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はじまりの章
プロローグ
この世界で最初に知的生命体として現れたのは、人族だったのか、魔族だったのか。
地上を支配していたのは、人族と魔族の、どちらが先だったのか。
人族と魔族が、互いに地上での生存権を巡って争う世界。魔族繁栄の悲願を掲げ、魔王を中心に全魔族の意思統一が図られている魔族軍勢力。
対する人族は、高度な文明を栄えさせていくつもの国家を形成するなど、繁栄を謳歌していたが故に、国々の指導者達は権力闘争に明け暮れ、同族同士でいがみ合いを演じた。
戦乱の日々が重ねられるに連れ、人族の国々は次第に劣勢へと追い込まれた。
人類側の列強国の中でも、最も魔導技術に優れる大国として知られる南の大国オーヴィス。その中枢都市、聖都サイエスガウルにある王宮内にて。
「クレアデス陥落! 魔族軍の勢いは衰えず、明後日にも我が国の領内に侵攻するかと」
「うむむ……もはや一刻の猶予もならん。王に例の儀式を進めると伝えよ」
伝令から近隣国と魔族軍の戦況報告を受けた大神官は、以前より準備を進めていた特別な儀式、『召喚の儀』を行う旨を告げて大神殿に向かった。
最初に北の大国が滅ぼされてからというもの、魔族軍は破竹の勢いで周辺国を飲み込み、魔族の支配領域を広げていった。その状況に不安を覚えた大神官は、度々神殿を通じて他国の指導者達に協調と共闘を呼び掛けていた。
聖都サイエスガウルを中枢に栄える南の大国オーヴィスは、国全体の統治を担う国王とは別に、大陸全土に展開する神殿を統べる大神官が国家の中枢に在り、この国の根幹を成している。
大神官はオーヴィスの国王に次ぐ権力と権威を有しているのだ。しかし諸国の王達は、聖職者が他国の政治に口を挟むべきではないと窘め、呼び掛けや警告を無視した。
そうこうしている内に、人類側は自滅に近い形で多くの国々を失い、人類の支配領域は三分の一程にまで削られてしまった。
今やこのオーヴィスが、人類側に残された最後の砦として、世界中から生き残った民や敗残兵が集まって来ている。こうなる事を予期していた大神官は、古より伝わる儀式、異界より救世主たる『聖女』を喚ぶ儀式を準備していたのだ。
この『召喚の儀』は、古来より神殿に受け継がれて来た人類側の切り札のような儀式だが、それで全てが解決するような甘いモノでは無い。儀式に必要な条件やリスクを含め、色々と問題も多いのだ。
残されている記録によれば、召喚された異世界人は必ずしも友好的な訳でも善人な訳でもなく、聖女と国家の関係が度々拗れたりした事があった。
救世主どころか破壊者を喚んでしまう場合もある為、基本的には禁呪とされていた。
今回、大神官が使用を決意したのも、人類側が追い込まれて後がなくなったので仕方なくという、苦渋の決断でもあった。
「皆、よく集まってくれた。此度のような儀式に付き合わせてすまない」
王宮内に造られた大神殿の奥の奥。聖域と呼ばれる『儀式の間』にて、儀式の実行に必要な、選ばれし六人の若き神官達に頭を垂れる大神官。
「いいえ大神官様。人類を滅亡の危機から救う儀式に選んで頂けた事、私は光栄に思っています」
六神官の代表アレクトールは、そう言って大神官の謝罪に感謝の口上で応えると、他の五人の神官と共に儀式の成功を祈り、己が命を奉げて完遂させる事を誓った。
厳かな空気に包まれた儀式の間。王族を始め、宮廷魔導士や名だたる大貴族達が集まり、多くの神殿関係者が見守る中、選ばれた六人の若き神官が召喚の魔法陣を構築して行く。
床に描かれた召喚魔法陣に魔力が注ぎ込まれると、仄かに発光を始めた。すべての準備が整い、いよいよ召喚魔法陣を起動させる時が来た。
召喚魔法陣を囲むように六神官が並び立ち、召喚の祝詞を紡がれる。
「神と精霊の御名において、古より結ばれし契約に従い、我らの召喚に応えよ」
その瞬間、召喚魔法陣が起動して光が溢れ、儀式の間を明るく照らし出す。異世界との扉が開かれたのだ。
――そこまでは順調だった。
「……まだ現れぬのか?」
「ううむ……何分、ここ数百年ぶりの儀式ですからな」
国王の問いに、大神官も困惑気味に答える。どのくらいの時間を掛けて召喚されるのか、詳しいところまでは記録が残っていないのだ。
現在、儀式の間には六神官と大神官、国王の他に使用人が数名ばかり。他の大貴族や官僚達は、仕事の都合もあるので王宮や自宅に引き揚げている。
儀式の開始から、既に半日が経過していた。
「とにかく、救世主が現れるまで待つしか無いでしょう。ここは我らに任せ、国王様は王宮で将軍達の指揮に戻られるのがよろしいかと」
「うむ。既に魔族軍の斥候と交戦状態に入っておるからな……後は任せたぞ」
そうして国王も引き揚げ、儀式の間には六神官と大神官の他、救世主の世話係として待機している使用人達だけが残った。
しかし、救世主は現れなかった。
召喚魔法陣は稼働はしているものの、待てど暮らせど何も召喚されて来ない。召喚魔法陣は世界で一つしか使用できない制約になっているので、例え不発でも、この召喚魔法陣の動作が終了するまで次の召喚魔法陣は使えない。
「我らに救世主は、おらぬという事なのか……」
「大神官様! どうか希望をお捨てにならぬよう! 私達ももっと祈りを尽くしますゆえ!」
儀式の開始から半月が経った。魔族軍の勢いは衰えず、人類側の劣勢は深刻で、人類滅亡の時が刻々と迫る情勢。
もはや王宮から救世主の光臨を確かめに使者が寄越される事も無くなり、日々弱気になっていく大神官を励ます六神官の代表アレクトールも、内心では焦燥と悲壮に暮れていた。
救世主の聖女が現れないまま月日は流れ――
やがて魔族軍がオーヴィスを包囲し、聖都サイエスガウルに攻め込んで来た。残された人類側も団結し、持てる限りの魔導技術や兵器を駆使して抵抗したが、全ては遅きに失した。
――世界はとうとう、魔族の支配下に置かれたのだ。
人類の最後の砦となった聖都も魔族軍に破壊し尽くされ、もはや廃墟と化している。召喚魔法陣の輝く大神殿の儀式の間には、選ばれし六人の神官達の、年老いた姿があるばかりであった。
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