本人は呑気のんきに割と楽しい時間を過ごしているのだった。



 3


 フョルナーの風月かぜつきに入り、太陽が真昼頃の僅かな間にしか昇らない、夜の季節を迎えたカルツィオの大地。
 サンクアディエットの街では、魔獣退治に出撃した特別討伐隊の話題が、意図的なふいちょうによって、不自然な勢いで大衆の間にも広まり始めていた。
 そんな中、低民区の展望塔広場前に、珍しい乗り物を見物しようと大勢の人々が集まっていた。

「準備はいいか、ソルザック」
「こっちはいつでも行けますよ」

 複数の車輪を持つ、細長い試作列車の公開試験走行を進める悠介とソルザック。
 他の闇神隊員とその部下達も手伝いに集まっており、当然の如くヴォレットも炎神隊えんしんたいを護衛につけてので見物に来ていた。
 先立って悠介から列車について、鉱山にあるトロッコのようなモノだという説明を受けた時は、ヴォレットもイマイチ興味が湧かなかった。だが、目の前の試作列車は大型馬車を連結したような大きさで、中々に迫力がある。
 当初、悠介は線路を敷いて走らせようと考えていた。だが、今後街の拡張を行う度に敷き直さなくてはならなくなる事や、線路上に馬車やら人込みやらが立ち入ってしまう事を考えて、今回は見送った。線路上を走る乗り物は、ジェットコースターの方が先になりそうだ。
 試作列車は全長六メートル、全幅二メートルで、一両編成の十輪車。乗客席が十席と運転席が一席あり、八基のギミックモーター動力を使って時速約二十キロ近くまで出せる計算で設計されている。
 路面電車の小型版をイメージして作られた箱型の車体と、線路敷きを見送ってハンドルで方向転換が出来るよう作り変えたのがあいまって、列車というよりもバスに近い乗り物になっていた。
 各区画門と街の出入り口、牧場方面や露店市場など、街の中心的な場所と住宅街を繋ぐ手軽な移動手段として定着させるのが理想だ。
 一応、サンクアディエットの街中には乗り合い馬車のような仕組みが既にあるものの、料金がそれなりに高く、低民区の一般民が利用する事は滅多にない。また金持ちは自前の馬車を持っているので、殆ど使われていないのが実状だった。
 この列車が安価な大衆の足となり、住民の活動範囲が広がれば、街の活性化にも繋がる。

「それじゃ、試験走行開始ー」

 悠介の合図で、運転席に座るソルザックがギミックモーターのスイッチを入れる。一瞬、ガクンと揺れた車体が、ゆっくりと前進を始めた。複数のギミックモーターによってかなでられる、うなるような機械音。見物する人々は、馴染みのない不思議な駆動音に耳をそばだてた。
 三段切り替えのギアを上げる毎に、徐々に速度を増す試作列車。引く馬もなしに馬車並みの速度で走る珍しい車体に、人々から歓声混じりのざわめきが上がる。
 そのまま展望塔の周りを二周ほどして、元の位置でゆっくり停車。最初の試験走行は上々の結果だ。

「思ってたより安定してたな、曲がる時はどうだった?」
「かなり自然に曲がれましたね、これなら横倒しになるような事はないでしょう」

 次は、客が乗っている状態での足回りと安定性を調べる実験だ。重くなれば安定性は増しそうだが、慣性も強く働くので方向転換中に横転する危険性も増す。加減速時、停車時の車体や車輪、軸に掛かる負荷など、実際に試してみなければ分からない要素は多い。

「じゃあ~、のっけから十人いっとくかな。乗せる人は――」
「乗るぞ! わらわが乗る!」
「却下、安全が証明されるまで自重してくれ」
「ええ~~!」

 試作列車が展望塔広場を一周するのを見て、さっそく乗りたくてウズウズしていたヴォレットだったが、悠介にあっさり却下されて頬を膨らませる。
 ゴーカートモドキの小型車両なら、多少ぶつかろうが暴走しようがほどの危険性はない。しかし、これだけ大型の車両ともなれば万が一という事もある。知識としてではあるが自動車事故の怖さを知っている悠介は、慎重に進めていこうと決めていた。
 結局、闇神隊のメンバーを含む衛士を規定人数分乗せて十数回走行、それから重量オーバー気味で走らせるなどの実験を重ねて、どこに影響が出るかを調べた。車輪の強度を少し調整してから試験走行を終了し、最終的な量産型の仕様を定める。

