遅れた救世主【聖女版】

ヘロー天気

文字の大きさ
30 / 106
かっとうの章

第二十九話:傲慢なる慈愛




「せ、聖女様!」

 突然現れた呼葉にギョッとなるウィル院長は、思わずサラを振り返り、彼女の動じていない様子を確認して『そういう事か』と得心する。
 そしてシドは、何故かテューマの眠るベッドの後ろに隠れた。

「なにしてるの? シド」
「まずい」

 サラの問い掛けに声を潜めて返すシドは、自分がここにいる事を知られてはいけないのだと言う。

「だからって、いまさら隠れても仕方ないでしょ」
「まだバレてない」

 呼葉は、そんなシド少年の唐突なポンコツ化に思わず噴き出しそうになりながらサラ達のところへ歩み寄ると、ベッドの陰から頭が見えているシドに声を掛ける。

「ねえ、今の話、詳しく聞かせてくれないかな?」
「に、にゃ~」

 シドは猫の鳴き真似をした。

(なにこの子、かわいい)

 工場の支配人、グリント氏の懐刀的なやり手の密偵かと思いきや、ゆるキャラ系だったわと苦笑する呼葉に、ウィル院長とサラがシドの身の上話を聞かせてくれた。
 実は彼は隣国で売られていた奴隷孤児だったらしい。

 オーヴィスでは慈愛の精神を謳った神殿の教えに背く行為である『奴隷の商取引』は認められていないが、余所で買って来て所有するだけなら取り締まりの対象にはならない。
 あからさまな抜け道仕様ではあるものの、奴隷を所有出来るだけの財力を持つ上流階級層の不満を抑えられる公正な取り決めとして、国内での売買は違法、所有は合法という制度がとられている。

 隣国の山沿いにある国境に近い村に住んでいたシドは、物心がつく頃から山で獲物を狩るために、また危険な獣から隠れるために気配を消して移動する術を身に付け、さらには侵攻してきた魔族軍から逃げるために進軍ルートなどの情報を探り出すという、密偵としての天性の素質を持っていた。

 着の身着のまま住んでいた村から近くの街まで逃げて来たシドは、そういった優れた素質はあれど学も無く、基本的に田舎者の世間知らず。
 身寄りも無い彼はたちまち街の奴隷商が預かるところとなった。

 もっとも、保護者もおらず住む場所も失ったシドにしてみれば、そこは新たな生活の場を探してくれる斡旋所のような認識だったが。

「そんな折り、商談で隣国を訪れていたグリント氏工場の支配人が、彼の持つ技能を見込んで買い取って来たようです」

 ウィル院長の説明に、呼葉は「なるほどね」と頷く。呼葉はこの国――この世界の奴隷の事情についても詳しくは知らなかったが、ここでの説明で概ね理解できた。
 ふと見やれば、シドはベッドの陰から半分顔を出してこちらを窺っている。

(この子を味方に付ければ、神官長達の不正の調査も捗りそう)

 そう考えた呼葉は、シドの説得を試みた。

「ねえ、あなた私達のところに来ない?」
「?」

 グリント支配人やイスカル神官長よりも立場が上の『エライ人』でもある聖女に、仕えてみないかというお誘い。

「無理」
「そこを何とか」

 何だか他愛ない頼み事をしているかのような呼葉とシドのやり取りの軽さに、しばし唖然としていたウィル院長は、我に返るとシドが置かれている立場について呼葉に説明した。

「聖女様、シドには『隷属の呪印』が施されているので、自分の意志だけで仕える相手を変える事は出来ないのです」

 登録した相手に服従を強いる為の奴隷印で、主人に逆らったり反抗の意思を持つと激痛をもたらせる呪いなのだという。

「ああ、そんなのあるんだ?」
「痛いからやだ」

 シドは何度か意図せず発動させた事があり、それで痛い目を見ているのでグリント支配人の意に反する行動や考えはしたくないらしい。
 呼葉はウィル院長に訊ねる。

「呪いなら解呪できないの?」
「専門家でなければ難しいでしょう」

 簡単な呪い程度であれば、自分のような位の低い神官にも解呪は可能だが、奴隷に施される呪印はかなり強力なものだ。
 なので呪印を施した呪術士本人か、同レベルの腕を持つ呪術士、もしくは高位の神官であればあるいは――という難易度だそうな。

「解呪しようとして失敗したら、何か危ない事ってある?」
「いえ、特には」

 かなり特殊な例では、呪印の上から封印を重ねるなどして、術が解かれると術士に報せが届いたり、別の術が発動するといった仕掛けもあるらしい。
 が、そういうのは国家間を暗躍する特殊な諜報員に施されたりするもので、一般的な奴隷の呪印にそこまで念入りな事はしない。

