文字の大きさ
大
中
小
42 / 106
はんげきの章
第四十一話:アルスバルト王子との会談
一通り経緯の説明を果たした苦虫紳士は、呼葉達に向き直って一言詫びる。
「聖女殿には思い違いをさせてしまったようで申し訳ない。会議の後で王子との歓談の時間を取るつもりだったのだ」
その物言いにソルブライトが視線を険しくするも、彼の膝に手を置いて宥めた呼葉は、苦虫紳士に言い放つ。
「私は王子との会談を容認するという言伝を得て出向いて来ました。ですので、そちらの会議とは別に、アルスバルト王子と私との会談の場を設けてくださいますか?」
そう言って、使いから受け取った手紙を取り出して見せる。すると苦虫紳士のみならず、居並ぶ貴族達が揃って『まずい』という顔をした。ここに持ち込むとは思っていなかったのだろう。
「内容を見せて貰っても?」
「どうぞ」
軍閥貴族達の様子を不審に思った王子が、呼葉から手紙を受け取って検め、表情を険しくした。一緒に覗き込んでいたクレイウッド団長も目を瞠っている。
「この無礼な言伝を書かせたのは誰だ」
幾分低くなった声色と硬い口調で問い質す王子に、軍閥貴族一同は咄嗟に答えられない。
(くそっ、どういう事だ! 同行している神官か? 少なくとも神殿側の入れ知恵ではないぞ)
手紙の件に限らず、軍閥貴族側は『聖女コノハ』に対して完全な読み違いをしていた。
神殿側から伝え聞く聖女伝説の内容から、呼葉の事をもっと気弱で神殿の言いなりに動く使い勝手の良い人間兵器か、担げば絶大な支持を得られる神輿的な存在だと思っていたのだ。
「どうした。何故誰も答えぬ」
沈黙する貴族達に、苛立ちを滲ませた王子がさらに追及するも、ここで呼葉が動く。
「王子、非礼の追及はまた次に機会があった時にでも。今は王子との会談を所望いたします」
「……分かった、応じよう」
アルスバルト王子の意向でこの場を会談の席とし、軍閥貴族達は会談が終わるまで別室にて待機せよと退室を命じられた。
呼葉は、貴族達が渋々顔で退出していく姿を見送りながら、隣に座るソルブライトに囁く。
「あの人達がやらかしてくれたお陰で、こっちの提案も蹴り難くなったよね」
「まさか、狙ってやったのか……?」
「それこそまさかだわ。偶然よ偶然」
「……」
ソルブライトに「疑わしい」と言わんばかりのジト目を向けられるが華麗にスルーした呼葉は、改めてアルスバルト王子と向き合った。
「改めましてお久しぶりです。アルスバルト王子」
「うむ、そなたも元気そうで何よりだ」
そのやり取りで、先程までの張りつめたような緊張感が和らぎ、王子も表情を崩す。呼葉は早速本題に入りたかったが、まずは確かめておく事が一つ。
「王子は、この戦争の落としどころをどのように考えてますか?」
「ふむ……それは、全ての魔族を打ち滅ぼす等と言う標語を訊ねている訳ではないのだな?」
「はい。如何にして早期に終わらせるか。どう収めるかって事ですね」
アルスバルト王子は自身の家族や、自国の民を魔族軍に大勢殺されている。講和などあり得ないと考えていても不思議ではない。
その場合は、多少時間を掛けても説得が必要になるかもしれないと呼葉は構えていたが、どうやら杞憂だったようだ。王子は理想的な答えを返して来た。
「余としては、以前のように表向きは互いに不可侵の姿勢を取りつつ、下々の者達が交流を重ねて上手くやれれば良いと思っている」
「……報復の意志は無いと?」
呼葉の問いに、王子は窓の外へと視線を向けると、遠くを見る様な目をしながら語る。
「パルマムで虜囚の身となっていた頃、余の世話にあてられた使用人と色々話す機会があった。その時に、魔族も人とそう変わらぬと感じたのだ」
しばし物思いに耽る雰囲気を纏っていた王子が、呼葉に向き直って言う。
「つまらぬ理由でこの戦を始めた、魔王ヴァイルガリンさえ退けられれば、それでよいと思う」
「理由?」
魔王ヴァイルガリンが、この戦争を始めた理由。それを明確に指してつまらぬと断ずる王子の、言様が気になった呼葉が訊ねる。
「それって単に覇権主義思想だったって事ではなく?」
「うむ。まあ、魔族達の中でも正確に把握している者は少ないかもしれぬ。余が話した使用人は、魔族国ヒルキエラの王城で働いていたらしくてな。その者から聞いた」