「後は運転手を雇って、街中で営業運転させる許可待ちだな」
「この街は広いですからね、きっと需要は伸びますよ」

 満足げな悠介と、それなりの利益を見込めるだろうと期待するソルザック。今はまだ整えられた石畳の上でしか走れないが、開発を続けていけば多少あらい街道でも普通に走らせられるようになるという手応えを掴んでいた。
 大衆用の交通機関として事業化するなら、運転手や車両の整備をする人、経理担当に伝達係など、大勢雇って管理しなくてはならない。そういった事業の元締め役を任せられる人材は、ラサナーシャのコネで紹介してもらう予定だ。

「じゃあ今日はこれで解散という事で、みんなお疲れさん」

 公開試験走行の終了が告げられ、衛士達はそれぞれ通常任務に戻って行く。
 広場に集まった見物人達も、動力車に興味のある者は残り、他は露店を見に行ったり仕事に向かったりと、それぞれ散らばっていった。

「あっしらは一旦宮殿に戻りやすが、隊長はどうしやす?」
「俺はこれで戻るよ」

 衛士隊馬車の御者台に上がって引き揚げ準備に入っているヴォーマルの問いに、悠介は試作列車を指し、次いで反対側に視線を向けた。視線の先では、護衛の炎神隊に囲まれたヴォレットが『のせろーのせろー』と目で訴えている。

「了解しやした」

 ヴォーマルは納得の笑みを見せながら、馬車の手綱を軽く引いた。


 宮殿までの帰り道を、試作列車に乗ってノンビリと進む。運転手はソルザック。悠介はスンやヴォレット、クレイヴォル達と客席に座っている。試作列車の後方には、護衛の炎神隊員達を乗せた衛士隊馬車が続いていた。

「うむ、ちと遅いが馬車とは違った趣きがあって面白いのう」
「街の観光にも使う予定なんだそうですよ?」

 早くも夕闇に包まれ始めた街の風景を窓から眺めているヴォレットと、その話し相手を務めるスン。その一つ後ろの席に並んで座る悠介とクレイヴォルは、最近の情勢について意見を交し合っていた。
 特に話題となるのは、先日出撃した特別討伐隊の活動状況だ。

「今朝港街に到着したという連絡が入ったので、本格的な活動は二日後くらいからになるそうだ」
「随分急ぎ足だけど、向こうトレントリエッタの討伐隊との連携とか大丈夫なのかな」
「いや、彼等は単独で動くらしい。急ぐのは、出来るだけ早く手柄を上げたいからだろう」

 何故またそんな危険なやり方をと首を捻る悠介に、クレイヴォルは『貴殿に対抗しているのだ』と若干眉をひそめながら、特別討伐隊の背後にいるらしい反闇神隊派の話題に触れた。いま宮殿内で、その存在がひそやかにささやかれている。

「古参の重鎮達の中には、未だ貴殿の事を認められない方も多くいる。宮殿に新しい血を入れるにも、家格と序列を重視する御仁ごじん達がな」
「まあ、それは分かるけどね」

 長年宮殿に仕えて王家に貢献し、苦労して現在の地位を手に入れた彼等だ。悠介など、ヴォレット姫に気に入られたというだけで宮殿に召抱えられ、他の者には機会さえ与えられなかった『敵兵の討伐』によってあれよあれよといううちに英雄に祭り上げられた馬の骨としか思えないだろう。

「普通いい気はしないだろうしさ」
「せめてゼシャールド氏が貴殿の後見人でもあったならば、少しは違ってくるのだろうが……」

 悠介がカルツィオに降臨した時、フォンクランクはブルガーデンとの攻防の真っ最中で、ゼシャールドはブルガーデン側の工作員を釣る為に密命活動中だった。エスヴォブス王から距離を置かれているという立場を演出していたゼシャールドを、後見人に立てる訳にはいかなかった。
 ゼシャールドが密命を果たして帰国した頃には、既に闇神隊と悠介の知名度は高く、国中に周知されていた。この状態で後見人として名を貸しても、悠介が手に入れた名声と身分を釣り合わせる為に、ゼシャールドの名を利用しようとしたとしか思われないので、それこそ逆効果を招く。色々と時期が不味かったのだ。
 いずれにせよ、悠介自身は政務に関わる気は無く、この試作列車のような発明を使って社会に貢献しながら平穏に暮らしていく事を目標にしている。特別討伐隊が手柄を上げる事で反闇神隊派が安心出来るなら、それに協力する事もやぶさかではないという構えだった。