「そっか。じゃあ試しに解呪してみて」

 呼葉はそう言ってウィル院長に『聖女の祝福』を与える。

「!? こ、これはっ」

 まるで身体の奥底から力が湧き上がって来る感覚。神殿で祝福を受けて正式な神官になった時に与えられる『神氣』。普段は微弱にしか感じられないそれが、自身という器にあふれるほど満たされていくのが分かる。今なら、不浄の地を彷徨うという不死の亡者アンデットも浄化できそうだ。
 驚き混じりで不思議そうに自分の手を見詰めているウィル院長に、呼葉が問う。

「聖女の祝福だよ。それならシド君の奴隷印とやらを解呪できそう?」
「た、確かに、これほどの力であれば……しかし、持ち主に断りもなく解放してしまうのは……」

 グリント支配人はまがりなりにも、正当な手続きと取り引きを経てシドを所有している。
 一個人の財産でもあるシドを、相応の理由も無く一方的に放棄させるような行動には、問題があるのではないかと躊躇ためらうウィル院長。
 サラもシドの事を気に掛けてはいるものの、その辺りの認識はウィル院長と同意見らしく、戸惑いを浮かべた様子で呼葉と院長のやり取りを窺っている。

「そっか。うん、二人に良識があるのは良く分かるよ」

 呼葉は、ウィル院長達の言い分も理解できるとしながらも、今は人類の存亡が掛かった戦時下。現魔王が支配する魔族との戦いが終わるまで、人類の救世主たる聖女の意向は何よりも優先される。

「私は聖女で救世主だからね」

 勿論それは建前で、実際は聖女を召喚した国家の、時の為政者によって、救世の方針や活動が決められると、誰もが分かっていた。だが、呼葉はそこを建前で終わらせるつもりはなかった。

(この世界に勝手に連れて来られて戦わされてる時点で、自重する理由はないもんね)

 たとえ傲慢と言われようと、聖女としての自分の意向を、この世界の全ての人類に押し通す。

「責任は全部私が持つから、シド君の呪印の解呪お願い」
「わ、分かりました。そこまで仰られるなら……やってみましょう」


 かくして、シドの『隷属の呪印』は聖女の祝福を受けたウィル院長によって解呪された。

「どう? なにか変わった?」
「……」

 体調に変化は無いかと呼葉に問われたシドは、少し考える素振りをすると、おもむろに呟いた。

「グリント様はカツラ頭…………痛くない」
「なかなか斬新と言うか残酷な確かめ方したわね」

 呪印が解呪されている事を『グリント支配人の意にそぐわない言葉』を発して確かめたシドは、苦笑している呼葉に訊ねる。

「シドはなにをすればいい?」
「とりあえず、あなたが知ってる事を全部教えて?」

 今後の事やシドの役割は、それから決めましょうと微笑み掛ける呼葉なのであった。


感想 16

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

聖女の、その後

六つ花えいこ
ファンタジー
私は五年前、この世界に“召喚”された。

お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。  記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。  そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。 「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」  恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!

あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!? 資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。 そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。 どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。 「私、ガンバる!」 だったら私は帰してもらえない?ダメ? 聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。 スローライフまでは到達しなかったよ……。 緩いざまああり。 注意 いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから

渡里あずま
ファンタジー
安藤舞は、専業主婦である。ちなみに現在、三十二歳だ。 朝、夫と幼稚園児の子供を見送り、さて掃除と洗濯をしようとしたところで――気づけば、石造りの知らない部屋で座り込んでいた。そして映画で見たような古めかしいコスプレをした、外国人集団に囲まれていた。 「我々が召喚したかったのは、そちらの世界での『学者』や『医者』だ。それを『主婦』だと!? そんなごく潰しが、聖女になどなれるものか! 役立たずなどいらんっ」 「いや、理不尽!」 初対面の見た目だけ美青年に暴言を吐かれ、舞はそのまま無一文で追い出されてしまう。腹を立てながらも、舞は何としても元の世界に戻ることを決意する。 「主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから」 ※※※ 専業主婦の舞が、主婦力・大人力を駆使して元の世界に戻ろうとする話です(ざまぁあり) ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

【完結】異世界に召喚されたので、好き勝手に無双しようと思います。〜人や精霊を救う?いいえ、ついでに女神様も助けちゃおうと思います!〜

月城 蓮桜音
ファンタジー
仕事に日々全力を注ぎ、モフモフのぬいぐるみ達に癒されつつ、趣味の読書を生き甲斐にしていたハードワーカーの神木莉央は、過労死寸前に女神に頼まれて異世界へ。魔法のある世界に召喚された莉央は、魔力量の少なさから無能扱いされるが、持ち前のマイペースさと素直さで、王子と王子の幼馴染達に愛され無双して行く物語です。 ※この作品は、カクヨムでも掲載しています。