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しんげきの章
第五十三話:魔族の駐留軍
撤退中の魔族軍部隊を追跡する聖女部隊。北へと続く街道の先に、国境の街が見えて来る。そこには、陣形を整えた魔族軍の大軍が、街道を塞ぐように展開されていた。
先頭を行く傭兵部隊の隊長パークスが隊列を離れて、呼葉の乗る馬車に寄せて来る。
「すげぇ歓迎されてるな! ありゃあ二千は下らないぞ!」
前方の大軍を睨みながら『どうする? 突っ込むか?』と問うパークスに、呼葉はもう少し進んだ先でこちらも陣形を整えるよう指示した。
「突破するだけなら突っ込んでも良いんだけど、街の奪還に削っておかなくちゃだからね」
「って事は、やるんだな?」
「うん、その為にここまで来たんだし」
パークスの確認に呼葉が頷いて答えると、並走する馬車から慌てて身を乗り出したクラード将軍が具申する。
「コノハ殿お待ちを! いくら何でもあの数を相手に挑むのは無謀というもの。ここは聖都に援軍を要請して、早急に合流するべきかと」
「それじゃあ駄目だよ、この部隊の意義がなくなっちゃう」
聖女部隊は、敵地を単独で進軍する独立部隊として運用する予定なのだ。この程度の軍勢に対処出来ないようでは困る。
「ここは私達だけであの魔族軍を制圧して街を解放します。まずは見える範囲の敵を遠距離攻撃で削り切る。敵が街の中に撤退を始めたら、突撃して乱戦に持ち込みつつ街に突入。速やかに拠点を確保して籠城します。突撃後の攻撃指揮はパークスさんに任せるから、よろしくね」
「了解だ」
「乱戦時の随行員の護りは兵士隊の半数を護衛に。そっちの指揮はクラードさんに任せます。部隊の防衛は残りの兵士隊が担って下さい。こちらの指揮はクレイウッドさんにお願いします」
「ハッ お任せを!」
「……了解した」
パークス傭兵隊長とクレイウッド参謀は揚々と。クラード将軍は渋々といった調子で、呼葉の指示を了承した。
それぞれが配置に戻り、呼葉は攻撃の為にまた馬車の屋根に上がる準備をするが、その前に同乗するアレクトール達に伝えておく。
「今回はあの街を解放したら、そこで一泊して聖都に帰還する事になると思うけど……いっぱい殺しちゃうし、殺させちゃうから、反動がどのくらいになるか分からないの」
その言葉に、ハッとなるアレクトール達。相手が小鬼型や魔獣型なら、大量に屠っても呼葉の心にそこまで負担は掛からないが、人と同じ姿の魔族が相手だと、どうしても忌避感が付き纏う。
パルマムの街を奪還した夜に、部屋で独り震えていた呼葉の姿を思い出したアレクトールは、今度こそ彼女の心に寄り添い、癒す役割を果たそうと決意する。
「御心配なく。しっかり支えさせて頂きますよ」
「では、戦闘後に落ち着いてからは、ネスとアレクトールがコノハ嬢に付くようお願いします」
アレクトールの決意を感じ取ったザナムが、そう言って人事を選定した。
街を解放した後の、各方面への連絡や確認など色々な諸手続きなど後処理を考慮すれば、妥当な人選だとソルブライトも頷く。
「じゃあ、その時はよろしくね」
呼葉は戦いの後に来るであろう、付け焼き刃の悟りの境地で抑えていた感情の反動のフォローを託すと、馬車の屋根に上って宝杖フェルティリティを腰のベルトに挿し、宝珠の魔弓を構えた。
パルマム奪還戦の時は、防壁上の兵士達を一網打尽にした魔力の矢による複数同時攻撃。
あの時は一度に五十体もの敵を捕捉して見せたが、『聖女コノハと宝珠の魔弓』の組み合わせによる限界同時射出数はそんなものでは無い。
多少狙いが甘くなっても、聖女の魔力と呼葉の祝福に任せて魔力の矢を精製すれば――
「……降らせ!」
遥か前方、街の正面で陣形を組む魔族軍におおよその狙いを付けながら、魔力の矢束を空へ向けて放射した。
呼葉達を迎え撃つべく、拠点にしている街を背に、ほぼ全兵力で布陣する駐留軍の総司令官は、先程街に逃げ込んで来た中継基地砦の指揮官と補佐を呼んで意見を聞いていた。
「ふむ、それで君達は、一戦も交える事無く逃げ帰って来たと、そういう訳かね?」
「そ、それはその……」
「総司令殿、あの部隊は攻撃力、機動力ともに異常なのです。中継基地で籠城を選んで戦っていれば、我々は撤退も叶わず全滅していたと断言出来ます」
中継基地砦の補佐官が、聖女部隊と思しき馬車隊の異常性を訴えて指揮官をフォローする。
総司令官の周りを固める各部隊の隊長達は、その大層な物言いに鼻白むが、かのレーゼム隊長をよく知る総司令官は、一考の余地はあると考えていた。
一方で、ここまで苦戦らしい苦戦もなく人類軍を打ち破り、オーヴィス包囲網の先発部隊として派兵されて来ている若い部隊長達は、自分こそが噂の聖女とやらを討ってやると気勢を上げる。