「この前ちらっと聞いたんだけど、何かブルガーデンの女王が中心になって色々まとまりそうなんだろ?」
「……その話は、王とごく僅かな側近しか知らぬはずだが」
「ああ、実はレイフョルドから聞いた。極秘だけど、クレイヴォル隊長相手なら話題に出しても良いってさ」
「彼か……確かに、王は例の構想に前向きな姿勢を見せている。問題は、やはりガゼッタの動向のようだ」

 無技人国家が神技人国家と共存出来るのか。ガゼッタの選択如何いかんで五族共和構想の実現はもとより、四大神信仰とそれに伴う等民制度への大きな影響が予想される。
 ガゼッタが対立を選べば、まず神技人と無技人の対立がより明確になる。その場合フォンクランクは、五族共和構想の最終段階である四大神信仰の放棄を行わないだろう。そうなると四大神信仰に絡んだ等民制と非等民制の国策の違いで、フォンクランクとブルガーデンの関係も微妙になっていく。
 トレントリエッタは国境を接するガゼッタの脅威に対抗する為、フォンクランクとの同盟を深めて等民制度を維持する事になり、ブルガーデンとは対立する立場を取らざるを得ない。
 ノスセンテスが健在だった頃と違い、今やガゼッタもフォンクランクに次ぐ大国と言っていい。リシャレウス女王の持つ、五族は平等という理念からして、ブルガーデンとガゼッタが組む事も考えられる。そうなるともう、対立の連鎖が止まらなくなるだろう。

「シンハ、今の領土で納得してくんないかなぁ」
「あの野心的な男が、果たして現状で満足するかどうか」

 ヴォレットとスンが楽しげにお喋りをしている後ろで、悠介とクレイヴォルの割と真面目な話は、試作列車が宮殿に到着するまで続けられたのだった。


 公開試験走行から数日。乗り合い動力車の事業構想をまとめた書類を国に提出した悠介は、前照灯や車内の照明にリーンランプの使用を思い付いた。必要な太陽苔が手に入るかどうか、苔の栽培状況を聞きに、自宅にあるラーザッシアの研究室を訪れる。

「よう、ちょっと様子見に来たよ」
「あら、ユースケ様」
「お、今日は来てましたか」

 地下研究室にはラーザッシアと共に、ラサナーシャの姿があった。彼女がラーザッシアを手伝いに悠介邸を訪れるのは、悠介とスンが宮殿に出勤した後になるので、普段はあまり顔を合わせる機会がない。

「丁度良かったですわ。実はユースケ様のお耳に入れようと思っていたお話が……」
「もしかして、良くない話?」
「ええ、かなり」

 うわぁと肩をすくめた悠介は、作業台を挟んで二人と向かい合う席に座る。
 ラサナーシャの話とは、先日クレイヴォルからも聞いた、宮殿内の反闇神隊派勢力に関する内容であった。クレイヴォルの話では、そういう一派の存在を確認している段階で、まだ詳しい実態までは把握できていないという事だったのだが――

「一派をまとめているのはイヴォール家のヴォルダート侯爵のようですわ」
「えらい具体的な名前が出て来たなオイ」
「ラサのコネって宮殿官僚から路地裏の浮浪者までホントに幅広いもんねー」

 ラーザッシアが言うように、ラサナーシャの持つ情報網は個人的な付き合いのある貴族や使用人、裏の仕事に携わる者達と交流を持つ唱謡うたうたいなど、実に多種多様。局地的にならレイフョルドの諜報力をもりょうする程の情報収集力を誇る。
 ヒヴォディルのヴォーアス家に次ぐ名家であるイヴォール家は、宮殿内での発言力も高い。表立って王と意見を対立させる事はないが、王の政策に不満がある時は幅広い派閥を利用して圧力をかけるような事もしばしばだという。

「へ~、中々やり手な人なのかねぇ」

 宮殿衛士隊を中心に上流階級の者ばかりが占めるヴォーアス家の派閥と違い、イヴォール家は貴族とは名ばかりのような弱小貴族家の者も取り込んでいる。
 そうして口利きなどの優遇と工作で、宮殿のあらゆる部署に己が息の掛かる者をかせているのだ。