ヴァイルガリンは、『魔族は人間より優れた種族だ』と常日頃から吹聴していたらしい。それはそれで構わないのだが、その人間に教わった智慧で魔族領が発展した事が許せないのだそうだ。
全ての魔族が背負う種族特性。十年に一度の頻度で数年に渡って仮死状態で眠る『睡魔の刻』。強い力を持つ魔族ほど長い眠りにつくこの特性の為に、魔族領では常に勢力争いが絶えず、小さな繁栄と衰退を繰り返していた。
魔族の力はその闘争の中で磨かれ、洗練されて行くものであると考えるヴァイルガリン。彼は、いつしか『睡魔の刻』より目覚める度に発展している魔族領を見て、我が意得たりと喜んだ。魔族は遂に闘争の蟲毒を抜け出し、洗練された一握りの支配者が魔族領を治めるようになったのだと。
しかし実態は、人間の国の統治体制を学んだ事で実現した発展であったと知り、酷く失望すると同時に、純粋な闘争で磨かれていた魔族領を人間の悪知恵に汚されたと憤りを抱くようになった。
そうしておよそ五年前、魔族領に隣接するルーシェント国と、上手く付き合っていた当代の魔王を殺害してヒルキエラ国の全権を簒奪したヴァイルガリンは、軍を上げて人類領に侵攻を始めた。
「要は一魔族貴公子の嫉妬と自尊心によって起こされたのだ、この戦は。実にくだらん」
そのくだらない理由で戦を始めたところも、人間とそう変わりないとアルスバルト王子が感じた理由の一つだという。
「それは、初めて聞きました」
嘘か誠か、魔族との全面戦争の理由が、魔王個人の人間に対する嫉妬の念が原因だと明かされ、呼葉は素直に驚いた。同時に、自分の方針はやはり正しいと確信する。
少数精鋭の聖女部隊として、魔王ヴァイルガリンの討伐に目標を絞り、魔族領を目指す。
呼葉達が直接手を掛けずとも、魔族側に人類との共存を念頭にして魔王ヴァイルガリンを下し、新たな指導者になれる者がいれば、これを支援する。
その為には、ルーシェント国を解放して膠着状態にまで持って行く必要がある。その足掛かりとして、まずはクレアデス国の復興を急がなければならない。
「王子、私の特別部隊にクレイウッド団長を下さい」
「ふむ?」
呼葉は当初の予定通り、クレイウッド団長のスカウトから始めるのだった。
感想 16
あなたにおすすめの小説
「子を産めない妻はいらない」と離縁されたので、七人の孤児がいる辺境伯家に嫁ぎます~なぜか全員に懐かれました
ゆぷしろん「子を産めない妻はいらない」
七年尽くした夫にそう告げられ、伯爵夫人アメリアは若い愛人にすべてを奪われた。
手元に残ったのは、わずかな生活費と母の形見だけ。居場所を失った彼女のもとへ届いたのは、北の辺境伯グレンからの求婚状だった。
そこに記されていたのは、前夫が一度も見ようとしなかったアメリアの功績。求められたのは跡継ぎを産む妻ではなく、戦争で荒れた領地と屋敷を共に守る伴侶だった。
だが、嫁ぎ先で待っていたのは、親を失い心に傷を抱えた七人の孤児たち。
反発する少年、言葉を閉ざした幼子、飢えを恐れる少女。アメリアは叱るのではなく、一人ずつ寄り添っていく。
やがて子どもたちは彼女を「かあさま」と呼び始める。
そんな幸せを取り戻しかけたある日、彼女を捨てた前夫が再び現れて――。
娘を毒殺された日、夫は愛人と踊っていた――聖女と呼ばれた私は、王家を静かに崩壊させる
唯崎りいち異世界に転移し、“聖女”として王太子ジークフリートに嫁がされたフェリシア。
愛のない結婚の中で、唯一の救いは娘シャルロットだった。
しかし五歳の娘は、父から贈られたネックレスによって毒殺される。
娘が死んだ日。
王宮では祝賀会が開かれ、夫は愛人と踊っていた。
誰も娘の死を悲しまない世界で、ただ一人涙を流したのは、第八王子リュカだけだった。
やがてフェリシアは知る。
“聖女は子を産んではならない”という王家の禁忌と、娘の死の裏にある政治的思惑を。
――これは、娘を奪われた聖女が、王家を静かに崩壊へ導いていく物語。
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
召喚聖女に嫌われた召喚娘
ざっく闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。
どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。
〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。
ごろごろみかん。王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。
国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。
悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。
【引き下げ予定】このたび聖女様の契約母となりましたが、堅物毒舌宰相閣下の溺愛はお断りいたします! と思っていたはずなのに
澤谷弥(さわたに わたる)マーベル子爵とサブル侯爵の手から逃げていたイリヤは、なぜか悪女とか毒婦とか呼ばれるようになっていた。そのため、なかなか仕事も決まらない。運よく見つけた求人は家庭教師であるが、仕事先は王城である。
嬉々として王城を訪れると、本当の仕事は聖女の母親役とのこと。一か月前に聖女召喚の儀で召喚された聖女は、生後半年の赤ん坊であり、宰相クライブの養女となっていた。
イリヤは聖女マリアンヌの母親になるためクライブと(契約)結婚をしたが、結婚したその日の夜、彼はイリヤの身体を求めてきて――。
娘の聖女マリアンヌを立派な淑女に育てあげる使命に燃えている契約母イリヤと、そんな彼女が気になっている毒舌宰相クライブのちょっとずれている(契約)結婚、そして聖女マリアンヌの成長の物語。
※本作品は2026年6月いっぱいで引き下げ予定です。
義家族に虐げられた令嬢は家から逃げ出し人生を謳歌する
ハラペコWASABI【完結】
義母と義姉から酷い虐げを受け、いつ殺されるか分からない日々を送っていた伯爵令嬢のマリー。
だがある満月の夜、彼女の中に「4つの前世の記憶」と、母から受け継いだ強大な『エルフの魔力』が覚醒する。
「まるで運命が逃げなさいって言ってるみたい」
前世の知識のひとつ、特殊メイクを駆使して家から逃げ出し
圧倒的な魔力で魔獣を狩り
無事に到着した王都で目立たずひっそり生きるつもりだったのに……
気付かぬうちに溺愛されていたせいで貴族街の立派なお屋敷に住むことに。
更には学園に通わないといけなくなったりと予定外の出来事だらけ。
本人は気づいていないが、前世からの縁に助けられ、チート魔力で無双する。
虐げられ令嬢の華麗なる逆転劇が今はじまる!
身代わりで呪いの公爵に嫁ぎましたが、聖女の力で浄化したら離縁どころか国一番の溺愛妻になりました〜実家が泣きついてももう遅い〜
しょくぱん「お前のような無能は、死神の生贄にでもなっていろ」
魔力なしの無能と蔑まれ、家族に虐げられてきた伯爵令嬢レティシア。 彼女に命じられたのは、近づく者すべてを病ませるという『呪いの公爵』アレクシスへの身代わり結婚だった。
鉄格子の馬車で運ばれ、たどり着いたのは瘴気に満ちた死の城。 恐ろしい怪物のような男に殺される――。 そう覚悟していたレティシアだったが、目の前の光景に絶望よりも先に別の感情が湧き上がる。
(な、何これ……汚すぎるわ! 雑巾とブラシはどこ!?)
実は、彼女が「無能」と言われていたのは、その力が『洗浄』と『浄化』に特化した特殊な聖女の魔力だったから。
レティシアが掃除をすれば、呪いの瘴気は消え去り、枯れた大地には花が咲き、不気味だった公爵城はまたたく間にピカピカの聖域に塗り替えられていく。 さらには、呪いで苦しんでいたアレクシスの素顔は、見惚れるほどの美青年で――。
「レティシア、君は一体何者なんだ……? 体が、こんなに軽いのは初めてだ」
冷酷だったはずの公爵様から、まさかの執着と溺愛。 さらには、呪いが解けたことで領地は国一番の豊かさを取り戻していく。
一方で、レティシアを捨てた実家は、彼女の『浄化』を失ったことで災厄に見舞われ、今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくるが……。
「私は今、お城の掃除と旦那様のお世話で忙しいんです。お引き取りくださいませ」
これは、掃除を愛する薄幸令嬢が、その愛と魔力で死神公爵を救い、最高に幸せな居場所を手に入れるまでのお話。