「あの程度の敵兵、突剣隊が蹴散らしてご覧にいれよう。司令、是非自分達に先陣を!」
「いや、我ら騎獣隊が曳き潰して見せましょうぞ!」
「伝説の聖女は強力な魔法を使うと聞く。ここは我々攻魔隊の仕事でしょう」
血気盛んに先陣を申し出る各部隊長達。総司令官は中継基地砦の補佐官の証言も吟味し、まずは手堅く防御力の高い部隊を当てて様子を見るべきかと考える。その時――
「警告! 敵部隊に高威力攻撃魔法の予兆あり!」
軍部隊周辺の索敵や魔力探知を担う偵察部隊からの警告が響き、皆が一斉に街道の先を注視する。複数の部隊を展開する駐留軍と比べるべくもない、少数の馬車隊が小さな陣を敷いているが、その中央付近の馬車の屋根に見える人影に相当な量の魔力の光が集まっている。
「ほう? あれが噂に聞く『聖女』か?」
「確かに、人間にしてはかなりの魔力量だ」
「あの位置と魔力の集束具合からすると、先制の過縮爆裂魔弾でも撃つつもりか?」
「人間に撃てるモノなのか? あれは」
魔族の高位魔術士の中でも、飛び抜けて多い魔力量と極めて高い制御力を有する一部の者にのみ扱えると謂われる範囲殲滅魔法。
何重にも圧縮した魔力の塊を複数束ねて目標に投げ込み、炸裂させるという多重爆発系の特殊な攻撃魔法である。投射後、束ねた魔力塊の一部を解放する事で推進力を得て、通常の攻撃魔法の射程を大きく超えた超遠距離から広範囲の攻撃が可能な特徴を持つ。
魔力塊の維持、魔力塊を束ねた状態の維持、推進用魔力塊の解放量と指向制御を同時に行わなければならない。大抵は複数人で協力して行使する、非常に扱いの難しい魔法だ。
現在、駐留軍と対峙する少数部隊との距離は通常の攻撃魔法の射程外であり、長距離用の弓でもギリギリ届くか届かないかという位置に在る。
魔法で攻撃するなら、かの特殊攻撃魔法くらいしか手段が無い筈。駐留軍の総司令官はそう判断すると、一応、過縮爆裂弾系の魔法が飛んで来た場合に備えて全軍に防御と回避の指示を出しておく。
「実際に撃てたとして、アレはそう連発出来るモノではない。聖女の攻撃を見定めた後、反撃に移る。先陣は突剣隊に任せる」
「おう!」
総司令官の指示を受けて持ち場に戻って行く各部隊長達。その時、件の聖女部隊から緑色の光弾が尾を引きながら空に打ち上げられた。
「……なんだ? 攻撃魔法ではないのか?」
光弾はやがて無数の光粒に分裂しながら、駐留軍の最前列に展開している歩兵部隊である突剣隊に降り注ぐ。
「魔法の矢だ! 対空魔法障壁展開!」
狙われた部隊の頭上に魔法障壁が発現する。魔族軍の兵士はほぼ全員が人間で言えば熟練魔術士並みの魔法を扱えるので、防御専門や回復専門といった部隊分けをしなくても大体全部一人でこなせるのだ。
「この距離に届くのか……」
「しかも数が尋常ではないぞ」
「なるほど、こりゃ普通じゃねぇな」
ザァッと雨の様に降って来た魔法の矢が障壁にぶつかり、ガガガガガッという衝突音を響かせて一斉に弾き返される。
「それに十分な威力も残している。伝説の聖女――興味深いな」
「生け捕りにすれば、魔王様の魔術研究に重宝されるのでは?」
「どうかな……陛下の人間嫌いは竜の鱗並みだからな」
降り注ぐ魔法の矢を防いでいる突剣隊の様子を眺めながら、自分の部隊の陣に向かう各部隊長達は、伝説の聖女についてあれやこれやと評し合う。
皆、表情にも余裕があり、油断はなくとも危機感など抱いている者は居なかった。しかし――
「……? おかしい」
魔法の専門家である攻魔隊の隊長が、まず違和感を覚えた。
魔法の矢は、誘導して必中させる目標を設定せず、大まかな方向だけ決めて放てば、低コストで大量にばら撒ける手軽な範囲攻撃手段にもなる。とはいえ、この距離と威力でこれほど絶え間なく連続して放ち続けるのは無理がある。
未だ途切れる気配も無く突剣隊の頭上に展開された障壁を叩き続ける魔法の矢。攻魔隊の隊長は、遥か前方に陣を張る少数部隊の中心よりこの異常な魔法の矢を放って来た聖女に目を凝らす。
そこには、空に向かって弓を構え、集束する魔力の光を湛えている少女の姿があった。
「第二波……? いや……まだ途中なのか!」
最初の一撃がまだ続いており、放ち切られていない。その事に気付いた攻魔隊の隊長は顔色を変えると、踵を返して総司令官の居る本陣へと走り出す。
「おい、どうした?」
「駄目だ! このままでは突剣隊がすり潰される!」
訝しむ各部隊長達に早く自分の部隊へ戻るよう忠告した攻魔隊の隊長は、伝説の聖女の危険性を訴える。中継基地砦の指揮官や補佐官が言っていた通りである。レーゼム隊の噂は真実だったと。
「あれは化け物だ! 総司令に総攻撃か撤退を進言する!」
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