「ユースケ様のお屋敷で働く使用人達に、スン様の事を知らせないよう工作したのも、ヴォルダート様の指示だったと噂されています」
「敵に認定」
「はやっ」

 ラサナーシャの言葉を聞いて早々に敵認定を下した悠介に、『侯爵に喧嘩けんか売る気?』とラーザッシアは嘘っぽく驚く。『冗談だよ』と悠介が思わせ振りな笑みを見せると、腹芸モドキなコミュニケーションをとる仲の良い二人に、ラサナーシャも『あら羨ましい』と可愛くねている。
 重い話を重い雰囲気で続ければ、気持ちがどんどん重くなるばかりだ。互いにわざとらしい振る舞いでおどけあう事で、少しばかり空気を軽くしたのだ。相手の気持ちを読む事にけるラサナーシャとラーザッシアならではの配慮だ。

「しかし、そうか~。結構面倒なのに睨まれてるんだなぁ」
「いっそ本当に敵対認定しちゃえば? 邪神効果で自滅するんじゃない?」

 腕組みしてうなる悠介に、変則的な神頼みをけしかけるラーザッシア。

「いやいや、そりゃ不味いだろう。宮殿の中枢で柱になってるような人が潰れたら、国が傾きかねんわ。つか、邪神効果とかないから」
「水面下で、ヒヴォディル様の手の者が、ヴォルダート様の派閥側から引き剥がせそうな方々の籠絡に動いているようですよ?」

 本当にやたら踏み込んだ情報だなと感心しながら、悠介はなるべく穏便に、侯爵一派の気に入らない奴リストから外して貰えないものかと知恵を絞る。
 今回の特別討伐隊が上手く手柄を立てて良い気分にでもなってくれれば、当面はそうそうちょっかいも掛けて来ないだろうと思いたいところだ。

「消極的ねー。まあ、ユースケらしいけど」
「俺は平和主義者だからな」
「え?」
「え?」

 きょとんとした表情のラサナーシャとラーザッシアに、軽くへこむ悠介。

「いぢめられてるのか俺は、いぢめられてるのか」
「あっははははっ、もうっゴメンってば、そんなねないでよぉ」
「クスクス、ごめんなさいユースケ様」

 夕焼け色の昼下がり、悠介邸の地下研究室に笑い声が響く。傍からは美人姉妹といちゃついてるようにしか見えない闇神隊長に、宮殿から至急戻るようにと知らせが届いた事を執事長のザッフィスが伝えに来た。

「お急ぎください、こちらに馬車を用意させています」
「ああ、ありがとう。しかし、いきなり何だろうな?」
「なんでも先程、特別討伐隊が壊滅したという一報が入ったとのお話です」
「え……まさか」

 そう呟いて馬車に乗り込んだ悠介に、『詳しくは宮殿にて説明がなされるでしょう』と答えたザッフィスは、一礼しながら扉を閉じた。



 4


 太陽の出ている時間が短いこの時期、森を抜ける街道は昼間でも薄暗く、夕刻になれば夜中と変らない程の暗闇に包まれる。
 港街からトレントリエッタとの国境近くにある宿場街へと移動中だった特別討伐隊は、街道脇で休憩していたところを魔獣の群れに急襲された。まさかフォンクランク領内で魔獣の襲撃にうとは思っていなかった特別討伐隊の衛士達は、完全に虚をかれた。
 一人一人の実力は水準以上だが、短期間で編成された特別討伐隊は、統制面に問題が残っていた。魔獣による神技阻害の波動で風技の伝達や『広伝こうでん』による指揮が封じられれば、命令系統が混乱して組織的な迎撃行動が遅れてしまう。
 なんとか態勢を立て直して反撃に出ようとした時には、既に三分の一近い衛士が魔獣の牙に倒れていた。
 更に悪い事は続いた。調整魔獣に対する切り札であったはずの魔笛が、明らかに神技阻害の波動を放っている魔獣の群れに、全く効果を及ぼさなかったのだ。
 夜道の如く視界の悪い街道で、魔獣の群れを相手に、神技の恩恵も受けられない乱戦状態。
 そこへ港街方面から宿場街へと向かっていた傭兵団がたまたま現場を通り掛かり、彼等の援護を受けてようやく、特別討伐隊は港街まで撤退する事が出来たのだった。
 ヴォルダート侯爵が結構な資金をばら撒いて腕利きの衛士を集め、しもじもの大衆にも散々宣伝をして戦果を期待しつつ送り出した特別討伐隊。それが一度も討伐を果たせず逃げ帰ってきたとあって、彼の面目は丸つぶれである。
 だが、ここまで盛大に転んでおいてタダで起きるほど、公爵は潔くもなければ愚かでもない。すぐさま詳しい情報を集めて分析し、今回の結果と状況を有利な方向へ転換させようと、策を練った。


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